ASEAN主要国の産業政策と企業によるサプライチェーン対応自動車の生産・輸出拠点として役割増す
インドネシア(2)
2025年12月1日
インドネシアはASEAN内で、タイに次ぐ自動車生産国として発展を遂げてきた。同国の自動車産業の発展や企業のサプライチェーンの変遷、課題について、統計と同国政府や業界団体、日系企業にヒアリング(実施日:8月5~8日)した結果を踏まえ、考察する。
生産拠点として重要性増す
インドネシアは過去20年、ASEAN内でタイに次ぐ自動車生産国として発展してきた。2010年代前半から生産台数が急増。2012年に初めて100万台を突破した。以降、年間100万台超を生産している(新型コロナウイルス禍拡大の影響で減少した2020年は、例外)。2022年には、最多の147万146台を生産した(図1参照)。
生産拡大の背景には、旺盛な国内需要に対応するため、日系自動車メーカーが投資を拡大してきたことがある。完成車メーカーA社は「(従来は)日本とタイが2大生産拠点だった。しかし、販売台数の伸びから、インドネシア拠点の重要性が増している。今後は当地を含む3拠点を中心に議論していく」という。また、部品メーカーB社は「東南、南西アジアをメコン川流域とインドネシア、インドの3地域に分けて戦略を構築している。当地拠点は、国内市場の大きさもあり、重要」とした。
出所:GAIKINDOのデータを基にジェトロ作成
完成車の生産能力強化に伴い、自動車関連部品(HS8708)の輸入も増加した。2004年に輸入額が約10億ドルだったのに対し、2011年は20億ドルを超。さらに、2024年は31億7,100万ドルに達した(図2参照)。
輸入相手国は、日本とタイが中心だ。インドネシアで製造のない基幹部品やエンジン、電子部品を輸入している。完成車メーカーA社は「主力車種の現地調達率は70%程度。エンジンは日本から輸入している」と述べた。そのほか、完成車メーカーC社は「日本から(ハイブリッド車用の)バッテリーセルを輸入。国内では、簡易な組み立て工程だけを設けている。政府はより高度な工程の導入を望むものの、バッテリー生産拠点化には課題がある」と指摘した。また、部品メーカーD社は「摩耗品なども含めて、全体の12%ほどは日本から輸入している」という。
出所:Global Trade Atlas(GTA)を基にジェトロ作成
自動車部品の輸出も、着実に拡大している。2004年に5億ドル超だった輸出額は、2010年以降は安定して10億ドルを上回る。2024年には、21億1,750万ドルに達した(図3参照)。
輸出先は日本のほか、ASEAN域内が大半を占める。特にマレーシアやタイ向けでは、日系取引先の現地生産にインドネシア製部品を供給する。当地は、ASEAN域内から日本まで広がる部品サプライチェーンの拠点の1つとして機能している。
出所:Global Trade Atlas(GTA)を基にジェトロ作成
また、欧米や南米向けを含め、自動車部品のグローバルな供給体制も、整いつつある。「その他の自動車部品(HS870899)」を除いて、輸出の最も多いのが「ギヤボックスおよびその部品(HS870840)」だ。輸出先としては、タイが最多。これに、インド、ブラジル、マレーシア、米国が続く。当地がグローバルな供給拠点として機能していることがわかるだろう。
完成車の輸出拠点として成長、仕向地も多角化
完成車の製造が本格化するにつれ、完成車輸出のハブとしての機能も強まる。インドネシア自動車製造業者協会(GAIKINDO)のデータによると、2010年の完成車輸出台数は8万5,000台だった。2014年に初めて20万台を超え、新型コロナ禍以降は40万台後半から50万台で推移している(図4参照)。
出所:GAIKINDOデータからジェトロ作成
GAIKINDOによると2024年、完成車の輸出先で首位はフィリピン。全体の33.7%を占めた。次いでベトナム向けが16.3%。この2カ国だけで半数を占めた。その他、メキシコ、サウジアラビア、中東・アフリカ向けの輸出もある。長期的に見ると、過去20年でASEAN向け輸出の比重が高まってきた。2006年から2015年までは、サウジアラビアが首位だった。しかし、2016年にフィリピンが追い抜き、その後は首位を維持している(図5参照)。ベトナム向けも2016年以降、増加している。
企業も、ASEAN域外への輸出拡大に取り組んでいる。完成車メーカーA社は「バングラデシュや台湾への輸出も開始した。政府からは輸出拡大の要請があり、中東諸国との経済連携協定(EPA)の交渉が妥結すると追い風になる」という。完成車メーカーC社も「主要輸出先は、フィリピンなどASEANに加え、中東、中南米、アフリカなど、グローバルサウス諸国だ。特に中東市場は自由貿易協定(FTA)や関税引き下げで、拡大の可能性がある」と指摘した。EPAやFTAの進展が新市場開拓のきっかけになっている。
出所:Global Trade Atlas(GTA)を基にジェトロ作成
政府は、現地調達率引き上げをてこに、投資呼び込み
インドネシアが2010年代以降、生産拠点・輸出拠点として成長した背景には、政策による支援策がある。
2013年7月には、ロー・コスト・グリーン・カー(LCGC)政策を導入。車両部品の国産化計画提出を義務付け、現地生産を促進した。また、一定の現地調達率を満たす車種をLCGC車と認定し、新車購入時の奢侈(しゃし)税を免除した。これにより、日系メーカーが大規模な設備投資を講じた。例えば、ダイハツは、2012年にカラワン工場で新型車を開発(ダイハツウェブサイト参照
)。デンソーも同年9月にファジャール工場の建設を開始し(デンソーウェブサイト参照
