特集:グリーン成長を巡る世界のビジネス動向脱炭素化に向けた制度整備に進展、炭素排出量取引が始動(台湾)

2024年1月18日

近年、地球温暖化への対応として、脱炭素化やクリーンエネルギー転換などを通じ、二酸化炭素(CO2)をはじめとする温室効果ガス(GHG)の排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」に向けた取り組みが、世界的に加速している。気候変動問題への危機感の高まりや、こうした世界全体での脱炭素化に向けた動きが加速していることを踏まえ、台湾当局は2021年4月に台湾での2050年までのカーボンニュートラルの実現を表明し、2022年3月には台湾の国家発展委員会が「2050年ネットゼロ排出ロードマップ」を発表した(2022年5月19日付地域・分析レポート参照)。それら政策の一環として、2023年8月7日には高雄市に「台湾炭素ガス排出量取引所(TCX)」が設立された。本稿では、台湾での脱炭素化への動きや制度の整備状況、最新動向などを概観する。

2050年カーボンニュートラルに向けた方針を発表、炭素税は2025年から徴収開始

GHG排出削減の政策ツールの1つとして、世界で炭素税や、排出量取引制度(ETS、Emission Trading Scheme)などのカーボンプライシングを導入する国・地域が拡大している。カーボンプライシングとは、CO2排出に対して価格付けし、市場メカニズムを通じて排出を抑制する仕組みだ。炭素税に代表される「価格アプローチ」と、排出量取引制度に代表される「数量アプローチ」と、大きく2通りある。価格アプローチは、政府などが価格付けする手法だ。対して、数量アプローチは、炭素排出枠の需給バランスにより市場で価格が決定される、いわゆるキャップ・アンド・トレードと呼ばれる方式の取引である。一方で、そうした排出枠の設定はないものの、ベースライン排出枠に対して実際の排出量が下回った場合にその削減分をカーボンクレジットとして認証する、ベースライン・アンド・クレジットと呼ばれる方式の取引も存在する。後述する、台湾の排出量取引がこれに該当する。ここでは、台湾における炭素税(注1)と排出量取引制度について、これまでの整備状況や動向をみてみる。

台湾では、蔡英文総統が2021年4月22日に、2050年までのカーボンニュートラルの実現を表明した(表参照)。同年7月には、行政院環境保護署(以下、環境部、注2)の下に2050年ネットゼロ達成に向けた制度の策定などに重点を置く「気候変動弁公室」を新たに設置し、これまで分散していた気候変動対策関連の各部門を統括した。その後、2022年3月には台湾の国家発展委員会が「2050年ネットゼロ排出ロードマップ(以下、ロードマップ)」を発表し、カーボンニュートラルの実現に向けた具体的な道筋および取り組み方針を明示した。ロードマップでは、EUが炭素国境調整措置(CBAM)の草案を発表したことを受け、「今後、台湾でも前述のカーボンプライシングに関連する政策を改善する必要がある」との言及があった。具体的には、炭素税の徴収を段階的に導入していき、炭素排出量取引を着実に推進していくことが示された。さらに、台湾当局はロードマップを遂行するために、「気候変動対処法(以下、対処法)」を2023年2月15日に公布した。なお、この対処法は気候変動の法的根拠を持たせるために、2022年4月に作成された「温室効果ガス削減と管理法」を改正したものである。

表:台湾の2050年カーボンニュートラルに向けた方針や政策
年月 内容
2021年4月 蔡英文総統が2050年までのカーボンニュートラルの実現を表明
2021年7月 「気候変動弁公室」が設置され、気候変動対策関連の各部門を統括
2022年3月 国家発展委員会が「2050年ネットゼロ排出ロードマップ」を発表
2022年4月 環境部が「温室効果ガス削減と管理法」を発表
2022年8月 環境部が「第2期インベントリ登録すべき温室効果ガス排出量の排出源」を発表
2023年2月 「温室効果ガス削減と管理法」を改正した「気候変動対処法」を公布
2023年8月 台湾炭素ガス排出量取引所が高雄市に設立
2023年10月 環境部が「温室効果ガス自主的排出削減プロジェクトの管理弁法」と「温室効果ガス増量オフセット管理弁法」を発表
2023年12月 台湾炭素ガス排出量取引所で取引が開始

