ASEAN主要国の産業政策と企業によるサプライチェーン対応サムスン進出でスマホの輸出大国に、部品生産も拡大
ベトナム(2)

2025年10月27日

ベトナムでは2010年以降、スマートフォンの輸出が急増し、韓国のサムスンを中心としたエレクトロニクス分野が裾野産業も含め広がり、ベトナムの輸出を牽引する主要産業に成長した。本稿では、輸出入の推移や投資の変遷、主要企業の動向などを踏まえ、スマートフォン産業の構造と今後の展望について考察する。

スマホが主力輸出品目に成長

ベトナム最大の輸出品目である電気機器(HS85)のうち、HSコード4桁ベースでは、電話機(HS8517)が極めて多い(図1参照)。輸出額は2010年の約21億ドルから2022年には約37倍の約785億ドルに拡大し、輸出額の約2割を占める規模に達した。2023年は世界的なスマートフォン需要低迷で減少したものの、依然としてベトナムの輸出への寄与度は高い。

図1:ベトナムの電気機器(85類)の輸出額推移(上位5品目)
電話機(HS8517)は、2010年に10億ドル、2015年に310億ドル、2022年に730億ドル、2023年は520億ドルに減少。集積回路(HS8542)は、2011年に10億ドル、2016年に40億ドル、2021年に140億ドルと長期的に増加。2022年は130億ドル、2023年は120億ドル。ケーブル(HS8544)は、2005年に10億ドル、2012年に20億ドル、2019年に50億ドル、2023年に70億ドルと緩やかに増加。安定した成長を続けている。半導体デバイス(HS8541)は、2015年に10億ドル、2016年に20億ドル、2020年に50億ドル、2023年に90億ドルと徐々に増加。送信機器(HS8525)は、2016年に1億ドル、2019年に20億ドル、2023年に70億ドルと成長。

注:2023年時点の上位5品目を表示。ディスプレイ(HS8524)は2022年のHSコード改正で新設された品目。2021年以前の輸出額は複数の品目にまたがるため、図には示していない。
出所:Global Trade Atlas(GTA)に基づきジェトロ作成

さらに、電話機(HS8517)の具体的な品目をHSコード6桁ベースでみると、スマートフォン(注1)の輸出が最も多く、2010年以降の輸出拡大を牽引している(図2参照)。また、部分品(注2)の輸出も、2010年代後半にかけて増加した。加えて、受送信機器(HS851762)は近年、輸出が急拡大している。

図2:ベトナムの電話機(HS8517)上位3品目の輸出額推移
スマートフォンは、2007年に20億ドル、2010年に100億ドル、2015年に310億ドル、2022年に340億ドルと増加し、2023年は270億ドルに減少。部分品は、2009年に20億ドル、2012年に70億ドル、2016年に210億ドル、2022年に260億ドルと増加。2023年は70億ドルに減少。受送信機器(HS851762)は、2010年に10億ドル、2012年に20億ドル、2015年に100億ドル、2022年に170億ドルまで増加し、2023年は160億ドルにやや減少。

注:2023年時点の上位3品目を表示。
出所:GTAに基づきジェトロ作成

スマートフォンの輸出先を国・地域別にみると、2018年以降は米国が首位となっている(図3参照)。米国にとってベトナムは、中国に次ぐスマートフォン輸入国で、2022年には同品目のうち19%の輸入シェアを占めている。ベトナムのスマートフォン輸出先の2位以下には、アラブ首長国連邦(UAE)、オーストラリア、英国、日本、中国など、幅広い国・地域が並ぶ。これはベトナムが米国向けを中心としつつも、グローバル輸出拠点となっていることを示す。一方、スマートフォン部分品の輸出は、2017年から2022年に中国向けが最大となっており、中国でのスマートフォン組み立て向けに、ベトナムから部品の供給が増えたものと見られる。

