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特集:グリーン成長を巡る世界のビジネス動向エネルギー主権重視により、脱炭素に逆行(メキシコ)

2021年7月2日

エネルギー分野で、ビジネス環境の法的不確実性が高まっている。アンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(AMLO)大統領の強いイニシアティブの下、国営企業のメキシコ石油公社(PEMEX)や電力庁(CFE)を優遇する動きが強まったためだ。前政権まで(2018年11月末)のメキシコは、パリ協定に積極的に参加し、環境政策を重視する国だった。特に2014年のエネルギー改革以降は、メキシコの気候・風土が持つ高いポテンシャルを生かし、風力、太陽光発電を中心とした再生可能エネルギー(再エネ)産業を着実に成長させてきていた。しかしエネルギー主権を重視するAMLO政権の誕生によって、脱炭素化に急ブレーキがかかっている。

気候変動サミットでメキシコのエネルギー自給優先の姿勢が浮き彫りに

米国のジョー・バイデン大統領が主催して、2021年4月22~23日にオンラインで開催された気候変動リーダーズサミット。参加したAMLO大統領は、PEMEXの石油増産に向けた取り組みの説明と、米国への移民抑制策としての中米での植林プログラムの提案に終始。新たな温室効果ガスの排出削減目標や再エネ産業振興については言及しなかった。再エネ転換への機運が世界的に高まる中、気候変動策よりも国営企業の再生、エネルギー自給を優先する姿勢が浮き彫りとなった。メキシコでは、2013年末から翌年にかけて憲法改正を伴うエネルギー改革が実施され、2016年に電力卸売市場(MEM)が本格稼働。これを受けて、風力発電、太陽光発電ともに発電量が順調に増加してきた(図1参照)。しかし、AMLO政権下で電力産業法改正(2021年3月22日付ビジネス短信参照)などのCFE優遇策が実現した。もっとも、この法改正は、「自由競争に関する基本的権利を侵害し、電力の消費者にも悪影響を与えうる」との懸念から、司法判断により合憲性が認められるまで適用差し止めとなっている。だとしても、明確に国営企業を優遇する連邦政府の方針が、再エネ産業にとって逆風となっている。

図1:再生可能エネルギー発電量の推移(GWh)
太陽光発電と風力発電は2018年以降大きく発電量を増加させている。太陽光発電は、2016年は16ギガワットアワー、2017年は344ギガワットアワーに過ぎなかったが、2018年には2194ギガワットアワー、2019には8399ギガワットアワー、2020年には11360ギガワットアワーに達した。風力発電も、2016年は10463ギガワットアワー、2017年は10620ギガワットアワー、2018年には12435ギガワットアワー、2019には16727ギガワットアワー、2020年には15549ギガワットアワーと順調に増加している。その他、水力は2016年には30909ギガワットアワーだったが、2019年には16727ギガワットアワーまで発電量が低下している。地熱は、2016年は6148ギガワットアワー、2017年は6041ギガワットアワー、2018年は5065ギガワットアワーと横ばいとなっている。

注:2020年は1~10月期。
出所:エネルギー省「電力システム開発計画」

本来は気候変動対策に積極的だったメキシコ

AMLO政権以前のメキシコは、温室効果ガスの排出削減に積極的な国だった。温室効果ガス削減に向け各国が自主的に決定する約束草案(INDC)を、新興国の中で最初に提出したことでも知られる。2015年のことで、パリで開催された国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)に先立つ。そのメキシコのINDCでは、2030年に黒色炭素の排出をベースライン比51%、温室効果ガスを同22%削減する目標を設定。政府は2015年末にエネルギー転換法を公布し、クリーンエネルギーの開発を促進してきた。

ただし、2018年12月に発足したAMLO政権も、環境政策を軽視しているわけではない。例えば、「Sembrando Vida」(命の種まきの意)などの低所得者支援と植林を掛け合わせたプロジェクトを実施している。しかし、依然として、メキシコの発電総量の約76%を火力発電など従来型発電が占めるのも現実だ(表1参照)。2020年5月以降、その主な供給者のCFEを優遇する方針を鮮明にした。このように、民間企業の新規参入を妨げるような政策を立て続けに打ち出したため、再エネ利用の推進を妨げる結果につながった。優遇策の背景には、同じく国営企業であるPEMEXが生産する重油の販売先確保があるといわれている。2大国営企業の庇護(ひご)と引き換えに、再エネ産業の発展が阻害されたかたちだ。

