アフリカでのビジネス事例小規模農家の未来を支えるアグリ・フィンテック(ケニア)

2025年8月13日

ケニアでは、メイズ、茶、コーヒー、サトウキビ、花卉(かき)などが主要な農作物であり、農業はGDPの約20%を占める重要な産業である。その総農業生産の8割を担い、産業を支えるのは小規模農家だ。気候変動、農業技術の不足、インフラの未整備など目に見える課題も多いが、小規模農家は支払いの遅延など表面化しにくい深刻な課題にも直面している。農業セクターは総雇用の40%以上、農村部の雇用の70%以上を占めており、農家の経済的安定は国全体にとって重要だ。アグリ・フィンテックのスタートアップ企業ブナペイ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(Vunapay)は農業協同組合のデジタル化と即時支払いの提供を通じて、こうした課題の解決、小規模農家の経済的安定のための支援に取り組んでいる。同社の最高経営責任者(CEO)のガトウィリ・ンジョグ(Gatwiri Njogu)氏に、農業の実態やビジネスモデルなどについて、インタビューを行った(2025年4月10日取材)。

質問:
会社概要は。
答え:
当社は2023年に創業した「アグリ・フィンテック」のスタートアップで、農業協同組合のデジタル化(管理ツール)と即時支払いのプラットフォームの提供を行っている。現在、ケニアで事業を展開しており、95の協同組合と連携している。コーヒーのバリューチェーンに関しても、全国コーヒー協同組合連合(NACCU)と契約しており200以上の協同組合へのアクセスが可能だ。全国展開に向けて拡大中で、現在は約8万人の農家にサービスを提供している。当社のビジョンは、協同組合をデジタル化し、さまざまな供給業者と農家をつなぐことで、農家の力を高めることだ。

CEOのガトウィリ・ンジョグ氏(ブナペイ提供)
質問:
創業の経緯は。
答え:
私自身はテックイノベーションと営業のバックグラウンドを持っている。ケニアの通信大手サファリコムで、ソーシャル・イノベーション部門の立ち上げを担当し、農業、医療、教育など、さまざまな分野で社会的インパクトと市場競争力を兼ね備えた商品の開発に携わっていた。その後、IT大手オラクルに移りアフリカ全域のビジネス開発、各国市場展開を担当した。この経験から、ケニアでの課題解決と同様のアプローチが他のアフリカ諸国にも応用可能であるという手応えを得ることができ、独立して事業を立ち上げたいという思いが強まった。農業を選んだのは、私自身が小規模農家で育ったからだ。周囲には家族をはじめ、農業に従事する人が多く、彼らがどれだけ努力しても収入に結びつかない現実を見てきた。だからこそ、これまでの経験を生かして、彼らの課題を解決したいと思った。その後参加した起業家プログラムで、同じように農家支援に強い情熱を持つ松野公哉氏に出会った。私とは違う金融のバックグラウンドを持っている彼との出会いから、小規模農家を支援する「アグリ・フィンテック」という形が自然に生まれた。

同社のチーム(同社提供)
質問:
ケニアの農業の課題は。
答え:
まず、大きな課題の1つは、支払いの遅延だ。国連の調査によると、アフリカのGDPの最大30%が農業によって構成されているが、その生産の約7~8割を担う小規模農家は、1日1~2米ドルで生活しているという現実がある。小規模農家が農産物を農業協同組合に持ち込んでから、支払いが3カ月、6カ月、場合によっては1年以上遅れることもある。こうした状況で農家は、納品後に高利なローンを利用してなんとか運転資金をつなぐか、できる限り早く支払いを受けるために協同組合を通さず仲買人に直接安価で売ってしまうことが多い。仲買人に売ると支払いの最大80%を取られてしまい、農家には20%しか入らない。このような構造が、小規模農家の貧困を固定化させている。もう1つの課題は、収穫後の損失(ポストハーベストロス)だ。冷蔵設備や適切な保管施設が不足しているため、収穫された作物の60%またはそれ以上が市場に届く前に廃棄されていると言われている。また、市場アクセスの欠如も深刻だ。小規模農家は生産量が少なく、販路も限られている。近隣の農家はだいたい同じ作物を育てていて、地元の市場に持っていくと、皆が同じものを売っているため、供給過多になってしまう。一方で、ケニアの他の地域では、逆にその作物が不足していることもある。こうした地域間のマッチングができれば、大きな改善につながるはずだ。さらに、ケニアの農業は「雨頼み」であることも問題だ。灌漑設備が整っていないため、雨が降らない年には農業が成り立たず、国全体が困難に直面する。耕作可能な土地はたくさんあるのに、雨が降らないと台なしになってしまうのが課題だ。
質問:
ビジネスモデルは。
答え:
通常、農家は収穫を終えると、作物を農業協同組合に持ち込んで収入を得るが、計量器で計って紙で記録して計算して、という従来のやり方では、支払いまでに相当な時間がかかっていた。当社のツールでそれらをすべてデジタル化することで、計量後すぐに計算し、納品内容をSMS通知、各農家データも個別に把握できるようになった。即時支払いの場合はその場でモバイルマネーとして携帯電話を使って引き出すことができ、手数料など了承したうえで支払いを受け取る。シーズン終了時に協同組合が農家に支払う際も、デジタル管理されたデータをもとに「ワンクリック支払い」で全農家に一括送金できる。こうした先払いシステムは、金融機関と連携することで実現した。金融機関への返済が完了した時点で、当社がその手数料を得る仕組みだ。
質問:
どのような機関と連携しているか。
答え:
大手銀行1行と政府系ファンドと提携している。低所得な農家の負担が大きくならないよう、市場価格またはそれ以下の金利で提供できるような金融機関を慎重に選んでいる。他の銀行からも多くの関心を得ているが、多くの金融機関と連携するには開発工数がかかるため、今のところはスタートアップとしてそこに時間をかけすぎず、1行に集中すべきと考えている。ただし、将来的には今確保している小規模ローン枠を拡大し、自社でより多くのローン枠を管理できる体制を整えたいと考えている。

