ASEAN主要国の産業政策と企業によるサプライチェーン対応「漁夫の利」の先へ、産業基盤強化と多角展開がカギ
ベトナム(5)

2025年10月28日

本シリーズでは、ベトナムのエレクトロニクスや繊維産業を中心に、貿易投資構造の変化を概観してきた。最終稿では、これまでの分析や企業ヒアリングを踏まえ、産業高度化の展望やサプライチェーン強靭化の方向性など、複数の視点から整理する。

外資投資が牽引した輸出構造転換と裾野産業整備

ベトナムの輸出額は右肩上がりで推移し、近年は安定して貿易黒字を維持している(本特集「ベトナム(1)外資投資が牽引する輸出の拡大、産業基盤を築く」参照)。2000年代は縫製品や農産物が中心だったのに対し、2010年代以降は電気機器が輸出を牽引する構造に変化した。まず、2001年12月の米国・ベトナム通商協定発効で、米国向け関税が大幅に引き下げられ、縫製品の輸出が拡大した(本特集「ベトナム(4)縫製輸出で台頭、裾野拡充とFTAが繊維産業の追い風に」参照)。さらに2007年のWTO加盟後、外資進出が加速。サムスン電子の進出でスマートフォンが最大の輸出品目に成長した(本特集「ベトナム(2)サムスン進出でスマホの輸出大国に、部品生産も拡大」参照)。また、日系プリンターメーカーの進出で印刷機の輸出も増加した。2018年以降は米中貿易摩擦の影響で、中国からの生産移管が進展。ノートPCやタブレット端末などの輸出が急増している(本特集「ベトナム(3)EMS企業が中国から生産移管、コンピュータ輸出が急拡大」参照)。

従来は部品・部材を輸入して、ベトナムでは組み立て・縫製のみを行うケースが中心だった。しかし、近年は部品サプライヤーの進出で裾野産業の整備が徐々に進みつつある。スマートフォンやプリンターの部品、繊維原料の現地生産が広がり、輸入依存度が低下している。産業基盤の強化と技術蓄積により、国際競争力の向上が期待される。

内需向けのサプライチェーンも拡充

内需向け製造業の投資も盛んだ。例えば二輪車では、ホンダが生産・販売を主導してきた。ベトナム統計局によると、2018年の世帯当たりバイク普及率は156%で、2024年には169%に上昇。多くのバイク部品サプライヤーも進出している。その中には、車載用部品の輸出に取り組む企業もあり、輸出競争力向上にも寄与している。

家電分野では冷蔵庫やエアコンなどの組み立てが拡大し、食品分野ではホーチミン市近郊に加工・流通拠点が相次いで立地している。このように、国内市場だけでなく、東南アジア全域も含んだ消費市場をターゲットにした投資も拡大している。

行政手続きに課題残るも、総合力の高い投資環境

ジェトロ調査では、ベトナム進出日系企業の61.9%が「市場規模・成長性」、54.4%が「人件費の安さ」をメリットと評価している。次いで、「安定した政治・社会情勢」(44.1%)、「駐在員の生活環境」(33.3%)、「一般ワーカーなどの雇いやすさ」(23.4%)が挙がる。人件費やインフラ、政治・社会の安定など、バランスの取れた投資環境が魅力となっている。

加えて、ほかのASEAN諸国と比べても、人材の質が高く評価されている。企業ヒアリングでも、「ベトナムは真面目で器用な人が多い」「日本で働いた経験者が多く、日本語が堪能な人材が多い」といった声が多かった。

