特集:グリーン成長を巡る世界のビジネス動向グリーン成長を国家戦略の柱に、再生エネ転換に注力(マレーシア)

2021年5月31日

マレーシアでは、気候変動問題への対応として、「2030年までに炭素排出量を45%削減」という目標を掲げている。マレーシア政府は、炭素排出量の約8割がエネルギー部門関連であることから、化石燃料に依存する発電が主な要因であるとし、炭素排出量削減の具体策として再生可能エネルギーへの転換に注力している。また、エネルギー開発の分野において、水素活用や脱炭素化など気候変動問題への取り組みを日系企業と連携して行う事例も見られる。本稿では、マレーシアにおける気候変動への対策について、政策や企業の動きを中心にまとめる。

再生可能エネルギー比率の引き上げが主要な政策目標

マレーシアにおける「2030年までの炭素排出量45%削減」の目標は、5年ごとに策定される国家中期計画である「第11次マレーシア計画(2016~2020年)」で定められた。同計画では、国家の発展のための6つの戦略的推進力が定められ、その1つに「グリーン成長」が掲げられた。この一環として、低炭素化については、さまざまな具体的取り組みが盛り込まれた。同計画の実現のため、2017年には「グリーンテクノロジーマスタープラン(2017~2030年)」が発表され、エネルギー、製造、運輸、建設、廃棄物、水の主要6分野に注力し、環境技術の適用や各分野における目標が設定された。エネルギー分野では、再生可能エネルギーの比率引き上げや電力消費削減、運輸分野では、公共交通機関や省エネ車普及率の向上、建設分野では、工業化建築システム(IBS)工法の導入目標などが設定されている。

このうち、主な取り組みとしては、電源構成における再生可能エネルギーの比率を高めることが挙げられる。マレーシア政府は、再生可能エネルギーの導入による電源構成の多様化を図ることに焦点を当て、2025年までにバイオマス、バイオガス、太陽光、小水力などの再生可能エネルギーによる発電容量を、設備容量・運用容量全体の20%にまで引き上げることを目指している。

他方、電力・ガス供給事業の規制当局であるエネルギー委員会によると、2021年のマレーシアにおける電源構成(推定値)は、石炭が42%、ガスが39%となっており、化石燃料が8割を超える。他方で、再生可能エネルギーは11%にとどまる(図参照)。稼働中の再生可能エネルギーの発電容量を見ると、太陽光が圧倒的に多く、エネルギー委員会によると、2018年時点の発電容量490メガワット(MW)のうち、大規模太陽光を含む太陽光の比率は76.5%を占める。

図:電源構成における再生可能エネルギーに関する計画
2019年から2025年までの各年について、石炭の割合は、39、44、42、38、40、39、39パーセントと横ばい傾向。他方、ガスの割合は43、37、39、41、37、35、32パーセントと次第に減少する。これに対して、再生可能エネルギーの割合が8、10、11、13、16、18、21パーセントと次第に上昇する見込み。水力は、10、9、9、8、8、8、8パーセントと微減から横ばい。

注:データは推定値。
出所:マレーシアエネルギー委員会

2025年までに再生可能エネルギー比率を20%に引き上げるためには6,371MWの容量が必要であり、2020年までに確定した再生可能エネルギープロジェクト(約1,500MW)を除いて、新たに約4,000MWの発電容量を増やす必要があることから、実現はやや難しいとの声も上がる。しかしながら、政府が目指す今後の発電容量の主力は、大規模太陽光発電プログラムであり、同案件の入札が実施される見込みとなっている。

さらに、政府は、民間による再生可能エネルギー投資をはじめとする、グリーン投資を促すために税制優遇策を設けている。具体的には、環境技術の設備や資産の購入に関するグリーン投資税額控除(GITA)、環境技術サービス提供や太陽光発電システムのリースを行う企業に対するグリーン所得税免除(GITE)などがある。いずれも、温室効果ガス排出の削減や、再生可能エネルギーまたはリサイクル可能な廃棄物資源の活用推進など、マレーシア環境技術公社(MyHIJAU)や持続可能エネルギー庁が認定する要件を満たす適格な環境技術資産やサービスが対象となる。これらのインセンティブは、2020年末までの時限的な措置であったが、グリーン成長への目標達成に鑑み、2023年末まで申請期間が延長されている。

日系企業の技術を用いて低炭素・脱炭素化に取り組む

マレーシアは、原油や天然ガスの産出国であり、近年は上述したとおり、再生可能エネルギーの発電容量増加を掲げている。こうした中、地場企業と日系企業との連携で、低炭素化・脱炭素化の取り組みやグリーンエネルギー開発の事例が見られる。

