ASEAN主要国の産業政策と企業によるサプライチェーン対応米中摩擦や新型コロナが電気機器の輸出を後押し
マレーシア(1)
2025年12月5日
マレーシアの輸出は2000年代初頭から、電気機器を主力に、鉱物性燃料や一般機械などが下支えしてきた。しかし2017年以降、米中貿易摩擦や新型コロナ禍を経て、電気機器が急速に拡大し、牽引役になった。
当地エレクトロニクス産業には、50年以上にわたる集積がある。加えて、外国直接投資が活況を呈し輸出を後押しする。
マレーシア政府にとって、産業の高度化は長年の課題だ。デジタル技術が目まぐるしく変化する中、高付加価値産業の投資誘致・育成に向け政策を強化している。
コロナ禍を経て、輸出が急拡大
マレーシアはASEANの中で、主要貿易拠点としてのポジションを維持してきた。ASEANの貿易総額に占めるマレーシアのシェアは、16.4%で、シンガポール(25.0%)、ベトナム(20.4%)に次ぐ規模だ。
マレーシアの貿易額は、2005年から2024年にかけて2.3倍に拡大した。主力のエレクトロニクス産業に加え、資源〔石油、液化天然ガス(LNG)、パーム油など〕が輸出を支えた。貿易収支は、26年連続で黒字になっている。
ここで、輸出入の推移をそれぞれ見ていく。まず、輸入額はリーマン・ショックや原油価格の変動の影響を受けながらも、2005年から2020年まで緩やかに伸びた(図1参照)。輸出額は、2000年代後半に順調に拡大したが、2011~2014年は横ばい、2015~2016年に減少した。その後回復し、2018年に2,500億ドル近くに達した。2021年以降は、新型コロナ禍に伴う半導体需要やエネルギー価格上昇で、輸出入ともに急増。特に輸出の伸びが顕著だった。
出所:Global Trade Atlas(GTA)を基にジェトロ作成
輸出を品目別に見ると、電気機器(HS85)がHS2桁ベースで最大シェアを維持している(図2参照)。その輸出額は2005年時点では480億ドルだった。それが2010年代前半に600億ドル前後、2018年からは800億ドルで推移した。さらに2021年以降、1,000億ドル超の過去最高水準が続いている。中でも、集積回路(HS8542)が最大シェアを占め、電気機器輸出を牽引している。HS85に占めるシェアは、2005年の約4割から2022年に6割超に拡大した。集積回路には輸入もあり、2005年には輸入超過だった。しかし、2012年から輸出超過になり、2018年以降、超過幅が大きくなった。半導体後工程受託企業(OSAT)の集積と旺盛な事業活動を反映しているとみられる。
一般機械(HS84)は、2005年時点で270億ドルと、輸出額の約2割を占め、第2の輸出品目だった。その後、コンピュータ(HS8471)やコンピュータ部品(HS8473)の輸出減により、2007年をピークに2020年まで落ち込みが続いた。しかし2021年以降は、コンピュータの輸出回復と、半導体製造装置(HS8486)の輸出急増により輸出が回復し、2024年は320億ドルとなった。このほか、複合機(HS8443)も2010年代に輸出が増え、2020年以降も好調を維持しており、2024年にコンピュータ、半導体製造装置に次ぐ主要輸出品目になっている。
注:棒グラフは金額、折れ線グラフはシェアを示す。
出所:Global Trade Atlas(GTA)を基にジェトロ作成
輸出先として米中が対照的な動き、近年は対米に伸び
マレーシアは、アジアをはじめ世界各国への輸出拠点になっている。
しかし、輸出先はこの20年で変化した。国・地域に見ると、2024年にASEANが958億ドルで、最大のシェアを占めた(29.0%、図3参照)。2005年と比べて、シェア自体は少し伸びた程度だ。しかし輸出額は、2.6倍に拡大した。ASEAN向け輸出の約半分を占めるのが、シンガポールだ。輸出先として安定して、国別で上位(1位または2位)を維持してきた。
一方で、米国と中国はシェアが大きく変化した。
米国は、2005年に278億ドルで、最大の輸出先だった(シェア19.6%)。しかし、電気機器や一般機械の輸出減およびリーマン・ショックの影響もあり、2009年には173億ドルに減少。シェアも低下した。2014年以降は、輸出額・シェアともに回復し、2024年には437億ドルを記録し、2位の輸出先になった。
米国と対照的な動きをしているのが中国で、2005年には93億ドルだった。しかし、電気機器の輸出増により、2009年には192億ドルと、2位の輸出先になった。2017年以降、輸出額・シェアともに拡大したものの、輸出シェアは2020年をピークに、輸出額も2022年をピークに、低下傾向にある。
出所:GTAを基にジェトロ作成
中国からの輸入が中長期的に拡大
輸入についても、推移を品目別に見てみる。2005年から2024年まで一貫して最大なのが、電気機器(HS85)だ。ただしシェアは、鉱物性燃料の拡大に伴い低下し、2005年の37.1%から、2013年には24.8%に落ち込んだ。その後は緩やかに増加し、20~30%の範囲で安定して推移している。
実額では、電気機器が、2024年に2005年比4.6倍に拡大。また、鉱物性燃料(HS27)、プラスチック・同製品(HS39)、輸送用機器(HS87)、鉄鋼製品(HS73)など多岐にわたる品目で、輸入額が10倍以上に拡大した。
出所:GTAを基にジェトロ作成
