アフリカでのビジネス事例岩手から世界へ、南部美人に聞く海外展開
2025年5月9日
近年、日本産の酒類の輸出が増加している。日本の財務省貿易統計によると、2016年の酒類の輸出額は430億円だったものの、2024年には1,337億円と、8年間で3倍以上となっている。特に清酒(日本酒)は国内出荷が減少傾向にある中、海外での日本食ブームなどを背景に、増加傾向で推移している。2016年が159億円だったのに対し、2024年は435億円と2.7倍を記録している。国別に見ると、中国(117億円)が最多で、米国(114億円)が続く。香港、韓国、台湾を加えた上位5カ国・地域で全体の約80%を占めている。一方で、中東地域は6カ国(注1)で総額2億9,832万円、アフリカ地域は7カ国(注2)で総額3,308万円と、両地域は合わせても全体の1%にも満たない。
このような中、これまでに世界60カ国以上に展開し、生産量の35%が輸出向けという岩手県二戸市の南部美人は、中東やアフリカへの展開も積極的に進めており、既に幾つかの国で実績もある。中東やアフリカでのビジネスについて、同社の5代目蔵元の久慈浩介代表取締役社長に話を聞いた(取材日:2025年4月21日)。

(ジェトロ撮影)

輸出している(ジェトロ撮影)
- 質問:
- 企業概要と海外進出のきっかけは。
- 答え:
- 1902年に創業し、私が5代目の蔵元になる。岩手県二戸市に酒蔵があり、経営理念は「品質一筋」だ。
- 海外進出のきっかけは、南部美人に入社して間もない1997年に若い蔵元で集まって立ち上げた日本酒輸出協会だ。当時は東京への出荷を含めて、地酒ブームだったが、海外ではどのように販売すれば良いかわからなかった。海外では日本酒がどのようなものか知らない人が多かったため、まずは日本酒の文化や作り方の普及を目的にしていた。立ち上げ後間もなく、米国ニューヨークのジャパンソサエティーの担当者から、現地で日本酒に関するセミナーの依頼があり、数年後にセミナーが実現した。当時は日本酒について詳しい知見を持った人は限られており、蔵元自らがその役割を担うことが求められたため、現地で講演会と試飲会を行った。
- その後、5年~10年の間に米国の他の都市やドイツ、香港などでもセミナーを行うようになり、セミナーに参加するディストリビューターと徐々に取引が開始されていった。セミナーは現在も行っており、チケットは完売になることがほとんどだ。
- 質問:
- 海外事業における課題と解決策は。
- 答え:
- 日本から米国やブラジルなどに運ぶのには時間がかかり、ブラジルでは輸送開始から販売まで8カ月はかかってしまう。リーファーコンテナで運んでも、現地で販売する頃には、新鮮とは言えない状態となる。最近では、日本酒業界に瞬間冷凍の技術が普及しつつあり、既に30社以上が使用している。
- 例えば、フランス料理は最近、味付けが薄く、素材の味を生かしてフレッシュな食材を使うなど、変化してきているという。そうなると、日本酒が料理に合わせる飲み物として選択肢の1つになってくる。日本酒の競合は白ワインだ。瞬間冷凍の技術を使えば、白ワインにフレッシュさで勝負ができる。
- 質問:
- 中東やアフリカでの活動は。
- 答え:
- 中東へは、2006年にアラブ首長国連邦(UAE)のドバイに輸出したことがスタートだ。現地の日本食レストランの方が岩手県に縁があったことから、取引が始まった。現在ではUAEのアブダビやバーレーン、カタールにも当社の製品を販売しており、UAEのエミレーツ航空のビジネスクラスやファーストクラスの機内酒にも採用されている。UAEでは今後、試飲会なども行う予定でいる。
- 輸送については、例えば、ドバイでは政府系の酒類卸しは2社〔Maritime and Mercantile International (MMI)、African Eastern〕のみで、船のリーファーコンテナで輸送している。最近ではMMIが空港外でも免税店をスタートさせた。現地の日本人の方が日本酒の普及を行っており、今後、日本酒の拡大も見込んでいる。
- 仕掛り中の国も含めてアフリカで活動を現在進めているのは、ウガンダ(2019年8月28日付ビジネス短信参照)、ケニア、ナイジェリア、南アフリカ共和国、ガーナ、エジプトなどだ。これらの国の中では、ナイジェリアはアフリカの中でも輸入インフラが整っている印象がある。これからは「アフリカの時代」になると思っている。初めて海外進出をした30年前の米国よりも、日本食のレベルも高い。試飲会などで日本酒の味も「おいしい」と言ってもらえている。イベントを通して日本酒も浸透してきていると感じる。
- 質問:
- 中東やアフリカでの課題は。
- 答え:
- 例えば、ドバイ首長国では酒税が30%かかることだ(2024年12月9日付ビジネス短信参照)。販売先の現地の日本食レストランの数は増加しているものの、現地側とのコミュニケーションや在庫管理に課題がある。他の中東アフリカ諸国でも、関税が高いことが多い。
- アフリカでの課題は、冷蔵庫や電気、輸送など現地のインフラ、商流が整っていないことだ。日本酒は5度以下での保管が必要だが、難しい場合もある。また、例えば、ウガンダでは現地に卸売業者とディストリビューターがおらず、その役割をレストランの人が担っているが、彼らは日本からの仕入れの実績がない。ケニアでもレストランの人が空輸で直接輸入しているのが現実だ。レストランの人が自身で輸入するしかない状況では、税金の負担が重く、販売先が限られてしまう。販売当初は当社から協力費を提供することもあるが、その場合は当社の利益は出ない。南アに関しては、直接輸入をするレストラン同士が協力的でないという面もある。日本酒の輸入インフラの整備や輸出業者と輸入業者のマッチングが必要と感じる。
- 第9回アフリカ開発会議(TICAD9)では、日本酒業界の現地の卸売業者やディストリビューターが支援される取り組みも、ぜひしてほしい。さらに、日本人の中で「アフリカはビジネスになる」という意識が低いことも課題だと思う。
- 質問:
- 今後求める支援は。
- 答え:
- 現在の日本政府・公共機関の海外展開支援は「0(輸出をしていない)を1にする(輸出を始める)」支援がほとんどだ。そのような支援だけではなく、「1を10や100、そして1万にする支援」もしてほしい。そのような総合的支援の効果も大きいと感じる。
- また、中国や米国など日本酒の輸出上位国に、ビザを持つ日本語を話せる人が常駐し、営業代行をするような国の営業所をおいてほしい。われわれでは海外に支店を作ることは難しく、出張ベースでは移動費などで費用もかかる。幾つかの酒蔵で共同でお金を出し合うことは可能で、そうすれば、そこを拠点に勉強会やイベントなどもできる。さらに、関税への対応もぜひしてほしい。
- 質問:
- 海外での成功の秘訣(ひけつ)は。
- 答え:
- 早めにやることと、日本のモノや自分たちの商品に自信を持つことだ。日本酒には可能性があるものの、自信を持てていない人が多いように感じる。もっと日本のモノに、日本酒に自信を持つべきだ。
- 海外にも積極的に出張しており、現地ではインスタグラムやX(旧Twitter)、フェイスブックなどのソーシャルネットワークサービス(SNS)を通して人脈形成を図っている。また、オンライン会議でも世界中の関係者と日々やり取りを行っている。
- 質問:
- 海外展開の今後の意気込みは。
- 答え:
- これまではアフリカは「開拓」という位置付けだった。しかし、関税などで減少が見込まれる米国への輸出量を取り返すため、アフリカへの進出は「時間をかける」のでなく、「急ぐ」必要が出てきた。南米での普及には10年かかったが、アフリカは5年を目安に考えている。今後どうなるか分からない状況の中で、ある程度はリスクも負いながら進めなければならないと思う。拠点としては、ケニア、ナイジェリア、南アといった、経済成長をしており、輸入インフラも整いつつある国を拠点にしたいと考えている。既にナイジェリアやウガンダには進出しており、ケニアや南ア、ガーナも動き始めている。
- また、日本酒業界や岩手県でも、海外展開に前向きな後輩を育ていきたい。
- 質問:
- 岩手県に関する取り組みは。
- 答え:
- 地理的表示(G1)保護制度を取得したことで、輸出拡大の傾向にある。岩手県知事も岩手の日本酒に期待を寄せている。岩手県はインバウンドにも力を入れており、日本酒の普及に努めている。また、当社では、ビーガンやコーシャ(ユダヤ教の食事規制)を含めた認証を取得し、世界中の誰もが当たり前に安心して日本酒が飲める環境を整えている。
- さらに、当社は従来の酒蔵見学とは違う、世界で唯一の酒蔵見学を提供すべく、酒蔵見学を楽しんでもらえる仕掛けを幾つもしている。例えば、見学時の服装はシンプルな白色の帽子の代わりに、当社オリジナルのカラフルな手拭いを、白衣の上からは当社の法被を着用してもらう。ほかにも、酒蔵で「映える」写真を撮ってもらえるように、蔵内にカメラを設置している。撮影した写真をデータとして渡すだけでなく、日本酒のボトルに貼り付けることもできる。このように、インスタグラムなどで写真を共有してもらえるような体験を提供している。
- 岩手県出身の宮沢賢治が残した「世界ぜんたいが幸福にならないうちは、個人の幸福はあり得ない」との言葉にならって、輸出やインバウンドで岩手と日本、世界の幸せのために取り組んで行きたい。

