特集:グリーン成長を巡る世界のビジネス動向産油国サウジアラビアも脱炭素に乗り出す

2021年6月2日

「サーキュラー・カーボン・エコノミー」。「循環炭素経済」と訳されるこの言葉は、ここ数年、サウジアラビアで開催される経済シンポジウムなどで必ずと言っていいほど聞かれる。具体的には、再生可能エネルギーなどへの転換に向けて、二酸化炭素(CO2)の排出量自体を削減することと、排出されたCO2を回収すること、回収したCO2を再利用することを表す4つのR(Reduce、Reuse、Recycle、Remove)を指す。産油国として石油市場の中心に長年君臨してきたサウジアラビアだが、太陽光発電事業を積極的に推進し、CO2排出削減に取り組むとともに、2050年までに世界的に数千億ドル規模の市場になると推測されるグリーン水素やブルー水素などのクリーンエネルギー市場でも、主要な供給元の1つとなる可能性を持っている。

エネルギーシフトに向け、太陽光発電事業を推進

化石燃料によって国家の富を築いてきたサウジアラビアにとって、世界的なCO2排出削減に向けた動きやクリーンエネルギーへのシフトは大きな転換を意味する。しかし、G20のメンバー国として先進国の仲間入りを果たし、2020年には議長国も務めた同国は、2020年9月のエネルギー担当相会合の共同宣言PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(147.49KB)に、「サーキュラー・カーボン・エコノミー」の重要性とともに、具体的な4R(Reduce、Reuse、Recycle、Remove)のフレームワークの詳細を盛り込み、各国に取り組みを促すなど、「脱炭素」に向けたイニシアチブを大きく発揮した。

また、2016年に発表した国家改革計画「ビジョン2030」の中でも、高まる国内の電力需要を背景に、CO2排出削減のため、発電に占める再生可能エネルギーの割合を50%まで向上させるべく、具体的な数値目標として、2030年までに再生可能エネルギーの発電量を58.7ギガワット(GW)(うち太陽光発電40GW、風力発電16GW)とすることを掲げている。 売電契約が締結されるなど、2021年5月時点で具体的に進行している主な再生可能エネルギー発電事業は9件(表参照)で、これらの事業により、政府試算で700万トン以上の温室効果ガスが削減できると見込まれている。40GWの太陽光発電目標達成のため、今後も入札が順次行われる予定だ。このうち、同国初の再生エネルギー発電事業であるサカーカ発電所は2021年4月8日に稼働を開始し、サウジアラビアも「クリーンエネルギー」「脱炭素」の道を歩み始めた。

一連の発電事業では、海水淡水化事業や再生可能エネルギー発電分野で国内外の多数の事業を担う地場のACWAパワーがコスト面で強さを見せる。同社はムハンマド・ビン・サルマーン皇太子が会長を務めるソブリン・ウェルス・ファンドの公的投資基金(PIF)が株式の50%を所有しており、各国企業の競合相手となっている勢いのある企業だ。日本勢では、域内で複数の太陽光発電事業の実績を持つ丸紅が2021年4月、地場のアルジョマイエナジー・アンド・ウォーターカンパニーとともに、西部ラービグ工業都市内の太陽光発電事業に着工している。

表:サウジアラビアで進行中の主な再生エネルギー発電事業(—は未定)
No 発電事業(場所) 規模 種類 参画事業者 稼働開始予定
1 サカーカ(アルジョウフ州) 300メガワット(MW) 太陽光 ACWAパワー(サウジアラビア)
アル・ジハーズ(サウジアラビア)
2021年
2 ドゥーマットアルジャンダル(アルジョウフ州) 400MW 風力 マスダール〔アラブ首長国連邦(UAE)〕
EDF Renewables(フランス)
2022年
3 ラービグ(メッカ州) 300MW 太陽光 丸紅(日本)
アルジョマイエナジー&ウォーター(サウジアラビア)
2023年
4 スデイル(リヤド州) 1,500MW 太陽光 ACWAパワー(サウジアラビア)
Badeel(サウジアラビア)
公的投資基金(PIF)
2022年
5 クライヤート(アルジョウフ州) 200MW 太陽光 ACWAパワー(サウジアラビア)
ガルフ・インベストメント(クウェート)
アル・バブテイン(サウジアラビア)
6 アルファイサリーヤ(メッカ州) 600MW 太陽光 ACWAパワー(サウジアラビア)
ガルフ・インベストメント(クウェート)
アル・バブテイン(サウジアラビア)
7 ジェッダ(メッカ州) 300MW 太陽光 マスダール〔アラブ首長国連邦(UAE)〕
EDF Renewables(フランス)
Nesma(サウジアラビア)
2022年
8 ラフハー(北部国境州) 20MW 太陽光 AlBlaghaグループ(サウジアラビア)
アルファナール(サウジアラビア)
デザートテクノロジー(サウジアラビア)
9 マディーナ(マディーナ州) 50MW 太陽光 AlBlaghaグループ(サウジアラビア)
アルファナール(サウジアラビア)
デザートテクノロジー(サウジアラビア)