図3:ベトナムのスマートフォン輸出額推移(上位10国・地域)
米国は2010年0.02億ドルと少額だったが、2013年7.08億ドル、2015年26.99億ドル、2022年110.64億ドルと急成長。2023年は73.74億ドル)に減少。UAEは、2008年0.01億ドル、2010年0.95億ドル、2012年11.98億ドル、2015年44.58億ドルと急増。その後2023年は20.62億ドルに調整。オーストラリアは2010年に0.16億ドル、2012年7.56億ドル、2015年17.12億ドル、2023年18.77億ドルと緩やかに増加。英国は、2010年0.71億ドル、2013年12.41億ドル、2016年18.84億ドルと増加。2023年は13.16億ドルでやや減少。日本は2013年0.32億ドル、2015年7.03億ドル、2021年8.20億ドル、2023年10.47億ドルと増加。

注:2023年時点の上位10国・地域を表示。 出所:GTAに基づきジェトロ作成

サムスンの投資、スマホ産業の裾野も構築

ベトナムのスマートフォン輸出の大半は韓国サムスングループによるもので、同社の積極的な投資がスマートフォン産業を牽引してきた。サムスン電子は2008年に北部バクニン省に進出し、翌年に携帯電話端末の製造工場の操業を開始した。2013年には北部タイグエン省に第2工場の投資を決め、韓国からの生産移管を進めた。その上で、2018年から2019年に中国のスマートフォン工場閉鎖により、中国からの生産移管も加速した。現在はサムスンのスマートフォン生産の5割以上をベトナムが担っている。新型コロナウイルスの流行や米国の相互関税適用など、外部環境の変化が生じた際には、サムスンはベトナムから一部生産をインド拠点へ移管するとも報じられたが、サプライヤーへのヒアリングによれば、依然としてベトナムを主力輸出拠点とし、高価格帯モデルも生産している。

サムスンはベトナムで、完成品にとどまらず、バッテリーやカメラモジュール、ディスプレイなどの部品生産にも投資し、グループ内で垂直統合型の部品供給体制を形成している(表参照)。さらに、グループ傘下の部品サプライヤーの進出は、二次サプライヤーの誘致にもつながっており、ベトナム北部にはスマートフォン産業の裾野が形成されている。具体例として、韓国のハナマイクロン(Hana Micron)は、サムスン向けの集積回路基板、韓国のワイソル(Wisol)はRFモジュール(無線通信部品)、韓国のパートロン(Patron)はアンテナ部品などをベトナムで生産している。

表:サムスングループのスマートフォン関連の対ベトナム投資(製造拠点)
企業名 進出年 進出先 主な生産品目
サムスン電子 2008年 北部バクニン省 スマートフォン
2013年 北部タイグエン省 スマートフォン
サムスンSDI 2009年 北部バクニン省 携帯端末用バッテリー
サムスン電機 2013年 北部タイグエン省 半導体パッケージ基板、カメラモジュールなどの電子部品
サムスンディスプレイ 2014年 北部バクニン省 携帯端末用有機EL(OLED)ディスプレイ

注:サムスン電子は家電の生産拠点として、南部ホーチミン市にも投資している。
出所:各種報道を基にジェトロ作成

近年では、サムスン以外のブランドもベトナムでスマートフォンの生産と輸出を開始している。米中対立の影響で、台湾系の電子機器受託製造(EMS)のホンハイ(フォックスコン)やコンパルが米国グーグルブランド向け製品を、また中国系のEMSも一部中国ブランド製品を現地生産していると報じられている。これらは、ベトナムがスマートフォン製造のグローバル拠点として地位を確立しつつあることを示している。

ベトナム政府、サムスンの投資を歓迎

サムスンのベトナム投資決定には、中国より安価な人件費、豊富な労働力、政府の積極的な外資誘致策などが背景にある。政府は2001年に、「2020年までの工業国入り」を国家目標として掲げ、輸出主導型の工業化政策を推進してきた。2011年時点では軽工業品や一次産品が輸出の中心で、中間財と資本財の輸入額が大きかったため、貿易赤字が慢性化しマクロ経済に悪影響を及ぼしていた。このような状況下、政府は付加価値の高いサムスン電子の携帯端末工場誘致を進め、法人税優遇や輸入関税免除、土地使用料減免など、多岐にわたるインセンティブを提供したほか、インフラ整備や人材確保などの面でも支援したとみられる。

