ASEAN主要国の産業政策と企業によるサプライチェーン対応強靭性と持続性への対応
サプライチェーン潮流を見る視点(後編)
2025年10月6日
特集総論の「後編」では、グローバルサプライチェーンの分断リスクに対する企業の対応を、ASEAN現地企業へのヒアリングを基に論じる。
サプライチェーンには、地政学的緊張やパンデミック、自然災害に伴い供給停止のリスクがある。このリスクに対し、ASEAN進出日系企業は、生産・調達の多元化、在庫積み増し、自動化・デジタル化など、対応を模索している。また、脱炭素や人権対応といったサステナビリティー課題への取り組みも重要だ。
リスク分散と効率化、さらに、持続可能性の両立の在り方を考察する。
供給網の分断リスクに備える企業の対応
グローバルサプライチェーンを取り巻く環境は、急速に変化。企業は、歴史的な転換期を迎えている。
2018年以降、米中貿易摩擦による地政学的緊張の高まりや、2020年の新型コロナ感染拡大をきっかけに、企業はサプライチェーンの強靭(きょうじん)化・多角化の必要性を強く意識するようになった。その結果、国境を越えた工程レベルでの細かな分業体制が分断・遮断されるなど、脆弱(ぜいじゃく)さが浮き彫りになった。この経験を通じて、ASEANのサプライチェーンが生命線であることを再認識し、分断リスクを回避するための高度化・強靭化への意識が高まった。
日本企業は、短期的には調達先の多角化や在庫積み増しを進めている。同時に、中長期的には省人化・自動化、生産設備のデジタル化、柔軟な生産システムの構築を模索。今後も、地政学的緊張、自然災害、通商政策の変化など、多様なリスクを想定できる。そうした中、企業は柔軟かつ持続可能なプライチェーンの確立を模索している。
生産・調達体制の多元化が進行
ASEAN進出日系企業ヒアリングによると(表1参照)、各社は事業継続計画(BCP)対応や中国一極集中のリスク回避の観点から、生産・調達体制の多元化を進めている。おおむね、次のようにまとめることができそうだ。
- 複数拠点構築:
他国と同じ生産ラインをフィリピンに設置したり、ベトナムやタイなどASEAN域内の複数拠点で生産体制を整備する事例があった。複数国に拠点を持つ場合、顧客の調達先選定で有利になるメリットを期待できる。 - 複数購買:
調達先を2~3社に分散し、取引先を慎重に審査・選定して一定基準を満たす企業と取引する方針を採っている例が確認できた。部品ごとに分散したり、現地調達を進める企業も多い。地政学リスクを踏まえ中国製以外の製品を求める顧客要望にも対応している。一方、特注原材料の多い製品では多元化が難しいようだ。 - 在庫積み増し:
サプライチェーン分断リスクへの対応策として導入されたが、現在では新型コロナ前の状況に戻し、平常どおりにしているという事例もあった。一方、調達先を複数確保できない場合には、在庫を積み増してリスク対応するケースもあった。 - 地産地消:
繊維業界を中心に、同じ製品の生産地をASEANや南アジアなど複数に分散させる事例があった。特定地域に依存するリスクを軽減するのが狙い。一方、品質などの均一管理は難しくなる。同じ製品を複数の生産地に分散する体制を構築している。 - 自動化:
一部工程でロボットを導入することで生産効率を向上させ、コスト競争力を強化している。マレーシアでは、人件費上昇への対応として自動化が進み、効率的な生産体制構築の重要性が高まっている。
対応 | 概要 | 国・業種 |
---|---|---|
複数拠点構築 | 中国と同じ生産ラインをフィリピンに設置し、一部生産を移管。脱中国を目的とした動き。 | フィリピン・電気電子 |
ASEAN域内の複数拠点での生産体制を整備。 | フィリピン・電気電子 | |
中国に生産が偏っていた中、BCP対策でベトナムに進出。顧客スタンスは2社購買が基本。複数拠点を持つことが、顧客の調達先選定で有利に働く。 | ベトナム・電気電子 | |
フィリピン拠点とタイ拠点にて同じ装置を入れ、供給体制を確保。治具、金型を持ってくれば生産できる体制。 | フィリピン・電気電子 | |
