米大統領選「もしトラ」の先を踏まえた冷静な分析を

2024年4月4日

米国で2024年大統領選挙の予備選挙が1月から始まり、3月5日のスーパーチューズデーを経て、民主党は現職のジョー・バイデン大統領、共和党は前大統領のドナルド・トランプ氏と、緒戦で既に両党の候補者が絞り込まれる状況となっている。11月の本選挙の結果、どちらの候補者が選出されるかを予測するには不確定要素が多すぎ、非現実的だが、もしもトランプ氏が再び大統領に就いた場合(「もしトラ」)、政策転換の振れ幅がビジネスに与える影響を懸念する声は多い。本稿は、トランプ前政権時に採用された政策を振り返ることで、2025年以降に起こり得る混乱を最小限にとどめるための指針の1つとする。

保護主義的な関税措置はより多様に

2017年のトランプ前政権発足以降の混乱の記憶が鮮明な日本企業から最も多く寄せられる懸念は、第2次トランプ政権が発足した場合の関税措置の可能性と米国の気候変動対策の行方だ。トランプ前大統領自身や選挙陣営が折々発する方針が一層不安をあおっている。明示的にも、2023年2月に発表した、第47代大統領に就任した場合の計画「アジェンダ47」や、2024年1月末に公表した、同氏が大統領になった際に米国の労働者を守るために実施する10項目(2024年2月7日付ビジネス短信参照)でも繰り返し、現政権からの政策転換や対中貿易措置の厳格化に触れている。

2016年の選挙期間中もトランプ氏は、前例にとらわれない法解釈や極端な言動により世間をかく乱した。言葉だけで終わった公約も多いが、在任中、1974年通商協定法201条に基づく大型家庭用洗濯機(2018年1月29日付ビジネス短信参照)、太陽光発電製品(2017年9月29日付ビジネス短信参照)に対するセーフガード措置、1962年通商拡大法232条に基づくアルミニウム製品、鉄鋼製品に対する追加関税措置(2017年4月24日付ビジネス短信参照)、1974年通商協定法301条に基づく輸入制限措置(2018年3月23日付ビジネス短信参照)など保護主義的な措置を複数取っている(表1参照)。このような米国政府の一方的措置は国際ルールに不整合であるとして、対象国からの報復措置やWTOを通じた紛争処理に持ち込まれたり、貿易協議による解決が試みられたりした。一部は交渉により妥協点を見いだしたものもあるが、米国が正当性を主張し、現在も継続する措置もある。米国内法では、議会での審議を介さず、一定の条件のもとで大統領が権限を行使することが認められている通商政策の一部を行使したにすぎないからだ。

表1:トランプ前政権での主な関税措置の動き
根拠法 対象 付加税率 内容
1974年通商法201条 大型家庭用洗濯機 18~50% USITCが、特定製品の輸入が国内産業への重大な損害要因またはその恐れとなっていると認定した場合、大統領は緊急輸入制限措置(セーフガード措置)を発動できる。トランプ政権は大型家庭用洗濯機、太陽光発電製品に対し2018年2月7日より適用。カナダ(注)を除き、原則全ての輸入国が対象。洗濯機向けのセーフガード措置は2023年2月に終了。
太陽光発電製品 14~25%
1962年通商拡大法232条 アルミニウム製品 10% 商務省が、特定製品の輸入が安全保障に影響を及ぼすと判断した場合に、当該輸入を是正するための措置を取る権限を大統領に与えている。トランプ政権はアルミニウム、鉄鋼に対し2018年3月より追加関税を賦課、現在まで継続している。適用除外などの例外措置が認められた国(オーストラリア、カナダ、メキシコ)、数量制限を受け入れた国(韓国、アルゼンチン、ブラジル)などを除き、原則全ての輸入国が対象
鉄鋼製品 25%
自動車・同部品 発動せず 商務省が、自動車および自動車部品、ウラニウム、スポンジチタンの輸入が安全保障上の脅威であるとしてそれぞれに対し調査を開始し、大統領に報告。ウラニウムは調査の結果、安全保障への影響を否定。影響を認めた自動車・同部品、スポンジチタンについては、それらに対する輸入制限措置により影響を受けるEUや日本との貿易交渉の結果、発動されていない。
ウラニウム 発動せず
スポンジチタン 発動せず
1974年通商法301条 中国からの輸入(リスト1~3) 25% USTRは、中国の強制的な技術移転措置や政策などが不合理または差別的で、米国の商業に負担または制限となっていると認定し、2018年7月以降、最大25%の追加関税を段階的に発動。賦課開始から4年目の法定見直し期限後、現在まで継続している。
中国からの輸入(リスト4A) 7.5%
中国からの輸入(リスト4B) 発動せず
フランスのデジタルサービス税 発動せず USTRが2019年12月、新たに成立したフランスのデジタルサービス税の導入措置は米国企業を差別し、租税原則にも反すると認定する調査報告書を公表。最大25%の関税を賦課する措置を提案。米仏首脳会談での議論を経て、関税措置の発動は無期限延期となった。
国際緊急経済権限法
(IEEPA)
メキシコからの輸入 発動せず 米国の国家安全保障、外交政策や経済に対する異例かつ重大な脅威があり、大統領が緊急事態を宣言した場合、特定国に対し大統領権限を行使する。トランプ政権はメキシコからの移民流入を安全保障上の重大な危機と位置付け、メキシコからのすべての輸入品に対し2019年6月10日から5%の関税を賦課する措置を提案。米墨間での協議の結果、無期限に発動しないことが6月7日に公表された。

