ASEAN主要国の産業政策と企業によるサプライチェーン対応膨張黒鉛の供給網を二重化し産学連携でタイから世界へ(富士黒鉛)
2026年4月17日
富士黒鉛工業株式会社(本社:東京都世田谷区)は、天然黒鉛を主原料とする工業用製品の製造・販売を手掛けている。同社の最大の特徴は、競合相手が多い電池・バッテリー用途市場をあえて避け、独自の化学処理技術を要する「膨張黒鉛」に開発リソースを集中させている点にある。優れた難燃性能を備え、建材の難燃剤や自動車・化学プラントに不可欠な同社の製品は、世界のニッチ市場において代替が困難なポジションを確立している。
同社はこれまで、福島工場での生産に必要な原材料である天然黒鉛と、製品として販売する膨張黒鉛の両面において、特定国からの輸入により供給体制を維持してきた。しかし、原材料と製品の調達を特定国に依存する構造は、近年の地政学リスクの高まりに伴い、サプライチェーンの脆弱(ぜいじゃく)性を露呈させる懸念があった。そこで同社は、既存の調達・生産ルートを維持しつつ、新たにタイ生産拠点を設立し、モザンビーク産原材料を活用したグローバルな供給網の構築を決断した。これにより、いかなる事態においても顧客への供給責任を果たすべく、サプライチェーンの強靭(きょうじん)化に乗り出している。
このダイナミックな戦略を支えているのは、長年培った技術力と「産学連携」による飽くなき探求心だ。福島県郡山市の自社工場で培った高度な品質管理体制をベースに、大学との共同研究を通じて、黒鉛の新たな可能性を追求している。さらに、特定の技術分野に絞り込むことで、アカデミアの知見を最大限に引き出す独自の体制を構築している。タイを拠点に世界市場を見据え、いかにして強靭な供給網と市場での差別化を実現していくのか。菅原豪最高経営責任者(CEO)、内野聡久係長に、その経営方針を聞いた(取材日:2026年2月27日)。

供給途絶の危機を機に、薬品調達と提携先に優れたタイを新拠点に選定
- 質問:
- サプライチェーン強靭化に至る経緯と、進出先としてタイを選定した理由を教えてください。
- 答え:
- 当社は国内の建材向け膨張黒鉛でトップシェアを確立しているが、かつては特定国から、加工済みの膨張黒鉛製品を輸入し、日本で品質管理を行うモデルに依存していた。転機となったのは約10年前、輸入先における環境規制の厳格化により出荷が停止する事態に直面したことだ。当時は在庫で急場を凌いだが、「在庫の積み増しだけでは、顧客への供給責任を果たしきれない」という危機感を抱いた。
- 調査の結果、同等の品質で膨張黒鉛製品を安定供給できるメーカーは世界的に見ても極めて少なかった。そこで、他社からの調達に頼るのではなく、自社製造へ踏み切るという大きな決断をした。さらに、原料である天然黒鉛についても、従来の特定国依存から脱却すべく、モザンビーク産を新たに採用した。既存の福島工場における製造・輸入ルートは継続しつつ、新しい供給網として「モザンビーク原料×タイ生産」という多角的な供給網の構築を構想した。
- 今回、新工場の設立先としてタイを選定したのは、膨張黒鉛の製造に不可欠な特殊薬品を安定調達できる日系サプライヤーが集積していたからだ。近隣諸国とも比較したが、薬品入手という製造上のボトルネックを解消できる点が決め手となった。2020年には、現地で信頼の厚い化学系商社メガケム社をパートナーに迎え、合弁会社を設立した。現在は、タイの少子高齢化を見据えて、自動化を主軸に、開発・品質管理部門を含む約15人の少数精鋭体制で、一貫生産を行う工場の立ち上げを最終段階まで進めている。技術面では、現地にラボを設置し、これまでに2,000件超のサンプルを作成して独自のノウハウを蓄積している。
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膨張黒鉛製品(同社提供)
モザンビーク産原料による「タイ発」供給網の構築
- 質問:
- 原材料の調達ルートをどのように再構築し、強靭化を図られたのでしょうか。
- 答え:
- 特定の供給国に依存するリスクを抜本的に解消するため、新設するタイ工場においては、日系商社の紹介を受けたモザンビーク産の天然黒鉛を採用することを決断した。これにより、日本での既存ルートは確保しつつ、原料・拠点の両面で異なる「モザンビーク原料とタイ工場」という独立した第2の供給網を構築することに成功した。
- モザンビーク産への切り替え後も、タイへの輸送料を含めたコストは、現行品と同水準に抑えられている。産地が変わると原料特性も異なるが、大分大学との共同研究により、モザンビーク産の特性に合わせた配合・条件を確立し、安定的な品質を再現できる製造プロセスを確立した。これにより、コスト競争力・日本品質を維持しつつ、地政学リスクに左右されない安定供給体制を実現している。
