特集:グリーン成長を巡る世界のビジネス動向BCG経済モデル実現に向け、EVや工場グリーン化の取り組み進む(タイ)

2021年4月28日

タイのプラユット首相は2021年1月、バイオ・循環型・グリーン(BCG)を国家戦略モデルに据えると表明した。主に農業生産の効率化やバイオマス、廃棄物利用などが主軸だったBCGだが、環境への配慮や持続可能性、二酸化炭素(CO2)削減といった観点から、タイ国内では電気自動車(EV)産業や工場のグリーン化などへの関心もますます高まっている。本稿では、BCGモデル、EV、グリーン・ファクトリーという3つの観点から、タイで起きているグリーン政策・産業の概要を紹介する。これらの分野は、デジタル産業とは異なり、現実世界でのモノの生産や移動の効率化、省エネに関わる部分が大きく、製造や物流に一日の長がある日本企業の技術やノウハウに期待される部分も大きい。

成長エンジンとして期待されるBCG経済モデル

プラユット首相は2021年1月、BCGを国家戦略モデルに据えると表明した。タイ政府は、BCG経済モデルを達成するための戦略計画を2021年から5年間にわたって実行する(2021年1月21日付ビジネス短信参照)。年始のプラユット首相によるこの方針の発表以来、BCGに関連した政策の発表や企業の取り組みが目立ち始めている。

「BCG」というキーワードは、2018年11月にタイの国家科学技術イノベーション政策委員会(STI)が「BCG in ActionPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(3.27MB)」という白書を首相に提出したことに端を発する。BCGのコンセプトは、バイオ経済と循環型経済、グリーン経済の3つの経済開発を統合したもので、農業の多様性というタイの強みを生かしつつ、環境に配慮しながら効率的な生産を行い、持続的な成長を目指すというものだった。日本などの先進国を手本としており、経済産業省や産業技術総合研究所、日本LCA学会、産業環境管理協会(JEMAI)、LCA日本フォーラム、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が協力し、ライフサイクルアセスメント(LCA、注)の基礎インフラを構築した事例が白書の中で取り上げられている。

その後、STIを管轄する高等教育・科学研究イノベーション省(MHESI)は、2019年11月に「BCG in Action: 新たな持続的成長エンジンPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.63MB) 」という概要書を発表した。直近10年間のタイの経済成長率が平均3%にとどまっていることから、BCGを単なる環境政策としてではなく、(1)食品と農業、(2)医療と健康、(3)バイオエネルギー、バイオマテリアル、バイオケミカル、(4)観光、クリエーティブ経済の4分野に焦点を当てつつ、成長のドライバーとしていく方針が打ち出された。

BCGへの投資申請は前年比17%増に

MHESI主導で推進していたBCGだが、2020年から他の省庁や民間企業にも影響するようになった。タイ投資委員会(BOI)は2020年7月、BCG産業への投資に対して税制恩典を付与することを発表し、企業投資に影響を与えるようになった。BOIによると、2020年のタイ国内におけるBCG産業への投資申請額は前年比17%増の1,148億7,600万バーツ(約4,021億円、1バーツ=約3.5円)に上った。投資申請件数も494件と、前年の450件から10%増となった(2021年3月8日付ビジネス短信参照)。

しかし、具体的に「BCG産業」が何を指すのかは不透明な部分がある。ジェトロによるBOIへのヒアリングでは、「BOIの判断による」という回答を得ており、制度構築がまだ続いている段階といえる。BOIは2020年7月に布告を公表し、(1)植物・野菜・果実・花の品質選別や包装・保存、(2)冷蔵・冷凍倉庫、冷蔵・冷凍運輸(環境負荷の低い冷媒を使用)、(3)動物用飼料・飼料成分の製造、(4)植物工場、(5)スマートシティー地域開発事業(スマート環境サービスを提供するもの)・関連システム開発事業などに新恩典を付与したり、恩典取得要件の緩和を行ったりした(2020年9月15日付ビジネス短信参照)。

BOIは2021年3月の発表で、BCG産業として投資促進する対象は「消費者に近い川下産業だけでなく、植栽や動物の飼育などの川上産業も含む」とする。前述した2020年7月の布告での(1)~(5)のほか、(6)最新の農業システムやバイオ技術を用いた生産・サービス、食品加工、(7)バイオ燃料生産も事例として挙げている。