注:カナダはNAFTA実施法311条の除外規定(カナダあるいはメキシコからの輸入が輸入全体の大部分を占め、産業に重大な損害あるいはその恐れをもたらす場合を除いて、両国からの輸入にセーフガード措置を適用してはならない)に該当するため対象外となる。
出所:CRS、ジェトロビジネス短信などから作成

前述のほかにも、議会審議を経ることなく、大統領が輸入制限措置を発動することを認める国内法が複数存在する(表2参照)。トランプ前政権時に、その発言の裏取りをするかたちで議会調査局(CRS)が米国内法を精査するレポートを多く公開している。そこに列記される国内法は、発動するための要件を定め、商務省、米国通商代表部(USTR)、米国国際貿易委員会(USITC)などの行政機関による調査を求めるなど、限定的な行使を想定する。しかし、国内産業への影響や安全保障に与える脅威の捉え方は、その時々の政権、国内世論、国際情勢によって変わり得る。それが極端に現れたのがトランプ前政権であり、今後誕生する大統領の超保護主義的解釈によっては、今後も同様の事態が起きる可能性は十分にある。

表2:大統領に発動権限が付与されている関税措置
根拠法 内容
1930年関税法338条 特定国が、他国に比べて米国に不利益をもたらす差別待遇を採用していると大統領が認定した場合、当該国からの輸入に対し最大50%の追加関税を賦課できる。
1974年通商法122条 巨額かつ重大な国際収支赤字に対処するため、大統領はいつでも、従価で15%を超えない範囲の輸入課徴金、あるいは輸入割当などの規制措置を150日を限度に賦課できる。
1974年通商法406条 共産諸国からの輸入が市場をかく乱しているとUSITCが判断した場合にセーフガード措置の発動を大統領に認める。上限5年間に加え、3年間を限度に1回の延長が可能。
1974年通商法421条 中国からの特定輸入品に対しセーフガード措置を発動することを大統領に認める。中国のWTO加盟から12年(2013年)で失効。同条項に基づきオバマ大統領が2009年、中国製タイヤの輸入急増に対し発動。
ウルグアイ・ラウンド協定法111条 ウルグアイ・ラウンドの多角的貿易交渉において互恵関税の撤廃の対象とされた関税区分に属する物品の関税を変更する権限を大統領は有する。

注:その他、CRSレポートには関税措置に関する大統領権限として1974年通商法123条、501条なども挙げられているが、関税を引き下げる目的を持つものであり、本表には含めていない。
出所:CRSなどから作成

気候変動対策は停滞か

気候変動対策の中でも、過去最大の投資を約束し2022年8月にバイデン政権のもとで成立したインフレ削減法(IRA)の運用見通しを危惧する企業の声も多い(2022年10月6日付地域・分析レポート参照)。クリーンビークル購入時やクリーンテクノロジー製造施設の建設投資に対する税額控除などを主軸とするIRAが、米国での電気自動車(EV)の普及やサプライチェーンの強化を下支えする法律であり、もし撤廃された場合、政府の支援がなくなるだけでなく、クリーンエネルギー分野への投資機運が減退し、自社の事業戦略の見直しを迫られるためだ。

トランプ氏がアジェンダ47でも挙げたとおり、パリ協定については、米国は再び脱退するだろう。前回は、「就任初日にパリ協定から脱退する」と発言し、2017年6月1日に正式に脱退の声明を発した(2017年6月5日付ビジネス短信参照)。同協定28条の脱退規定(注1)に則し、実際に脱退できたのは2020年11月4日と時間を要したが、選挙戦の公約を実現するかたちとなった。同条項に基づくと、仮に同氏が再び就任初日の2025年1月20日に脱退を表明した場合、最速で2026年早々に、米国はパリ協定から再離脱することになる。

他方、IRAは議会審議を経て成立した法律であり、その撤廃や一部改正には改めての議会決議を要する。法律に盛り込まれた税制やインセンティブは財務省と内国歳入庁(IRS)が運用、所管し、10年後の2032年末まで粛々と実行されることになっており、現在、導入に向けて続々とガイダンスや運用規定が公表されている。IRAの変更を望む場合、トランプ氏が再就任するだけでなく、連邦議会の両院とも共和党が多数派を占める事態になれば、ねじれ議会の今期に比べ法案審議が円滑に進み、撤廃も現実味を帯びる。しかし、IRAに基づく企業による設備投資は共和党の支持基盤も潤すものであり、単純にIRA撤廃にまい進するとは考えにくい。