コーヒー農家の豆選別風景(同社提供)

農業協同組合(同社提供)
質問:
これまでどんな課題に直面したか。
答え:
最初の課題は、政府との連携だ。私たちが小規模農家の問題を特定し事業を始めたころ、政府も同じ問題を認識していて、政策変更によって解決しようとしていることが分かった。これは私たちにとって、挑戦と同時にチャンスだった。ただし、政府関連の取り組みには多くの政治的な側面があり、私たちは「どうすれば政治をうまく乗り越えながら、農家のニーズに応えられるか」を模索するのに多くの時間を費やした。この課題を乗り越え、現在は協同組合・中小企業開発省や政府系ファンドとの連携が実現し、ともに事業を進めている。もう1つの課題は、現在も直面しているが、「バリューチェーンの選定」だ。ケニアのバリューチェーンはまだ伝統的な構造が残っており、仲介業者が複雑に絡んでいる。現在、協同組合を通じて販売されているのは、酪農、メイズ、コーヒー、紅茶、コメなどの換金作物が中心だが、私たちはその中でも特に市場が明確なコーヒー、酪農、メイズの3つのバリューチェーンに絞って取り組んでいる。ただ、小規模農家は通常、年間通して様々な作物を組み合わせて農業を営んでいるため、将来的にはこれらのバリューチェーンに限らず、小規模農家を「一人の生活者」として総合的に支援できるよう、幅を広げていきたいと考えている。今後はサトウキビやコメ、アボカドにも展開していく予定だ。

政府系コモディティーズ・ファンド(ComFund)との覚書締結の様子。
ファンドCEO兼マネージングトラスティーのナンシー・チェルイヨット氏(前列右)、
ブナペイCEOのンジョグ氏(前列中央)、共同創業者でCOOの松野公哉氏(前列左)(同社提供)
質問:
夢や将来のビジョン、日本企業との連携可能性について。
答え:
私たちは農家を「主役の座」に戻したいと考えている。現在、小規模農家は多くの人に利用されている立場にあり、自分たちで意思決定できていない。私の夢は、彼らが自分で意思決定できるようになる未来だ。当社を、小規模農家が世界とつながるためのプラットフォームにしたいと考えている。最近では、国内最大級の保険会社とも覚書を締結した。
日本企業との連携については、小規模農家の支援における金融機関などとの提携や、当社のネットワークを活用した、日本企業が現地市場へ参入するためのパートナーシップも考えられるだろう。また、日本は世界第3位のコーヒー消費国であることから、ダイレクトトレードの可能性も模索しており、日本市場へのアクセスや流通に強みを持つパートナーとの連携も視野に入れている。最終的には、土壌検査などの農地管理から市場での販売に至るまで、農家が自ら交渉し、選択できるような包括的な「プラットフォーム」サービスの構築を目指しており、その実現に向けては、分野を問わず多様な機関との連携が不可欠であると考えている。
執筆者紹介
ジェトロ・ナイロビ事務所
松野 はるな(まつの はるな)
2020年、ジェトロ入構。ビジネス展開人材支援部ビジネス展開支援課、新興国ビジネス開発課、ジェトロ愛媛を経て、2024年8月から現職。

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