表1:ベトナムの投資メリット(ASEAN域内における順位)
ベトナムの上位10項目 1位 2位 3位 4位 5位 6位 7位 8位 9位
1.市場規模/成長性 インドネシア
80.1
ベトナム
61.9
フィリピン
48.1
タイ
37.5
カンボジア
36.5
マレーシア
33.6
ミャンマー
28.9
シンガポール
27.8
ラオス
11.4
2.人件費の安さ ミャンマー
72.3
ラオス
71.4
フィリピン
68.5
ベトナム
54.4
カンボジア
47.1
インドネシア
37.7
マレーシア
27.3
タイ
25.0
シンガポール
0.7
3.安定した政治・社会情勢 シンガポール
88.5
マレーシア
60.1
カンボジア
53.8
ラオス
48.6
ベトナム
44.1
タイ
22.9
インドネシア
13.8
フィリピン
8.6
ミャンマー
3.6
4.駐在員の生活環境が優れている タイ
56.0
マレーシア
55.7
シンガポール
51.1
ベトナム
33.3
カンボジア
28.8
インドネシア
18.5
フィリピン
16.7
ラオス
5.7
ミャンマー
3.6
5.従業員の雇いやすさ (一般ワーカー、一般スタッフ・事務員等) フィリピン
35.8
インドネシア
31.0
タイ
23.5
ベトナム
23.4
カンボジア
22.1
ミャンマー
16.9
マレーシア
11.8
ラオス
11.4
シンガポール
3.7
6.従業員の質の高さ(一般ワーカー) ベトナム
18.3
フィリピン
16.0
シンガポール
14.5
ミャンマー
13.3
タイ
7.5
インドネシア
7.4
マレーシア
6.0
カンボジア
3.8
ラオス
0.0
7.従業員の質の高さ(専門職・技術職) シンガポール
19.4
ベトナム
15.1
フィリピン
14.2
ミャンマー
13.3
マレーシア
9.2
タイ
8.4
インドネシア
5.1
カンボジア
2.9
ラオス
0.0
8.言語・コミュニケーション上の障害の少なさ マレーシア
75.3
フィリピン
73.5
シンガポール
59.0
カンボジア
31.7
ミャンマー
16.9
ベトナム
13.8
タイ
12.8
インドネシア
10.3
ラオス
5.7
9.取引先(納入先)企業の集積 タイ
47.2
インドネシア
23.4
シンガポール
18.4
マレーシア
16.1
ベトナム
13.8
フィリピン
9.3
カンボジア
2.9
ラオス
2.9
ミャンマー
1.2
10.従業員の質の高さ(中間管理職) シンガポール
16.2
マレーシア
11.5
ベトナム
10.8
フィリピン
10.5
タイ
6.9
インドネシア
6.5
カンボジア
5.8
ラオス
5.7
ミャンマー
3.6

注:ASEAN上位9カ国を表示(ブルネイは調査対象外)。各国での複数回答。
出所:ジェトロ「2024年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」

一方、リスクとしては、「行政手続きの煩雑さ」(62.4%)、「人件費の高騰」(58.9%)、「法制度の未整備・不透明な運用」(57.8%)、「税制・税務手続きの煩雑さ」(50.4%)が上位に並ぶ。

企業からは、「行政手続きが煩雑で予見性がなく、追加投資しにくい」「法令の不整合と運用が曖昧な部分が多い」といった指摘が多かった。地域によっては、外資企業の進出で人材獲得競争が激しく、人件費高騰の課題もみられた。ベトナム北部では時期によって電力不足の懸念もある。