相手国・地域別に輸入を見ると、ASEANが2005年から2024年まで最大シェアを維持した。うち、シンガポールが約半分を占める。中国は、2005年(11.5%)から2024年(21.6%)にかけてシェアが倍増。ASEANに迫る水準になった。
日本や欧米のシェアは、徐々に低下。対照的に台湾は、電気機器などが増加した。これに伴い、国・地域別順位が2024年、4位に上昇している(図5参照)。
出所:GTAを基にジェトロ作成
投資拡大が輸出を後押し
近年の輸出入拡大を支えているのが、旺盛な外国直接投資だ。そこで、製造業について対内直接投資(国際収支ベース・ネット・フロー)の推移を確認してみる。統計がさかのぼれる2008年以降では、2009年を除き、対内投資の流入が流出を上回る状態が続いている。中でも2021年には、前年比4.6倍の324億ドルに急拡大。2022年は、それをさらに上回る501億ドルを記録した。製造業の投資実行額(グロス)は、2022年に過去最高の1,951億リンギ(約7兆2,187億円、1リンギ=約37円)を記録した。2023~2024年も、過去最高の水準で推移している。
マレーシア投資開発庁(MIDA)の投資認可額でも、同様の動きを示している(当該金額は、直接投資の先行指標になる/図6参照)。2008~2017年は、おおむね400億リンギ以下の金額で推移していた。それが2018年、500億リンギ超に急増した。この時期以降、米中貿易摩擦の影響もあり、米国向け製品の生産が増加している。また投資認可額を国・地域別に見ると、中国のシェアが高まりつつある。中国の投資認可額に占めるシェア(期間平均)は2018~2020年に31.2%、2021~2023年19.1%と、いずれも最大だった。従前から投資実績のある米国(2018~2020年:12.8%、2021~2023年:13.5%)やシンガポール(9.7%、17.1%)、オランダ(9.3%、11.2%)も、投資の牽引役になっている。
なお、MIDAは2024年に初めて、最終投資元国・地域別の認可統計を発表した。中国は228億リンギ(シェア20.3%)で、ドイツ(27.5%)に次ぐ投資元になっている。
出所:MIDA資料に基づきジェトロ作成
業種別には、コロナ禍の2020年以降、電気・電子製品製造を中心に急拡大している。とりわけ2021年には、製造業の外国直接投資認可額全体で8割超を占めた。当地では、グローバル半導体メーカーによる拡張投資(2024年12月18日付地域・分析レポート参照)が相次ぐ。また近年は、データセンター投資が活況。米国や中国をはじめ、各国企業が投資計画を発表している(2024年12月20日付地域・分析レポート参照)。
外資主導で電気・電子産業が集積、産業高度化への取り組みも
ここで、マレーシアが電気・電子産業の集積地として礎を築き、現在に至るまでの産業政策の変遷をたどる。
まず、1960年代に創始産業条例や創始産業法を制定。日本や米国などから投資を誘致し、輸入代替政策を進めた。しかし、国内市場規模が小さいことは、輸入代替政策推進の足かせになった。そうした中、1968年に投資奨励法を制定。輸出志向型の工業化を目指す方針に転換する政策をとった。1970年代には、ペナン州を皮切りに自由貿易地域(FTZ)を整備。多国籍企業の進出で電気・電子分野の産業集積が進展した。
1980年代後半には、外資出資比率規制を緩和し、プラザ合意以降の円高も相まって、直接投資が急速に流入した。その結果、貿易構造も変化した。1980年代から1990年代にかけて、輸出の主力が一次産品から、電気機器を中心とした製品にシフトしている。旺盛な投資や輸出は、経済成長の原動力になった。とりわけ1988年から1996年には、9~10%の高成長を記録した。一方、投資ブームにより人材不足の問題が顕在化し、外国人労働者に依存する構図が生じた。
2000年代には、産業高度化が停滞。その要因として、(1)「資源の呪い」や、(2)多国籍企業への依存、(3)地場民間企業が非製造業に傾斜しているなど構造的な問題を指摘する声がある(注1)。2010年には、中所得国の罠(わな)に陥っているという認識も示されるようになった。
2020年の先進国入りを目指す上で(注2)、外国人労働者依存の労働集約型産業から脱却し、質の高い国内人材を育成し、産業の高度化を進める必要性が高まった。2010年発表の長期経済政策「新経済モデル」には、これらの内容が戦略に明記された。2010年以降は、最低賃金制度の導入や外国人労働者受け入れの規制強化などにより、国家としての底上げを進めている。同時に、税制優遇措置の対象を高付加価値案件に絞るなど、制度も変わってきた。
現アンワル政権は、長期的な経済政策として「マダニ(MADANI)経済政策」を打ち出す。この政策に基づき、高付加価値投資の誘致や産業の高度化に向け、取り組みが加速している(詳細は、連載(3)を参照)。
- 注1:
- 中村正志、熊谷聡「マレーシアに学ぶ経済発展戦略:『中所得国の罠』を克服するヒント」。
- 注2:
- マハティール首相は1991年に提唱した「ビジョン2020」で、2020年の先進国入りを目指すとした。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部アジア大洋州課 リサーチ・マネージャー
山口 あづ希(やまぐち あづき) - 2015年、ジェトロ入構。農林水産・食品部農林水産・食品課(2015~2018年)、ジェトロ・ビエンチャン事務所(2018~2019年)を経て現職




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