インドで日本のアニメが大ブーム、テレビ朝日のアニメ戦略
2025年12月10日
日本で制作されたアニメや映画は今や世界各国で放映されており、その人気はとどまることを知らない。インドでは2024年9月、首都ニューデリーで日本のアニメをインドの一般消費者にPRするイベント「メラ!メラ!アニメジャパン!!(MMAJ)」が初めて開催された(2024年10月29日付ビジネス短信参照)。2025年9月には第2回も開催され、インドを舞台としたクレヨンしんちゃんの最新作「映画クレヨンしんちゃん 超華麗!灼熱のカスカベダンサーズ」の上映は、大きな盛り上がりを見せた(2025年9月25日付ビジネス短信参照)。
本稿では、インドでも人気アニメであるドラえもんやクレヨンしんちゃんの放送と海外展開を担う、テレビ朝日の国際ビジネス開発部部長の稲葉真希子氏と同部アニメチーフの隅田麻衣子氏に話を聞いた(ヒアリング日:11月13日)。日本のアニメがなぜインドで反響を呼んでいるのか、その根源を探る。

インド進出は20年前の2005年
テレビ朝日は2005年に初めてインドへ進出し、ドラえもんの放送を開始した。ドラえもんの海外放映に関する同社の渉外エリアは、欧米とインドであったが、中でもインドは重要な市場であったと稲葉氏はいう。これまでに幾多のエピソードを放送しているドラえもんやクレヨンしんちゃんは、「歴史あるキッズ向けのアニメコンテンツ」として同社の強みであり、財産だという。両アニメはそれぞれ1979年、1992年に日本でTVアニメ放送を開始し、総エピソード数は累計数千話以上にも上る。日本では今でも、毎週新しいエピソードが放送されている。
インドでは、20年前となる2005年にドラえもん、その翌年にクレヨンしんちゃんの放送を開始しており、歴史が長い。インドはキッズ世代を含む10代以下の人口が約2億3,000万人(2024年7月時点)と、その数は日本の総人口の約2倍に上る。(1)豊富なエピソード数、(2)歴史の長さ、(3)豊富なキッズ世代、これら3つがインドでの成功要因だという。
急速なテレビの普及とともにアニメブームが到来
インドでこれほどまでにドラえもんとクレヨンしんちゃんが浸透したのは、「インドでテレビが普及した時期と両アニメを放送した時代がちょうど合致していたからだ」と隅田氏は語る。
インド政府は2000年に、これまで禁止していた直接衛星放送(Direct-to-Home、以下DTH)事業(注1)の解禁を正式に許可した。2003年には地上デジタル放送が開始され、ケーブルが行き届かなかった農村部にまで高画質のテレビ放送が行き届くようになるなど、インド全域で急速にテレビが普及していった。また、インドの放送局、広告主、広告およびメディア機関を代表する業界団体放送聴衆研究評議会(Broadcast Audience Research Council、以下BARC India)の調査によると(図参照)、インド国内におけるテレビの所有世帯の割合は、2001年以降増加している。DTH事業の解禁や地上デジタル放送の開始とともに、インド国内でテレビが普及していったことが分かる。
出所:BARC Indiaの調査レポートを基にジェトロ作成
重要なのは、継続性・テーマ性・ローカライズ
日本では子供だけでなく、20~30代といった大人の世代にもアニメは視聴され続けている。インドでもドラえもんやクレヨンしんちゃんの放映は歴史があり、同様の傾向が見られる。アニメは幼少期に誰もが通る道であり、幼少期から少年、青年と成長していく過程でアニメとの接点が途絶えないよう、習慣を根付かせることが大切だという。インドで幅広い世代にドラえもんとクレヨンしんちゃんが視聴され続ける理由は、3つあると稲葉氏は語る。
1つ目は「日本でも継続して放送され続けている(継続性)」ことだ。放送が終わってしまうと、既に放送されたエピソードに販売が限定され、いずれはアニメを売りたくても売れるものがなくなり底を尽きてしまう。インドでも新たなエピソードは過去の作品よりも人気があり、常に新鮮な作品を送り続けることが日本のアニメ定着に不可欠だという。
2つ目は、ドラえもんやクレヨンしんちゃんの「テーマ性」だ。学校生活、家族だんらんのひとときなど、「何気ない日常生活」の繰り返しの中にさまざまな冒険や感動が織り込まれている。例えば、「学校に行って勉強をする」「家族と食事をともにして会話をする」といった日常の生活習慣や価値観が、インドの子供たちに共感されたのではないかと考えられる。
3つ目は、「ローカライズ(現地化)」であり、この実現のためには2つの重要な点があるという。まず、「言語の吹き替えが丁寧にされている」ことだ。インドにはヒンディー語やベンガル語など指定言語だけでも22言語が存在し、子供たちにアニメ習慣を根付かせるためには、現地言語への吹き替えが不可欠だ。また、その吹き替えも単純に日本語を直訳するのではなく、インドの文化や習慣のニュアンスに沿って置き換える「アダプテーション」が重要だという。次に、これらを成し遂げてくれるパートナー会社の存在だ。テレビ朝日が立案した番組を現地のパートナー会社が現地語に吹き替え、子供たちの生活リズムに合った視聴タイミングの朝や夕方に番組を編成するといった、両社間のパートナーシップが重要だという。
現地パートナー会社との共同制作が加速
これまで30年近く、日本で既に放送された作品(既製品)を海外に送り届けてきたが、近年では現地パートナー会社との共同制作も加速していると、稲葉氏・隅田氏はいう。既製品の輸出は、共同制作に比べビジネス効率が良く利益率も良い。一方、共同制作は現地パートナー会社との認識の擦り合わせも含めて制作には苦労も時間もかかるが、夢があり気持ちのリターンが大きく、若手の人材育成(ノウハウの蓄積)に大きく繋がっているという。
1980年代後半に日本でヒットしたアニメ「おぼっちゃまくん」の現地パートナー会社との共同制作による作品が、2025年8月からインドで放送開始した。その共同制作に携わっていた隅田氏は、現地でアニメを普及させる上での、前述のアダプテーションの重要性を強調した。おぼっちゃまくんの場合、視聴者を笑わせるポイントが「ダジャレ」にあるが、日本語をそのまま現地語に直訳してもインドの子どもたちには伝わらない。インド文化のニュアンスに置き換えて、子どもたちに「これは日本のアニメなのか。インドのアニメだと思っていた」と思い込ませることが大切だという。
加えて、日本とインドではアニメの制作手法が異なると隅田氏はいう。日本は手書き、インドはデジタルでアニメーションを制作するため、技術的な部分ではアニメの奥行きの表現が難しいという。また隅田氏の経験によると、番組制作にあたり現地の制作会社とユーモアの質やレベルを合わせるのが大変だったという。具体的には、おぼっちゃまくんが妊娠するというエピソードを扱った際、日本人にはそのありえない面白さが伝わる一方、インド人には全く伝わらず、笑いのツボについて議論することもあったと述べた。
現地の会社と共同で番組を制作するには、相当な労力や知恵、発想力が必要だ。稲葉氏は若手社員を中心に、現地会社との番組制作にあたらせて日本とインド、それぞれの文化が交わる中での業務経験、ノウハウの蓄積に努めているという。ビジネスでは収益性の追求は当然だが、それ以上に現地会社との関係深化を図れたことや、若手職員に自信を植え付けることができたのは、収益以上に大きな成果だと語った。