)、現地生産比率を引き上げた。LCGC政策は日系メーカーの投資を呼び込み、当地自動車産業の生産を拠点化する上で基盤になる重要な転機になった。
さらに、政府は国産化率を満たす車種を対象に、奢侈税や付加価値税の減免を継続的に実施している。2021年には、新型コロナ禍に対応し、消費刺激策(2021年3月4日付ビジネス短信参照)を講じた。また、2023年のバッテリー式電気自動車(BEV)普及策(2024年3月5日付ビジネス短信参照)や、2025年のハイブリッド車(HEV)普及策でも、国内生産強化と国内市場の回復を同時に目指した(2025年2月26日付ビジネス短信参照)。
特にBEVについては、2019年の大統領令(2019年第55号)で、生産・輸出ハブになることを目標に掲げた。インドネシアは世界有数のニッケル埋蔵量を持つため、電気自動車(EV)用電池産業の育成を推進している。政府は、EV200万台と電動二輪車1,200万台の普及を目標に、電池製造や充電インフラ整備、購入補助などの政策を展開している。
販売の一時落ち込みでも、サプライチェーンは安定維持
インドネシアは生産・輸出拠点としての地位を高めつつある。国内市場の大きさと成長性が、生産を維持する重要な理由だ。
国内自動車市場は、2000年代後半は年間60万~70万台の販売規模だった。2012年に初めて100万台を突破。2013年に最多販売台数(122万9,000台)を記録した。2014年(120万8,000台)には初めてタイを追い抜き、ASEAN最大の市場になった。
しかし、足元では市場の落ち込みが見られる。2024年の自動車販売台数は前年比13.9%減の86万5,723台と、ASEAN首位を維持したが、マレーシアが約82万台に伸ばし、迫った(表参照)。
| 世界順位 | 国名 | 販売台数 | 前年比増減(%) |
|---|---|---|---|
| 17 | インドネシア | 865,723 | △ 13.9 |
| 18 | マレーシア | 816,747 | 2.1 |
| 21 | タイ | 572,675 | △ 26.2 |
| 25 | フィリピン | 468,895 | 12.1 |
| 28 | ベトナム | 337,941 | △ 0.3 |
出所:国際自動車工業連合会(OICA)からジェトロ作成
市場の伸び悩みにもかかわらず、多くの企業は大規模なサプライチェーンの見直しを検討していないようだ。部品メーカーB社は「これまでASEAN展開で相応の投資をしてきた。サプライチェーンを再編することは容易でない」と述べた。一方で、当地に投資を集中しようとする企業も存在する。スズキは2025年2月に発表した同社の新中期経営計画(2025~2030年度)
(3.6MB)で、四輪車のASEAN戦略について「ASEAN市場向け供給拠点の中核として生産ラインアップを拡充する」と記載。インドネシアを中心に事業を再構築し、同国でのシェアを10%に引き上げる目標を示した。
調達・輸入面の煩雑さ、国内市場の低迷が課題
政府は、国内産業の保護や競争力強化に力を入れている。この考え方に立ち、国内で製造可能なものは国内から調達すべきとの方針を掲げる。
この方針が、現場に影響を及ぼしている。完成車メーカーC社は、「輸入の課題は、恣意的な通関遅延や突然の指摘など、予測可能性が低い点が厄介だ」と指摘した。また、部品メーカーD社は「国内調達できない特殊材料まで輸入枠の対象になり、指定企業から調達するよう求められるなど、運用が不透明だ」と述べた。部品メーカーB社も「恣意的な運用で常に供給リスクを抱えている。再申請時に突然、枠を減らされることもある」と語った。各社とも、運用の不透明さや予見可能性の低さに直面し、対応を迫られている。
販売面でも、日系企業各社が共通して抱える課題がある。伸び悩む国内市場だ。完成車メーカーC社は「国内市場の健全な成長が競争力の源泉だ。国内販売が弱いまま輸出比率だけが高まる状況は、生産拠点として存在意義が問われる」と述べた。
政府やGAIKINDOは、新車購入時のインセンティブ拡大など、短期的な需要喚起を検討している。もっとも、市場停滞の根本的な要因は別にあると分析。工業省担当者は「消費者の購買力低下が最大の要因だ。より安価な車種がシェアを奪っている」と指摘した。GAIKINDOは「車両価格の伸びに1人当たりGDPの伸びが追い付いていない。GDPを向上させなければ、自動車販売は伸びない。逆に、自動車産業が停滞すると、GDPも伸び悩むという関係にある」とした。
当地の自動車産業は、過去20年でASEANでタイに次ぐ生産拠点として発展してきた。現在は、国内市場の停滞を輸出が補う状況が続く。生産拠点としての強化には、国内市場の回復が不可欠だ。調達面では輸入の難しさに各社が苦しみ、政府の国内製造方針とは逆行する制度も目立つ。輸出拠点としての機能を強化しつつ、国内市場も正常化できるか、政府のかじ取りに注目が集まる。
次稿では、政府が推進する下流化政策とその成功事例として、ニッケル産業の転換について考察する。
- 執筆者紹介
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ジェトロ企画部企画課 課長代理
尾﨑 航(おざき こう) - 2014年、ジェトロ入構。生活文化産業企画課、サービス産業課、商務・情報産業課、EC・流通ビジネス課を経て、2020年9月からジェトロ・ジャカルタ事務所で調査担当として勤務。2023年12月から調査部アジア大洋州課で、ASEAN、インドネシア、シンガポールの調査・政策提言などに従事。2025年10月から現職。




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