ASEAN主要国の産業政策と企業によるサプライチェーン対応NiKKi Fronにみる、拠点分散と品質同一化の実装(タイ)

2026年4月30日

新型コロナ禍や米中対立、相互関税など、外部ショックが企業のサプライチェーン(SC)に影響を与える中、重要部材を単一拠点に依存することは、企業・経済双方の脆弱(ぜいじゃく)性につながる。本稿は、NiKKi Fronがタイで(フッ素樹脂)PTFE製ダイヤフラム弁体の一貫生産を確立させ、日タイでの品質を同一化し、SCを強靭(きょうじん)化した経緯について、ジェトロによるインタビューを基に解説する。本ヒアリングは2026年2月、ジェトロがNiKKi Fronグローバル本社(春日孝之 代表取締役社長、轟明子様)および NiKKi Fron(Thailand)の酒井庸佑 副事業部長に対して実施した。

摩擦材とPTFE、二本柱でタイ拠点の中核化

質問:
タイ進出の背景や、タイ拠点の事業概要を教えてください。
答え:
タイ拠点は、アマタシティ・チョンブリ工業団地にあり、従業員は約70人だ。タイ事業は二本柱である。第一は自動車用摩擦材(マニュアル車向けクラッチフェーシング)で、2010年に現地法人を設立した。進出理由は、日本国内の市場縮小と人材確保難などだ。その後、タイでは、成形工程(後工程)に加えて、素材工程(前工程)も立ち上げて、一貫生産化した結果、競争力が向上した。部材はほぼタイ国内(日系・地場)から調達しており、市場は補修・交換(中古車を含む)などのアフターマーケット向けが中心である。タイ国内に加えて、インドネシアやパキスタンにも出荷しており、日本にはアッセンブリ向けに輸出している。
第二は、機能樹脂製品の成形・加工で、PTFE製ダイヤフラム弁体(注1)(半導体・化学プラント・医薬・食品向け)などの製造だ。今回、ジェトロの支援を活用したのはこの第二の柱だ。2019年の台風19号により、日本の本社工場(長野県)が近隣河川の氾濫で水没し、半年ほど製品の供給が止まった。これを契機に、タイで代替生産体制を構築した。そこで、ジェトロの「海外サプライチェーン多元化支援事業(注2)」を活用して、最新鋭のPTFEの特殊成形・切削加工ラインをタイに新設し、原料投入から成形までの一貫体制を整備した。日本向け輸出が中心で、日本工場のバックアップ拠点として機能している。一次納入先はバルブメーカーだが、最終用途は医薬品製造ラインや、半導体関連の薬液供給ラインなどだ。PTFEバックアップリング(注3)も生産しており、主な用途は、自動車・産業機械向けだ。タイ国内の半導体需要は未成熟だが、ASEANでは今後半導体産業が拡大すると思われる。需要拡大に対応できるよう、拡張余地を確保している。
結果として、国内一極体制から分散し、(1)摩擦材工場、(2)PTFE製品ラインの二軸を段階的に拡張し、タイを中核拠点へ進化させることができた。
質問:
タイを進出先として選んだ背景は?
答え:
自動車や電機産業の集積による市場との近接性がある。また、PTFE製品の製造に関しては、必要な原材料や部材の入手容易性、タイ投資委員会(BOI)などによる手厚い投資優遇措置、そしてASEAN内外への物流利便性などである。

NiKKi Fron (Thailand) の外観(同社提供)

