TICAD特集:アフリカビジネス5つの注目トレンドAfCFTA署名で国内産業育成が急務に、発効の見方(ナイジェリア)

2019年7月31日

ナイジェリアのブハリ大統領は7月7日、ニジェールの首都ニアメで開催されたアフリカ連合(AU)第12回臨時首脳会議に参加し、アフリカ大陸自由貿易圏(AfCFTA)協定に署名した(2019年7月8日付ビジネス短信参照)。署名は53カ国目。7月2日には、大統領府がツイッターに「7月7日のAU首脳会議で署名する」と書き込んだことから、動向が注目されていた。

大統領は提言書を受けてAfCFTA署名を判断

AfCFTA協定には2018年3月、AU加盟44カ国・地域が署名したが、ナイジェリアは署名を見送っていた(2018年3月30日付ビジネス短信参照)。国内では全国商工鉱農会議所連合(NACCIMA)が署名に賛成していたが、ナイジェリア製造業協会(MAN)、ナイジェリア中小企業協会などの業界団体が、特定の条件が整うまで署名を保留すべきだと反対していた。

ブハリ大統領は、2018年10月にAfCFTA加盟準備影響評価大統領運営委員会を発足させた。その後、2019年6月27日に、同委員会は産業界の200以上の意見を集めた提言書を大統領に提出した。提言書では「国内産業への打撃を緩和するための雇用対策費や、製造業の設備投資費支援などで、政府コストは増加する。一方で、経済大国として進行中の交渉に加わり、成長分野への投資を促し、域内輸出を拡大させると同時に、国内産業政策としてはセーフガードを導入して公平な貿易を実現させるため」、同協定に署名するよう大統領に求めた。これを受ける形で、先述の大統領府のツイッターが発信されたが、翌3日には「(貿易自由化の)すべての影響を十分に分析すべきであり、署名を急ぐべきではない」と発信し、慎重な姿勢を崩していなかった。

ナイジェリアの域内貿易収支は原油やガスを除くと大幅赤字

ナイジェリアの対アフリカ貿易収支は、原油を除くと輸入超過で、農業や製造業の輸出競争力が低いことから短期的にはメリットが見込めず、単純な関税引き下げだけでは国内産業に打撃を与える。また産業界は、スイスを含む欧州自由貿易連合(EFTA)と自由貿易協定(FTA)を結ぶエジプトや、EUとFTAを結ぶモロッコが、AfCFTAの原産地規則を活用することによって、欧州の自動車や工業製品がナイジェリアに流入してくることを警戒している。

ナイジェリア国家統計局の貿易統計によると、2018年のナイジェリアの対世界貿易は輸出額が18兆5,320億ナイラ(約5兆5,596億円、1ナイラ=約0.3円)、輸入額が13兆1,651億ナイラと黒字を計上している。しかし、輸出額のうち92.1%が原油と天然ガスで占められており、原油価格相場により、貿易収支ひいては経済も大きく左右される。

アフリカ各国との域内貿易も、同様の傾向だ。アフリカ向け輸出は2兆3,317億ナイラで対世界全体の12.6%を占め、このうち86.7%が原油だ。アフリカ向け輸出の44.6%が西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS、注1)向け、47.9%が南アフリカ共和国向け。原油や天然ガスを除けば、アフリカ向け輸出額はわずか2,750億ナイラで、うちECOWAS向けが2,237億ナイラと大半を占める。

一方、アフリカ諸国からの輸入額は世界全体の3.6%となる4,673億ナイラで、ECOWASから747億ナイラ、南アから1,574億ナイラを輸入している。輸入品目は、主に化学工業製品だ。原油やガスを除くと、ナイジェリアのアフリカ向け貿易収支は大幅な赤字だ。

域内でナイジェリア最大の貿易相手国である南アの輸入関税は、(1)原油(HS 2709000000)はゼロ、(2)ガソリン(HS 2710124000 – 2710125000)は1リットル当たり0.00091 ランド(1ランド=約0.07ドル)で実質ゼロ、(3)液化天然ガス(HS 271111000)もゼロだ。一方、ナイジェリアが南アから輸入する品目の関税は、ガソリンが10%、工業製品がおよそ20%である。南アとの関係でいえば、現行の取引品目が変わらない場合、AfCFTA加盟による譲許メリットは専ら南ア側のみに生じることとなる。

既存の非関税障壁、42品目の輸入決済外為規制

原油依存の産業構造から農業・製造業への回帰を図る途上で、貿易自由化に慎重なブハリ政権の姿勢を顕著に表しているのが、ナイジェリア中央銀行による42品目の輸入決済外為規制だ。ナイジェリアには、(1)税関による輸入品目規制に加えて、(2)中央銀行による規制、の2つの規制がある。税関の規制は国内産業保護が、中銀の規制は外貨準備高保持と通貨ナイラの防衛が大義名分になっているが、実態としては国内産業保護の効果を持つ。この規制は、輸入決済を目的とした外貨を外為市場で調達させない、つまりナイラから外貨に両替させないもの。他のビジネスで得た外貨を使わなければ、輸入することができない。

