ASEAN主要国の産業政策と企業によるサプライチェーン対応政府が注力する鉱物資源・ニッケル産業の下流化
インドネシア(3)
2025年12月1日
2000年代以降、インドネシア政府は「資源ナショナリズム」の傾向を強め、鉱物資源の高付加価値化(下流化)を国家戦略の柱に据えてきた。ジョコ・ウィドド政権(2014~2024年)の下では、未加工鉱石の輸出禁止と国内での精錬・加工の義務化が段階的に導入され、特にニッケル産業で劇的な構造転換が進んだ。本稿では、2000年以降のインドネシアの鉱業政策と法制度の変遷、下流化政策の目的と背景、さらに下流化政策で「ニッケル鉱石輸出国」から「ニッケル製品輸出国」へと変貌した産業構造の実態と課題について、貿易統計や関係省庁・企業へのヒアリング結果を踏まえ、概観する。
政府肝いりの下流化政策、鉱物政策は過去20年で大きく変化
インドネシアは豊富な天然資源を有し、輸出に占める一次産品の比率が高い。政府は、資源価格の変動の影響を受けやすい資源依存型の経済構造から脱却するため、資源の国内加工や川下産業の育成による高付加価値化を進めている。
特に下流化政策が先行している産業が、鉱物資源産業だ。政府はこの下流化政策を海藻やパーム油、サトウキビなど、より広い産品・産業へ展開していく方針を明確にしている。下流化政策の狙いは「国内産業の育成・高度化」「外貨獲得・貿易収支の改善」「雇用創出と人材育成」などが挙げられる。また、ニッケルについては、電気自動車(EV)用電池の重要な原材料であることから、ニッケルを活用したEV電池のグローバルサプライチェーンに参入しようとする政府の狙いも見える。
政府は過去20年で、鉱物資源産業に関する制度を変革してきた。その中でも2000年代の大きな転換点が、2009年に制定された新鉱業法(2009年法律第4号)だ。この法律では、鉱物資源を国内で高付加価値化することを義務付け、施行から5年以内に国内での鉱物の加工・精錬を行うことを求めた。これにより、猶予期限となる2014年までに製錬所の建設を促進し、未加工鉱石の輸出を段階的に制限する方針を示した。
2014年以降、新鉱業法に基づき、銅精鉱など一部例外を除き、ニッケルやボーキサイトなどの未加工鉱石の輸出は全面禁止した。この措置により、2014年1月以降、インドネシアからのニッケル鉱石の輸出は原則ゼロとなり、同国は資源輸出国から加工国への転換が本格的に進められることになった。輸出禁止は2017年に一時的に緩和されたものの、2020年1月から再び全面的に実施された。なお、この時点で輸出禁止の対象となったのはニッケル鉱石のみで、銅精鉱やボーキサイトは例外的に猶予措置を設けた。
さらに、2020年6月には、2009年新鉱業法を改正した改正鉱業法(法律第3号)を施行し、国内で新規製錬所開発など、下流投資を行う場合には鉱業操業期間を10年延長(計30年)できる優遇措置を導入した。また、一部鉱種に限定した輸出猶予期間の延長や、環境保護条項の強化が盛り込まれた。こうした法改正などを経て、2023年6月からはボーキサイト鉱石の輸出も禁止し、下流化政策はより本格化している。
成功事例としてのニッケル、輸出相手は特定の国・地域に集中
下流化政策の成功事例として政府が捉えているのが、ニッケル産業だ。政策実施により、未加工のニッケル鉱石の輸出が消滅し、代わりに加工製品の輸出が急増した。2014年以降、ニッケル鉱石の輸出量はほぼゼロとなり、2017~2019年の一時的な緩和期に限定的に再開したものの、2020年以降は再び完全停止した。
その結果、インドネシアから中国へのニッケル鉱石の供給は断たれ、中国企業は自国産業に必要なニッケル製品を確保するため、インドネシア国内で工場を建設せざるを得なくなった。これが、2010年代後半から基礎金属分野への中国企業の投資拡大を大きく後押した要因となった(図1参照)。
出所:投資省データからジェトロ作成
現在、インドネシアは未加工鉱石を輸出せず、国内で精錬・加工されたニッケル製品のみを輸出している。特にニッケル製品や鉄鋼製品の輸出額の増加が顕著だ。例えば、ニッケルマット(HSコード7501)の輸出は2021年以降急増し、2024年は71億2,400万ドルに達しており、2021年の9倍超に拡大した。また、フェロアロイ(同7202)の中でも、フェロニッケル(同720260)の輸出額は、2021年の71億500万ドルから、2024年には140億6,000万ドルへと、約2倍に増加した。さらに、ステンレス鋼の平版(冷間圧延、同7219)の輸出額は、2017年の5億7,000万ドルから、2024年には57億9,000万ドルに増加した(図2参照)。こうした実績により、下流化政策は、インドネシアを「ニッケル鉱石輸出国」から「ニッケル製品輸出国」へと転換させ、輸出額を飛躍的に増大させた。
出所:Global Trade Atlas(GTA)からジェトロ作成
インドネシアの貿易全体でも中国の存在感が増しているが、鉄鋼やニッケル関連の輸出先としても中国への集中が進んでいる。2024年のフェロアロイ(HS7202)やニッケルマット(HS7501)の製品の輸出相手先国の首位は中国で、フェロアロイ輸出額の94.2%、ニッケルマット輸出額の82.5%を占めた。
中国企業を軸とした大型開発と懸念の解消
