特集:グリーン成長を巡る世界のビジネス動向主要国で進む水素利活用の戦略策定(2)米州、アジア、資源輸出国の動き

2021年10月15日

水素の活用に向けて実施されている実証プロジェクトや、主要国・地域の水素戦略について、前編「主要国で進む水素利活用の戦略策定(1)ヨーロッパの動き」では欧州を中心に取り上げたが、欧州以外の地域でも、水素の利活用や産業としての育成に関する政策の策定が相次いでいる。水素戦略という名称を掲げていなくとも、エネルギー政策や気候変動対策、燃料電池車に関する政策をベースに水素の利活用やそのためのインフラ整備、実証プロジェクトを進めている国・地域がある。後編では、米州、アジア、資源輸出国の状況を解説する。

実証プロジェクトが進む米国、国家水素戦略を策定したチリ

米国では、エネルギー省主導で水素および燃料電池関連の実証プロジェクトであるH2@Scale Project外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますが進められている。例えば、テキサス州では米国のコンサルティング・調査企業のフロンティアエナジーが、三菱重工業とトヨタ・モーター・ノース・アメリカ、テキサス大学オースティン校、新エネルギー研究開発機関GTIなどと連携し、共同でプロジェクトを推進している(2020年9月17日付ビジネス短信参照)。

このほか、州単位で、輸送部門のGHG(温室効果ガス)排出抑制の手段として水素燃料電池車の導入が進められている。例えば、カリフォルニア州(注1)では、ゼロエミッション車行動計画が策定され、2018年の改定時に、20の水素ステーションの設置を目標に定めた。

メキシコは、エネルギー主権を重視するアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(AMLO)政権の誕生によって、脱炭素化に急ブレーキがかかっており、水素に関する明確な法的枠組みも現時点では存在していない。しかし、2020年末にメキシコ水素協会(AMH)が設立され、メキシコの水素産業発展に向け、政府と連携した国家戦略構築などを計画している(2021年7月26日付地域・分析レポート参照)。同時に、太陽光発電を活用したグリーン水素の生産など、2件のプロジェクトが始動している。

チリは、2020年11月にグリーン国家水素戦略を発表した。同戦略は、(1)2030年までに世界一安価なグリーン水素を生産する体制を構築すること、(2)2040年までに世界トップ3の水素の輸出国家となること、(3)2025年までに電気分解の設備容量を5ギガワット(GW)に増加させること、の3本柱からなる(2021年5月17日付地域・分析レポート参照)。既に複数国・組織との連携の動きがみられ、国内初のグリーン水素プラントプロジェクトであるHighly Innovative Fuelsにポルシェやシーメンスなどのドイツ企業が参画、さらにドイツ政府による金融支援も行われた。このほか、チリのエネルギー省はシンガポールの貿易産業省、オランダのロッテルダム港湾局ともそれぞれMOU(覚書)を締結している。

アルゼンチンも、2021年下半期中の国家水素戦略策定を計画している(2021年5月25日付ビジネス短信参照)。すでに、2006年公布の水素推進法や、再生可能エネルギー促進に関する法律によって法的枠組みは整備されており、グリーン水素を経済成長のための資源としたい考えだ。

輸送分野を中心に水素活用を進めてきた中国

中国では、輸送分野を中心に水素や燃料電池の活用・導入が進められてきた。国家レベルでは、2016年10月に「省エネ・新エネ自動車技術ロードマップ」、2018年2月に「中国製造2025重点領域技術イノベーショングリーンブック技術ロードマップ(2017)」を発表し、2020年、2025年、2030年までの水素ステーションや水素燃料電池車の導入、技術開発などに関する目標を掲げた。地方政府レベルでは、10以上の都市で水素産業に関する発展計画があり、水素燃料電池車や水素ステーションの導入が進められている(2019年6月18日付地域・分析レポート参照)。

自動車以外の分野については、2019年に発表された「中国水素エネルギーおよび燃料電池産業白書」で、船舶、鉄道、定置用燃料電池の分野を含む水素燃料電池の開発ロードマップが示されている。今後、化石燃料由来の割合を徐々に下げ、グリーン水素生産の割合を高めていく方針だ。中国の水素供給に占めるグリーン水素の比率は2020年が3%だが、この比率を2030年に15%、2050年までに70%まで引き上げる見通しだという(詳細は「中国の気候変動対策と産業・企業の対応」参照)。

韓国は、2019年に「水素経済の活性化におけるロードマップ」を発表し、水素を燃料電池や様々なモビリティなどに活用するとした。2040年までに、発電用燃料電池の設備容量を15GW(うち、内需分として8 GW)規模まで拡大する予定で、今後、継続的に拡大する計画である。また、南西部のセマングム(干潟)に再生可能エネルギーとグリーン水素などを主要エネルギーとするグリーン産業団地を造成し、再生可能エネルギーとグリーン水素実証事業を推進する計画である(2021年5月17日付地域・分析レポート参照)。さらに、2020年12月には「2050年カーボンニュートラル推進戦略」を公表し、水素を利用した低炭素化を促進するとした(2020年12月17日付ビジネス短信参照)。例えば、商用化に向けたグリーン水素タービンの開発や、グリーン水素流通インフラの構築などを進める。またCCUS(二酸化炭素回収・有効利用・貯留)においては、実証実験や貯留施設の構築による早期商用化を目指すほか、CO2を燃料、原料として再合成する炭素循環産業を育成する。

