インドでじわり広がる少子化
出生率は州ごとにばらつき

2023年11月6日

国連の推計によると2023年、インドは中国を抜いて、人口世界一になった。筆者は現在、インド第3の都市圏、ベンガルールに居住するが、どこからともなく集まってくる人の多さには、毎日驚かされる。日本の10倍以上の人口を擁するため、当然と言えば当然だが。

しかしそんな中、インドの合計特殊出生率の低下に警鐘を鳴らす記事を当地メディアが掲載した。7月11日の世界人口デーに合わせてのことだった。そう聞くと、「インドで少子化?」と意外に思われる読者も多いかも知れない。

そこで本稿では、データを基に解説していく。

この先40年は人口増が見込まれる

まずは、インドの人口推移を見てみよう。 図1のとおり、1960年時点で、人口は4億4,083万人だった。それが2023年に14億2,202万人に達し、現在も大きく増え続けている。国連の推計では、インドの人口は2064年に16億9,704万人でピークを迎える。そのため、今後数十年間は人口ボーナス期を享受すると予想される。加えて、内務省の登記長官・国勢調査委員長事務所が発行する「標本登録制度統計(SRS)報告〔Sample Registration System Statistical Report〕2020」によると、15歳未満人口が総人口に占める割合は24.8%に上る(2020年時点)。これは、日本の同11.6%(2022年時点)と比べ断然高い数値だ。また、日本の平均年齢が48.4歳(2023年時点)なのに対し、インドは同28.2歳。両国の差は実に20歳に及ぶ。日本国内で少子高齢化が進むニュースに日々触れる身としては、その活力をうらやむばかりだ。

こうした数値を見る限り、インドで人口減少のリスクがあるとしても、まだ遠い先のように思えてくる。しかし、国内の合計特殊出生率(以下、出生率)を詳しく調べると、少し違う将来像が見えてくる。

図1:インドの人口および増加率の推移
インドの人口は1960年に4億4,100万人、1970年に5億5,100万人、1980年に6億8,900万人、1990年に8億6,100万人、2000年に10億5,000万人、2010年に12億3,200万人、2020年に13億9,000万人となり、2030年には15億900万人、2040年に16億800万人、2050年に16億6,800万人、2060年に16億9,500万人、2070年に16億9,100万人になると見込まれている。10年ごとの人口増加率は年率換算で、1960年まででは2.24%、1970年2.26%、1980年2.25%、1990年2.26%、2000年2.00%、2010年1.61%、2020年に1.21%だった。また、2030年には0.83%、2040年に0.63%、2050年に0.37%、2060年に0.16%、2070年にマイナス0.02%になると見込まれている。

注1:推計値は中位推計を使用。
注2:増加率は、当該年まで10年間の増加を年率換算した結果。
出所:国連 世界人口推計2022(World Population Prospects 2022)を基にジェトロ作成

表1は、インドの主要州別の出生率を示したものだ。2020年のインド全体の出生率は2.0だが、数値は州ごとに大きく異なる。所得水準が比較的高いとされる北部のデリー準州や西部のマハーラーシュトラ州、南部のカルナータカ州やタミル・ナドゥ州などで、低出生率の傾向が読み取れる。逆に所得水準が比較的低いとされる北部のビハール州やウッタル・プラデシュ州などでは、インド全体より出生率が高い。所得水準によって出生率が左右される状況がみてとれる。また、農村部の出生率が2.2なのに対し、都市部は1.6。同じインドでも、居住地域によって出生率が大きく異なることが分かる。

表1:インドの主要州における合計特殊出生率
州名 地域全体 農村部 都市部
インド全体 2.0 2.2 1.6
ビハール州 3.0 3.1 2.3
デリー準州 1.4 1.4 1.4
グジャラート州 2.0 2.2 1.7
ハリヤナ州 2.0 2.2 1.7
カルナータカ州 1.6 1.7 1.4
マハーラーシュトラ州 1.5 1.6 1.4
タミル・ナドゥ州 1.4 1.4 1.5
ウッタル・プラデシュ州 2.7 2.9 2.3
西ベンガル州 1.4 1.5 1.1

出所:SRSレポート2020を基にジェトロ作成

ここで、過去の日本の出生率を振り返ってみよう。1950年に3.65だった日本の出生率は、年を追うごとに低下し、1960年には2.0。その後、1970年代前半には第2次ベビーブームがあった。その結果、1974年までは、丙午(ひのえうま)などの一部例外を除いて2.0から2.2の間を推移した。その後、1975年に2.0を下回って以降は、一度もその水準を回復することはなかった。以後、出生率は低水準が続く。特に2022年は新型コロナウイルスの影響もあり、過去最低の1.26まで落ち込んだ。

一方、インドの出生率は、1950年に5.73だった。それが1978年に5.0、1991年に4.0、2005年に3.0をそれぞれ下回る。近年急激に低下し、2020年は2.0まで落ちた。人口を維持するのに必要な出生率(人口置換水準)は、おおむね2.07とされるが、現在のインドはその水準を既に下回っていることになる。今のままの状態が長く続くと、人口減少は避けられないことになる。

