特集:グリーン成長を巡る世界のビジネス動向サプライチェーンにおける排出削減の取り組み(前編)先進的グローバル企業、排出削減を急ぐ

2021年11月19日

10月31日から11月13日まで開催されていた国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)。その開催を機に、今後、国内でも二酸化炭素(CO2)など温室効果ガス(GHG)の排出削減に向けた取り組みが本格化するとみられる。そこで、企業の脱炭素化に向けた取り組みとサプライチェーンにおける排出削減の課題について、2回に分けてみていく。

本稿では、先進的なグローバル企業による自社やサプライチェーンでの排出削減の取り組み事例を紹介する。

小さな成功モデルを地道に積み上げ、社内外に発信

自社が関与するサプライチェーン全体の脱炭素化に向け、先進的なグローバル企業はさまざまな取り組みを講じている。例えば、英国の食品・日用品大手ユニリーバは2015年11月、エネルギーミックスから石炭を2020年までに排除し、送電網から購入するエネルギーの全てを再生可能エネルギー(以下、再エネ)に切り替えると発表した(表参照)。同月には日本拠点で再エネへの切り替え100%を既に実現済みだ。また2019年9月には、5大陸(アジア、北米、南米、欧州、アフリカ)でも同じく実現。また、2020年1月、全世界の拠点での実現に成功して目標を達成した。2020年6月には、次なる目標として2039年までにサプライチェーンでのCO2排出量を実質ゼロにすると宣言。この目標実現に向け、同社は2030年までに、全ての洗剤と衣料用製品で、化石燃料由来の炭素を再生可能、またはリサイクルカーボンに置き換える方針を示した。同社によると、洗剤と衣料用製品に使用している化学物質がライフサイクル全体のCO2排出量の46%を占める。これらの化学物資について、化石燃料由来のものから再生可能またはリサイクルカーボンに置き換えることで、CO2排出量を最大20%削減できるという。

同社はまた、化学・素材分野で再生可能な炭素への移行を目指すイニシアチブ「再生可能炭素」(2020年9月発足)に創立メンバーとして参加した。その参加を通じ、大気中に放出された炭素を回収して化学品などに再利用するカーボンリサイクルにも取り組む。既放出炭素を再利用することで、地中からCO2をさらに放出させない。化学の強みを生かした取り組みといえる。同イニシアチブは「化学やプラスチック産業での再生可能な炭素への移行は、エネルギー部門の脱炭素に向けた動きに相当する」と、その取り組みの重要性を強調している。

このイニシアチブに参加する背景となったのが、同社のコンセプト「カーボン・レインボー」だ。このコンセプトは化学品などの製品生産時に使用する炭素を多様化させるもので、従来の化石由来の炭素(ブラックカーボン)を、CO2から回収した炭素(パープルカーボン)、藻類などの海洋資源由来の炭素(ブルーカーボン)、生物資源由来の炭素(グリーンカーボン)、プラスチックなどの廃棄物から回収した炭素(グレーカーボン)へ代替させる。そのことを通じて、炭素の再利用を目指すという考え方だ。