日本は、2017年に水素基本戦略を策定、その後、同戦略で掲げた目標達成のため2019年に新たな水素・燃料電池戦略ロードマップ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(注2)を発表した。ロードマップでは、サプライチェーンや水素の利用などについて、具体的な目標と取り組みを示している。生産から供給までのサプライチェーンでは、グリーン水素とブルー水素の両方にそれぞれ目標を定めている。グリーン水素については、水電解装置の高効率化、耐久性向上などによる製造技術確立を目指す。ブルー水素については、供給コストを既存のエネルギーと比べて遜色ない水準まで低下させるため、褐炭ガス化炉の大型化・高効率化、高効率な水素液化を可能とする技術の開発、低コストな二酸化炭素貯留(CCS)技術の開発などが掲げられている。水素利用については、電力、モビリティ、産業プロセスおよび熱利用、燃料電池に分けて目標を定めている。例えば、モビリティでは燃料電池車の価格競争力向上のため、関係機関間の技術情報・課題の共有、燃料電池車の主要技術のコスト低減を掲げている。主要技術のコスト低減には、燃料電池の触媒として利用される貴金属の使用量低減に向けた技術や、車載水素タンクのコストのうち大部分を占める炭素繊維の使用量低減のための技術の開発を行うことなどが含まれる。

資源輸出国も水素生産に注力

資源輸出国でも、水素製造やサプライチェーン構築に向けた動きが進む。資源輸出国では、グリーン水素の製造計画に加え、天然ガスなどが安価に手に入ることを生かしたブルー水素製造を進める国もみられる。

オーストラリアは、2019年に策定した国家水素戦略外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを基に、2030年にブルー水素を含むクリーン水素の輸出大国としての地位確立を目指す。オーストラリアは世界最大の液化天然ガス(LNG)輸出国だが、脱炭素化の潮流を受け、クリーン水素(グリーン水素とブルー水素)を次世代の輸出資源と位置づけている。2020年 5 月にはアドバンシング・ハイドロジェン・ファンドを設立し、同戦略の優先事項に基づく、水素の生産、輸出や国内サプライチェーンの構築、水素ハブの設置、水素の国内需要創出などのプロジェクトに資金を提供している。さらに、国家水素戦略に加え、GHG低排出技術に関する戦略を示す「技術投資ロードマップ」の策定を2020年5月に発表した。同年9月には、同ロードマップに基づく声明外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますで、水素や電力貯蔵を含む低排出技術、CCSなどが既存の技術と同程度の費用対効果をもたらすことができるよう、数値目標を設定し、水素については、生産コストを1キログラム当たり2オーストラリア・ドル(約162円、豪ドル、1豪ドル=約81円)未満と定めた(2021年5月21日付地域・分析レポート参照)。

サウジアラビアでは、スマート都市NEOMで再生可能エネルギーとグリーン水素、グリーンアンモニアを製造する計画が進められている(2021年6月2日付地域・分析レポート参照)。サウジアラビアのACWAパワーと米国エアープロダクツ、NEOM事業会社の3社は2020年7月、日量650トンのグリーン水素と、そこから年間120万トンのグリーンアンモニアを製造する世界最大の施設を建設することで合意した。なお、サウジアラビアでは、グリーン水素およびアンモニアだけでなく、ブルー水素およびアンモニアに関する実証実験も行っている。

アラブ首長国連邦(UAE)では、太陽光発電を活用したグリーン水素と、天然ガス由来のブルー水素関連プロジェクトが進展している(2021年9月1日付地域・分析レポート参照)。例えば、2021年1月に、アブダビ政府系ファンドのムバダラ・インベストメント、同じく政府系持ち株会社のADQ、アブダビ国営石油会社の3社が「アブダビ水素アライアンス」の設立を発表した。同アライアンスは、アブダビをブルー・グリーン水素の国際ハブにすることを目指しているという。

水素利活用に向けた基盤構築とコスト低減のための取り組み

前・後編に分けて、各国・地域の水素に関する政策を概観したが、資源輸出国を含む多くの国で、グリーン水素やブルー水素の製造、インフラ構築に関する施策が導入されていた。中でも、グリーン水素は価格が高く、普及ハードルが高いことから、製造・供給コスト低減のための取り組みがみられた。

世界規模で脱炭素化に向けた動きが加速する中、クリーンなエネルギーとして、グリーン水素やブルー水素の重要性は高まると考えられる。それに伴い、水素の製造から利用に至るまでのサプライチェーン構築、CCSや再生可能エネルギー、電解槽など関連技術の開発、水素ビジネスの競争力強化が世界各地で進むだろう。


注1:
カリフォルニア州は、グリーン水素[1]の生産・輸送に関する主要要素のコストおよびパフォーマンスを評価・予測した「カリフォルニア州での再エネ由来水素製造設備の配備・構築ロードマップPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(13.32MB)」を発表している。その分析によると、グリーン水素の工場渡し価格は2030年までに1キロあたり2~3ドルになる見込みだ。さらに、グリーン水素の需要は2030年までに年間40万トン超、2050年には400万トンに達する見込みで、2050年までに追加で数百の水素製造拠点設立が必要になると分析している。
注2:
水素・燃料電池ロードマップは、2014年6月にとりまとめられた後、2016年に家庭用燃料電池や燃料電池車を含む内容に改定された。2019年に発表されたロードマップは、水素基本戦略や第5次エネルギー計画を踏まえて、具体的なアクションプランなどが追加された。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部国際経済課
柏瀬 あすか(かしわせ あすか)
2018年4月、ジェトロ入構。海外調査部国際経済課、市場開拓・展示事業部海外市場開拓課を経て現職。

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