特集:グリーン成長を巡る世界のビジネス動向カーボンニュートラルの実現を経済復興の焦点に(フランス)

2021年6月7日

フランスでは、2015年に制定した「グリーン成長のためのエネルギー転換法」を改正した「エネルギー・気候法」が2019年11月10日に施行された。これにより、2050年にカーボンニュートラルを達成することが、エネルギー・環境政策の大きな柱として位置付けられた。これを受け、セクター別の目標や政策措置を含むカーボンニュートラル達成に向けた新たなロードマップとして「国家低炭素戦略」が2020年4月に大幅に改定された。2020年9月に発表された経済復興策の中にも、電気自動車(EV)の購入支援の強化や建築物の省エネ改築支援など合わせて約300憶ユーロのエネルギー・環境対策が盛り込まれた(2020年9月7日付ビジネス短信参照)。

4つの野心的課題を盛り込んだエネルギー・気候法

エネルギー・気候法は、2050年のカーボンニュートラル達成に向け、以下の4点に焦点を当てている。

  • 化石燃料の依存度を減らし、再生可能エネルギーの開発を加速(2030年までに化石燃料消費量を2012年比で40%削減、2022年までに石炭火力発電停止、クリーン水素プロジェクトの推進など)
  • 建築物の熱効率向上(建築物の改修促進、エネルギー効率監査実施など)
  • 気候政策の運営、管理および評価のための新しいツールの導入(独立諮問機関の設置、国家低炭素戦略の達成状況の5年ごとのレビュー・改定など)
  • エネルギー価格の適正化管理(電力・ガス料金の監査など)

また、これらのほか、電源構成の多様化・原子力依存度の低減(2035年に発電設備容量ベースで構成比50%)などが盛り込まれている。

カーボンニュートラルの目標達成の鍵となる運輸部門の排出量削減

フランスにおける温室効果ガス排出量のセクター別の内訳は、運輸部門が全体の30%を占め、建築物(19%)、農業(19%)、工業プロセス(17%)、エネルギー(12%)、廃棄物(3%)と続く。原発依存度の高さを背景に、エネルギー部門における排出量の比重が比較的小さいのが特徴的だ。こうした現状を踏まえ、国家低炭素戦略は2050年のカーボンニュートラルを目指し、運輸、建築物、農業、エネルギー、工業などの各セクターで2050年までに達成すべき排出量削減目標を定めている。

運輸および建築物部門ではゼロ・エミッション、農業部門では2015年比で46%削減、工業部門で同81%減、エネルギー部門でゼロ・エミッション、廃棄物部門で同66%減を目指す。これに向けて、すべてのセクターにおけるエネルギー消費量の半減やエネルギー転換、農業、工業プロセスにおける脱炭素化のほか、森林管理や土壌改良、森林再生などによる二酸化炭素(CO2)吸収量の拡大を促進する。エネルギー部門の脱炭素化については、原発依存を2035年までに現行の71%から50%に縮小しつつ、再生可能エネルギーの割合を高める。

温室効果ガスの排出量が最も多い運輸部門では、2030年までに2015年比で28%減を中期目標に掲げる。乗用車新車販売台数における電気自動車または燃料電池自動車の割合を2030年に35%、2040年に100%とすべく買い替え支援制度を拡充する一方、普及に向け充電ステーションや水素ステーションなどインフラ整備を推進する。また、相乗りやテレワークを奨励することで自家用車の使用を抑制するほか、バス、トラムウェイ、列車や自転車など温室効果ガスの排出量の少ない交通手段の利用普及を奨励する。

フランスでは、従来から電気自動車の購入に対しては環境報奨金を、また低公害車への買い替えには補助金を給付しているが、2020年は新型コロナウイルス感染症で打撃を受けた自動車産業に対する支援策として低公害車の購入支援措置を拡充した。

環境報奨金は、電気自動車の新車を購入またはリース契約した場合、最大で個人向けに7,000ユーロ、法人向けに5,000ユーロを支給。価格が5万ユーロ以下で、航続距離が50キロを超える充電式(プラグイン)ハイブリッド車(PHEV)の購入またはリース契約に対しては、2,000ユーロを支給している(2020年6月18日付ビジネス短信参照)。