表:グローバル企業の気候変動対応に向けた目標と取り組み
企業(分野、本拠地) 中長期目標 方針、投資計画など 具体的なプロジェクト等
ユニリーバ
(食品・日用品、英国)
  • 2039年までに、サプライチェーンでのCO2排出量を実質ゼロ。
  • 2030年までに「カーボンポジティブ」を達成。
  • 2030年までに、製品ライフサイクルから生じるGHGの負荷を半減。
  • 2030年までに、すべての洗剤および衣料用製品で、化石燃料由来のカーボンを再生可能またはリサイクルカーボンに置き換え。
  • 同社日本拠点での再エネ100%を達成(2015年11月)。
  • イニシアチブ「再生可能炭素」を他社とともに立ち上げ(2020年9月)。
  • 「1.5度サプライチェーン・リーダーズ」 に参加(2020年9月)。
アップル
(テクノロジー、米国)
  • 2030年までに、サプライチェーンでのCO2排出量を実質ゼロ。
  • 中国のサプライヤー10社と「中国クリーンエナジー基金」を設立し、2022年までに3億ドルを投資。
  • 世界43カ国の自社拠点での再エネ電力100%を達成(2018年4月)。
  • 「サプライヤー・クリーンエナジー・プログラム」を立ち上げ(2015年10月)。
マイクロソフト
(テクノロジー、米国)
  • 2030 年までに「カーボンネガティブ」。
  • 2050 年までに、過去排出分(直接・間接)を完全に排除。
  • 2025年までに、使用する全電力をクリーンエネルギー化。
  • 2030 年までに、スコープ3の排出を半減。
  • サプライヤーや顧客のカーボンフットプリントを削減できるためのデジタルテクノロジーの開発と展開。
  • 自社スウェーデン拠点の消費エネルギーを再エネ由来100%達成(2020年11月)。
  • CO2排出量データに関する分析情報の提供開始(2020年1月)。
ダノン
(食品、フランス)
  • 2050年までに、サプライチェーンも含めたCO2排出量を実質ゼロ。
  • 2030年までに、スコープ1と2の排出を30%削減(2015年比)。
  • 2030年までに、使用する全電力を再生可能エネルギー化。
  • 2030年までに、スコープ1、2、3の排出を50%削減(2015年比)。
  • (フランス)2025年までに生乳によるGHG15%を削減。
  • 同社のミネラルウォーター「エビアン」のフランス工場(エビアン・レ・バン工場)と北米(米国、カナダ)の工場でカーボンニュートラルを実現(2017年)。
  • 同社のスペイン29全事業所の電力(2022年4月から10年間)を、スペイン西部の太陽光発電プロジェクトから購入(2021年1月)。
  • (ダノン・エコシステム基金等を通じて)フランスの酪農家のCO2排出削減等の支援プロジェクト「LES 2 PIEDS SUR TERRE」を開始(2017年10月)。
スターバックス
(コーヒーチェーン、米国)
  • 2030年までに、直接の事業運営とサプライチェーンにおけるGHG排出量を50%削減(「リソースポジティブ」の実現)。
  • 2025年までに、世界の1万店舗を環境配慮型店舗に切り替え。
  • 米国で太陽光や蓄電プロジェクトから電力を購入(2020年12月)。
  • 乳製品業界のイニシアチブ「デアリー・ネットゼロ」への支援を表明(2020年12月)。

出所:各社ウェブサイトから作成

米国のマイクロソフトは、2030年までに「カーボンネガティブ」(後述)を目指す。1975 年の創業以来、直接的および電力消費により間接的に排出してきたCO2の環境負荷を2050 年までに、完全に排除することを目標にしている。この目標を実現するため2025年までに、使用する全電力をクリーンエネルギー化する計画だ。同社は2019年11月から、スウェーデンの電力会社バッテンファルとグリーンエネルギーを選択できる年中無休のマッチングソリューション「24/7 Matching」を試験運用してきた。2020年11月には、これを利用してスウェーデン拠点の消費エネルギーの全てを再エネ由来にした。また、自社での1年間の試験運用を経て、「24/7 Matching」の一般供用開始も同時に発表した。自社ビジネスサービスの顧客への提供前に、CO2排出削減に向けたソリューションとして自らが試験運用を行い、自社のCO2排出削減にもつなげている。

これらの事例から、先進的な気候変動対応を行う企業の特徴を書き出してみる。

まず、設定する中長期目標をパリ協定のような「カーボンニュートラル」にとどまらせないことだ。そうではなく、差し引きして排出量を上回るCO2を大気中から吸収する「カーボンネガティブ」(注1)を目指していく。