もっとも、ほかのASEAN諸国と比較して致命的なリスクがなく、投資環境の総合力は高いという見方もできる。

表2:ベトナムの投資リスク(ASEAN域内における順位)
ベトナムの上位10項目 1位 2位 3位 4位 5位 6位 7位 8位 9位
1.行政手続きの煩雑さ(許認可等) ベトナム
62.4
ミャンマー
57.3
カンボジア
49.1
インドネシア
49.0
フィリピン
48.8
ラオス
48.6
マレーシア
26.3
タイ
16.1
シンガポール
3.5
2.人件費の高騰 シンガポール
90.1
マレーシア
72.3
タイ
68.1
インドネシア
65.1
ベトナム
58.9
フィリピン
42.5
カンボジア
40.9
ラオス
40.0
ミャンマー
19.8
3.法制度の未整備・不透明な運用 カンボジア
65.5
ラオス
62.9
ミャンマー
61.5
ベトナム
57.8
インドネシア
55.2
フィリピン
35.6
マレーシア
18.5
タイ
12.4
シンガポール
3.2
4.税制・税務手続きの煩雑さ インドネシア
64.0
フィリピン
62.5
カンボジア
58.2
ベトナム
50.4
ラオス
48.6
ミャンマー
42.7
タイ
18.2
マレーシア
12.1
シンガポール
2.7
5.現地政府の不透明な政策運営 (産業政策、エネルギー政策、外資規制等) ミャンマー
86.5
インドネシア
66.2
カンボジア
50.9
フィリピン
50.0
ベトナム
45.9
ラオス
42.9
マレーシア
32.1
タイ
29.3
シンガポール
5.2
6.ビザ・就労許可取得の困難さ・煩雑さ シンガポール
48.4
ベトナム
34.1
インドネシア
27.3
マレーシア
26.3
ミャンマー
17.7
フィリピン
14.4
ラオス
11.4
タイ
7.1
カンボジア
3.6
7.従業員の離職率の高さ マレーシア
47.7
ラオス
45.7
シンガポール
42.2
フィリピン
40.0
ベトナム
31.5
ミャンマー
27.1
タイ
26.6
カンボジア
20.0
インドネシア
12.5
8.電力インフラの未整備 ミャンマー
77.1
フィリピン
39.4
カンボジア
35.5
ベトナム
29.4
ラオス
28.6
インドネシア
10.3
タイ
8.2
マレーシア
4.6
シンガポール
2.5
9.土地/事務所スペースの不足、地価/賃料の上昇 シンガポール
52.6
フィリピン
25.0
ベトナム
22.7
インドネシア
13.2
ミャンマー
12.5
カンボジア
11.8
タイ
11.3
マレーシア
10.1
ラオス
5.7
10.不安定な為替 ミャンマー
85.4
ラオス
71.4
インドネシア
34.5
タイ
27.5
フィリピン
20.6
マレーシア
19.4
ベトナム
14.1
シンガポール
6.9
カンボジア
5.5

注:ASEAN上位9カ国を表示(ブルネイは調査対象外)。各国での複数回答。
出所:ジェトロ「2024年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」

新書記長の下、行政改革が進展

2024年8月に就任したトー・ラム書記長は、経済成長加速に向けて行政改革を推進している。中央省庁を従来の18省4機関から14省3機関へ、地方行政区分を63省・市から34省・市へと再編するなど、効率化を図っている。改革は一時的に混乱を伴うが、長期的には行政手続きの透明性向上や迅速化、制度運用の安定化につながることが期待される。

政策面では、外資誘致のインセンティブ制度の見直しや、地場企業育成戦略の具体化が焦点になる。外国企業からは、中国と比較して「追加投資へのインセンティブが少ない」「外国契約者税や保税倉庫での物流加工禁止など、制度の柔軟性が低い」といった指摘もある。

ベトナムには、米中貿易摩擦の影響を受けて「漁夫の利」的に生産移管の受け皿になった面がある。しかし、産業高度化に向けては、戦略的な産業政策と外資誘致策の強化が不可欠だ。ラム書記長は2025年5月に公布した「民間経済開発に関する政治局決議68号(68-NQ/TW)」で、改革の方向性を示した。具体的には、民間企業の発展を重視し、国家として平等な競争環境を整備するだけでなく、さらに積極的に支援する方向性を示した(2025年9月1日付地域・分析レポート参照)。地場企業育成も改革の一環にあり、産業構造を強化する上で重要な要素になるだろう。

貿易構造の多角化とFTA活用に活路

ベトナムの輸出は約3割が米国向け、輸入の4割弱が中国からで、両国への依存度が高まっている。米中貿易摩擦で中国からの生産移管が進んだ結果、中国から原材料・部品を輸入し、米国に完成品を輸出するという貿易構造が強まっている。

2025年4月に米国政府が発表した相互関税措置は、ベトナムの産業界に不安を招いた。しかし、関税率が当初発表の46%から20%に引き下げられたことで、現時点で競争力を大きく損なう事態には至っていない。それでも、対米貿易黒字と輸入の中国依存度の高さから、今後も高関税を課されるリスクは残る。「追加関税分が小売価格に転嫁されて米国の消費が冷え込めば、受注への影響も懸念される」との声もあった(2025年8月進出日系企業へのヒアリング)。