高度成形技術と品質基準で差別化

質問:
御社の技術力や製品の代替困難性はどのような点ですか?
答え:
まず、PTFEダイヤフラム弁体とは、医薬品製造ラインで使われるバルブで、薬品や純水を供給する部品だ。薬品による劣化や汚染を回避するため、耐薬品性や耐熱性を満たす必要がある。一般的な工業用バルブはゴムが主原料だが、最先端の医薬品・半導体製造工程では、フッ素樹脂によるPTFE弁体が不可欠である。結果として、実質的な代替素材はない。この点、NiKKi Fronは成形・切削・検査において高度な技術を有している。
ASEAN地域における競合はモルダー(プラスチック・ゴム成形業者)が中心で、価格では中国勢に勝てないが、NiKKi Fronは技術水準で優位にある。例えば、ホットコイニング法(注4)という高度な技術を要する成形プロセスをタイで実現している。金型寸法通りの高精度かつ、繰り返しの曲げに強い耐久性を両立できる点が最大の強みだ。また、環境負荷の低減や、一貫した検査基準、トレーサビリティなど総合力で差別化できる。さらに、半導体製造装置の洗浄工程で薬液の飛散を防ぐスプラッシュガードは、日本では、当社を含めわずか数社のみが大手装置メーカーに納入可能だ。高純度PTFE(四フッ化エチレン樹脂)を用いた加工精度や品質が評価されている。

自動車用摩擦材(同社提供)

フッ素樹脂製品(PTFEダイヤフラム弁体等)(同社提供)

製造プロセスの共通化と調達多元化

質問:
供給や調達の観点で、強靭化された点を教えてください。
答え:
第一に、国境を越えた複数拠点で同品質の製品を作れるようになったことだ。日本とタイで金型・工程・検査基準の完全共通化を実施し、日本の厳格な検査基準をタイへ移植した。そのために、日本からタイへの技術者派遣と、タイから日本への研修生派遣という人材交流で、検査・工程スキルの標準化を進めた。ただ、容易ではなかった。タイ工場の稼働2年目頃までは、タイ産品の検査不通過や歩留まりによる損失を多数伴った。しかし、人に投資することで、日本と同等品質の再現性をタイで確立した。
また、日本では当該工程の一部が職人による手作業で、日ごとのばらつきが課題であった。しかし、日本では不良率が10%であったのに対し、タイでは自動化・標準化により、現在は1〜2%程度となっている。結果として、生産性の向上と品質の向上を同時に実現できたといえる。
第二に、原料調達の地理分散だ。フッ素樹脂については、2021年頃から世界的な需要増と生産・物流停滞が重なり、2022年頃まで日本国内で深刻な配給制(アロケーション)(注5)が続いた。一方、当社は、タイ拠点が既に稼働していたため、在ASEANの日系企業からフッ素樹脂を確保できた。地域ごとに割り当てられるアロケーションが、タイは日本とは別枠であったことが奏功し、原料の多元化により原料の調達リスクを実質的に低減できた。今後は、タイ拠点で日本と同一仕様のフッ素樹脂を計画生産し、適正在庫を保有する。これにより、日本・タイ間で在庫を相互融通しつつ、タイの生産能力強化で急増需要にも機動的に対応する。総じて、調達と供給の両面でBCP上のメリットを獲得できたといえる。

人材基盤と環境対応の両輪で事業の持続性を

質問:
人材や規制など、経営上の課題は何ですか?
答え:
離職率は高くない。その主因として、タイ人MD(マネージングディレクター)の強いリーダーシップが挙げられる。日本人駐在は2人で、営業担当と技術担当が各1人。一方、タイ人MDが10年以上にわたって陣頭指揮を執っており、指揮系統はほぼ100%タイにローカライズされている。立ち上げ期は、日本人が現法トップを務めていたが、当時は定着率が良くなかった。それでも、進出当初からいる7〜8人のタイ人がコアメンバーとして、タイ拠点を支える中核人材に育ってくれた。現在のMDは、高い実力を持っているが、高齢化が進みつつある。今後の課題は、次世代のマネジメント層および中間層の計画的な育成だ。
一方、規制面では、欧州の「有機フッ素化合物(PFAS)」規制(注6)が、当社の事業にも影響する可能性がある。同規制は、広範囲の素材を対象とする方向に議論が進んでいる。ただし、当社の高分子PFASに有害性はなく、「安全かつ不可欠」との理解が業界でも広がりつつある。もっとも、そこに甘んじることなく、当社は拡大生産者責任(EPR)の観点から、PTFE端材の再資源化を日本で先行開始している。タイでも導入する予定だ。なかでも、当社が開発した「サステナフロン」は、従来、再利用PTFEの製品への配合率は20%が限界と言われていたところ、40%配合でも強度を維持することができる。このサステナフロンの独自製法は、2024年に特許を取得している。環境適合とSC強靭化(再生材の安定活用)を同時に前進させている。