(1) 税関の輸入規制品目(注2)の代表的なものは以下のとおり。
中古衣類、蒸留酒、鶏肉/豚肉/牛肉およびその加工品、卵、植物油、化学蔗糖(しょとう)、ココアバター/パウダー、スパゲティ/麺類、ビール、袋入りセメント、医薬/薬剤、せっけん/洗剤、蚊取り線香、中古タイヤ、段ボール箱、トイレットペーパー、靴/カバン、中古エアコン/冷蔵庫、ボールペン、小売り用のトマトペースト。

(2)中銀の輸入決済外為規制42品目(注3)の概要は以下のとおり。外貨準備高の流出や通貨ナイラの為替レート下落をもたらすほどの取引量がない品目もある。

2015年6月に定められた品目は、コメ、パーム油・植物油、肉類、野菜、魚介缶詰、トマト/トマトペースト、セメント、圧延鋼鈑(こうはん)、鋼管、ドラム缶、線材、金網、ねじくぎ、建設工事用の手押し車、ヘッドパン(建築材料を頭上に乗せて運ぶための鍋)、金属製の箱、エナメル(ほうろう)製品、ガラス製品、アルミ缶、ガラス/陶器製タイル、木質合板、木製のドア、家具、調理用具、つまようじ、食器、布、織物、衣類、プラスチック/ゴム製品、石鹸、化粧品、プライベートジェット、有価証券の41品目。2018年12月に、肥料が加わり42品目となった。

前述のように、国家商工鉱農業会議所連合会は、貿易における保護主義化を牽制している。ラゴス商工会議所のムダ・ユスフ事務局長は2019年3月26日、ラゴスで開催された金融ジャーナリストのセミナーで「中銀は金融政策を実施すべきなのに、実際にやっていることは貿易制限政策であって、国の産業戦略は保護主義に固執している。国内産業を育成するのであれば、密輸抑止から着手すべきだ」と述べていた。

2019年2月に実施された大統領選挙では、AfCFTA署名と、輸入決済外為規制撤廃を公約に掲げ、野党の人民民主党(PDP)から立候補したアティク・アブバカール氏が、現職のブハリ大統領に敗れた(2019年2月28日付ビジネス短信参照)。輸入決済外為規制政策の継続を掲げるゴッドウィン・エメフィエレ中銀総裁は、ブハリ大統領が再選された後、ナイジェリア民政化後で初めて2期連続で総裁を務めることとなった。

工業化のカギを握るコングロマリットのダンゴテ

ナイジェリアの産業競争力強化において最大のカギを握るのが、西アフリカ最大のコングロマリット、ダンゴテグループとその総裁のアリコ・ダンゴテ氏の動向だ。同氏は、フォーブス誌の世界億万長者ランキングで8年連続アフリカ首位、2018年の資産評価額は103億ドルを誇る(ブルームバーグのランキングでは評価額166億ドル)。

1981年に創業したダンゴテは当初、セメント、コメ、砂糖、水産品の輸入業者だったが、急速に業容を拡大し、現在では製油所、製粉、植物油、パスタ、飲料、包装材、物流、不動産、金融にも携わっている。ダンゴテセメントは、ナイジェリア証券取引所上場企業全体の時価総額の約25%を占めており、他のラインアップも中銀の輸入決済外為規制品目と重なるものが多い。2019年3月には、ナイジェリアのカノでトマトペースト工場が稼働した。これも中銀の規制品目だ。最新の動きでは、2019年1月、ラゴスに年産能力300万トンの肥料プラントを建設する計画を発表した。中銀がその1カ月前、突如、輸入決済外為規制品目に肥料を加えたことは興味深い。

一方で、ラゴスで建設中の、1日あたり精製能力65万バレルを誇る製油所は、2020年に第1期工事が完成する予定だ。従来、原油はあってもガソリンを精製できなかったナイジェリアにとって、このプロジェクトはエネルギーを自給、さらには輸出できる、産業構造を一変させる規模のものである。今後は、自動車産業への参入も果たす。2018年6月にアリコ・ダンゴテ氏および5つの州政府が、PSAプジョーシトロエンと自動車組み立てに関するMOU(覚書)を締結した。

AfCFTA署名後の関税引き下げや輸入制限措置の撤廃に備えて、市場競争力を高めるための生産設備投資支援や投入財の調達円滑化など、政府による新たな企業支援措置の立案・実行が待たれる。


注1:
ECOWAS加盟国は、ベナン,ブルキナファソ,カーボベルデ,コートジボワール,ガンビア,ガーナ,ギニア,ギニアビサウ,リベリア,マリ,ニジェール,ナイジェリア,セネガル,シエラレオネ,トーゴの15カ国。
注2:
ナイジェリア税関による輸入規制品目については、ジェトロ「ナイジェリアの貿易管理制度」ページ参照。
注3:
ナイジェリア中央銀行による輸入決済外為規制品目は、ジェトロ「ナイジェリアの為替管理制度」ページ参照。
執筆者紹介
ジェトロ・ラゴス事務所
西澤 成世(にしざわ しげよ)
2003年、ジェトロ入構。海外投資課、輸出促進課、ジェトロ・広州事務所、麗水博覧会チーム、環境・エネルギー課、イノベーション促進課、ジェトロ福井などを経て、2018年4月から現職。

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