複数購買 | 調達は2社に分散。取引先を慎重に審査・選定し、本社と連携し一定基準を満たす企業を精査。サプライチェーンの把握はデジタル化には至っておらず、Excelで管理している。自動化に関して、工場内でのロットの自動搬送や、ロット管理などで導入。 | タイ・電気電子 |
2社・3社での手配(複社化)が増えている。部品ごとに分散したほうが望ましいケースもある。基本的には現地調達を進める方針であり、現調化率についてはおおむね目標を達成している。 | タイ・輸送機器 | |
2拠点購買が進行。過去1年で顧客からは米中対立を踏まえ、中国製以外の製品を求める動きもある。どの程度のリスクヘッジを行うかは、顧客の考え方次第。 | ベトナム・電気電子 | |
調達の方針はコストを優先。BCPの観点から、安定供給や途絶対策も必要だが、大きく調達方針を変えていない。 | タイ・輸送機器 | |
複数購買の方針はある。しかし、特注の原材料が多く、調達先を多元化しづらい。 | ベトナム・電気電子 | |
在庫積み増し | サプライチェーン分断リスク回避のため、調達先候補を探している。なければ、在庫を積み増している。 | タイ・輸送機器 |
コロナ禍に在庫積み増し対応があったが、現在はコロナ以前に戻して平常運行。 | タイ・電気電子 | |
地産地消 | 中国一極集中から脱却し、ASEANや南アジアなど複数地域でサプライチェーンを構築。同じ製品でも生産地を分散する体制。品質などの均一管理は難しくなるものの、特定地域に依存するリスクを軽減。 | ベトナム・繊維 |
第1次トランプ政権下から、サプライチェーン再編の動きが開始。ベトナムでの縫製品受注増加や「地産地消」の流れに合わせ、製造強化。 | ベトナム・繊維 | |
自動化 | 一部工程で、ロボットを導入。自動化率は50%以上。日本の工場(100%弱)よりは低い。人件費水準を考慮すると、完全自動化よりも効率的。 | インドネシア・輸送機器 |
マレーシアでも人件費は上昇しており、自動化によってコスト競争力を高める方針。人件費削減のためだけではなく、生産効率を高める観点からも重要。 | マレーシア・電気電子 |
出所:企業ヒアリング(2025年7月~8月)に基づきジェトロ作成
脱炭素:法整備は限定的、顧客対応や欧州向け輸出で削減意識向上
世界的なサステナビリティーの潮流の中で、企業は脱炭素と人権尊重という新たな課題に対応を迫られている。脱炭素では、サプライチェーン全体でのカーボンニュートラル実現が課題だ。各国政府規制やステークホルダーの要請により、多くのグローバル企業がサプライチェーンを含む脱炭素目標を設定。いきおい、上流企業に対しても対応圧力が強まる。ASEANでは炭素税やカーボンプライシングの導入は限定的にせよ、顧客要請やEUの炭素国境調整メカニズム(CBAM)により炭素削減意識が高まっている。日系企業も対応を重要視する一方、コスト増が課題になる。
企業ヒアリングによると(表2参照)、具体的な脱炭素対策が徐々に進展しているようだ。対応事例としては、生産工場での太陽光発電の導入に加え、再生可能エネルギー(再エネ)証書や省エネ証書を活用してゼロエミッションを達成しているケースが多くみられた。企業の中には、次なる段階として、スコープ3(サプライチェーン全体での排出)削減を目指し、本社と連携して日系・地場サプライヤーに協力を要請しているという例があった。この件では、地場サプライヤーからの協力が課題となっているという。同様に、自社単独での追加対策は限界があり、サプライチェーン全体での協力が必要とのコメントがあった。また、欧米の大手顧客からは、再エネ活用や脱炭素化の要求が強い。
人権:顧客からの監査や要求水準に対応
