ASEAN主要国の産業政策と企業によるサプライチェーン対応ASEAN3拠点で透析関連製品の安定供給を実現(日機装)
2026年10月20日
血液透析装置をはじめとする透析関連製品、航空機部品、産業用特殊ポンプなどを手掛ける日機装は、医療機器の安定供給を使命に、グローバルな生産体制を構築してきた。透析関連製品を手掛けるメディカル事業では、タイとベトナムに生産拠点を置き、日本を含む世界各地に製品を供給している。近年、地政学リスクの高まりやサプライチェーン再編への対応が求められる中、調達、生産体制の多元化を推進している。日機装のメディカル事業本部生販部の山本智元部長、同メディカル技術センターディスポ技術部の井上直樹部長に、同社のASEAN事業の現状と課題、今後の展望について聞いた(取材日:2026年9月2日)。

ASEAN3拠点で透析用血液回路を分散生産
- 質問:
- ASEANにおけるメディカル事業の概要と、参入背景は。
- 答え:
- 当社はメディカル事業、航空宇宙事業、インダストリアル事業を展開している。メディカル事業では、タイに1拠点、ベトナムに2拠点の生産拠点を有しており、血液回路(注1)をはじめとする透析関連製品を生産している。各拠点で製造した製品は、欧州、中東、アフリカなど、日本を含む世界各地へ供給している。ASEAN諸国では主に現地の販売代理店を通じて製品を展開している。
- 当社は、創業以来、産業用の特殊ポンプを手掛けてきた。血液透析装置にも、血液や透析液を適切に循環させる技術が必要となるため、ポンプ事業で培った技術を生かして透析関連事業へ参入した。血液透析装置は当初、輸入販売していたが、需要の拡大に伴い、自社生産へ切り替えた。
- ASEANで最初のメディカル事業の製造拠点はタイだ。1994年の進出当時、外国企業による単独出資による進出が認められていなかったため、現地企業との合弁で事業を立ち上げた。その後、グローバルな透析需要の拡大に対応するため、ベトナム・ホーチミン市の工場を取得した。2022年には同国クアンガイ省に3つ目となる工場を設立した。
- 質問:
- 日本を含む各生産拠点とは、どのように役割を分担しているのか。
- 答え:
- 製品の特性に応じて生産拠点で役割を分担している。日本では、石川県で透析装置本体などを生産している。一方、血液回路は比較的人手を要する工程が多く、安定した生産体制の構築が必要であるため、タイ、ベトナム南部のホーチミン、同国中部のクアンガイ省(注2)の3拠点を主要な生産基盤としている。中国では、現地法人との合弁企業にて透析装置本体を生産しているほか、同合弁先にて中国市場向けの血液回路を製造している。
- ASEANの3拠点では、製品に応じて生産機能を分担しながら、各拠点の生産能力や稼働状況を踏まえて生産のバランスを取っている。
- 質問:
- ベトナムでクアンガイ省に第2工場を設置した背景は。
- 答え:
- クアンガイ工場は、ベトナム国内では2拠点目、ASEAN全体では3拠点目にあたる。生産量が増加する中、ホーチミン工場では拡張余地が限られ、人材確保や人件費上昇への対応も課題となった。このため、将来の生産能力拡大を見据え、3番目の血液回路生産拠点としてクアンガイ省に工場を設置し、2022年に稼働を開始した。
- 立地選定では、人件費だけでなく、物流、人材、インフラ、周辺からの調達可能性を総合的に検討した。血液回路は日本をはじめとする各市場へ継続的に供給する必要があるため、輸出物流へのアクセスも立地選定における重要な要素であり、港に近く、物流効率を高めやすいことも重要だった。また、将来の需要拡大に対応できるよう、工場の増設を見据えた用地も確保した。
-