(テレビ朝日提供)

(テレビ朝日提供)

(テレビ朝日提供)©1986 Yoshinori Kobayashi/TV Asahi
海賊版・模倣品への対策
近年、漫画を違法でアップロードする海賊版サイトなどが横行するが、コンテンツ産業では知的財産権の保護は不可欠だ。テレビ朝日も、違法動画の投稿に対し、AI(人工知能)のパトロールシステムを用いて疑いのある動画を検知しているという。また現地で報告された違法グッズに対処するなど、模倣品が介入する余地を与えないよう気を引き締めて対応していると稲葉氏・隅田氏は述べた。
常に新たな発想を求め続ける「テレビ朝日360°」戦略
今日のインドでは、アニメや漫画、ゲームといったコンテンツが凄まじい勢いで成長しており、テレビ朝日としても「IP(注2)ビジネス」の成長戦略を描いていかなければならない。隅田氏は、テレビ朝日が今中期経営計画(2023-2025年度)で掲げている成長戦略「テレビ朝日360°」をアニメ戦略にも当てはめて、各国・地域で達成していかなければならないと語る。同社はこれまでテレビ番組放送の領域を中心に攻めてきたが、映画、商品、体験などあらゆる選択肢が広がっている昨今の世の中で、新たな分野に参入する必要があるという。
同社はまた、2026年3月27日に東京・有明に複合エンターテインメント施設「トウキョウ・ドリーム・パーク(TOKYO DREAM PARK)」を開業する予定だ。今後も、テレビ朝日のアニメ戦略から目が離せない。
- 注1:
- 衛星を通じてテレビ信号を加入者の家庭に直接配信する放送サービス事業のことを指す。
- 注2:
- Intellectual Property(知的財産)を活用して収益を得るビジネスモデル。具体的には、漫画、アニメ、ゲーム、キャラクターなどの知的財産を基に、コンテンツ販売、グッズ販売、コラボレーションなど、さまざまな方法で収益化を図る。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部アジア大洋州課
野本 直希(のもと なおき) - 2016年大手生命保険会社入社、2025年から現職。




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