特集:グリーン成長を巡る世界のビジネス動向チリで高まるグリーン成長への期待
水素をはじめとする多岐にわたる政策は持続可能か

2021年5月17日

2020年11月、中南米最大規模の水素関連の国際イベント「グリーン水素(注1)サミット」が、バーチャル形式で開催された(2020年11月12日付ビジネス短信参照)。主催したのは、チリのエネルギー省と産業振興公社(CORFO)。基調講演にセバスティアン・ピニェラ大統領とフアン・カルロス・ジョベト・エネルギー相が登壇し、以下の3本柱をチリの「グリーン水素国家戦略」として発表した。

  • 2030年までに、世界一安価なグリーン水素を生産する体制を構築する。
  • 2040年までに、世界トップ3の水素輸出国家になる。
  • 2025年までに、水素の電解容量を5ギガワットに増加させる。

ジョベト・エネルギー相は講演の中で、これら取り組みによる水素技術の発展が、「チリにおける2050年までのカーボンニュートラル(注2)達成の主軸を担うことになる」として、大きな期待を示しした。具体的な数値目標を伴い、チリが今後クリーンエネルギーの活用促進にまい進するというメッセージは、大きな注目を集めた。

この「グリーン水素国家戦略」が提唱された後、最初にチリに接近したのはドイツだった。2020年10月、チリ最南のマガジャネス州に建設される国内初のグリーン水素プラントプロジェクトの実施主体として、ドイツ企業が参画した。ポルシェやシーメンスなどと共に、チリの大手エネルギー事業者アンデス・マイニング・アンド・エナジー(AME)がHIF(Highly Innovative Fuels)を創設したのだ。また12月にはドイツ政府から同プロジェクトへの800万ユーロの金融支援が明らかとなった。同プラントでは2022年から年間で350トンのメタノールと、13万リットルのE燃料(注3)が生産される見込みだ。2021年1月には、HIFとドイツのマバナフト(Mabanaft)との間で覚書(MOU)が締結され、同プラントで生産されるE燃料をマバナフトが最大5億リットル買い取ることになった。

水素プラントの建設に続いて、チリのエネルギー省は、2月にはシンガポールの貿易産業省と、3月にはオランダのロッテルダム港湾局と、それぞれMOUを締結。いずれも、グリーン水素に関連した連携を強めることを企図したものだった。将来、グリーン水素の生産・輸出を担う国家として、国際社会からチリへの期待が高まっている状況がうかがえる。

多様な気候を活かした再エネ利用の促進

ここ数カ月でグリーン水素関連のプロジェクトに様々な進展が見られたチリ。しかし、こういった環境フレンドリーな政策は、今に始まったことではない。チリは国土が南北に細長く、国内に様々な気候帯が存在する。グリーン水素生産の礎となる再生可能エネルギーには、これが強みになる。各地域に適材適所の発電手法を取り入れることで、ここ数年は太陽光発電と風力発電が電源構成の中でシェアを伸ばしている(図参照)。特に伸びが著しいのが太陽光発電事業で、北部の砂漠地帯で盛んだ。同地域の太陽光発電プロジェクトには、双日や四国電力(2019年9月17日付ビジネス短信参照)、丸紅といった日本企業も出資者として参画している。

図:チリの発電原別の構成比
2015年は、水力33.3%、太陽光1.9%、風力2.9%、バイオマス3.3%、石炭39.9%、天然ガス15.5%、石油3.0%、その他0.2%。2020年は、水力26.5%、太陽光9.8%、風力7.1%、バイオマス2.4%、地熱0.3%、石炭34.7%、天然ガス17.6%、石油1.2%、その他0.2%。

出所:Generadoras de Chile

各国の再生可能エネルギー政策に焦点を当てるシンクタンクREN21が発行した「Renewables in Cities 2021 Global Status Report」によると、中南米地域での再生可能エネルギー関連投資額は2019年、前年比43%増の185億ドルだった。その中でもチリは、前年比302%増と伸びが著しい。金額も49億ドルで、域内トップのブラジルの65億ドルに次ぐ。

2050年には自動車の40%をEVに

チリは、大気汚染などの環境問題に長らく悩まされていた。首都圏州への人口集中に伴う自動車の排気ガスの増加や冬期の薪ストーブの利用が、その主因だ。そのため、電気自動車(EV)を含むエコカー(注4)の普及に向けて、これまで政府主導で様々な施策が実行されてきた。EVへの乗り換えを促進するためのタクシー運転手らへの補助金支給、充電スタンドの増設、教育機関と連携してのEVに関する専門家や技術者の育成などがその一例だ。加えて、2040年までに公共交通機関として利用されている車両の100%、2050年までに個人使用の自動車の40%をEVに置き換えるという政府目標を掲げている。しかし、チリ全国自動車産業協会(ANAC)の公表資料から年間の新車販売台数に占めるエコカーの割合を算出すると、2018年が0.25%(1,063台)、2019年が0.31%(1,152台)、2020年が0.34%(871台)。非常に低い値に留まる。消費者がエコカーに乗り換えるのを促すインセンティブ(減税や割引制度など)が充実していないことが要因として考えられる。今後の政府の対応が注目される(2021年4月1日付地域・分析レポート参照)。

