特集:グリーン成長を巡る世界のビジネス動向世界一の水素大国を目指すオーストリア
再生可能エネルギー拡大法案上程で取り組み加速も

2021年5月17日

オーストリア政府は、脱炭素化へのエネルギー転換を推進。その中で、(1) 2030年までに全ての電力を再生可能エネルギー資源で生産する、(2) 2040年までにカーボンニュートラルを実現する、という野心的な目標を持つ。とりわけ水素の利活用は、その実現に不可欠な要素として位置付けられている。また、再生可能エネルギー拡大法による支援を受け、大学や企業では、水素技術の研究開発が幅広く進められる。実用化に向けた試験も数多い。特に、水素技術の公共交通機関への応用に関して、ポテンシャルの高さに注目が集まっている。

オーストリア政府の水素戦略

オーストリア政府がカーボンニュートラル実現のための手段として水素に注目し始めたのは比較的最近のことだ。国民党・自由党連立政権による2017年の公約で、主に代替燃料としての水素利用について触れられた。もっともこの時点では、具体的な政策案までは示されていない。その後、2019年の議会選挙の際、国民党のセバスティアン・クルツ党首は同党の環境保護戦略を発表。「オーストリアを世界一の水素国家にする」と宣言した。政府が、今後10年間にわたって水素の研究と普及のために総額5億ユーロ以上を投資し、水素研究所の設立、科学者の確保、企業向けの支援措置、水素自動車への買い替え支援金、水素ステーションの設置などを実行し、水素エネルギーの利活用を加速させるというものだった。

さらに2020年1月には、国民党と環境保護を掲げる緑の党による連立政権が発足。この時(2020年1月10日付ビジネス短信参照)、政府は主要課題の1つに脱炭素を挙げ、これを実現するための必要不可欠な要素として水素を位置付けた。「オーストリアを世界一の水素国家にする」という目標は、公約にも明記されている。

カーボンニュートラルの実現を目指し、政府は2020年末までに水素戦略を策定するとしていた。しかし、新型コロナウイルス対策の対応に追われたため、水素戦略の発表は2021年に延期。その結果、オーストリアは水素先進国のフランス、韓国、ノルウェーなどに後れを取るかたちとなった。

2021年3月、再生可能エネルギー拡大法(Erneuerbare Ausbau Gesetz:EAG)案が閣議決定され、議会に提出された。EAG法案では、2030年までにオーストリア国内のすべての電力を再生可能エネルギー資源で賄うための法的枠組みが定められた。2018年時点で、オーストリアでは発電電力量の60.1%を水力発電が占める。その結果、再生可能エネルギーの割合は78.2%にも上る。政府は、2030年までに太陽光発電を10テラワット時(TWh)、風力発電は11TWh、水力発電は5TWh、バイオマスは1Twh増加させる必要があるとして、毎年10億ユーロを投資する方針を示した。また、2030年までに5億ユーロを投じて、再生可能エネルギー資源で生産された電力を使って水を電気分解して生成される「グリーン水素」の導入を推し進める計画も立てた。このようにEAG法案でも、オーストリアのカーボンニュートラル戦略の重要な柱の1つとして水素が位置付けられた。

再生可能エネルギー拡大法案は、2021年の夏までに施行される予定だ。それに先立ち、すでにオーストリアでは水素の研究開発、導入を始めている企業が多数ある。以下にその一部を紹介する。

水素生産の実用例:鉄鋼生産工程

  • 鉄鋼大手フェーストアルピーネの工場(リンツ市に所在)では、グリーン水素生産のためのパイロットプラントが2019年11月から稼働している。この事業は、EUが資金提供するH2FUTUREプロジェクト(注)の一環として、シーメンス、電力大手フェアブンド、配電事業者のオーストリア・パワーグリッドなどと共同で実施された。6メガワット(MW)規模の世界最大級の電解プラントを設置し、生産したグリーン水素を鉄鋼の生産工程に活用する。鉄鋼製造プロセスでの二酸化炭素(CO2)排出削減が期待される。

水素研究の実用例:発電、ガス化

  • 2020年4月にグラーツ市の南にあったメラッハ火力発電所閉鎖後、跡地にイノベーションハブとして、高温電解装置と燃料電池による発電設備のパイロットプラント「Hotflex」が建設された。フェアブンド、グラーツ工科大学、サンファイヤー(ドイツのクリーンテック企業)3者の共同プロジェクトによるもの。この装置の特徴は、水素と電力が両方製造できることだ。そのほか、電気自動車の急速充電ステーションで使用される大容量蓄電池の非常用電源装置としても、試験運転が行われている。
  • フェアブンドは2020年11月、欧州委員会の「欧州共通利益に適合する重要プロジェクト」(Important Projects of Common European Interest:IPCEI)の枠組みで、「青きドナウ・グリーン水素プロジェクト」(Green Hydrogen @ Blue Danube Project)を立ち上げたことを発表した。AVL List、シーメンス、バイエルンオイル、ボッシュなどを含む技術パートナーと共同して、欧州におけるグリーン水素のバリューチェーンの確立を図っている。第1段階では、オーストリアとドイツ・バイエルン州でのグリーン水素の製造と利用を目指し、第2段階では南東欧での再生可能エネルギー資源(太陽光、風力、水力)によるグリーン水素の生産を目指す。南東欧で生産されたグリーン水素は、ドナウ川経由でオーストリアとドイツの利用者(企業、交通)に運ばれる計画だ。