出所:各種発表資料を基にジェトロ作成

今回の改正で最も注目されたのが、炭素税の徴収だ。対処法では、環境部は直接または間接にGHGを排出している排出源に対して、段階的に炭素税を徴収できると規定している。環境部が2016年に発表した「第1期インベントリ(注3)登録すべき温室効果ガス排出量の排出源(以下、GHGインベントリ)」によると、 炭素税徴収の対象はGHGの直接排出総量が年間2万5,000トン以上の電力、鉄鋼、石油、セメント、半導体、液晶などの特定業者としていた。しかし、2022年8月に発表された第2期GHGインベントリで、GHGの直接および間接排出総量が年間2万5,000トン以上の製造業であれば、業種を問わず徴収対象となった。環境部は2023年8月、2025年に対象事業者から炭素税の徴収を開始すると発表している。環境部の薛富盛部長は、炭素税徴収の対象事業者は現在512社に及んでおり、それら対象事業者の炭素排出量は台湾全体の約70%を占めていると述べた(「経済日報」2023年10月5日)。なお、徴収額は2024年の炭素排出量を基準に計算する。炭素税は対象事業者ごとに税額が異なっており、再生可能エネルギーの利用など、GHG排出量を削減することができた対象事業者向けには優遇制度が適用される。これは、対象事業者が排出削減計画を提出することで、優遇税率が適用されるというものだ。

また、対処法では、炭素排出量取引制度についても規定された。企業や地方自治体が独自で、または共同で実施したGHG削減につながる自主的排出削減プロジェクトは、政府の認証を経てカーボンクレジットとして発行され、政府規定の条件の下、他の企業などとの間で取引できるとした。対処法の細則が制定され、運用が開始されれば、当該カーボンクレジットは排出量をオフセットする手段として活用できるほか、前述の炭素税の徴収基準として計算される炭素排出量の控除などにも用いることができる。

なお、前述のEUが導入予定のCBAMについては、移行措置が2023年10月から適用された。2025年12月31日までの移行期間中に、炭素価格が課されていない対象製品をEU域外から輸入する場合、対象製品の輸入量や、その製造過程で排出されるGHG排出量などを記載したCBAM報告書を四半期ごとに提出することが義務付けられている。これを受け、台湾の経済部は2023年10月16日以降、企業に対して専門家による関連手続きの説明会を各地で開催するほか、CBAM申請専用窓口を設け、各種問い合わせに対応している。CBAMの対象品目はセメント、電力、肥料、鉄鋼、アルミニウム、化学品の6品目だが、台湾経済部の試算によれば、ねじなどの鉄鋼製品やアルミニウム製品の製造企業を中心に約3,500社が影響を受ける見込みだという(「経済日報」2023年9月25日)。

台湾で炭素排出量取引が正式にスタート

こうした一連の政策に基づき、2023年8月7日には高雄市に台湾炭素ガス排出量取引所(TCX)が設立された。蔡英文総統は同日開催された式典で、TCXの設立によって台湾は国際的なネットゼロ移行の流れに追いつくことができ、台湾が低炭素という目標を達成するための重要な力になるだろうとした。さらに、取引市場におけるカーボンクレジットの取引や流通は経済効果をもたらし、企業の排出量削減を促すと同時に、低炭素技術の研究開発と関連人材の育成を促進し、グリーン経済全体の好循環を牽引すると述べた。また、台湾当局は、今後のTCXにおける排出量取引について、取扱商品や対象によって大きく3つの取引形態に分けられるとした。それらは域内のカーボンクレジット取引に分類される「自主的な排出量削減取引」と「増量オフセット取引」、そして「域外カーボンクレジット取引」だ。「自主的な排出量削減取引」とは、前述の対処法でも言及があったとおり、企業などが実施する自主的な排出量削減の取り組みに対し、政府の認証を経て発行されるカーボンクレジットを取引するものである。「増量オフセット取引」とは、一般市民の電気自動車(EV)への買い替えや企業のバイオマス燃料への転換などの取り組みに対し発行されるオフセットクレジットを、環境影響評価(環境アセスメント、注4)において使用するものである。域外のカーボンクレジットについては、企業に国際的なカーボンクレジットを提供するために、国際カーボンクレジット認証機関との交渉を進めるとした。

そうした準備期間を経て、TCXは2023年12月22日から正式に取引を開始した。初期段階で取引されるのはアジアやアフリカ、南米の域外カーボンクレジットであり、いずれも国際カーボンクレジット認証機関「Gold Standard(GS)」などの認証を得ている。取引量は8万8,520トンに達し、取引価格はCO2換算で1トン当たり3.9~12ドルで、取引総額は80万ドルを超えた。初回は台湾域内法人の購入のみに限定され、台湾のファウンドリー(半導体受託製造)企業の台湾積体電路製造(TSMC)と聯華電子(UMC)や、電子機器受託生産(EMS)で世界最大規模の企業グループのフォックスコン(鴻海精密工業)など27社が参加した(2024年1月4日付ビジネス短信参照)。

