関税措置の今後の見通しと不確実性への備え
米トランプ関税の行方(2)
2025年6月24日
米国のドナルド・トランプ大統領は2025年1月の2期目の就任以降、複数の関税措置を矢継ぎ早に発表した。首都ワシントンの識者からは、「想定以上のペース」との声が聞かれる。こうした状況に企業はどのように対応しているのか。前編では、トランプ政権がこれまでに発動した追加関税措置を整理し、日本企業の対応方針をまとめた。後編では、今後の関税措置の行方を展望し、不確実性が強まる世界で、企業がとり得る対策について解説する。
追加関税措置の今後の見通し(1)個別に目的を有する関税措置
トランプ政権は、追加関税措置をいつまで継続するのか。追加関税措置の内容は、市場の反応次第で変わり得るが、本稿では、政権の方針や法制度の観点から検証する。前編で整理したとおり、それぞれの追加関税措置は、根拠となる法律も政権が考える目的も異なっている。従って、今後の見通しを考える上では、それぞれの措置ごとに検証することが重要だ。
まず、ベースライン関税は製造業回帰や将来的な減税措置に向けた財源確保の観点から、長期化すると考えられる。スコット・ベッセント財務長官は、米国への製造業回帰に向け、「トランプ政権の経済政策の3つの柱-関税、減税、規制緩和-は、独立した政策ではない」と述べており(注1)、その中でベースライン関税を、企業が関税回避のために米国内での生産を促すものと位置付けている。実際、中国や英国との通商合意で、ベースライン関税の10%は維持している。一方、相互関税に関しては、相手国の関税、非関税障壁の撤廃を主な目的としていることから、現在進めている二国間交渉で解消される可能性がある。フェンタニルや不法移民の流入阻止を目的としたIEEPA関税も、これら課題への取り組み次第で解除される可能性がある。
一方で、通商拡大法232条に基づく産業別の追加関税は、産業保護の観点で長期化する恐れがある。通商法301条に基づく対中国原産品に対する追加関税も、2018年以降一貫して継続していることもあり、米中関係が劇的に変化しない限り、何らかのかたちで継続すると考えられる。特に米国国際貿易裁判所(CIT)がIEEPAに基づく関税措置は違法と判断(後述)して以降、米国の国内法としては追加関税を課す根拠として安定している通商拡大法232条や通商法301条などを、今以上に多用していくのではないかとみられている(表参照)。
関税の種類 | 概要 | 根拠法 | 目的 | 見通し |
---|---|---|---|---|
ベースライン関税 | 全世界に一律10% | IEEPA |
製造業回帰のための関税 恒久的な財源 |
長期化。 |
相互関税 | 貿易赤字の大きい国に個別に高税率 | IEEPA | 相手国の関税・非関税障壁撤廃 | 交渉次第。 |
IEEPA関税 |
中国に20% メキシコ・カナダに25% |
IEEPA |
フェンタニル 不法移民の流入阻止 |
交渉次第。 |
232条関税 |
鉄鋼・アルミに50% 自動車・部品に25% |
通商拡大法232条 | 安全保障上の産業保護 |
産業保護の観点から何かしらの形で残り、長期化。 IEEPA関税に代えて多用する可能性。 |
301条関税 | 中国原産品に7.5~100% | 通商法301条 | 法律上は、中国の不公正な知財慣行などへの対処 |
戦略的競争相手に特化しているため、長期化。 IEEPA関税に代えて多用する可能性。 |
出所:米政府発表資料や有識者インタビューなどから作成
追加関税措置の今後の見通し(2)司法判断
司法の判断も、今後の関税措置の行方を占う上で重要だ。CITは5月28日、トランプ政権が課したIEEPAに基づく追加関税を違法、との判断を下した。米国では憲法上、連邦議会が「税金、関税、輸入税、および消費税を課し、徴収する」権限および「外国との通商を規制する」権限を有している。CITは、「1974年通商法122条は巨額かつ重大な国際収支赤字に限って、同301条は不合理または差別的な外国の通商措置や政策・慣行に対処する場合に限って、大統領に関税を課す権限を与えている」などと他の通商法を例示し、IEEPAについても、「議会は大統領に全ての貿易相手国に追加関税を課すような無制限の権限を与えることを意図していない」と判断した。また、トランプ政権が主張していた関税によって生じる「圧力」または「影響力」は、IEEPAに基づく権限行使に必要な「異常かつ特別な脅威に対処」するための手段にはならない、との見方を示した。これらより、政権に対して、IEEPAに基づき課された追加関税を永久に差し止めるために必要な行政命令を10日以内に発令するよう命じた。しかし、連邦巡回区控訴裁判所はその後、控訴裁が審議する間、CITが下した判断を一時的に停止すると決めた。従って、IEEPAに基づく追加関税措置は、現在も継続している。最終的には最高裁判所の判断にもつれ込む可能性が高く、決着にはまだ時間がかかるとみられる。