表1:発電量内訳(GWh)
項目 2018年 2019年 2020年
水力 32,247.4 23,610.4 23,183.9
地熱 5,064.7 5,060.7 3,881.0
風力 12,435.3 16,726.9 15,549.3
太陽光 2,193.6 8,399.5 11,360.0
バイオマスエネルギー 1,816.9 1,675.4 708.7
原子力 13,200.3 10,880.7 9,603.9
回生ブレーキ 3.6 3.6 0.0
クリーンエネルギー小計 66,961.7 66,357.2 64,286.7
階層レベル2の項目(構成比) 21.4% 20.7% 24.3%
コンバインドサイクル 158,078.8 168,522.6 150,538.7
石油火力 39,328.5 38,008.9 19,195.3
ターボガス 4,352.3 5,804.4 2,652.5
内燃機関 2,297.7 3,298.1 2,285.1
石炭火力 27,347.0 21,611.0 10,742.0
熱電供給 14,373.5 16,454.0 14,907.3
従来型発電小計 245,777.9 253,699.1 200,321.1
階層レベル2の項目(構成比) 78.6% 79.3% 75.7%
合計 312,739.3 320,056.1 264,607.6

注:2020年は1~10月期。
出所:エネルギー省「電力システム開発計画2020-2034」

風力発電事業者は、法的不確実性や大幅な行政手続きの遅延に苦しむ

メキシコ風力発電協会(AMDEE)理事のヘクター・トレビーニョ氏はジェトロのインタビューで、「電力産業法改正案が出されるずっと以前から、すなわち2018年12月のAMLO政権誕生以来、手続きの大幅な遅延などの形で弊害が始まっている」「すでに完成し、操業開始の準備ができている4社の風力発電所が政府からの許認可が得られず、発電を開始できていない。申請開始から1年が経過している」と窮状を説明した。かつては、エネルギー改革によってMEMの整備が進んでいた。2016年から本格稼働すると、スペイン、イタリア、フランスなどの欧州企業に加え、日本や中国などのアジア企業もクリーンエネルギーによる長期電力公売に参加。自由競争が促進された。しかし、AMLO大統領は、メキシコの電力価格が高止まりしている原因は、独立発電事業者(IPP)などの民間発電事業者からCFEが高い電力を買わされていることにあると主張。産業界の反発を押し切ってCFE優遇策を実現させた。もっとも、部門別の電力調達コストの推移(図2参照)をみると、電力が不足する際にMEMを通じて補完的にスポット調達する電力を除けば、CFE独自の発電所の発電コストが最も高い。長期電力公売により民間部門から調達した電力の発電コストが最も安価であることは明らかだ。

図2:部門別電力調達コストの推移(2019年以降)
電力卸売市場を通じて補完的にスポット調達する電力コストは、2021年3月時点で0.831だが、CFE独自の発電は1.22と最も高く、続いてIPPが0.693、最も安価なのは長期電力公売で0.377となっている。

出所:CREデータから作成

連邦政府の指針は、他のセクターに比べて発電効率が低いCFEの電力を保護し、クリーンかつ安価な民間部門の電力の活用を妨げるものだ。これでは電力価格のさらなる上昇につながるだけでなく、気候変動対策の後退をもたらすことが懸念される。国際的なエネルギー部門の調査研究機関ブルームバーグ・ニューエナジー・ファイナンスが毎年発表する報告書「Climate Scope」によると、メキシコのクリーンエネルギー国別競争力順位は2017年の世界第4位から、2020年は51位にまで急落した(表2参照)。

