ASEAN主要国の産業政策と企業によるサプライチェーン対応キャステム・サイアムに聞く、タイを軸にしたASEAN供給網の多元化
2026年5月11日
半導体関連装置向けの精密鋳造部品を生産するI-temホールディングス(本社:広島県福山市)は、米中貿易摩擦や新型コロナ禍のロックダウンなどによるサプライチェーン寸断リスクが顕在化する中、同社のタイ拠点であるキャステム・サイアムを中核に据え、生産能力を強化。これにより、納品先である日系半導体関連装置メーカーへの部品供給の安定化を実現している。ジェトロの海外サプライチェーン多元化支援事業を活用し、供給体制の強靭(きょうじん)化を図る同社に、タイ拠点の位置付けや進出経緯、課題や今後について聞いた(取材日:2026年2月26日)。
事業概要
- 質問:
- 御社の事業概要を教えてください。
- 答え:
- 当社は、半導体製造装置を生産するメーカー向けに、精密鋳造部品を供給している。日系の顧客が中心だ。当社の部品は、半導体製造装置の内部でウエハーを搬送する装置や、装置内でガスや薬液の流れを制御する電磁弁などに使用されている。これらは、半導体の品質や歩留まりを左右する重要な部材だ。用途は半導体関連装置にとどまらず、産業用の自動機、医療機器、工作機械、繊維機械、印刷機など、さまざまな産業分野に広がっている。また、鉄鋼系やステンレス、銅、アルミといった一般的な金属材料に加え、顧客から指定される特殊材質にも対応している。当社は、米国で確立された基盤技術をベースに、独自のノウハウを積み重ね、一般産業分野においては、精密鋳造の分野で国内トップシェアを有している。
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インタビューにご対応いただいた福永大将 Senior Administration Department Manager(左)、
三野琢磨 Assistant Sales Manager(右)(ジェトロ撮影)
タイを軸に供給網を再構築
- 質問:
- 海外進出の背景を教えてください。
- 答え:
- 当社は、グループ全体で製品の約9割を海外で製造している。研究開発や試作は日本、量産は海外で行う分業体制を取っている。最初の海外拠点として、1995年にフィリピンへ進出した。鋳造は、段取り替え(注1)の作業に人手が要る労働集約的な工程もあり、日本ではコストが合わず、人材確保も難しいため、海外生産を選択した。フィリピンを選んだ理由は、日本から近いこと、英語が通じること、低賃金で採用できることにあった。その後、フィリピン工場の拡張も検討していたが、電力不足や電力価格高騰による採算悪化もあり、リスク分散の観点から、新たな製造拠点として、2004年にタイにキャステム・サイアムを設立した。さらに、2015年にはコロンビアにも進出した。現在では、タイ拠点を中核に、フィリピンおよびコロンビアを含む複数の海外生産・営業拠点を組み合わせたグローバルな生産体制を構築している。
- 質問:
- タイ拠点の役割を教えてください。
- 答え:
- タイには、精密鋳造部品の製造・販売を行うキャステム・サイアム(2004年設立)に加え、MIM(Metal Injection Molding)製造を担うキャステム・タイランド(2002年設立)、キャステム・タイランド第2工場(2019年設立)の3工場が稼働している。タイ全体で、約700人の体制だ。当社は、多品種・中小ロット(100〜1,000個程度)の生産に強みを持ち、大ロットを自動化で処理する大手の競合とは、すみ分けを図っている。
- タイ拠点は当初、日本の顧客向けに100%供給する生産・輸出拠点として位置付けていた。ただ、現在では、日本向けに加え、タイ国内や近隣国への供給も担っている。具体的には、タイで生産した製品の約7割を日本向けに、約3割をタイ国内や近隣国向けに供給している。また、フィリピンから生産の一部をタイへ移管・集約し、設備投資を重ねることで、グループ全体の供給体制の安定化と拡大を支える拠点としての役割を強めてきた。現在、キャステム・サイアムにおける精密鋳造部品の生産量は、グループ全体の約半数を占めている。加えて、建機・医療・自動車など複数業界へ分散納品することで、景況変動に対する耐性を高めている。
- 質問:
- 数ある拠点の中で、タイ拠点を強化している理由はなんですか?
- 答え:
- 最大の理由は、製造業に必要な工程を国内で完結できる産業エコシステムが整っている点にある。特に、熱処理・表面処理に対応できる日系企業が多く、最終工程まで一貫して対応できる体制を構築できる。また、調達面でも、フィリピンやベトナムでは入手が難しい部材や治具を、タイでは国内で調達できるケースが多い。さらに、人材面では、フィリピンは、海外への出稼ぎ労働者も多い一方で、タイでは比較的安定した人材確保が可能だ。加えて、インフラの整備状況や顧客数もタイの強みだ。これらの点を総合的に勘案し、当社はタイを総合的な中核拠点と位置付け、機能強化を進めている。
ロストワックス提案力が強み
- 質問:
- 御社の技術力や製品の代替困難性はどのような点ですか?