また、グローバルに活躍する大企業の気候変動取り組みの共通点として、小さな「成功モデル」の地道な積み上げにより実現しようとすることも挙げられる。そのためには、最初に自社やサプライヤーのCO2排出の現状を把握。その上で、設定した目標達成のために優先的に取り組む項目や、国、事業所を決めるなど、現場レベルでの取り組みに落とし込む。まずはそこでの「成功モデル」をいち早く築き上げる。そして、その取り組みの進捗を可視化し、そこから得られた経験やノウハウを社内外に共有することで、横展開や新たな成功体験の積み上げを目指す。この繰り返しにより、気候変動対応が加速化することになるわけだ。

中小企業などのサプライチェーンの排出削減に積極関与

ここまで述べたような取り組みにより、自社からの排出削減は着実に進められた。その一方で、多くのグローバル企業にとって課題となるのが、排出のほとんどを占める協力企業などのサプライチェーンでの排出削減だ。特に、中小企業の排出削減に向けた取り組みは遅れている。そのため、グローバル企業は中小企業を含めたサプライチェーン全体での排出削減に積極的に関与し始めている。

マイクロソフトは2030 年までにスコープ3(注2)の排出を半減させる目標も設定した。サプライヤーとの協力を進めるため、同社は2020年7月までに社内炭素料金(インターナルプライシング)を改定。その対象にスコープ3の全排出も取り入れた。その結果、サプライヤーにはスコープ1~3の GHG排出量データを計算して報告してもらうことになる。このことは排出量の可視化につながり、「サプライヤーの排出量削減を支援する重要な第一歩となる」としている。

また、ユニリーバはサプライチェーン全体で産業革命前と比較した気温上昇を1.5度に抑える目標達成を推進する企業グループ「1.5度サプライチェーン・リーダーズ」(注3)に参加。中小企業の排出削減を支援している。同グループによると、企業1社が排出するCO2に対して、平均で5.5倍に相当する量が当該企業のサプライチェーンから排出されているという。また、同グループや国際商業会議所(ICC)などは2020年9月、中小企業のCO2排出削減の支援を行う「中小企業気候ハブ(SME Climate Hub)」を立ち上げた。

そのほか、米国コーヒーチェーンのスターバックスは2030年までにサプライチェーンを含めてGHG排出量を50%削減する目標を掲げる。同社のGHG排出源の95%はサプライチェーンで発生している。さらにこれを品目でみると、乳製品が22%(2020年)と大きい。牛のゲップやふん尿から発生するメタンガスはCO2の25倍以上の温室効果があるという。そのため、同社は乳製品サプライヤー段階でのGHG排出削減に強い関心を持つ。同社は2020 年 12 月、米国乳製品業界のイニシアチブ「デアリー・ネットゼロ(Dairy Net Zero)」への支援を表明した。このイニシアチブでは、酪農家に対し、飼料生産や排泄物管理、牛の飼育、エネルギー効率化などの環境・経済的に実行可能な低炭素の酪農法や技術を提供する。


注1:
カーボンネガティブのことを、ユニリーバでは逆に「カーボンポジティブ」と呼んでいる。
注2:
温室効果ガス(GHG)排出量の算定、報告の基準の1つ。 そのスコープ1では、事業者自らによるGHGの直接排出(燃料の燃焼、工業プロセス)を対象にする。スコープ2では、他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出だ。さらに、スコープ3では、スコープ1とスコープ2以外の間接排出(事業活動に関連する他社の排出)にまで踏み込む。
注3:
気候変動対応イニシアチブ「Exponential Roadmap」が運営する企業グループ。イケア、ユニリーバ、ネスレ、テレフォニカ、マイクロソフト、テック・マヒンドラ、BTなどが参加。
  1. サプライチェーンにおける排出削減の取り組み(前編)先進的グローバル企業、排出削減を急ぐ
  2. サプライチェーンにおける排出削減の取り組み(後編)日本の大企業が抱える排出削減の課題とは
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部国際経済課 課長代理
古川 祐(ふるかわ たすく)
2002年、ジェトロ入構。海外調査部欧州課(欧州班)、ジェトロ愛媛、ジェトロ・ブカレスト事務所長などを経て現職。共著「欧州経済の基礎知識」(ジェトロ)。

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