台湾で拡大する脱炭素化に向けた動き

ジェトロが2023年8月21日から9月20日にかけて、日系企業を対象に実施した「2023年度 海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」によると、2023年度の脱炭素化への取り組み状況について、「すでに取り組んでいる」と回答した台湾進出日系企業は 46.6%で、前年度調査から13.6ポイントも上昇した。また、脱炭素化に向けた取り組みを実施済みもしくは予定と回答した台湾進出日系企業の業種をさらに細かくみると、スコープ1(自社に直接かかわる排出)では、「化学・医薬」(75.0%)と「電気・電子機器部品」(60.0%)の製造業において脱炭素化へ取り組む割合が高かった(図参照)。台湾では、先端半導体をはじめ電子機器(スマートフォンやPC(パソコン)など)など多くの製造業が集積していることから、電気・電子機器部品などの製造業において脱炭素化への取り組みが進んでいるとみられる。

図:脱炭素化の取り組みが進む国・地域における取り組み割合の高い業種
(予定を含む、複数回答)
スコープ1(自社に直接かかわる排出)では、「化学・医薬(75.0%)」と「電気・電子機器部品(60.0%)」の製造業において脱炭素化へ取り組む割合が高かった。

図注1:有効回答数が90社以上の国・地域のうち、脱炭素化に向けた取り組みを実施済みもしくは予定と回答した企業の割合で上位5カ国・地域を抜粋。
図注2:スコープ1~3の説明については、環境省資料PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(5.29MB)参照。
出所:ジェトロ「2023年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」(2023年11月)

また、前年度の同調査では、サプライチェーンにおける脱炭素化の問題について、台湾進出日系企業は約7割が経営課題と認識していると回答した。理由として、「台湾当局および台湾企業が脱炭素化や再生エネルギーへの移行計画を策定しているため」「台湾でも政府の取り組みとして挙げられているため」など、台湾で脱炭素化が進んでいることを挙げる回答があったほか、「得意先の指針および指導」「取引先からの要請や本社の意向」など、取引先からの要望といったコメントもあった。

米国アップルがグローバルサプライチェーンに対して、2030年までに脱炭素化することを要請するなど(注5)、近年、世界的にもサプライチェーン全体で削減に取り組む動きが主流になっている。こうした流れの中、台湾における製造業企業については、取引先からの要請に対応していく動きが今後も本格化するとみられる。台湾の資策會產業情報研究所(MIC)の調査によると、台湾のPCブランドメーカーなどでは、製品設計や素材選定、生産工程、梱包(こんぽう)・配送、リサイクルなどの面で、サプライヤーと低炭素のグリーンPCを製造しているという。また、TSMCは、2020年7月時点で1.2ギガワット(GW)規模の再生可能エネルギーの電力購入契約を締結しており、同月にはロードマップで加盟が推奨されているRE100(注6)に、世界で初めて半導体企業として加盟した。TSMCは2050年までにグローバル事業において再生可能エネルギーを100%使用すると表明しており、主要取引先でもあるアップルなどからの脱炭素化の要請が同社の再生可能エネルギー電力の購入を後押ししていると考えられる。なおRE100には、他にもTCI大江生医や、聯華電子(UMC)、ASUS、台湾大哥大などの台湾企業が加盟している。

台湾では2050年までのカーボンニュートラルの実現を目指し、さまざまな方針が打ち出されている。それに加え、近年サプライチェーン全体で脱炭素化に取り組む考え方が浸透したことも相まって、台湾において脱炭素化に向けた動きが拡大した。台湾初の炭素排出量取引所での取引が正式にスタートしたことにより、台湾の脱炭素に向けた取り組みは、企業を巻き込み一層加速することが予想される。引き続き、今後の動向に注目したい。


注1:
GHG排出量に応じて企業に費用負担を求める制度で、台湾では「炭費」と呼ばれる。本稿では、分かりやすくするため、「炭費」を炭素税と称する。
注2:
設置当初は「環境保護署」だったが、「環境部」に格上げされ、その環境部の下に「気候変動署」が新たに設置された。ジェトロ・アジア経済研究所発のレポート「『2050年ゼロ・エミッション計画及び策略』の発表を受けてPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(459KB)」(2022年6月)も参照。
注3:
一定期間内に特定の物質がどの排出源・吸収源からどの程度排出・吸収されたかを示す一覧表を指す。台湾の場合、対象事業者は毎年8月末までに全工場(事務所)の前年度のGHG排出量をインベントリに登録する必要がある。
注4:
開発事業が環境にどのような影響を及ぼすかについて、あらかじめ事業者自らが調査、予測、評価を行い、その結果を管轄機関に提出し、審査を行う。許可された後に、一般住民や地方政府など関係者に公表され、寄せられた意見などを踏まえ、より環境によい事業計画を作り上げる制度。なお、台湾の管轄機関は環境部となる。
注5:
アップルの2022年10月25日付プレスリリース。
注6:
企業が自らの事業の使用電力を100%再生可能エネルギーで賄うことを目指す国際的なイニシアチブ。
執筆者紹介
ジェトロ調査部中国北アジア課
富永 笑美子(とみなが えみこ)
2019年、ジェトロ入構。対日投資部外国企業支援課を経て、2022年10月から現職。

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