低炭素社会実現へ向け、JCMを活用

他にも、日本とチリの間で行われている脱炭素社会実現へ向けた取り組みとして、二国間クレジット制度(JCM)が挙げられる。この制度は、日本の優れた脱炭素技術、製品、システム、サービス、インフラなどを主に開発途上国に導入し、対策を講じることで実現された温室効果ガスの削減量を日本の削減目標に組み入れる(=クレジットを獲得する)ことができるというもの。チリとの間では、2015年5月に二国間文書に署名され、以降はJCMでの日本のパートナー国として位置づけられている。

JCM設備補助事業の執行団体、公益財団法人地球環境センター(GEC)のウェブサイト上には、チリで進行中または稼働中の5件の設備補助案件が紹介されている(注5)。そのほとんどが太陽光発電に関連したプロジェクトだ。GECは日本の環境省やチリ政府との共催により、2019年、2020年と2カ年連続で、チリでのJCM実施に関するセミナーやビジネス・マッチング・イベントを開催した。

廃プラスチックと拡大生産者責任追求にも動き

国民の日常生活に密接した分野でも、チリは環境フレンドリーな政策を進めている。2019年2月から大企業に対し、2020年8月からは中小零細企業を含む全事業者に対して、プラスチック製レジ袋の一般消費者への配布を禁止した(2020年8月11日付ビジネス短信参照)。法制度によってプラスチックレジ袋配布が規制されたのは、南米初だ。違反者には一定額の罰金が科せられることとなっている。

また、環境省により、OECDが提唱する拡大生産者責任(注6)の考え方に基づくリサイクル法の整備も進む。「潤滑油」「家電・電化製品」「バッテリー」「電池」(注7)「(使い捨て)容器・梱包材」「タイヤ」の6カテゴリーが優先的な取り組み対象だ。このうち、「容器・梱包材」と「タイヤ」については、2021年に入ってから具体的な数値、期間目標が法定された。該当製品の製造業者らはリサイクルを進めるためのシステムの構築を迫られている。

関連して、フランスのミシュラン(Michelin)が2021年2月、チリ北部のアントファガスタ州にタイヤのリサイクル工場を開設すると発表した。このような取り組みは同社初だ。このプロジェクトは、スウェーデンのエンバイロ(Enviro)との共同出資により実施される。投資額は3,000万ドルで、2021年末に着工。2023年初旬からの稼働開始が予定されている。同工場では、主にチリの北部で盛んな鉱業関連事業で生じた廃タイヤのリサイクルが行われ、年間で3万トン以上の処理能力を有すると伝えられている。

環境フレンドリーな路線は持続可能か

これまで見てきたように、再生可能エネルギーの利用促進やEV普及などの政策に加え、チリは「国際的に競争力を持つ水素バリューチェーンの構築」という新たなテーマに他国との協業のもとで挑むことになった。チリにとって中国に次ぐ貿易相手国であり、経済的な関りが深い米国でバイデン政権が誕生し、トランプ政権下では重要視されていなかった気候変動関連の政策が優先課題の1つとして位置づけられたこと(2021年3月11日付地域・分析レポート参照)も追い風になるだろう。

しかし、懸念されるのはこれら政策の進展が国民の生活コストの上昇を引き起こさないか、という点だ。2019年10月に勃発したチリ史上最大規模の反政府デモの引き金となったのは、たった30ペソ(約4.8円、1ペソ=約0.16円)の地下鉄料金の値上げだった(2019年10月29日付ビジネス短信参照)。チリには、OECD加盟国中トップクラスのジニ係数に象徴される通り、国内に所得格差がある。また、ピニェラ大統領が率いる現政権への支持率も長らく低迷している。このような状況も踏まえると、仮にもグリーン水素やリサイクル法の導入・整備が、電気料金や生活必需品の値上げという形で消費者の生活を圧迫する場合、政府は国民の十分な理解を得るため、しっかりと説明責任を果たす必要があるだろう。グリーン成長を志すチリが今後も持続可能な形で各種政策を進めていけるのか、今後も注目が集まる。


注1:
再生可能エネルギーにより生成された水素。
注2:
二酸化炭素(CO2)の排出量と吸収量がプラスマイナスゼロに保たれ、大気中のCO2の増減に影響を与えない状態を指す。
注3:
水から分解された水素と、二酸化炭素を合成することで作られる燃料。
注4:
ハイブリッド車(HV)、電気自動車(EV)、プラグインハイブリッド車(PHV)を指す。
注5:
ただし、CO2削減量についてのクレジット発行まで至った案件はまだない。
注6:
製品に対して生産者が負うべき責任の範囲をその製品の廃棄やリサイクルの工程まで拡大し、費用負担などを求めるべきという考え方。
注7:
両者の違いは充電可否。充電して再利用できるのが「バッテリー」、再利用できないのが「電池」。
執筆者紹介
ジェトロ・サンティアゴ事務所長
佐藤 竣平(さとう しゅんぺい)
2013年、ジェトロ入構。経理課、ものづくり産業課、海外展開支援課を経て、2019年7月から現職。

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