- 答え:
- 当社の製品は、半導体製造装置(ウエハー搬送システム、塗布現像装置など)に欠かせない精密鋳造部品だ。特に、既存工法からロストワックス(精密鋳造)への切り替えを提案する営業を積極的に行っている。これは、ロウ(ワックス)で原型を作り、その周囲をセラミックなどで覆い固めた後、熱でロウを溶かして(ロスト)できた空洞に金属を流し込む精密な鋳造法だ。複雑な形状や高強度の金属も一体成形でき、お客様での部品点数を削減し、管理コストと部品コストでメリット提案ができる。しかし、こうしたロストワックスの利点は必ずしも広く認知されておらず、顧客に対して工法転換を提案する価値は大きい。さらに、当社は、ロストワックスメーカーでは最大級の累計3万種類の型を保有しており、顧客ごとの多様な要望に応じた部品形状に柔軟に対応が可能だ。
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ロストワックス工法で製造された製品の例(同社ウェブサイト掲載写真を引用)
設備投資で分断リスク克服
- 質問:
- 供給や調達の観点で、どのようなリスクがあり、どのように対応されましたか。
- 答え:
- まず、供給面の構造的なリスクとして、精密鋳造部品の世界シェアの50%を中国が占めている点が挙げられる。業界全体として中国への依存度が高い中、米中対立が続く状況では、中国依存がサプライチェーン寸断のリスクにつながり得る。当社の場合、鋳造部品の主な原料(セラミック系)は、日本や台湾からの調達が中心であり、中国からの調達比率は全体では大きくない。ただし、鋳型製作に必要な一部原料については、中国に依存している側面もあり、業界構造を考えると、当社としても、一定のリスクは認識している。
- 次に、外部環境の変化に伴うリスクだ。新型コロナ禍では国際物流が停滞し、原料調達に支障が生じたため、在庫積み増しにより対応した。また、ウクライナ危機後にはニッケルなどの原材料が不足し、価格が高騰したことから、調達先の切り替えと在庫積み増しで乗り切った。
- さらに、2021〜2022年は、世界的な半導体需要の拡大に伴い、当社での受注が急増し、納期が通常の2カ月から7〜8カ月へ長期化した。このため、顧客への安定供給に対する懸念が高まった。こうした課題に対応するため、ジェトロの「海外サプライチェーン多元化支援事業(注2)」を活用して、タイにロストワックスの生産設備を新たに導入した。これにより、タイで最新の精密鋳造設備を増設し、生産能力を引き上げることで、急増する受注に対応可能な体制を構築した。結果として、グループ全体として、半導体関連装置向けの生産・供給体制を大幅に拡大し、顧客への安定供給を実現することができた。2024〜2025年は、過去に積み増しした在庫も尽きつつあり、タイの設備はフル稼働の状況だ。
課題は高度人材育成と為替対応
- 質問:
- 経営上の課題は何ですか?
- 答え:
- まずは、人材の確保と育成だ。バンコク東部の本地域(チョンブリ県)は、最低賃金は高いが、アユタヤ県などと比べると、人材が集まりやすく、ワーカー採用に大きな課題はない。一方、高度技術者の確保と育成が課題だ。2028年に向けて、100人規模の新規採用を予定しており、キャステム流の精密技術をいかに短期間でタイ人に継承するかがカギだ。具体的には、切削加工工程を行うエンジニアの確保が必要であり、社内公募で人材の掘り起こしを進めている。日本本社とも連携し、海外拠点への技術支援を継続している。日本から技術者を招聘(しょうへい)するほか、技能実習制度を活用し、タイ人従業員を日本へ派遣して訓練している。将来的には、設備にとどまらず、人材面でも、原料投入から最終製造まで、一貫生産を支える高度人材の育成・確保をさらに進めていきたい。
- 次に挙げられるのが為替の影響だ。足元ではバーツ高(円安)が進んでおり、コスト面でタイが不利になっている。タイ国内での部材調達を増やしてはいるものの、バーツ建てでの部材費や人件費などの負担感が高まっており、輸送費を加えると、日本から調達したほうが安くなる場合も出ている。かつて1バーツ=2.5円だった頃と比べると、現在は実質2倍になっており、タイで使う全てのコストが円換算では大きく膨らんでいる。これは企業にとって無視できない負担増だ。さらに、1バーツ=4円を超える水準になると、タイで生産した製品を日本へ輸出する際、日本で受け取る売り上げ(円)が、タイ側で換算すると大幅に目減りしてしまう。
- 先述のとおり、キャステム・サイアムのタイ拠点は、日本向け輸出拠点にとどまらず、周辺国を含むASEAN市場への営業拠点としての役割を強めている。タイ工場の競争力を中長期的に維持・強化するためには、マレーシア、シンガポールなどの域内に加え、インド、ベトナムといった新興市場への販路拡大が不可欠であり、同社は、第三国展開をさらに加速させている。実際、タイで開催される国際展示会「METALEX」や「Manufacturing Expo」、さらにはベトナムの関連展示会への継続出展を通じて、営業活動を強化している。また、世界的な半導体関連需要の拡大を背景に、タイ拠点の生産設備は、足元でフル稼働の状況が続いている。こうした中、切削加工の外注活用などを通じた生産キャパシティの拡大も視野に入れており、技術力を高めるローカル企業との連携が、供給力の柔軟性と強靭性の向上において重要となる。生産国の多元化、設備・人材への継続的投資、ASEANを軸とした市場開拓を組み合わせた同社の取り組みは、地政学リスクや需要変動に対応する実践的な供給網再構築の一例として注目される。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部アジア大洋州課 課長代理
田口 裕介(たぐち ゆうすけ) - 2007年、ジェトロ入構。アジア大洋州課、ジェトロ・バンコク事務所を経て現職。





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