また、2019年時点での「BCG産業」への投資では、金額が大きかった業種では表1のようなものがあり、今後、関連投資を考える上で参考となろう。再生可能エネルギー発電や農産品からの燃料製造、農産品廃棄物からのバイオマス燃料製造など、カーボンニュートラルや脱炭素に資する事業への投資額が大きいことがわかる。

表1:2019年の主なBCG産業の投資認可額(業種別)
業種 件数 金額
最新技術を用いた食料品・調合物製造など 86 14,593
再生可能エネルギー発電 249 14,306
農産品からの燃料製造 4 9,409
不要材の再利用 3 4,511
基礎ゴム加工 16 3,258
農産品廃棄物からの燃料製造(バイオマスなど) 9 2,887
分子生物学、生物学的活性物質の研究開発・製造 2 2,881
廃棄物固形燃料による発電 4 2,346
家畜・水生動物(エビを除く)養殖 19 2,342
天然ゴム製造 4 2,136
動物用飼料または飼料成分の製造 9 1,889
加工でんぷんまたは特殊植物からの製粉 5 1,880
植物または動物からの油脂の製造(大豆油を除く) 8 1,805
環境配慮型化学品・ポリマー製造 2 1,804
廃棄物処理 2 1,465
家畜または水生動物の繁殖 3 1,282
植物、野菜、果物、花の品質選別、包装、保存 8 967
農業副産物・残りくずからの製造 9 766
皮革なめしまたは皮革仕上げ 3 545
圧縮バイオマス固形燃料の製造 6 477
冷蔵・冷凍倉庫、冷蔵・冷凍運輸 5 467
薬品製造 3 445
環境にやさしいポリマーからの製品の製造 2 371
合計(その他含む) 481 74,018

注:2020年のBCG産業のカテゴリーと一致していない可能性がある。
出所:タイ投資委員会(BOI)資料からジェトロ作成

2030年までにEV比率50%を目標

EV産業にかかる動向も、BCGに伴い、より活発化がみられている。BOIによるカテゴリー上、EVはBCGには含まれないが、プラユット首相は環境負荷の低減という同じ視点で重視している。中国の長城汽車は2020年に自動車工場をタイ東部ラヨン県に設置することを発表し、同社幹部は2021年2月にプラユット首相と会談している(タイ政府発表外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )。会談でプラユット首相は「長城汽車がASEANでの自動車製造拠点、特にEV製造拠点としてタイを選択したことに感謝する。EV製造は、環境負荷を最小化する技術・イノベーションの利用を促進するタイ政府のBCG政策に関連している」と述べている。

タイのEV政策は、タイ国家電気自動車政策委員会(NEVPC)が策定しており、2030年までに国内自動車生産台数のうち30%(250万台のうち75万台)をEVとする目標を掲げていた。NEVPCは2021年3月、この目標を50%(125万台)に引き上げることを検討している(2021年3月18日付ビジネス短信参照)。新たな目標を設定し、国内の自動車メーカーや政府機関、電力会社に対し、充電施設の不足や充電時間の長さといった問題の解決を促す。

しかし、実現性には疑問を呈する声も多い。タイ電気自動車協会によると、タイのEV累計登録台数(二輪・三輪・バス・トラックを含む)は2020年末時点で、バッテリー電気自動車(BEV)が5,685台(うち四輪は2,202台)、ハイブリッド車(HEV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)が18万6,272台(同17万9,034台)となっている。年間の新規登録台数はHEV・PHEVが3万2,264台、BEVは2,999台(同1,288台)にとどまる(図参照)。合計しても4万台に及ばず、125万台への道のりは長い。エネルギー省のクリット次官は「EVの価格の高さも購入者にとって障害だ。しかし、EV技術は急速に発達しており、価格は時が経てば手頃になるだろう。タイ政府は2040年までにEV価格が内燃機関自動車と同等になると予想している」と述べている。