水素研究の実用化:モビリティ

  • 石油大手OMVは2012年、オーストリア初の水素ステーションを設置した。現在、オーストリアには水素ステーションが5カ所ある。
  • OMVとオーストリア郵便は2021年2月、トラック輸送にあたってのグリーン水素の活用について、覚書に合意した。OMVは、燃料電池トラックのために必要なインフラを整備し、グリーン水素を供給する。一方、オーストリア郵便は、燃料電池トラックを試験運転する。2,000台の燃料電池トラックを利用できるようにするための基盤を2030年までに構築することを目指す。そのために、OMVは、シュヴェッヒャート精製所で10MWの水電解装置を建設することを決めた。オーストリア郵便は遅くとも2023年までに燃料電池トラックの利用を開始する予定だ。
  • 自動車のパワートレインやエンジンなどの開発や検査を行うAVL Listでは、約500人の従業員が燃料電池関連の研究開発に従事する。近年は、水素の生産性を20~25%高めるための研究開発に注力。水素トラックの開発では、イベコ、MAN、ダイムラー、ボルボなどの大手トラックメーカーと協力している。さらに、トヨタ「ミライ」の燃料電池の開発にも関わっていた。また、同社は2020年1月、燃料電池と電気のハイブリッド車を発表。グラーツ工科大学、マグナシュタイヤーなどとの共同研究により開発されたパワートレイン(エンジンやトランスミッションなどを含む動力伝達装置)は、純水素エンジンに比べて高効率・低コストを実現し、純EV(電気自動車)より航続距離が長い。この研究は、政府の気候エネルギー基金から359万ユーロの補助金を受けた。そのほか、船舶用の水素エンジンの開発も行っている。
  • 2018年7月、「オーストリア水素トラックプロジェクト(Hytruck‐Hydrogen Truck Austria)」が発足。このプロジェクトは、特殊消防車メーカーのローゼンバウアー、トラックメーカーのFMF(IVECO)、AVL Listなどのほか、運送業のシェンカーなどが参加するコンソーシアムによって立ち上げられたもの。燃料電池トラックとそのために必要なインフラの開発を進めている。
  • グラーツ市エネルギー機構とグラーツ工科大学道路・交通研究所は2019年5月、市内の公共交通機関のCO2排出ゼロを目標とする「move2zero」プロジェクトを立ち上げた。電気バス7台と燃料電池バス7台の試験運転を予定しており、グラーツ市のバスセンターには水素ステーションを設置する。
  • 郵便局の子会社として発足し、現在はオーストリア国鉄(ÖBB)の子会社であるポストブスは、長期的に同社のバスを代替燃料車両に切り替える計画を立てている。2018年にはウィーン市とウィーン空港を結ぶ路線で燃料電池バスの試験運転を実施した。また、2021年2月、ポーランドの大手バスメーカーのソラリスとの間で、2023年までに最大40台の燃料電池バス「ウルビーノ12」を購入する包括協定に調印した。
  • ウィーン市交通局(Wiener Linien)は2020年6月、坂道が多いウィーン19区で、ソラリスの燃料電池バス「ウルビーノ12」を試験運転。2023年までに燃料電池バス10台を導入する計画だ。この計画では、ウィーン・エネルギーが2.5MWの電解装置を建設してグリーン水素を供給、配電事業者のウィーナー・ネッツェが水素ステーションを設置することを検討している(稼働は2021年の予定)。
  • ÖBBは2020年9月から10週間、燃料電池列車を試験運転。ÖBBによると、試験運転の結果は良好で、航続距離の長さ、充填(じゅうてん)時間、起伏のある線路の走行も問題なかったという。
  • オーバーエースタライヒ州の溶接機・バッテリー技術大手のフロニウスは、自治体、企業向けに小型水素製造装置SOLHUBを開発した。小規模でグリーン水素の製造、貯蓄、供給と再発電を可能にした。同装置は、太陽光による電力を利用して、固体高分子(PEM)方式の水電解により1日当たり51リットルのグリーン水素を製造する。SOLHUBは2020年、エネルギー業界におけるヨーロッパ最大のプラットフォーム「ザ・スマーターEアワード」の「スマート再生可能エネルギー賞」を受賞した。

水素研究の実用化:その他

  • 経済の脱炭素化に向けて、「オーストリア電力・ガス関連水素イニシアチブ旗艦地域(WIVA P&G: Wasserstoffinitiative Vorzeigeregion Austria Power & Gas)」が各地に指定されている。グリーン・エネルギー、グリーン・インダストリー、グリーン・モビリティの3分野で、30以上のプロジェクトが実施済み。これらプロジェクトを通じて得た専門知識と独自のイノベーションプロセスによる、グリーン水素社会実現への貢献が期待される。

オーストリアでは、様々な用途で水素技術の実用化に向けた取り組みが進められている。水素普及の過程において、日本企業の得意とする技術力を生かした連携が期待される。


注:
2008年に欧州委員会と産業界によって立ち上げた官民パートナーシップ「燃料電池と水素の共同事業(Fuel Cells and Hydrogen Joint Undertaking)」で実施されているプロジェクトの1つ。水の電気分解により、水素などのガスを生産する技術の開発、実証試験を行っている。
執筆者紹介
ジェトロ・ウィーン事務所
エッカート・デアシュミット
ウィーン大学日本学科卒業、1994年11月からジェトロ・ウィーン事務所で調査(オーストリア、スロバキア、スロベニアなど)を担当。

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