買い替え補助金は、2006年1月より前に新規登録されたガソリン車と2011年1月より前に新規登録されたディーゼル車を廃車し、電気自動車または航続距離が50キロを超えるPHEVに買い替えた場合、2,500ユーロを補助。内燃自動車への買い替えについても、排ガスレベル認定シール(Crit’air)1レベルまたは2レベル(注)に認定された車に買い替えた場合、1,500ユーロを補助する。基準課税所得が6,300ユーロ以下の低所得層が買い替えた場合は、補助金が倍増される(2020年7月30日付ビジネス短信参照)。

2021年7月1日からは、環境報奨金は現行の支給額から1,000ユーロ減額され、買い替え補助金はCrit’air 2レベルに認定された車が適用対象から除外される。ただし、低公害車への買い替えは今後も継続される。政府は、2020年9月に発表された総額1,000億ユーロの経済復興策の中で、2022年までの低公害車への買い替え支援に19億ユーロを充てた。

経済復興策の中で排出量の削減政策を強化

経済復興策では、カーボンニュートラルに向けた政策措置として、低公害車への買い替え支援のほかに、建築物の省エネ改築支援(67億ユーロ)、製造業の脱炭素化促進(12億ユーロ)、鉄道インフラ整備(47億ユーロ)、環境に優しい農業への転換(25億ユーロ)、国家水素戦略(20億ユーロ)などが盛り込まれ、2030年までに総額300億ユーロを充てる。国家水素戦略では、600万トンのCO2排出量の削減を目指し、水電解によるクリーン水素製造セクターの創出、製造業の脱炭素化、クリーン水素を燃料とする列車、航空機など大型モビリティの開発を促進する。

建築物部門については、国家低炭素戦略の中で、省エネ改装促進措置の実施や新築建造物の暖房設備などの温室効果ガスの排出量に関する規制強化、建築材料のエネルギー効率向上などの目標達成に向けた政策の方向性が提示された。これに従い、経済復興策の中で、住宅、公共施設、中小・零細企業向けの省エネ改築に対する補助金制度の拡充が盛り込まれた。2021年1月から、低所得世帯だけでなく、全ての持ち家世帯のほか、大家(貸主)、マンション管理組合による省エネ改築費用にも補助金支給の適用対象を広げた。コロナ禍で住宅の省エネ改築が加速しており、政府発表によれば、2021年1~3月に11万件以上の省エネ改築案件に総額11億ユーロの補助金を支給した。

製造業の脱炭素化については、工場におけるバイオマス熱利用や廃熱利用による省エネを目指した民間投資プロジェクトを公募・選定し、2022年までに12億ユーロの補助金を支給する。経済・財務・復興省の発表によれば、2021年4月までにバイオマス熱利用にかかわる民間投資プロジェクトを38件選定し、新規投資に1億1,000万ユーロ、運転資金として1億8,200万ユーロの補助金を支給して支援した。同プロジェクト実施により、年間64万6,000トンのCO2排出量の削減につながる見通し。

また、農業部門では、再生可能エネルギーの普及、農地の土壌再生・改良や森林の適正な管理などを通じ、CO2吸収減の強化を促進する。経済復興策の中では、造林事業に1億5,000万ユーロの補助金支給などが盛り込まれた。

カーボンニュートラルを目指した、こうした追加政策措置により、フランスは国家低炭素戦略で定めたCO2排出量の目標を達成する見通しが強まった。経済評価・分析で定評のある仏経済研究所レクセコード(REXECODE)は2021年1月、経済復興策の温室効果ガス削減に関する追加措置が貢献する2020年から2030年までの温室効果ガス排出量の削減量はCO 2換算で1,200万トンで、2030年の排出量は3億1,500万トンになるとし(措置がなかった場合は3億2,700万トンと試算)、国家低炭素戦略で設定された3億1,000万トンの目標に近づく、と試算した。


注:
排ガスレベル認定シール(Crit’air)1レベルはPHEVとEURO5、EURO6を満たし、2011年1月1日以降に新規登録されたガソリン車。2レベルはEURO4を満たし、2006年1月1日から 2010年12月31日までに新規登録されたガソリン車と、EURO5およびEURO6を満たし、2011年1月1日以降に新規登録されたディーゼル車。
執筆者紹介
ジェトロ・パリ事務所
山﨑 あき(やまさき あき)
2000年よりジェトロ・パリ事務所勤務。
フランスの政治・経済・産業動向に関する調査を担当。

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