考え得るのは、連邦行政機関が策定した主要規則について、連邦議会が覆すことを認める議会審査法(Congressional Review Act、CRA)による停滞の可能性だ。行政機関は主要規則の発効に際し、連邦議会両院と政府説明責任局(GAO)に最終規則案を提出することが、1996年中小企業への規制執行公正法(Small Business Regulatory Enforcement Fairness Act in 1996)に規定されている。同法の一部であるCRAは、両院が最終規則案を受理してから60連続会期日(注2)の期間内に不同意を表明する両院決議案を可決し、それを大統領が承認した場合、同規則は発効しないと定める。会期末、特に選挙により政権が交代する際に駆け込みでの規則成立を狙い提出される傾向は党派を限らず行われるが、過去にも複数の規則の発効がCRAにより阻まれている。IRAのガイドラインはいまだ公表されていないものも多く、不同意が可能な対象期間に提出された規則が覆され、IRAの執行に支障が出ることが懸念される。

いずれの政権でもプラス・マイナスの影響あり

予見可能性が低い対外政策の再来を不安視し、「もしトラ」のマイナスの影響に注目が集まりがちだが、バイデン政権の政策に対しても、プラスとマイナスの評価、影響があることは付記しておく。ジェトロが毎年実施している「海外進出日系企業実態調査(北米編)」の2023年度版で、米国連邦政府の政策の影響がマイナスに働いていると回答した企業(20.4%)が、プラスとした企業(13.8%)より多い結果となった(注3)。プラスの影響として、IRAやCHIPSおよび科学法(CHIPSプラス法)による直接的な資金援助のほか、中国の競合企業から自社への需要シフトや市場拡大の恩恵といったバイデン政権の気候変動対策を評価する声は、第2次バイデン政権誕生を期待する素地となっている。他方、バイデン政権が積極的に推進する環境規制強化の取り組み、労働者への配慮が求められる労働法制などによる対応コストをマイナスの影響と挙げる企業も多い。前述した前政権中に発動された関税措置の多くは現在も維持されており、いずれの政権になろうとも、調達・輸入コスト増の影響が続く可能性があることは留意する必要がある。

また、トランプ前政権は、2017年12月に税制改革法(Tax Cuts and Jobs Act)を成立させ、標準控除額の拡大や法人税率の一律21%への引き下げなどを含む税制改革を実現した(2018年1月31日付地域・分析レポート参照)。減税の規模は10年間で約1兆5,000億ドルで、連邦法人税制の改正のほか、個人所得税減税や基礎控除などが2025年末での時限措置として設定され、法人、個人ともに恩恵を受けている。トランプ氏が再就任し、減税路線をとる可能性に期待する向きも多い。これに対して、バイデン氏は財政赤字削減策の一環として、法人実効税率を28%に引き上げる案を2025年度予算教書に盛り込むなど、特に大企業による公平な負担を意識した税制改正案を打ち出している(2024年3月14日付ビジネス短信参照)。

米国の第47代大統領選出まで、あと約7カ月。どちらの候補者が就任しても、何かしらのかたちでビジネスへの影響はあり得る。現時点では、自社の事業計画、戦略がどのような影響を受ける可能性があるか、正確な情報を収集し、検討して備えることが重要だ(注4)。


注1:
パリ協定28条には、協定が当該国に効力を生じた日から3年を経過した後いつでも、書面による通告を行うことで、その日から1年を経過した日またはそれよりも遅い日で指定された日に脱退ができると規定する。協定は2016年11月4日に効力を生じたため、トランプ前政権下で米USTRは2019年11月4日に正式に通告し、2020年11月6日に脱退に至った。
注2:
第118議会(2023年1月3日~2025年1月3日見込み)の実際の開会日によるが、おおむね2024年夏以降に両院、GAOに提出される主要規則案がCRAの対象になると考えられる。
注3:
全業種での割合。製造業(プラスの影響:14.2%、マイナスの影響:22.6%)、非製造業(13.3%、17.7%)でも傾向は同様。ただし、「プラスとマイナスの影響が同程度」「影響はない」と回答した企業もそれぞれ2割程度ある。2023年度調査は2023年9月に実施した。
注4:
ジェトロの特集ページ「2024年米国大統領選挙に向けての動き」では、大統領選挙に関する最新動向を随時紹介している。
執筆者紹介
ジェトロ調査部米州課長
伊藤 実佐子(いとう みさこ)
1999年、ジェトロ入構。海外調査部米州課、対日投資部(北米・大洋州担当)、サンフランシスコ事務所を経て2023年8月より現職。2010年5月、米国ペンシルベニア大学大学院修了、公共政策修士。共訳書に『米国通商関連法概説』(ジェトロ、2005年)。