ベトナム政府は、サムスングループ幹部との面談で継続的に投資拡大を要請しており、サムスンも前向きな姿勢を示している。投資は生産能力拡大にとどまらず、地場サプライヤー育成やベトナム人材の技術研修など、産業基盤強化にも及び、サムスンがベトナムの産業政策の一翼を担う存在として位置付けられていることを示している。

さらに、サムスンは2022年12月、ハノイに東南アジア最大級の研究開発(R&D)センターを開所した。同社は生産拠点から技術開発拠点へと転換を進め、同地域におけるR&Dハブとしての機能を強化している。政府も産業競争力向上や高度人材育成への期待を寄せている。

スマホの市場動向や米国通商政策がリスク要因

スマートフォンはベトナムの輸出を牽引する主要産業に成長を遂げてきた。しかし、今後の輸出拡大には、いくつかのリスク要因が懸念される。2023年には、世界的な需要低迷でスマートフォン市場が低迷した。特に、サムスンの販売台数が落ち込んだことで、ベトナムからのスマートフォン輸出額も減少した。

加えて、米国の第2次トランプ政権下、スマートフォンは相互関税の対象品目からは外れたものの、ベトナム製スマートフォンに対する関税引き上げの可能性も懸念され、対米輸出に関する政策リスクが高まっている。サムスンはベトナムを米国向けスマートフォンの主要な輸出拠点として位置づけているが、米国の通商政策や世界的な市場動向など、外部環境の変化に柔軟に対応できる体制が必要となる。これらの要因を踏まえると、スマートフォンは今までのような輸出額の大幅な増加は見込みにくい状況にあると考えられる。

部品メーカーなど、新たな輸出の牽引役に

スマートフォンの主力輸出拠点となるに連れ、ベトナムでは裾野産業が強化された。その結果、ベトナムは関連部品の輸出拠点としても成長しており、部分品や集積回路、半導体デバイスの輸出額は2010年代後半から増加傾向にある。サムスンは、同社スマートフォン向けの金属フレームやガラス部品のグローバル供給拠点にもなっているという。また、現地ヒアリングによれば、スマートフォン向けディスプレイの製造を目的に進出した企業は、今後ノートパソコン(PC)やタブレット、車載向けのディスプレイの生産も拡大する方針を示している。韓国のLGイノテックは、ベトナムでカメラモジュールや生体認証センサーモジュールを製造し、アップルのスマートフォン(iPhone)向けに輸出しているとされる。

ベトナムのスマートフォン産業の成功は、他のエレクトロニクス分野への投資も呼び込んでいる。韓国系ではサムスン以外にも、LGグループが集中的な投資をしており、産業基盤強化につながっている。近年では中国や台湾のEMSも中国から生産移管し、スマートフォン以外の電子機器の製造も拡大している状況だ。スマートフォン輸出は今後、世界的な需要変動で伸びが鈍化するリスクもあるが、裾野産業を含むエレクトロニクス全体の輸出はさらなる拡大が見込まれ、ベトナム経済の成長を牽引していくだろう。


注1:
「スマートフォン」のHSコードは2021年以前、851712(無線電話)に分類されていたが、2022年のHSコード改正に伴い、851713に特定された。本稿では、輸出額の推移をみるため、2022年以降の「スマートフォン」は851713と851714(無線電話)の合計で分析している。
注2:
「部分品」のHSコードは2021年以前、851770だったが、2022年のHSコード改正に伴い、851771(アンテナ関連部品)と851779(その他部品)に分割された。
執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課 課長代理(執筆当時)
庄 浩充(しょう ひろみつ)
2010年、ジェトロ入構。海外事務所運営課、ジェトロ横浜、ジェトロ・ビエンチャン事務所(ラオス)、広報課、ジェトロ・ハノイ事務所(ベトナム)を経て、現職。