米国の通商に詳しい法律事務所は、控訴裁が審理を急ぐ場合、2025年9月末ごろに判決が出ると予測している。最高裁への上告は90日以内に行う必要があり、敗訴側は早期に審理を再開するため、判決後すぐに上告する可能性がある。こうした状況になれば、本事案は2026年に審理され、現在から約1年後に判決が下されると推測できるという。なお、仮にIEEPAに基づく関税賦課は違法と最高裁が判断したとしても、トランプ政権がそれ以外の通商法を根拠に追加関税措置を継続する可能性は排除できない。米国には既に多用されている通商拡大法232条や通商法301条のほか、巨額かつ重大な国際収支赤字に対処するため大統領が15%を超えない範囲の輸入課徴金などを、150日を限度に賦課できる1974年通商法122条、外国が米国に不利益をもたらす差別待遇を採用していると大統領が認定した場合に当該国からの輸入に対し最大50%の追加関税を賦課できる1930年関税法338条などがある。国家経済会議(NEC)のケビン・ハセット委員長は、IEEPA以外にも追加関税を課すために「他に3つから4つの方法がある」と述べている。
国際法の観点でみると、これら米国の通商法に基づく追加関税賦課などの一方的措置はWTO違反になる可能性が高い。だが、WTOによる紛争解決機関(DSB)が機能停止に陥っている状況では、WTO違反が追加関税措置の抑止力にはならないだろう。WTO加盟国は、ある一定率以上の関税を課さないことを約束する譲許税率を定めている。WTOによると、2023年の米国の譲許税率の平均は3.4%だが、ベースライン関税の10%を含め、今回課している追加関税は、多くの品目でこの譲許税率を超える。また、WTOには最恵国待遇(MFN)の原則があり、自由貿易協定(FTA)などWTOで認められている例外に該当しない限り、最も低い関税率を適用している国と同じ関税率をほかの加盟国にも適用しなければならない。国別に異なる税率を設定する相互関税などは、この点に抵触する可能性がある。現に、通商法301条に基づく対中追加関税や、通商拡大法232条に基づく鉄鋼・アルミへの追加関税は、DSBの第1審にあたるパネルで既に、WTO協定違反の判断が出ている(注2)。だが、最高裁にあたる上級委員会は現在、米国が選任を拒否していることから委員を選定できておらず、審議できない状態になっている。通商法301条や通商拡大法232条の審議もパネル判断で止まっている。従って、ほかの加盟国が米国の追加関税措置をWTO違反と申し立てたとしても、米国に是正を促すことは難しい。もっとも、米国は近年、WTOを重視していないとする指摘もあり、たとえ上級委員会がWTO違反と判断し出ても、それに米国が従わない可能性もあるだろう(注3)。
関税措置の今後の見通し(3)限定的だった議会の関与
これまで、トランプ政権の追加関税措置に対して、憲法上、通商を規制する権限を有する議会の関与は限定的だった。その要因の1つが、同政権による短期間に大量の行政命令を出すことで議論すべき対象を絞らせない「情報洪水戦略(Flood the Zone Strategy)」だ。トランプ氏は、政権発足から100日を迎える4月29日までに143本の大統領令を発表した。ジョー・バイデン前大統領は4年間の任期で162本、バラク・オバマ元大統領は2期8年で276本だった(図参照)。通商を所管する議会スタッフは、「あまりにも多くのことを政権が実施しているため、様子見するしかない状況」と述べている(注4)。

注:トランプ大統領(2期目)のみ、政権発足後100日目の2025年4月29日時点。それ以外は任期4年間での合計。
出所:The American Presidency Project
ただし、2026年11月の中間選挙が近づくにつれ、議会の影響力は増してくるだろう。選挙の最大の争点は、一般市民の経済状況になることが通例だ。もし、これら追加関税によってインフレ率が一層上昇し、食品や日用品の価格が上昇すれば、共和党議員の間でも追加関税措置の緩和や反対を求める声が大きくなる可能性がある。そうすれば、政権は追加関税措置の見直しを迫られるかもしれない。例えば、IEEPAに基づく権限行使に必要な緊急事態宣言は、上下両院の単純過半数の決議によって解除できる。現状では、トランプ政権の意向に大きく反対する共和党議員が多くないことから、決議の成立見込みは高くない。しかし選挙への影響が現実味を帯びてくれば、今後、情勢が変わる可能性がある(注5)。
不確実性が強まる世界で
本稿で整理した通り、関税措置はその内容が変遷している。政権の意向、司法の判断、議会の関与などに加え、産業界や市場の反応、貿易相手国の対抗措置など、関税措置の行方に影響を与え得る要因は複数存在する。また、トランプ氏が関税を交渉手段としてとらえている限り、いったん落ち着いたかに見える時こそ、周囲が想像もできないような措置をとることも考えられる。そうして関税措置は、強化と緩和が繰り返され、今後も予測困難な4年間が続いていくだろう。