ニッケル下流化に関連する主要プロジェクトは、ニッケル資源が豊富なスラウェシ島や北マルク州に集中している。代表的な事例としては、中スラウェシ州モロワリ工業団地(中国・青山集団が主導)や北マルク州ハルマヘラ島ウェダベイ工業団地がある。ウェダベイ工業団地は、フランス・エラメ社がかつて保有していたウェダ湾のニッケル鉱床を基盤として発展し、現在は青山集団や中国・華友コバルトなどが参画している。団地内ではフェロニッケルやマットの生産に加え、電池材料の工場も建設されている。これらの大型プロジェクトでは、中国企業の関与が目立ち、米国の非営利調査機関「C4ADS」は、インドネシア国内のニッケル製錬能力の約75%を中国関連企業が保有しているとの調査結果を発表した(注1)。また、ユスフ・カラ元副大統領は「インドネシアのニッケル産業の9割は中国の管理下にある」と述べたとの報道もある(注2)。
こうした大型プロジェクトに対しては、周辺住民や環境への影響に加え、雇用創出や技術移転の実現可能性について懸念があった。しかし、インドネシア政府によると、最近の中国企業プロジェクトでは、こうした懸念も徐々に解決されつつある。モロワリ工業団地では約8万人が雇用され、うち8割がインドネシア人との情報もある(注3)。
エネルギー・鉱物資源省の担当者は「中国企業からの投資拡大は、地域開発や、高付加価値製品の生産による国内産業強化、雇用創出、産業立地の分散などの点で、ポジティブな影響を与える」とした。一方で、「中国人労働者の大量流入といった負の側面も想定している」とし、「スキルギャップ」の解決を急いでいるという。同氏は「現在は中国人労働者からインドネシア人労働者への技術移転が進んでいる段階」との認識を述べた。さらに、同省では人材開発訓練センターを設置しているほか、一部の工業団地には専門学校も開設され、地域住民の育成が進められているという。
環境面では、鉱山関連企業に対して、政府が承認した計画策定と履行を担保する保証金を国内銀行に預託することが義務付けられている。この保証金は、計画が100%完了した時点で返還される。将来的には、保証金を預託しない企業の操業許可を取り消すなど、制度運用をより厳格化する見込みだ。また、地域コミュニティー開発のため、企業には操業コストの一部として予算計上することが義務付けられており、これには奨学金の供与や、教育施設の建設、教員研修など、教育分野での持続的な貢献が推奨されている。
なかなか進まない日系企業の参画、1国依存への懸念も
中国企業をはじめとする外資系企業の参入が進む一方で、日本企業の動きは目立っていない。ある業界関係者は「中国企業は、短期的な利益追求というよりも、インドネシア市場や地政学的なプレゼンスを確保しようとする勢いを感じる。日本企業も近い将来、必ず影響を受けるだろう」と警鐘を鳴らす。新規大型プロジェクトとして、スラウェシ島ポマラ地区のニッケル製錬所建設には住友金属鉱山が参画していたが、2022年4月に事業化検討中止が発表された。検討は2012年から開始されており、10年をかけた注目プロジェクトだった。現在は華友コバルトが新たに参入し、建設を進めている。
日系企業の参画が進まない背景には、ESG(環境・社会・ガバナンス)を含むコンプライアンス意識の高さが影響しているとみられる。しかし、動きが全くないわけではない。インドネシアの国営企業4社の合弁によるインドネシア・バッテリー・コーポレーションの担当者は「どの国のパートナーと組むかについては、非常にオープンだ。現在は中国企業が多いが、バランスも重要だ」とした上で、「日本の大手商社とも交渉が進んだことがあり、最終的にビジネスには至らなかったものの、協議は前向きに行われた」と述べた。
インドネシア政府も、ニッケル産業での中国をはじめとする外資依存について、政策面で調整しようとしているようだ。2020年改正鉱業法では、外国資本が所有する鉱業許可は、操業開始後に株式の51%以上をインドネシア政府や地域政府、またはインドネシア内資企業に売却することを義務化した。また、政令2025年第8号により、ニッケル関連輸出の収益を最低1年間、国内金融システム内に留保し、国内経済発展に活用することが求められる。
インドネシアの鉱業産業の下流化は、2009年の鉱業法の施行をきっかけに、ニッケル産業で進展した。鉱石輸出禁止によって未加工品から加工製品への輸出へと転換し、輸出額は大きく拡大した。政府はニッケル産業を下流化の成功事例として位置付けている。一方、中国資本への過度な依存が懸念されるものの、政府は、操業開始後の株式売却義務化や収益の国内留保義務で、バランス確保を図っている。日系企業の動きは現時点で目立たないものの、国営企業との交渉など水面下での取り組みもあり、今後こうした動きが実を結ぶかが注目される。
- 注1:
-
C4ADSウェブサイト参照
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- 注2:
-
CNBC INDONESIAウェブサイト参照
。
- 注3:
- エネルギー・鉱物資源省担当者へのジェトロのヒアリング結果から抜粋。
- 執筆者紹介
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ジェトロ企画部企画課 課長代理
尾﨑 航(おざき こう) - 2014年、ジェトロ入構。生活文化産業企画課、サービス産業課、商務・情報産業課、EC・流通ビジネス課を経て、2020年9月からジェトロ・ジャカルタ事務所で調査担当として勤務。2023年12月から調査部アジア大洋州課で、ASEAN、インドネシア、シンガポールの調査・政策提言などに従事。2025年10月から現職。




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