特集:グリーン成長を巡る世界のビジネス動向水素の活用拡大を期し、官民学・企業間で連携広がる(イタリア)

2021年6月4日

カーボンニュートラル達成に向け、次世代エネルギーとして注目が集まる水素。イタリア政府は2020年11月、国家の脱炭素化に向けて水素が果たしうる役割を列挙した「国家水素戦略予備ガイドライン」を発表しているが(2021年5月17日付地域・分析レポート参照)、このガイドラインはあくまで導入の位置付けで、本戦略の発表が待たれる。同時並行で、水素の利活用拡大に向け、具体的な動きが広がりつつある。本稿では、官民学一体の取り組みと、企業間の連携事例を紹介する。

産業界からは一体型の取り組みを求める声も

水素の活用拡大に当たっては、製造段階から実際のさまざまな場面での利用まで、サプライチェーン全体を俯瞰(ふかん)した包括的な施策が必要だ。産業界からは実際、そうした一体型の取り組みの必要性について声が上がっていた。

イタリア産業連盟は2020年10月、「水素に関する行動計画(2020年9月版)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(2.13MB)」を発表。イタリアでの水素利用の現状と今後の活用拡大に当たっての指針を示した(注1)。その中で、水素は産業横断的に重要な役割を果たすと位置付けている。例えば、化学・精製部門では原料そのものになり、あるいは低炭素排出またはゼロ排出の液体燃料などに転換されるものとしても重要だ。また、水素や水素化バイオ燃料、それらから生成される合成燃料は、特に新型コロナウイルス危機後の自動車産業のサプライチェーン再開に貢献するとした。

この行動計画では、今後の行動指針として、(1)競争力ある価格の実現と(2)市場が機能することを可能にする技術的調整や法的枠組み作りが必要と記述。その上で、5つのポイントを明示した。そのうちの1つが「研究支援」だ。バリューチェーン構築のためには、革新的な技術の発展支援と研究開発(R&D)活動の推進などのため、適切な施策が必要と指摘。加えて、R&D支援策は水素の製造・輸送だけでなく、さまざまな産業で活用するための技術にも同様に仕向けられるべきとした。あわせて、川上から川下までを見据えたサプライチェーン全体のサポートの重要性を記している。

ローマ近郊に水素バレーを設立

イタリア産業連盟は、先述した「研究支援」の具体策として、大学・研究機関・企業などの関与を最大化させることや、水素をベースとしたエコシステム確立のための「水素バレー」プロジェクトなどに言及。一体型取り組みの1つの好例となる同プロジェクトは、既に以下のとおり始動している。

新技術・エネルギー・持続的成長のための国家研究機関ENEAは2021年3月18日、イタリアで初めて「水素バレー」と呼ばれるインキュベーション施設を設立することを発表外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますした。大学や研究機関、その他関連団体や企業も幅広く参画し、官民学が結集するかたちで国内のサプライチェーン構築を目指す。

この施設は、ローマ郊外、ENEAのカサッチャリサーチセンターに設立される。100ヘクタール超の敷地に、約1,000人の研究者を登用するという。水素の製造から輸送、貯蔵、利用に至るまで、研究や技術開発を幅広く進めるハブとなる。ハイテク設備を設け、企業にも技術開発を進める機会と環境を提供する。設立に当たっては、ミッション・イノベーション(注2)に基づき、1,400万ユーロを投じる。

水素は現在、太陽光や風力などの再生可能エネルギー(以下、再エネ)を通じて生成されている。一方で、「水素バレー」で取り組む具体的なプロジェクトとして、例えば廃棄物など別の資源からの生成を目指す技術の研究なども進めることになっている。そのほか、電気分解を通じて再エネを水素に変換する技術(power-to-gasと呼ばれる)の開発も進めるとのこと。施設自体も、水素および水素と天然ガスの混合物を原料とした発電を行うほか、施設内で利用する自動車のための水素ステーションも整備する。

企業間の連携も加速

国レベルの取り組みが広がりを見せる中、各社の強みを合わせるかたちで企業間の連携も着々と進んでいる。例えば、2020年12月、イタリアを代表するエネルギー大手2社のエニとエネルは、グリーン水素プロジェクトを協力して進めることを発表した。再エネで稼働する水電解装置を用いてグリーン水素の製造を目指す2つのパイロットプロジェクトを進め、2022年~2023年の生成開始を目指すという。

イタリア政府が発表した「国家水素戦略予備ガイドライン」では、特に長距離トラック、鉄道車両、化学産業・石油精製の3分野に力点を置いている。その関連分野でも企業間の連携事例がみられる。