マークのついた南部美人の商品
(ジェトロ撮影)

(同社提供)
- 注1:
- HSコード:2206.00-200 アラブ首長国連邦(UAE、1億6,364万円)、イスラエル(7,432万円)、トルコ(4,812万円)、レバノン(942万円)、カタール(178万円)、ヨルダン(105万円)
- 注2:
- HSコード:2206.00-200 南アフリカ共和国(2,269万円)、ナイジェリア(454万円)、ケニア(195万円)、セーシェル(178万円)、モーリシャス(153万円)、ウガンダ(33万円)、マダガスカル(26万円)
- 変更履歴
- 文章中に誤りがありましたので、次のように訂正いたしました。(2025年5月28日)
- 第15段落
-
(誤)例えば、UAEでは酒税が30%かかることだ
(正)例えば、ドバイ首長国では酒税が30%かかることだ

- 執筆者紹介
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ジェトロ岩手所長
米倉 大輔(よねくら だいすけ) - 2000年、ジェトロ入構。貿易開発部、経済分析部、ジェトロ盛岡、ジェトロ・リヤド事務所(サウジアラビア)、海外調査部中東アフリカ課、海外展開支援部などを経て、2023年11月から現職。

- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部中東アフリカ課 課長代理
井澤 壌士(いざわ じょうじ) - 2010年、ジェトロ入構。農林水産・食品部農林水産企画課、ジェトロ北海道、ジェトロ・カイロ事務所を経て、現職。中東・アフリカ地域の調査・情報提供を担当。

- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部中東アフリカ課
加藤 皓人(かとう あきと) - 2024年2月、都市銀行から経験者採用で入構し、現職。