TICAD特集:アフリカビジネス5つの注目トレンド革命後に生まれた起業精神と革新的発想(チュニジア)

2019年7月31日

チュニジアでは、高い教育水準、地理的優位性、若者の起業精神、関連法の制定を背景に、エコシステムが着々と整備され、500社以上のスタートアップが活動している。旧宗主国フランスのほか、ドイツや米国は、チュニジアのスタートアップの技術力、欧州市場のニーズに即した製品・サービス開発力に着目し、エコシステムの構築支援、個々の企業との連携を模索し始めている。欧米を市場と捉える日本企業にとっても、チュニジアのスタートアップとの連携は、1つの選択肢になるのではないだろうか。

人材が魅力のチュニジア、エコステムを整備中

チュニジアのエコシステムは、北アフリカ・中東(MENA)域内屈指の教育水準の高さと、世界的に見ても充実した通信環境が基盤となっている。特筆すべきなのは科学技術分野の人材の豊富さで、「グローバル・イノベーション・インデックス」(コーネル大学、INSEAD、WIPO)では科学技術分野の学生数で世界3位につけている。また、同国は欧州企業の製造基盤として技術を培ってきた歴史もある。インターネット普及率は55%で、域内大国の南アフリカ共和国の54%を上回る。携帯電話の加入件数は1,433万件で、人口1,166万の数を超えている状況だ。

チュニジアにはさまざまな人種や文化が入ってきた歴史があり、アラビア語をはじめ、フランス語、英語が話せる人材が多く、外国文化への適応力も高いなどの利点もある。さらに、人件費やその他の経費が比較的安価であることも、特筆すべき利点だ。ジェトロがインタビューをした企業によると、チュニジアでの操業コストはフランスと比較すると3分の1程度だ。

ジャスミン革命(2010~2011年)後の民間の起業精神の高まりと、高止まりする若年層の失業率対策として、政府はスタートアップ支援法を2018年に施行させた。同法下では、スタートアップ認証制度が設けられ、対象企業は特別外貨口座の取得や、企業税免除などの支援が受けられる(2019年7月12日付地域・分析レポート参照)。大学の研究機関に併設されたテクノポールなどの公的な施設を含め、官民合わせて17カ所のインキュベーター・アクセレレーター施設があり、コワーキングスペースは全国で46カ所を数える。海外ファンド・企業も資金提供に積極的だ。フランス通信大手オランジュは2010年に通信技術研修センターを開設しているほか、年に一度、スタートアップコンテスト「Orange Summer Challenge」を実施している。ほかにも、米国のチュニジア・アメリカ企業ファンド(TAEF)、ドイツのベスターベル基金、MENA地域6カ国で展開するフラット6ラボなどの海外企業が2010年代に入り、進出し始めている。

科学技術を生かしたスタートアップ

チュニジア・スタートアップ連盟(Tunisian Startups)が企業の自己申告を基に集計したデータ「チュニジア・スタートアップ指数(TSI)」によると、2018年時点で、スタートアップ企業は同国に524社あり、雇用者数は約1,150人に上る。2017年の総売上高は約3,000万ドルで、企業の約6割が輸出を手掛けている。主な輸出先はアフリカ、欧州、中東地域。採算がとれている企業は約4割程度で、所在地は首都チュニスやスースなど沿岸地域に集中している。

チュニジアのスタートアップ企業はBtoBビジネスが多く、分野は多岐にわたる。情報処理(ビッグデータ)、農業(アグリテック)、ソフトウエア開発、情報通信、教育(eラーニング)、電子決済システム、eコマース(EC、電子商取引)、ロボティクス、観光、バイオテクノロジー、サービス、ビデオゲームなどがある。ポータルサイトの運営を通じて、起業家に情報提供しているアントレプレナーズ・オブ・チュニジア(EOT)によると、同国で最も多く投資を集めた分野はフィンテック、人工知能(AI)、ロボティクスだ。

企業事例(1):エクスペンシア(IT・ソフトウエア)

エクスペンシアは、営業の外回りや出張経費の精算自動化ソフトを開発・運営するスタートアップだ。フランス・マイクロソフトの元社員2人が2014年に起業し、2018年時点ですでに50カ国、計 4,000社以上を顧客に持っており、チュニジアの典型的欧米向けスタートアップの優良企業だ。開発はチュニジアのエンジニアが行う。チュニジアとフランス両国に本社、ドイツに支店を設け、欧州の顧客に対応する。、画面の対応言語は8言語にも上る。


創業者のジュイニ氏(右)とオトマニ氏(左)(エクスペンシア提供)

同社のアプリケーションの画面。領収書をカメラで読み込み、
経理処理を効率化する(エクスペンシア提供)

企業事例(2):エノバ・ロボティクス(ロボット製造)