天然ガス輸送などを担うイタリアのエネルギー大手スナムは2020年11月、イベコ(産業用重量車両製造)、FPTインダストリアル(エンジン製造)と覚書(MoU)を締結。運輸部門の脱炭素化のため、水素の開発を通じて、技術面・ビジネス面の協力を進めることを確認した(注3)。エンジン製造のFPT、車両製造のイベコ、インフラサービスのスナムの技術を結集し、革新的なビジネスモデルを考案していくとしている。商業用の重量車両だけでなく、小型車両やバスなども視野に入れている。

鉄道車両でも連携がみられる。2020年12月、FNM(鉄道交通運営)、A2A(電気事業者)、スナムの3社間で覚書(MoU)が締結された。3社はロンバルディア州で、グリーン水素を動力として、輸送システム(mobility)の開発を進める。なお、FNMとトレノルド(鉄道交通運営)が水素列車のプロジェクトを発表(2021年5月17日付地域・分析レポート参照)、既存のディーゼル車に代わる水素列車を購入することを表明しているが、本覚書は、列車運行を支援するため、再エネから生まれる水素の供給・補給などのシステムを協力して構築していくことなどを目的としている。

そのほか、エネルグリーンパワー(注4)とサラスが、2021年2月、グリーン水素開発にかかる基本合意書(LoI)を締結している。再生可能エネルギーを動力源とする水電解装置を用いてグリーン水素を生成。サルデーニャ島カリアリにあるサラスの精製所で、その水素を原料として利用するための技術開発を進める。エネルグリーンパワーのサルバトーレ・ベルナベイ最高経営責任者(CEO)はプレスリリース外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますの中で、「化学産業を含む、特に温室効果ガスの排出削減が難しい産業分野において、このような技術の応用法を見定めるためのパートナーシップを常に探している」と述べている。

表:企業間の連携の例(発表年月順)
発表年月 分野 概要
2020年12月 水素開発 エネルギー大手エニとエネルは、グリーン水素プロジェクトを協力して進めることを発表。再生可能エネルギーによって稼働する水電解装置を用いて、グリーン水素の製造を目指す2つのパイロットプロジェクトを進める。2022年~2023年の生成開始を目指す。
2020年12月 輸送システム構築(鉄道) 天然ガスの輸送などを担うイタリアのエネルギー大手スナム、FNM(鉄道交通運営)とA2A(電気事業者)が、グリーン水素を動力とする輸送システム構築促進のための覚書(MoU)を締結。水素列車の運行を支援するため、再生可能エネルギーで生成する水素を供給・補給などのシステムを構築することを目指す。
2021年1月 鉄鋼 エネルギー大手スナムとエジソン、テナリス(エネルギー産業用の鉄鋼パイプなどの製造)が基本合意書(LoI)を締結。3社の技術を持ち寄り、ロンバルディア州ダルミーネにあるテナリスの拠点で、鉄鋼製造の過程で天然ガスに代えてグリーン水素を用いることを目指す。その他、高圧水素の貯蔵設備の設置など、複数のプロジェクトを実施予定。
2021年2月 水素開発 エネルギー大手スナムとヘラが、水素開発に関する技術協力について基本合意書(LoI)を締結。(1)再エネの余剰分をグリーン水素への転換(power-to-gas)に活用する、(2)エネルギーを消費しかつ電力化困難な分野で、発熱用に水素を利用する、(3)ヘラの廃棄物発電プラントで生成する再エネを活用し、水からグリーン水素を抽出するプラントの設立する、ことなどを協力して進める。
2021年2月 水素開発 エネルギー大手エネルグリーンパワーとサラスは、グリーン水素開発にかかる基本合意書(LoI)を締結。サルデーニャ島カリアリにあるサラスの精製所で、再生可能エネルギーから製造した水素を原材料として用いる技術開発を進める。

出所:各社プレスリリース

脱炭素化に向けた取り組みが世界的に加速する中、イタリアでも官民学あるいは企業間の連携が進んでいる。その具体的取り組みに、引き続き注目が集まる。


注1:
イタリア産業連盟はその後、2021年5月に市場規制に特化した水素行動計画PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.29MB)も発表した。
注2:
「ミッション・イノベーション」とは、クリーンエネルギーの研究開発を促進する国際的イニシアチブ。日本を含む24カ国と欧州委員会が参加する。各メンバー国がクリーンエネルギーの研究開発に投じる額を5年間で倍増させることを促進する。5年間の基準年などは各国によって異なる。
注3:
水素のほか、バイオ天然ガスの活用に関わる開発も進めるとしている。
注4:
エネルの子会社。再エネを活用した発電事業を展開する。
執筆者紹介
ジェトロ・ミラノ事務所
山崎 杏奈(やまざき あんな)
2016年、ジェトロ入構。ビジネス展開支援部ビジネス展開支援課・途上国ビジネス開発課、ジェトロ金沢を経て、2019年7月より現職。

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