次に、強制労働や児童労働の排除など、人権尊重を企業に求める動きが強まっている。欧州やオーストラリアでは人権デューデリジェンスの法制化が進み、取引先や投資家が実施状況の情報開示を求めてくる。米国でも、違反商品保留命令(WRO)やウイグル強制労働防止法(UFLPA)によって、強制労働を理由に、税関で貨物の差し止めを受けるリスクがある。東南アジアでの法整備は限定的な一方、輸出先の欧州や米国市場でサプライチェーン上のリスク(取引停止など)が顕在化している。在ASEAN日系企業で人権デューデリジェンスの実施はまだ十分とは言えないものの、人材育成や労働者の安全確保に高い配慮を払っている。製品の透明性、トレーサビリティーの向上は製品競争力強化や信頼性向上につながるだろう。
日本企業による取り組み事例(表2参照)では、顧客による調達先監査の実施により指摘を受けるケースが多くみられた。顧客側の要求水準に既に適合している場合もあれば、現地の労働法以上の対応を求めてくる場合もある。特に欧米企業は人権重視の傾向が強いようだ。たとえば、米国の大手電気電子メーカーによる監査では、時間外労働の抑制管理が求められるほか、繁忙期と閑散期の従業員変動リスクをコントロールするための派遣職員採用に関しても指摘があったという。アパレルブランドの監査で、従業員年齢、残業時間、薬品防護服の提供など、多角的な確認を受けた例もある。これに対し、日本企業の対応は限定的。「今後、欧米向け受注拡大を目指す場合には対応強化が課題となる」とのコメントもあった。また、自社のサプライヤー監査にあたっては本社と連携しながら、順次実施して基準適合を確認しているという。
対応 | 概要 | 国・業種 |
---|---|---|
脱炭素 | スコープ3(サプライチェーン全体の排出)削減を目指し、生産工場で太陽光発電を活用。日系・地場サプライヤーには本社と連携して説明し協力を要請。地場サプライヤーからどの程度の協力を得らえるかが課題。脱炭素化ツール選定は本社主導。欧米への輸出はないため、ASEANのESG(環境・社会・ガバナンス)動向も踏まえ検討中。 | タイ・輸送機器 |
タイの複数拠点では、ほぼすべての生産現場で太陽光発電を導入済み。グリーン燃料の活用としてコジェネ(注1)を検討中。ただし、自社でできることはすでに対応済み。今後は制度や顧客からの要請がなければ、更なる対応は進められない。自社単独でなく、サプライチェーン全体で対応する必要がある。 | タイ・輸送機器 | |
当工場は省エネ証書の購入でゼロエミッションを達成済み。次なるステップとして太陽光発電を検討。取引先への働きかけまではできていない。 | タイ・電気電子 | |
取引先からの要求があり、再エネ電力証書を購入して対応。本社方針で推進。 | ベトナム・電気電子 | |
ASEANでI-REC〔International Renewable Energy Certificate(注2)〕を購入。 | ベトナム・繊維 | |
近年、環境や労働規範に関する法規制への対応やサプライチェーン開示義務が厳格化している。リサイクル・オーガニックの素材採用やトレーサビリティー確保が必須。認証にかかるコストが課題。 | ベトナム・繊維 | |
自社はRE100事業所(注3)であり、再エネ100%で運営している。取引先からの要求も含め本社側が主導。 | フィリピン・電気電子 | |
大手ブランドを中心に米国顧客から再エネ拡大などの要望が強い。再エネ枠や排出権取引枠を購入することで対応。屋根置き太陽光発電は、重量の課題があり導入が難しい。 | フィリピン・電気電子 | |
グループ全体として脱炭素を掲げている。取引先の欧米大手企業は、特に要求が厳しい。近年、設置した太陽光発電では工場の使用電力の約10%を賄っている。残りの90%は、再エネ証書付け購入し、100%再エネを達成。 | フィリピン・電気電子 | |
人権 | 顧客より、レスポンシブル・ビジネス・アライアンス(RBA、社会的責任を推進する世界的な団体)の認証に基づく対応が求められる。プラチナ、ゴールド、シルバーに格付けされる。米国大手企業による調達先に対する監査が実施され、現地労働法プラスアルファの対応が必要。 | フィリピン・電気電子 |