エノバ・ロボティクスは、アフリカ・中東初のAI搭載ロボットを自社開発・製造するスタートアップで、エンジニアは全員チュニジア人だ。創業者で最高経営責任者(CEO)のアニス・サバーニ氏は、国内で電子工学を修め、フランスでロボット工学の博士号を取得した。セキュリティー監視ロボット、ヘルスケアロボットを開発し、前者は既に欧州・北米のセキュリティー会社や製造業企業と取引している。


セキュリティー監視ロボット「パールガード」。同製品が感知する情報は
24時間、パソコンでチェックが可能(エノバ・ロボティクス提供)

創業者・CEOのアニス・サバーニ氏。
日本のロボット技術に強い関心を持つ(ジェトロ撮影)

企業事例(3):ネクスト・プロテイン(アグリテック)

ネクスト・プロテインは、有機食品廃棄物を餌に繁殖させたアブの幼虫から、飼料・肥料を生産するアグリテック・スタートアップだ(図参照)。持続可能な食糧生産を目的に、同社が自ら研究し、品種改良を重ね、最良の品種を開発した。科学技術に裏打ちされた欧州規格の品質、有機であること、チュニジアで生産しているため価格競争力があること、が強みだ。創業者の2人からは「科学技術で食糧問題を解決する」強い意思が伝わる。

図:ネクスト・プロテインの生産サイクル
ネクスト・プロテインは以下のプロセスで3つの製品を生産している。 1.アメリカミズアブの幼虫に有機の食品廃棄物を与え繁殖させる。 2.繁殖させたミズアブを成虫まで育て、ふるい分けを行い、製品(1)ネクストグロー(農業用肥料)を生産。 3.ふるい分けで残った成虫から油分を抽出し、製品(2)ネクストオイル(動物飼料)を生産。 4.油分を抽出しおわった成虫を乾燥させ、粉砕して、製品(3)ネクストプロテイン(養殖用飼料)を生産。 無駄なく、一貫した生産サイクルを構築している。

出所:写真はネクスト・プロテイン提供、図はジェトロ作成


創業者のモハメド・ガストリ氏(左)と
サイリーン・シャラーラ氏(右)(ジェトロ撮影)

スタートアップとの連携可能性

チュニジアのスタートアップとの連携の最大の魅力は、欧米市場を目指し、欧米規格のサービス・製品を開発していることだ。ここは、現地のニーズと価格に合わせて成功しているサブサハラ・アフリカのスタートアップと異なる特徴だ。欧米など先進国に親和性がある日本企業にとっては、むしろ受け入れやすい製品・サービスかもしれない。

連携には、個々の企業の強みとビジョンを考慮する必要がある。事例(1)のエクスペンシアは、日本での事業展開も視野に入れており、日本企業には技術提携も含めた、日本事業の連携可能性がある。さらに同社の創業者がマイクロソフト(フランス)で勤務した経験があり、欧米市場に強く、欧州に既に拠点4カ所、顧客を50カ国4,000社以上有している。これから欧米進出を狙うソフトウエア・ITソルーション系企業にとっては、魅力的な販売ネットワークだろう。

また、事例(2)のエノバ・ロボティクスの場合、開発コストの安さと、生産拠点としての立地条件を強みに、チュニジアで共同開発・生産し、欧米市場を狙っていくことも連携方法の1つかもしれない。また同社は一人暮らしの老人向け販売も視野に入れた、付き添いロボットも開発中で、欧米での販売経験を積めば、高齢化が進む日本にも将来的に持ち込める可能性がある。事例(3)のネクスト・プロテインも、そのユニークな発想、欧米規格の品質、労働コストの低さが魅力だ。日本企業にとっては同社と組むことで、新しい製品・事業を展開できるチャンスになる。

また、チュニジアの政府、民間ともにイノベーションに積極的で、外国企業を誘致している施設もある。例えばエノバ・ロボティクスは、科学技術産業の促進を目指したスース・テクノポール内に設置されている「ノベーションシティ」に開発拠点を設ける。同敷地内には、一般企業の開発拠点や、技術大学、研修センターもある。施設運営者は、日本企業の入居も歓迎だと話しており、アフリカや欧州、中東での事業展開を目指す日本企業にとり、こうしたエコシステムを利用することも選択肢の1つになるのではないだろうか。


ノベーションシティの概観。スースは首都チュニスから
南方150キロにあるチュニジア第3の都市。企業の集積と、
科学技術系大学が集まる産業都市(ジェトロ撮影)

なお、チュニジアのエコシステム、スタートアップ企業、インキュベーション施設についての詳しい調査結果は、2019年3月調査レポートを参照されたい。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部 中東アフリカ課
山崎 有馬(やまざき ゆうま)
2017年4月、ジェトロ入構。2018年10月より現職。

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