地場企業では、国営石油会社ペトロナスが積極的な姿勢をみせている。2020年10月には、アジアのエネルギー開発大手企業として初めて、2050年までのカーボンニュートラル目標を宣言した。同社は、二酸化炭素(CO2)排出量の削減、天然ガスおよび再生可能エネルギーへの事業シフトなど通じた、目標の達成を目指している。脱炭素の観点では、2020年3月に、石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)とJX石油開発が、同社との間で、高濃度CO2ガス田開発に関する共同スタディ契約を締結した。マレーシアには高濃度のCO2を含むガス田が多く存在しており、これらの開発にはCO2が産出される。プレスリリースによると、日本側が持つCO2の分離・回収・処理の技術を活用した環境負荷の低い開発手段を用いて、発見済みガス田の開発可能性を調査するという。

また、2021年2月には、東京電力グループと中部電力とが出資する発電会社であるジェラが、ペトロナスと脱炭素分野での協業に関する覚書を締結した。アンモニアの製造大手でもあるペトロナスでは、グリーンアンモニア・水素の製造について検討を進めており、ゼロエミッション火力発電の技術開発に取り組むジェラと、グリーン燃料のサプライチェーン構築について連携可能性を協議するという。

再生可能エネルギー活用の観点では、エネオスと住友商事が、サラワク州経済開発公社傘下のエネルギー会社であるSEDCエネルギーと、再生可能エネルギーを活用したグリーン水素の製造および輸送事業に関する覚書を締結した。プレスリリースによると、サラワク州の水力発電所による余剰電力を活用した水素を製造し、マレーシア国外の需要地に海上輸送する事業について、フィージビリティスタディを2021年1月から開始するとした。製造した水素は、ケミカル船で輸送可能なメチルシクロヘキサン(MCH)に変換して輸送し、日本で水素を再度取り出し、国内の需要地に供給する構想となっている。日本における水素活用のほか、将来的にはマレーシア国内やシンガポールなどへの供給についても事業性評価を行う計画だという。

低炭素モビリティへの関心も高まる

「グリーンテクノロジーマスタープラン(2017~2030年)」で定められる環境技術を導入する重点分野の1つとして運輸分野があり、この分野では低炭素化の取り組みがいくつかみられる。2020年2月に発表された「2020年国家自動車政策(NAP)」では、次世代自動車の技術開発やパーム油由来のバイオ燃料と燃料品質について段階的な強化などを行っていくことを示している。バイオ燃料は、2019年2月からB10(パーム油を10%混合した燃料)が導入されている。さらに混合率を引き上げ、2021年末までにB20(混合率20%)、2030年までにB30(同30%)を導入する計画だ。なお、燃料品質は2020年以降、ユーロ5規格への対応が目指されている。

現地報道によると、マレーシア環境・水省および、その傘下でグリーン成長や気候変動問題に関する執行機関であるマレーシアグリーンテクノロジー・気候変動センター(MGTC)が「低炭素モビリティブループリント」を起草中だという。MGTCのシャムスル・バハル最高経営責任者は、2020年11月のメディアによるインタビューにおいて、「水素技術は電気自動車を補完する役割を果たす」として、次世代自動車に関しては、電気自動車(EV)から始めつつ、将来的には水素を活用する燃料電池自動車技術についても導入に向けた検討を進めるべきだと発言した。また、水素活用に関しては、日本の取り組みを例示している。

なお、マレーシア自動車金融連盟(FMCCAM)によると、新型コロナウイルスの感染拡大により、公共交通機関よりも自家用車利用のニーズが増えため、2020年7月以降の中古車の売り上げが前年同月比で2割前後増加した。さらに、これによりCO2排出量が増加したとしており、低炭素化に逆行するとの指摘もみられる。

グリーン成長がキーワード

このようにマレーシアでは、今後も再生可能エネルギーの推進や、その利活用によるエネルギー開発などグリーンエネルギーの供給国としての潜在性がうかがえる。他方、グリーンエネルギーの国内における活用に関しては、まだ発展段階といえるだろう。グリーンエネルギーの開発・活用は、今後のマレーシアの成長戦略の柱の1つとなることは間違いない。2021年からの5年間の計画となる「第12次マレーシア計画」は、2021年5月時点で未発表であるが、ムヒディン首相は3月1日に、同計画における主要戦略の1つに「グリーン成長」を盛り込み、低炭素化目標の達成に向けた取り組みを加速させると発言している。

環境に対する政策の方向性やグリーン投資に対するインセンティブ制度の延長などからも、マレーシアにおいて、再生可能エネルギー、省エネ、低炭素化といったキーワードに対する意識は、官民ともに向上していると思われる。この分野では、日本との協業事例や日本の取り組みが取り上げられるなど、日本の技術やノウハウに対する関心やニーズは高く、川上から川下まで幅広いビジネスチャンスがありそうだ。

執筆者紹介
ジェトロ・クアラルンプール事務所
田中 麻理(たなか まり)
2010年、ジェトロ入構。海外市場開拓部海外市場開拓課/生活文化産業部生活文化産業企画課/生活文化・サービス産業部生活文化産業企画課(当時)(2010~2014年)、ジェトロ・ダッカ事務所(実務研修生)(2014~2015年)、海外調査部アジア大洋州課(2015~2017年)を経て、2017年9月より現職。

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