こうした中、ベトナムが締結する16の自由貿易協定(FTA)が、貿易構造を多角化する上でカギになる。特に、EUとの協定は重要だ。アジアで協定発効済みの国は、ベトナムのほか日本、韓国、シンガポールのみで、ベトナムはEU向け輸出拠点として成長する潜在性が高いと言える。

さらに、「環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP)」や「地域的な包括的経済連携(RCEP)協定」に加盟にしているため、企業は域内でのサプライチェーン構築で、関税減免の恩恵を受けやすい。

都市部と地方部で築く生産体制の最適化

ベトナムは、安価な人件費と豊富な労働力を背景に、これまで製造業の輸出拠点として注目を集めてきた。特に都市部近郊には、多くの外資企業が進出してきた。ただし近年は、人件費上昇や労働力確保が課題になっている。それでも、技術力のあるエンジニアや熟練ワーカーの確保が進み、生産ラインの自動化・省人化や製品の高付加価値化が進展している。

一方、地方部は依然として人件費が低く、労働力も豊富だ。工業団地や道路インフラの整備も進み、新たな進出先としてさらに注目が増している。都市部近郊に工場を構える企業の中には、「ベトナムプラスワン」の戦略として、労働集約型の生産工程を第三国ではなく、ベトナムの地方部へ移管する動きもみられる。都市部での高付加価値化と地方部での量産体制の両立は、産業発展の重要な戦略になる。

成長する消費市場と人材循環に期待

ベトナムは輸出拠点としてだけでなく、消費市場としても注目されている。現時点で、市場規模自体は限定的なものの、人口増加と所得水準向上を背景に、市場の拡大が見込まれる。ただし、日系企業だけでなく、欧米や韓国、中国などの外資系企業も積極的に参入し、競争環境は熾烈(しれつ)だ。地場企業は商習慣や流通網に強みがあるため、そうした企業との協業や出資も市場対応力を高める有効な手段にもなっている。

また、当地の人材は国内外で活躍の場を広げている。日本で働くベトナム人は、2024年10月末時点で57万人を超え、外国人労働者全体の約4分の1を占めている。技能実習生だけでなく、「技術・人文知識・国際業務」の資格を持つ大学卒業レベルの人材が増え、高度職種で活躍している。日本での勤務経験を活かし、帰国後にベトナム法人のマネージャーとなるケースや、ベトナム法人で育成した人材を日本に派遣するケースなど、2国間の人材循環も進んでいる。この循環は単なる労働力補完にとどまらず、両国のサプライチェーン連携を強固にする原動力として期待できる。

サプライチェーン強靱化に向けて

ベトナムは米中貿易摩擦を追い風に、外資製造業の進出が加速した。エレクトロニクスや繊維を中心に、輸出産業が強化され、裾野産業も徐々に成長を遂げている。しかし、サプライチェーンにおける地場企業の存在感は限定的で、産業構造のさらなる強化が課題になっている。持続的な産業発展には、戦略的な外資企業誘致と並行して、地場企業を育成する政策的支援が必要だ。また、特定の国・地域への過度な依存を避け、貿易の多角化を進めることも、経済安定と競争力維持のために重要になるだろう。

こうした環境下で日本企業は、(1) FTAを活用した輸出多角化、(2)都市部と地方部での生産体制の最適化、(3)拡大する内需への対応、(4)人材循環の強化、(5)研究開発や販売機能の強化(注)など、多角的な戦略を同時に進めることが、中長期的な競争力維持・強化に向けてのカギになるだろう。


注:
研究開発機能については、サムスンの例を「ベトナム(2)サムスン進出でスマホの輸出大国に、部品生産も拡大」で取り上げた。販売機能については、YKKの例を「ベトナム(4)縫製輸出で台頭、裾野拡充とFTAが繊維産業の追い風に」で取り上げた。
執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課 課長代理(執筆当時)
庄 浩充(しょう ひろみつ)
2010年、ジェトロ入構。海外事務所運営課、ジェトロ横浜、ジェトロ・ビエンチャン事務所(ラオス)、広報課、ジェトロ・ハノイ事務所(ベトナム)を経て現職。