低下のスピードも気になる。ちなみに日本では、出生率3.0の年から(第2次べビーブームを経て)2.0以下の水準が定着するまでに24年かかった。これに対して、インドは19年。日本を上回る速度で少子化が進んでいることになる(図2)。

図2:日本とインドの合計特殊出生率の推移(1950-2020年)
日本の合計特殊出生率は、1950年に3.65、1955年に2.37、1960年に2.00、1965年に2.14、1970年に2.13、1975年に1.91、1980年に1.75、1985年に1.76、1990年に1.54、1995年に1.42、2000年に1.36、2005年に1.26、2010年に1.39、2015年に1.45、2020年に1.33となった。インドの合計特殊出生率は、1950年に5.73、1955年に5.91、1960年に5.92、1965年に5.94、1970年に5.62、1975年に5.20、1980年に4.78、1985年に4.43、1990年に4.05、1995年に3.65、2000年に3.35、2005年に2.96、2010年に2.60、2015年に2.29、2020年に2.05となった。

出所:令和5年版厚生労働白書資料編(日本)、国連 世界人口推計2022(World Population Prospects 2022)(インド)から、ジェトロ作成

何がインドの出生率低下をもたらしたのか

今や世界一の人口を擁するインドと少子化のイメージは相いれない。なぜ、出生率がこれほど低下していったのだろうか。

第1に挙げられる要因は、インドが長年にわたって取り組んできた人口抑制策だ。特に1960年代(さらにそれ以降の若干期)は、開発途上国を中心に人口爆発と言うべき状況だった。将来的に深刻な資源不足や食糧不足が世界規模で起こると懸念されていた時代が続いていた。1960年当時、インドは出生率が限りなく6.0に近い状態だったため、欧米諸国や国際機関を中心に、インドに対し人口抑制を求める圧力もあったとされる。そうしたことから、当時の政府は、女性に対する避妊教育を含め、家族計画プログラムを積極的に推し進めた。1970年代以降、インドの出生率は大きく低下していくことになる。

第2に、女性の教育水準の向上だ。表2は2020年のインド主要州の女性の大卒以上と非識字者の割合を示したものだ。インド全体では、女性人口に占める「大卒以上」の割合は9.9%にとどまるが、タミル・ナドゥ州(20.5%)、デリー準州(19.0%)、マハーラーシュトラ州(12.1%)、カルナータカ州(10.7%)、ハリヤナ州(10.1%)はインド全体を上回る。同時に、非識字者の割合も比較的低い。これらの州は、表1で示した出生率がインド全体より低い州とある程度重なり、相関性がみられる。教育水準が高まるほどに、都市部を中心により良い就業のチャンスが増える。結果として、家族や配偶者の金銭的支援に頼らない自立した女性として生活を送ることが可能となり、それが出生率低下につながると言えそうだ。

表2:女性人口に占める「大卒以上」「非識字者」の割合(2020年)(単位:%)
州名 大卒以上 非識字者
インド全体 9.9 10.8
ビハール州 3.5 20.7
デリー準州 19.0 6.9
グジャラート州 8.2 10.8
ハリヤナ州 10.1 8.6
カルナータカ州 10.7 3.9
マハーラーシュトラ州 12.1 3.0
タミル・ナドゥ州 20.5 2.4
ウッタル・プラデシュ州 8.0 16.8
西ベンガル州 6.2 8.0

出所:SRSレポート2020を基にジェトロ作成

筆者が住むベンガルール(カルナータカ州)は、インドのシリコンバレーと呼ばれる。国内外の大手IT企業やスタートアップの一大集積地だ。ベンガルール域外から就業のチャンスを求めて多くの人材が集まる環境にある。この点、女性も例外ではない。企業で活躍する女性が増えて社会的地位が高まるに連れ、結婚年齢や出産年齢が上がることになろう。もっとも、こうした展開はインドに限らず世界各国で共通して起こる社会変化だと言える。

かつてのインドは親戚を含めて多くの人が一つ屋根の下に住み、大家族で生活することが多かった。しかし、近年は都市部を中心に核家族化が進んでいるといわれる。都会を中心に高騰する家賃や生活費を考えると、将来の子育てにかかる費用を心配し、子どもをもうけない選択をする若い世代が増えるのも不思議ではない。

インドは、GDPで旧宗主国の英国を抜き、現時点で世界第5位の経済規模となっている。さらに2030年までには、ドイツや日本を抜いて世界第3位になるという予測もある。この先も当面は、経済が拡張傾向を続け好調を維持するだろう。

一方で、人口減少は「静かなる有事」とも言われる。少子化傾向が長年続くと、そこから抜け出すのは至難の業になる。人口減の問題は、伸びゆく経済の陰で後回しにされがちだ。しかし、数十年後に来る将来像を見据え、余裕のある今だからこそできる少子化へのさまざまな対策を抜かりなく進めておくことが肝要となろう。

執筆者紹介
ジェトロ・ベンガルール事務所長
水谷 俊博(みずたに としひろ)
2000年、ブラザー工業入社。2006年、ジェトロ入構。ジェトロ・ヤンゴン事務所、海外調査部、アジア経済研究所を経て、現職。