出所:各社ウェブサイト、各種報道、MEEDからジェトロ作成

クリーンエネルギー都市目指すNEOM、グリーン水素をサウジから世界へ

サウジアラビアの広大な国土と砂漠気候による豊富な日射量は、再生可能エネルギー生産にとっては最大のメリットだ。北西部に建設が進む都市NEOMも、まさにその利点を生かした計画だ。PIF傘下に事業会社が設立され、2万6,500平方キロメートルというベルギーとほぼ同面積の土地に、太陽光や風力といった再生可能エネルギーを電力源とする再生エネルギー都市を建設する。既にNEOM Bay空港や、国王ら王族が滞在する王宮が完成し、NEOMの事業会社も2020年10月に本社機能をリヤドからNEOMに移すなど、都市開発が進む。


NEOM BAY空港(日・サウジ・ビジョンオフィス・リヤド撮影)

このNEOMで生産する再生可能エネルギーがクリーンエネルギーのグリーン水素製造の源ともなる。2020年7月、ACWAパワーと米国エアープロダクツ、NEOM事業会社の3社が日量650トンの水素と、そこから年間120万トンのグリーンアンモニアを製造する世界最大の施設をNEOMに建設することで合意し、グリーン水素製造がサウジアラビアでの具体的なビジネスとして動き始めた。この製造施設では、再生可能エネルギー由来の電力によって水を電気分解するが、電気分解にはドイツのティッセンクルップ、その後のアンモニア製造ではデンマークのハルダー・トプソーと、先進国の技術が集結する。同施設の稼働開始は2025年を予定している。

アブドゥルアジーズ・エネルギー相は2021年2月に開催された国際エネルギーフォーラムで、「欧州がサウジアラビアのグリーン水素に関心があるならば、欧州にパイプラインで輸送することさえ可能」と発言したと報じられており(3月3日付「アラブ・ニュース」紙)、あらゆる輸送手段を選択肢に入れ、水素利用に向けた社会的インラの整備などで先行する欧州に熱い視線を送る。産油国のため国内のガソリン価格が極めて安価なサウジアラビアにとっては、水素を燃料とした自動車などへの利用が国内に広く浸透するには時間を要することが見込まれ、国内で製造した水素はもっぱら輸出用としてサウジアラビアの新たな収入源にしたい考えだ。

ブルー水素の供給源としても存在感示す

他方で、大量の電力を使用するグリーン水素の製造コストは、国際エネルギー機関(IEA)の試算外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます によると、2018年時点で天然ガス由来のブルー水素の2~3倍とされている。今後、グリーン水素を生産する際の電気分解コストを下げることで、いかにこの価格差を埋めることができるかがカギとなる。

現在、世界的にグリーン水素のみに注目が集まりがちだが、ブルー水素もまた、燃焼時にCO2を排出しないクリーンな水素であることに違いはない。IEAの試算外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます では、2050年の世界の水素需要は年間3億トンと見込まれているが、グリーン水素の製造コストがブルー水素の製造コストと同程度まで低下するのは2040年ごろとも言われている。グリーン水素が安価となって世界的な水素需要を満たすまでは、ブルー水素が担う役割は大きいものと考えられる。

サウジアラビアは、このブルー水素あるいはブルーアンモニア製造で強みを持つ。同国の優位性は何といっても、(1)原料の天然ガスが安価かつ豊富であること、(2)既存のアンモニア製造施設が利用可能で、巨額の追加投資が不要であること、(3)回収したCO2を原油増進回収法(EOR、注)で地中に貯留できる使途が国内にあることだ。 2020年9月には、国営石油会社サウジアラムコと日本エネルギー経済研究所、三菱商事などがサウジアラビアで製造したブルーアンモニアを日本まで輸送し、火力発電に使用する世界初の実証実験を成功させた。2021年3月には、ENEOSがサウジアラムコとともに、CO2を排出しない水素とアンモニアのサプライチェーン構築に向けたフィージビリティースタディ(F/S)を開始した。

2021年4月22、23日の気候変動サミットでは、バイデン米国大統領が脱石炭火力発電を呼びかけるとともに、グテーレス国連事務総長も2040年までの石炭火力発電の全廃を訴え、既存の火力発電でのブルーアンモニア需要が今後拡大することが期待されている。

サウジアラビアは、今後のブルー水素(ブルーアンモニア)の市場形成や市場拡大の度合いによっては、グリーン水素(グリーンアンモニア)のみならず、ブルー水素の供給元にもなることができる。産油国でありながら、化石燃料市場のみならず、「脱炭素」に向けて、クリーンエネルギー市場でも意欲的な取り組みを始めている。


注:
地下に存在する油の回収率を伝統的な掘削技術よりも高める技術で、代表的な攻法に炭酸ガス圧入攻法がある。
執筆者紹介
ジェトロ・リヤド事務所
柴田 美穂(しばた みほ)
2004年、ジェトロ入構。海外調査部(中東アフリカ課)、企画部(中東・アフリカ担当)、農林水産・食品部を経て2018年8月より現職。

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