ローカライズの深化とASEAN市場開拓

質問:
今後の展望を教えてください。
答え:
タイのフッ素樹脂事業は、日本の補完工場として立ち上げたが、ASEANにおける最先端工場という強みを生かし、半導体装置メーカーの需要に積極的に対応したい。そのため、タイの生産設備に継続投資していく方針だ。また、非日系を含む海外顧客や周辺国への販路開拓も進めたい。例えば、半導体では、タイから中国・ベトナム・マレーシアを重点マーケットとして位置付けている。ベトナムは主要顧客の重要拠点であり、既に、タイで生産した製品の販売拠点(NiKKi Fron Trading Vietnam)を有している。
NiKKi Fronが進めたタイでのPTFEダイヤフラム生産は、単なる海外展開ではなく、「同品質・多拠点化」によるサプライチェーン強靭化の実装例である。すなわち、日本と同水準の品質を新興国で再現するには、設備投資だけでは不十分であり、設備、基準、人材を統合した取り組みがカギとなる。重要なのは、拠点数を増やすことではなく、どの拠点でも同じ品質で即応できる仕組みを作り込むこと、そして多元的な調達・生産・在庫運用を組み合わせたBCPを設計することである。同社の取り組みは、ASEANでのリスク分散と市場開拓を同時に実現するモデルケースといえよう。

注1:
PTFEを用いたバルブ用の可動膜部品。半導体洗浄など高純度薬液を扱う工程で、金属汚染を完全に避けるために不可欠とされる。 本文に戻る
注2:
サプライチェーン多元化を⽬的とした設備導⼊や、設備導入のためのFS調査、実証事業等に係る経費の一部を補助する事業(今後の公募予定は無し)。 本文に戻る
注3:
Oリングの変形や破損を防ぐためのPTFE製補強リング。高温・高圧・強薬品環境でも形状を維持し、シール性能を確保する目的で使用される。 本文に戻る
注4:
PTFEを加熱・冷却を行いながら加圧し、金型寸法どおりに精密成形する加工技術。繰り返し曲げに対する耐久性と高い寸法精度が求められる医薬品製造・半導体用途等で採用される。 本文に戻る
注5:
原料不足時に、供給元が顧客ごとの割当量を制限する仕組み。2021〜2022年のフッ素樹脂逼迫時には、日本向け割当が急減し、生産継続の大きな制約となった。 本文に戻る
注6:
環境残留性が高い有機フッ素化合物を幅広く規制する枠組み。欧州化学機関(ECHA)を中心に、PFASの製造・使用・廃棄まで包括的管理を強化する動きが進んでいる。 本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課 課長代理
田口 裕介(たぐち ゆうすけ)
2007年、ジェトロ入構。アジア大洋州課、ジェトロ・バンコク事務所を経て現職。
執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所 広域調査員
藪 恭兵(やぶ きょうへい)
2013年、ジェトロ入構。経済産業省通商政策局経済連携課(日本のEPA/FTA交渉に従事)、戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員、調査部国際経済課(経済安全保障)などを経て、2024年10月から現職。主な著書:『グローバルサプライチェーン再考:経済安保、ビジネスと人権、脱炭素が迫る変革』(編著、文眞堂)、『FTAの基礎と実践:賢く活用するための手引き』(共著、白水社)、『NAFTAからUSMCAへ-USMCAガイドブック』(共著、ジェトロ)。

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