クアンガイ工場外観(同社提供)
複数拠点への増産投資で供給体制を強化
- 質問:
- タイとベトナムでの増産投資は、サプライチェーンの強靱(きょうじん)化にどのように作用したか。
- 答え:
- 当社は、ジェトロの海外サプライチェーン多元化等支援事業(注3)を活用し、両拠点で、透析用血液回路の増産に向けた設備投資を行った。投資を計画した時点では、新型コロナウイルスの感染拡大は想定していなかった。その後、コロナ禍でベトナム工場の操業に影響が生じた際には、タイ拠点の生産余力を活用し、一部の生産を振り替えることができた。
- 透析治療は患者の生命維持に欠かせない医療行為であり、関連製品の供給を途絶えさせることはできない。増産投資によって供給能力を高めただけでなく、複数拠点で相互補完を図るための体制強化に意義があったと考えている。
- 質問:
- 原材料や生産設備の調達状況と課題は。
- 答え:
- 血液回路に使用する原材料は、日本、ASEAN、一部の欧州から調達している。主要原材料であるPVC(ポリ塩化ビニル)はベトナムでも調達している。医療機器には性能上の要求に加え、安定品質、安定供給が求められるため、使用する原材料の選定については、供給量や価格だけではなく、医療用途に適した品質を確保できるか、安定した供給を受けられるかを重視している。国際情勢の変化に伴い原材料市場が変動した局面でも、既存サプライヤーとの長年の信頼関係に加え、透析医療を支える製品の安定供給の重要性をご理解いただくことで、必要な原材料を継続的に確保している。
- 一方、生産設備は日本からも多く輸入しており、現地調達は製造工程を補助する治具(注4)などが中心だ。現地企業からの調達には価格が比較的安く、リードタイムが短いという利点があるが、品質に対する信頼性の確保やアフターサポートが課題となる。
- また、重要設備の選定や調整を日本で行っているため、現地で対応するには日本から技術者を派遣する必要がある。現地調達を拡大するには、サプライヤー側の品質向上だけでなく、当社側も現地で技術評価や設備対応を行える体制を整える必要がある。
標準化と高付加価値化でコスト上昇・競争に対応
- 質問:
- 国際情勢や原材料価格の上昇による影響は。
- 答え:
- 血液回路については、中国から調達する原材料が多くはないため、米中関係による調達面への直接的な影響は、現時点では限定的だ。また、タイやベトナムの両方に生産拠点を置いていることも、特定国への集中リスクを避ける上で一定の意味がある。ASEAN各国が特定の陣営に偏らない中立的な立場を取っていることも、地政学的なリスクを軽減する要因になっている。一方、中東情勢による原材料価格の上昇は大きな課題となっている。ベトナムなどでは電気料金も上昇しているが、当社の事業にとっては、エネルギーコスト以上に原材料価格上昇の影響が大きい。
- 日本では診療報酬制度(注5)があり、医療機関の収入も公的制度の影響を受けるため、日本向け製品については、コスト上昇分を全て販売価格に反映することは容易ではない。このため、医療機関ごとに異なる製品仕様を標準品へ切り替え、品種を集約することで、生産の合理化によるコスト低減、供給の安定化を進めている。
- 質問:
- 中国企業との競争が強まる中、どのような市場に注力し、差別化を図っているのか。
- 答え:
- 透析関連市場は高齢化や患者数の増加を背景に、今後も需要の拡大が見込まれる。米国や中国には、日本を上回る規模の透析患者がいるとされ、市場規模も大きい。透析が必要な患者数は日本と比較して米国が1.5倍、中国が3倍程度とされる。ただし、透析治療には費用がかかるため、患者数だけでなく、各国・地域の経済状況や医療保険制度、実際に治療を受けられる患者の規模などを踏まえて市場を検討する必要がある。
- 当社は技術力に加え、アフターサービスを含む製品力とサービス力を強みとしている。例えば、治療前の準備工程のうち、これまで人が行っていた作業を装置動作によって効率化する機能や、治療が安全に行われているかをモニタリングする技術などだ。価格だけで競争するのではなく、医療現場の業務効率化や安全性が評価される市場や顧客層で強みを生かしていく。
次世代人材の育成が課題
- 質問:
- タイ、ベトナム拠点における人材面の課題は何か。
- 答え:
- ベトナム、タイともに人材採用は比較的順調だ。一方、進出から20年以上が経過した現在、重要な課題となっているのが次世代リーダーの育成だ。長年勤務するマネージャーが持つ技術やノウハウをどのように継承していくかが課題となっている。現在、タイ拠点は現地人材中心で運営しており、ベトナムでも現地人材中心の運営を進めている。人事評価制度や昇格制度の整備・運用を通じて、人材育成の仕組みを強化し、持続的な事業運営につなげていきたい。
調達・生産・物流のさらなる多元化へ
- 質問:
- 今後の展望は。
- 答え:
- 今後も医療機器の安定供給を最優先に、原材料レベルでの調達多元化を進めていく方針だ。近年は地政学リスクや国際情勢の変化により事業環境の不確実性が高まっていることから、生産拠点の分散だけでなく、調達、生産、物流の各段階で複数の選択肢を確保することが重要になっている。
- 現時点でASEAN域内に新たな生産拠点を設立する計画はないが、クアンガイ工場については、将来的な拡張を可能とする設計になっている。
- 患者の生命を支える製品を安定的に供給するため、コスト競争力だけでなく、供給の継続性を重視した生産・調達体制を構築していく。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 会社名 | 日機装株式会社 |
| 設立 | 1953年12月 |
| 所在地 | 東京都渋谷区恵比寿4丁目20番3号 |
| URL |
https://www.nikkiso.co.jp/ |
- 注1:
-
血液回路は、人工透析治療で患者の血液を体外へ送り、透析器を通して再び体内へ戻すために使用するチューブなどで構成される使い捨て医療機器。透析治療に不可欠な消耗品であり、高い品質管理が求められる。
- 注2:
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クアンガイ省はベトナム中部沿岸部に位置する。深水港を有するドゥンクワット経済区などを中心に製造業の集積が進んでいる。
- 注3:
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サプライチェーン多元化を⽬的とした設備導⼊や、設備導入のためのFS調査、実証事業等にかかる経費の一部を補助する事業(今後の公募予定はなし)。
- 注4:
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加工や組み立ての際、部品や工具の作業位置を指示・誘導するために用いる器具。
- 注5:
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医療機関が保険診療を行った際に、公的医療保険から支払われる医療サービスや医療機器などの報酬額を国が定める制度。診療報酬は原則として2年ごとに改定される。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部アジア大洋州課
籏 あかね(はた あかね) - 2026年、ジェトロ入構。アジア大洋州課でASEANおよびオセアニア関係の調査を担当。
- 執筆者紹介
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ジェトロ海外ビジネスサポートセンターグローバルサウス課
藤田 ゆり(ふじた ゆり) - 1995年、ジェトロ入構。大阪本部、ジェトロ・パリ事務所、海外調査部、機械環境産業部、ジェトロ・ニューヨーク事務所などを経て現職。





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