- 質問:
- 販売面における現状と将来の販売戦略について教えてください。
- 答え:
- 当社の膨張黒鉛は、日本の消防法に基づき、あらゆる建築物で不可欠な難燃材料として使用されている。今回の供給網の二重化により、地政学リスクや災害時における「供給途絶リスク」を大幅に低減した。当社の事業は、単なる素材の販売から、顧客のBCP(事業継続計画)を根底から支える高付加価値なビジネスモデルへと進化した。
- 実際、国内の大手建材メーカーからは、万が一の際も供給を止めない「代替困難なパートナー」として、極めて高い信頼を寄せられている。今後は、この強靭な供給モデルを武器に、難燃規制の普及が見込まれるASEAN諸国でのルールメイキング(標準化)にも関与していきたい。日本基準の「安心・安全」を域内全体へ広げていく考えだ。
「レッドオーシャン」を回避する戦略と、現地パートナーとの機能分担
- 質問:
- 黒鉛市場において、電池市場ではなく膨張黒鉛に注力されている狙いを教えてください。
- 答え:
- 黒鉛市場で最大規模を占めるのは電池用途であり、大手メーカーは総じてこの分野に注力している。しかし、そこは巨大資本が競うレッドオーシャンだ。これに対して当社は、自動車や化学プラント、建材向けに重心を置く戦略をとっている。
- 膨張黒鉛は、建材の難燃剤としての活用のほか、高度な放熱性能が求められるスマートフォンや高級車の放熱材、化学プラントのガスケットなど、多岐にわたる専門領域で不可欠な素材となっている。当社は、特定のニッチ領域に特化することで、代替困難な競争優位の確立を目指している。
- 質問:
- パートナーであるメガケム社とは、具体的にどのような役割分担をされているのでしょうか。
- 答え:
- タイ上場の化学品商社であるメガケム社は、現地での納税や税務処理などの管理実務を一手に担っている。一方で、当社は原料の選定、価格交渉、販売戦略といった事業の本質的な部分に責任を持つ。この明確な役割分担により、膨張黒鉛の付加価値向上と事業成長に全リソースを集中できる体制を実現している。
技術革新を支える産学連携
- 質問:
- 産学連携は、具体的にどのようなかたちで貴社の技術力を支えているのでしょうか。
- 答え:
- 当社は、大分大学と約7〜8年にわたり、製造プロセスの共同開発を続けてきた。特筆すべきは、炭素材料の権威である同大学の名誉教授が、定年後に当社の社員として研究所に入り、直接開発をリードしている点だ。この「大学の知」と「現場の技術」の融合こそが、当社のR&Dの核心だ。
- タイのラボでは既に2,000件を超える試作サンプルとデータが蓄積されている。原料をモザンビーク産に切り替える際も、この連携によって特性を最大限に引き出す配合条件を迅速に確立できた。アカデミアの知見に裏打ちされた膨大なデータは、一朝一夕にはまねできない強力な参入障壁となっている。
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稼働間近のタイ工場(同社提供)
供給ルートのさらなる多角化で世界シェア拡大を目指す
- 質問:
- 今後の体制構築と、目指すべき将来像を教えてください。
- 答え:
- タイ工場には既に製造設備が搬入済みであり、現在はIEAT(タイ工業団地公社)の許可待ちという最終段階にある。許可が下り次第、設備の組み立てと最終据え付けを行い、速やかに稼働開始できる体制を整えている。タイの少子高齢化を見据え、高度な自動化を前提としている。先述のとおり、計15人ほどという少数精鋭体制で、効率的かつ安定的なオペレーションを実現していく方針だ。
- 顧客である日系建材メーカーからは、「御社が停止すれば難燃剤の供給が止まり、製品が作れなくなる」と非常に強い期待が寄せられており、供給継続の重要性を再認識している。
- 膨張黒鉛製品は、配合や条件設定に極めて細やかな作業が求められるため、本来、日本人の丁寧な気質や特性が非常に活きる業界だと考えている。現在は、菅原社長自らが展示会参加などを通じて精力的に営業を展開しているが、さらなるBCP(事業継続計画)の観点から、タイに続く拠点としてベトナムへの進出も検討中だ。特定の国に依存しない強靭な供給網を武器に、日本そして世界の産業インフラを支える膨張黒鉛メーカーとして世界の市場を目指していく。
| 会社名 | MEGA FUJI GRAPHITE CO., LTD. |
|---|---|
| 設立 | 2020年12月 |
| URL |
https://www.fujikokuen.co.jp/ |





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