さらに、追加関税措置は、関税以外の分野へも影響する。例えば中国は、米国の追加関税措置に対抗して輸出管理を強化した。これにより、レアアースなど、少量でも生産に不可欠な原材料を入手できなくなった企業も存在する(注6)。加えて今後は、米国側での輸出管理や内外投資規制の強化が想定される上、2026年7月にはUSMCAの見直しが控えている。状況は一層複雑さを増し、ビジネス環境の将来予測は一層難しくなる。
では、不確実性が強まる時代に、企業はどういった対応をするべきなのか。それには「今後何が起こり得るか」という予測・分析にリソースを割くのと同様に、「何が起きてもタイムリーに判断ができる」体制を整えることだ。具体的には、自社のサプライチェーンの正確な把握に、平時から取り組んでおくことが必要になる。追加関税分のコストは吸収できるのか、価格転嫁は妥当か、調達先を変更すべきか、といった判断は、サプライチェーンを正確に把握できているか否かによる。また、調達先は不変ではないため、調査を定期的、継続的に行うことも重要だ。特に、サプライチェーンを止めないための判断ができる体制を整えておくことがカギになる。資金に余裕がある大企業には、鉄鋼・アルミ派生品の通関に際して、本来追加関税が課される鉄鋼・アルミ含有量の価額でなく、輸入申告価格全体に追加関税を支払って通関しているケースがみられた(注7)。製品が流通できないコストが甚大なため、サプライチェーンを止めないことに重きを置いた判断といえる。また、サプライチェーンを正確に把握できれば、例えば取引先のエンティティーリスト(EL)への追加により(注8)、米国の輸出管理規則上、新たに取引が制限される顧客が生じた場合にも、迅速な対応が可能になる。平時から自社の状況を正確に把握しておくことが、一層求められる時代になっている。
- 注1:
-
政権発足100日に合わせて財務省が発表した声明
(2025年4月29日)。
- 注2:
- 具体的には、関税および貿易に関する一般協定(GATT)1条(一般的MFN)やGATT2条(譲許表)などに違反するとの判断が出ている。
- 注3:
- 米国は、「2025年の通商政策課題と2024年の年次報告」の中で、WTOの紛争解決制度は、違反行為の是正を十分に果たせていないだけでなく、中国の非市場経済による被害に対処する加盟国の能力を損なっている、と批判した。さらに、「紛争解決に係る規則および手続きに関する了解」の第3.2条で「紛争解決機関の勧告および裁定は、対象協定に定める権利および義務に新たな権利および義務を追加し、または対象協定に定める権利および義務を減ずることはできない」と定めているにもかかわらず、「上級委員会やパネルが合意済みの規則に反する、あるいは規則を越える行動を取ることは、紛争解決システムの正当性を損なうとともに、米国の主権を侵している」と批判し、「我慢にも限界がある」と記している。
- 注4:
- 筆者によるインタビュー(2025年4月23日)。
- 注5:
- 上院は4月30日に、ベースライン関税と相互関税を課すための国家緊急事態宣言を取り消すための決議を採った。賛否が49対49で同数になり、副大統領による決定投票で否決された。共和党議員からは3人が賛成した。なお、決議が効力を有するためには、大統領が署名しなければならない。大統領が拒否権を発動した場合、議会は3分の2以上の賛成で再度可決すれば、拒否権を覆すことができる。
- 注6:
- 2025年3月19日付地域・分析レポート「トランプ政権下の米中サプライチェーン」参照。
- 注7:
- 鉄鋼・アルミの派生品の一部は、輸入申告価格でなく、輸入する製品に含まれる鉄鋼・アルミの価値に対して、50%の追加関税が課される。
- 注8:
- ELは、米国政府が「米国の国家安全保障または外交政策上の利益に反する行為に携わっている、またはその恐れがある」と判断した団体や個人を掲載したリストで、それらに米国製品(物品、ソフトウエア、技術)を輸出・再輸出・みなし輸出などする場合には、商務省産業安全保障局(BIS)の事前許可が必要になる。ただし、多くの場合、「原則不許可」の審査方針がとられるため、実質的には輸出などができなくなる。
米トランプ関税の行方
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- 執筆者紹介
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ジェトロ・ニューヨーク事務所 調査担当ディレクター
赤平 大寿(あかひら ひろひさ) - 2009年、ジェトロ入構。海外調査部国際経済課、海外調査部米州課、企画部海外地域戦略班(北米・大洋州)、調査部米州課課長代理などを経て2023年12月から現職。その間、ワシントンの戦略国際問題研究所(CSIS)の日本部客員研究員(2015~2017年)。政策研究修士。