AMDEEのトレビーニョ氏は「正しいプロセスを経て獲得した許認可が法的不確実性によって不当に侵害されている」とし、再エネ市場への新たな投資がほぼ不可能な状態と指摘している。連邦政府は、2024年までにクリーンエネルギー比率を35%まで引き上げる目標を掲げている。しかし、2019年時点で、その比率は20.7%にとどまる。2020年から続く新型コロナウイルスの感染拡大による経済危機に加え、AMLO政権下で投資マインドの冷え込みが起こったことから、目標達成は難しさを増していると言える。ただし、2021年6月に実施された中間選挙では、与党である国家再生運動(MORENA)が大きく議席数を減らし、単独では過半数を獲得できなかった(2021年6月8日付ビジネス短信参照)。今後は与党連合の中でも、対応が分かれる可能性がある。左派の労働党(PT)はMORENAの政策提案に追随する可能性が高いとみられる。一方で中道の緑の環境党(PVEM)は、これまでMORENAが推進したエネルギー関連の法改正に多くの反対票を投じてきた(表3参照)。今後3年間の政権運営後半期で、エネルギー政策分野でMORENAの国営企業保護に歯止めをかける役割も期待できそうだ。

表3:緑の環境党(PVEM)議員による2021年前半のエネルギー関連法案への投票結果
法案 上院/
下院
投票日 議員数
賛成 反対 棄権 出席合計 欠席
電力産業法改正 下院 2021/2/23 0 11 0 11 0
上院 2021/3/2 0 6 0 6 0
炭化水素法改正 下院 2021/4/14 0 2 7 9 2
上院 2021/4/22 0 0 4 4 2
炭化水素法施行令
附則13条
下院 2021/4/21 6 1 0 7 3
上院 2021/4/29 1 2 0 3 3

出所:上下両院のウェブサイト掲載データから作成

排出量取引パイロットプログラムが始動、民間CSR活動として環境対策

再エネ分野では後退がみられる一方で、温室効果ガス排出削減目標の達成のため、環境天然資源省による排出量取引のパイロットプログラムが始まっている。発電、鉄鋼、自動車、食品加工などの産業のうち、年間当たり10万トン以上の二酸化炭素(CO2)を排出する企業に限って、2020年1月から3年間で始動したかたちだ。

また、民間部門では大企業を中心に、CSR(企業の社会的責任)活動の一環として、環境対策が進められている。例えば、製パン大手のグルーポ・ビンボは、自社で太陽光発電を行うことにより年間約2,500トンの二酸化炭素の排出を抑制。2025年までに同社すべての工場操業に要する電力を再エネで賄う目標を掲げる。セメント製造大手のセメックスは、2030年までに二酸化炭素の排出量を2020年比で35%削減。同社工場で使用する電力の40%を再エネ利用に転換する目標を設定している。また、アルミ自動車部品製造のネマックは、2030年までに2019年比で28%の温室効果ガス削減を目標に掲げる。

メキシコに進出する日系企業の事例もある。例えば、サントリーは、日本・メキシコ間の二国間クレジット制度(JCM、注)を活用。ハリスコ州にあるサウサ工場(テキーラ製造)で蒸留工程上の熱回収率を向上させる取り組みや、最新式の貫流ボイラーを導入するなどの環境対策を実施している。

しかし、世界自然保護基金(WWF)メキシコが2019年に発表したレポートによると、温室効果ガスの排出削減目標を設定していた企業は全体の23%に過ぎない(メキシコ企業151社を対象に実施した調査に基づく)。また、パリ協定で定めた長期目標(世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2度より十分低く保ち、1.5度に抑える)を達成するには不十分としている。


注:
二国間クレジット制度〔Joint Crediting Mechanism(JCM)〕とは、日本の優れた低炭素技術などをパートナー国(途上国)に普及させる仕組み。地球規模の温暖化対策に貢献するとともに、日本からの温室効果ガス排出削減などへの貢献を適切に評価し日本の削減目標の達成に活用することを狙う(外務省ウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。
執筆者紹介
ジェトロ・メキシコ事務所
松本 杏奈(まつもと あんな)
2008年、ジェトロ入構。ビジネス展開支援部ビジネス展開支援課などを経て、2018年9月から現職。

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