図:電気自動車の年間新規登録台数

HEV/PHEV
タイのHEV、PHEV登録台数。年間の新規登録台数はHEVおよびPHEVが3万2,264台。

出所:タイ電気自動車協会

BEV
タイのBEVの登録台数。年間の新規登録台数はBEVは2,999台にとどまる。

出所:タイ電気自動車協会

高価格が課題のBEV

タイ電気自動車協会によると、2020年現在、タイで販売されている主なBEVは表2の通り。高野自動車用品製作所(東京都大田区)が出資するタカノオート・タイランドのピックアップトラック「TTE500」や、FOMM(神奈川県川崎市)が出資するFOMMアジアの小型BEV「ONE」がタイで生産され、小売価格は43万8,000バーツ~66万4,000バーツ。それ以外は外国からの輸入販売で、特に欧州車については自由貿易協定(FTA)がなく、MFN税率が適用されるため高関税となっている。500万バーツを超えるモデルもあり、購入できる層は自ずと限られる。

表2:タイの主なバッテリー電気自動車(BEV)
メーカー モデル ソケット
タイプ
走行距離
km
バッテリー容量
kWh
原産国 輸入税
物品税
小売価格
1,000バーツ
TAKANO TTE500 AC type 2 100 11 タイ 0 438
FOMM ONE AC type 2 160 11.8 タイ 0 664
BYD M3, T3 AC type 2 300 50.3 中国 0 8 999~
1,089
MG ZS EV AC type 1 &CCS2 337 44.5 中国 0 8 1,190
BYD e6 AC type 2 400 80 中国 0 8 1,400
日産 LEAF AC type 1 &CHAdeMO 311 40 日本 20 8 1,490
現代 IONIQ
Electric
AC type 2 &CCS2 280 28 韓国 40 8 1,749
現代 KONA
Electric
AC type 2 &CCS2 312~
482
39.2
~64
韓国 40 8 1,849~
2,259
MINI MINI Cooper SE AC type 2 &CCS2 217 32.6 英国 80 8 2,290
起亜 All-New
Soul EV
AC type 1 &CCS2 452 64 韓国 40 8 2,387
BMW i3s AC type 2 &CCS2 280 33 ドイツ 80 8 3,730
アウディ e-tran 55
quattro
AC type 2 &CCS2 417 95 ベルギー 80 8 5,099
ジャガー I-PACE AC type 2 &CCS2 470 90 英国 80 8 5,499~
6,999

出所:タイ電気自動車協会


モーターショーで関心を集める中国系MGのEV(2020年12月13日、ジェトロ撮影)

一方、HEVやPHEVの状況はというと、現地生産を始めている企業も多い。BOIの2021年1月時点の資料PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます) (2.34MB)によると、既に日産、トヨタ、ホンダの3社がHEVを、BMW、メルセデス、三菱自動車、MGの4社がPHEVの生産販売を開始している。EV用部品製造事業も14プロジェクト・100億バーツが奨励事業として認可されており、台湾系デルタ・エレクトロニクスや日系ジャトコなどによるバッテリーやトラクションモータ、空調システム、インバーター、車載充電器などがタイで製造される計画だ。

表3:タイの電気自動車製造事業の奨励プロジェクト
項目 HEV PHEV BEV
事業数 5 7 14
生産計画 35万2,500台 9万2,240台 12万6,140台
奨励企業 マツダ、日産、三菱、トヨタ、ホンダ BMW、メルセデス、アウディ、マツダ、三菱、トヨタ、MG BMW、アウディ、開沃汽車、SMM、三菱、トヨタ、MG、タカノ、日産、マツダ、メルセデス、FOMM、ホンダ、MINE
奨励証書発給済み マツダ、日産、三菱、トヨタ、ホンダ BMW、メルセデス、マツダ、三菱、トヨタ、MG 開沃汽車、三菱、トヨタ、タカノ、日産、マツダ、メルセデス、FOMM、ホンダ、MINE
生産開始・流通済み 日産、トヨタ、ホンダ BMW、メルセデス、三菱、MG タカノ、FOMM

出所:タイ投資委員会(BOI)