RBAに加盟し、米系大手メーカーによる監査では、人権面の順守状況について厳格な確認を受ける。時間外労働を抑えるよう管理される。サプライヤー監査は本社と連携のうえ順次実施し、人権を含め、サプライヤーが当社基準に適合しているかを確認している。 | タイ・電気電子 | |
欧米企業は人権を優先する傾向が強い。日本企業は必ずしも意識が高いとはいえない。対応を行っているのは一部の企業に限られる。今後、欧米向け受注の拡大を図るにあたり、対応強化が求められる。 | ベトナム・繊維 | |
アパレルブランドの監査に全方位的に対応している。従業員の年齢や残業時間、薬品の防護服の提供など。 | ベトナム・繊維 | |
顧客の完成品メーカーから監査がきている。欧米メーカーが中心だが、最近は日本メーカーも増えてきた。現地の法令を上回る要求もあり、対応に苦慮することもある。 | ベトナム・電気電子 | |
米国大手メーカーは、監査を年1回実施。新製品販売の繁忙期と閑散期で、従業員数の変動が大きい。現地法令に基づいて、派遣社員を用いて調整している。 この点には、監査で毎年指摘がある。ただし、法令に従って運用している旨を説明し、理解を得ている。 |
フィリピン・電気電子 |
注1:コジェネとは、発電時に生じる排熱を熱源として再利用し発電する仕組み。
注2:I-RECは、再生可能エネルギーにより発電された電気の再エネ価値を証書化したもの。
注3:RE100は、企業の使用電力を100%再エネで賄うことを目指す国際的なイニシアチブ。
出所:企業ヒアリング(2025年7月~8月)に基づきジェトロ作成
現地への深い理解や迅速な意思決定による供給網構築
国境を越えた分業と効率化は、世界経済と産業の発展を牽引してきた。貿易自由化や、FTA・EPA(自由貿易協定・経済連携協定)の締結、輸送・通信コストの低下により、国境を越えて部材調達や工程間分業を最適化。コスト削減や生産規模の拡大を実現し、2000年代以降、ASEANはグローバル供給網で重要な役割を果たしてきた。しかし、近年は米中対立、新型コロナ感染拡大、自然災害などにより、供給途絶や分断リスクが顕在化し、効率重視の脆弱性が浮き彫りになっている。
ASEANは今後も、産業集積、人材、事業コストなどの面で、グローバルサプライチェーンの重要拠点として発展を期待できる。地政学的には「中立性」を維持し、各国は外国企業の積極的誘致を通じて現地産業の成長を図る方針だ。企業が効率性重視からリスク分散の視点を持つ中、ASEANの位置づけはその受け皿として重要性を増す。企業は、突然の供給途絶への対応や持続性確保のため、複数拠点化や調達先分散、在庫積み増し、自動化・デジタル化を進め、柔軟かつ強靭な体制の構築を模索している。また、脱炭素や人権デューデリジェンスなどサステナビリティー対応も不可欠で、取引先を含めたサプライチェーン全体の最適化が求められる。
ASEANでは、経済発展や世代交代などでビジネス環境が大きく変化している。成長センターとして期待される域内には世界から多くの企業が進出し、過去と比べると日本企業の存在は「相対化」しつつある。そのなかで、日本企業は技術力・品質・信頼関係といった強みを生かし、ASEAN側のニーズ変化やデジタル化の進展を捉える必要がある。経済・社会課題の解決にはイノベーションが不可欠で、持続的成長とリスク分散を両立させる戦略が必要だ。変化の激しい競争環境で、現地への深い理解に基づく新事業創出や迅速な意思決定、現地パートナーとの協業が重要になる。
サプライチェーン潮流を見る視点

- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部アジア大洋州課長
藤江 秀樹(ふじえ ひでき) - 2003年、ジェトロ入構。ジェトロ・ジャカルタ事務所(10~15年)、海外調査部アジア大洋州課(15~18年)、シンガポール事務所(18~22年)などを経て、2024年9月から現職。編著に「インドネシア経済の基礎知識」(ジェトロ、2014年)、「分業するアジア」(ジェトロ、2016年)がある。