BOIは2021年1月の布告により、今後はHEVやPHEVのみの製造事業は恩典対象とせず、BEVの製造を必須要件とした(2021年2月16日付ビジネス短信参照)。EV(総称としてのxEV)のうち、BEVだけを拡大させるのか、それともHEVやPHEVなども含めて成長させるのか、政府の方針が関係者から関心を集めている。

全国7万工場のグリーン認定を目指す

最後に、「グリーン・ファクトリー」についても取り上げたい。タイのスリヤ工業相は2021年3月、2025年までにタイ国内の7万1,130工場の全てにグリーン産業認証を取得させ、「グリーン・ファクトリー」化を推進するよう工業省工業局(DIW)に指示したことを明らかにした(2021年3月17日付ビジネス短信参照)。この政策もBCG構想に沿ったもので、政府の「グリーン産業の企業の促進と発展のための行動計画」(2021~2037年)の一環という。同計画では、企業の事業効率の向上や環境面での品質改善などに重点を置いている。

工業省は2011年にグリーン産業プロジェクトを立ち上げ、企業の環境配慮や社会的責任を促進する取り組みを行っている。2021年1月末時点でグリーン産業認証を取得した工場は約2万社に上る。グリーンというと縁遠い存在のようだが、この政策は少なくとも工場を持つ日系企業の全てに影響する可能性がある。DIWは、事業者がグリーン産業認証を申請するためのガイドラインとして、eラーニング外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますグリーン産業マニュアルPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(10.45MB)をウェブサイト上で提供している。マニュアルでは、グリーン産業の定義や原則、実践ガイドライン、グリーン産業認証の取得手順などを記載しており、各工場では情報収集しつつ、グリーン・ファクトリーとしての認定を受けることが推奨されよう。

製造業が集積するタイでは、工場周りのグリーン化に取り組む動きがみられる。三菱自動車は2021年2月にレムチャバン工場で大規模な太陽光発電設備の稼働を開始した(同社プレス発表外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )。タイの日用品大手サハグループも、同年3月に浮体式太陽光発電システムを自社工業団地に導入したことを明らかにした。

工場におけるエネルギー消費以外の観点では、豊田通商が通勤バスのスマートモビリティー化により、交通渋滞やCO2の排出量削減に取り組む(同社プレス発表外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )。タイでは、工場休閑期や残業対応時に、空車率が高いまま通勤バスの配車を行わざるを得ないなど、非効率な運用が課題となっている。同社は2021年2月に工業団地向けの通勤バスサービス事業を展開するATP30への出資を発表。デジタル技術を活用し、通勤バス配車計画を自動最適化し、乗車率を向上させる。効率化による環境への貢献が期待できる。

本稿では、タイにおけるBCG構想、EV、グリーン・ファクトリーの3点を取り上げたが、タイ政府が2021年からグリーン政策に力を入れ始めたのと同時に、再生エネルギーの生成からエネルギー利用の効率化、省エネ、人やモノの輸送の効率化まで、さまざまな観点で企業のグリーンに対する取り組みが見られ始めている。タイ政府や民間企業にも、世界的なグリーン、ゼロカーボンの潮流に乗ろうという姿勢が見られる。タイの新たな成長ドライバーに据えようと期待する向きも大きい。

そうした中で、グリーンといえば欧州や米国が先行するイメージはありながら、実際のモノづくりや、人やモノの移動、工場周り、省エネの観点では、日本企業への技術・ノウハウに対する期待感が高い。タイにおける環境配慮型事業や環境にかかる課題解決型事業や地場企業との協業などは大いに歓迎を受けるだろう。


注:
ライフサイクルアセスメント(LCA)とは、製品・サービスのライフサイクル全体(資源採取、原料生産、生産、流通・消費、廃棄・リサイクル)、または特定段階における環境負荷を定量的に評価する手法。生産段階だけでなく、ライフサイクル全体を通したCO2排出量などを計測して総合的に評価する(国立環境研究所外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )。
執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所
北見 創(きたみ そう)
2009年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課、大阪本部、ジェトロ・カラチ事務所、アジア大洋州課リサーチ・マネージャーを経て、2020年11月からジェトロ・バンコク事務所で広域調査員(アジア)として勤務。
執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所
シリンポーン・パックピンペット
通商政策や貿易制度などの調査を担当。

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