アフリカでのビジネス事例政治と経済・産業を展望
ニューフロンティア、モーリタニア(2)
2025年9月25日
モーリタニアの現状を紹介する連載「ニューフロンティア、モーリタニア」第2弾は、同国の現況とポテンシャルを測る。ジェトロは、フランス国際関係研究所(IFRI)アフリカ・サブサハラ地域主任で、モーリタニアを含むサヘル地域(注1)研究の第一人者、アラン・アンティル氏へのインタビュー(取材日:2025年4月24日)と、モーリタニア進出日系企業へのインタビュー(取材日:2025年4月14日)を実施した。同国の政治的側面、地政学的側面、経済的側面、特に注目の再生可能エネルギー・グリーン水素の現状を紹介し、日本企業のビジネスチャンスの所在を探る。
国内政治が安定する一方、移民問題が発生
モハメド・ウルド・シェイク・エル・ガズアニ大統領は、2019年に初当選。2024年6月29日、野党候補に大差をつけて再選した。現在2期目を務めている(2024年7月10日付ビジネス短信参照)。
IFRIのアンティル氏は「汚職対策や若者対策、雇用創出などに重点を置く方針の下、全ての政治勢力に対話の再開を呼びかけるなど、国内の政治的な安定維持に努め、一定の成功を収めている。2026年以降の第2期後半に入ると、後継者問題で政治的な動きが予想できる」とした。同大統領は元軍人で、国軍参謀総長や国防相を歴任。その結果、軍を掌握できた。その結果、対テロ対策特殊部隊を配するなど、治安対策が功を奏したかたちだ。事実、サヘル地域で唯一、2011年以来テロが発生していないという。
対照的に隣国マリでは不安定な政治・治安情勢が続き、モーリタニアへの難民流入が継続的に増加している。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、2025年末までにモーリタニアへの難民流入は特に国境に近い難民キャンプのあるホド・シャルグイ地域を中心に約31万8,000人に達すると予想する。アンティル氏は「当初うまくいっていた共存体制が難民キャンプの収容能力不足と、難民が自らの財産である家畜を伴ってキャンプ周辺に居を構え出した。このことで、この地域の住民への圧力が増し、関係が悪化している」と説明。国内の治安を維持する上で、懸念材料になっている。
積極的全方位外交で地域の均衡の要に
モーリタニアは2014年、サヘル地域の平和と安定を目的とし、サヘルG5(モーリタニア、マリ、ブルキナファソ、ニジェール、チャド)の設立を主導した。 マリ、ブルキナファソ、ニジェールの脱退後も、地域の問題解決に積極的に取り組む姿勢を表明している。
2024年はアフリカ連合(AU)の議長国として、ガズアニ大統領はアフリカ域内だけでなく、域外でも積極的に外交を展開した。2025年5月にはアフリカ開発銀行の第9期総裁にモーリタニア籍のシディ・ウルド・タハ氏が当選した。なおタハ氏は、「アフリカ経済開発のためのアラブ銀行(BADEA)」の前総裁だ。
こうしたことからメディアは、アフリカとアラブ諸国の接点を構築するポテンシャルを持つモーリタニアへの期待が大きいと分析している(2025年6月9日付ビジネス短信参照)。アンティル氏は「モーリタニア外交は地域の均衡に非常に重要な役割を担っている。特に関係が悪化するアルジェリアとモロッコの間の仲介役として、両国と友好関係を構築している」と述べる。
経済構造の多様化が課題
モーリタニアは、人口(2025年4月)463万人、名目GDP(2024年)107億ドル。経済規模は小さいものの、1人当たりのGDP(2024年)が2,362ドルで、アフリカ・サブサハラ(サハラ砂漠以南の地域)諸国の平均1,575ドルを上回っている。厳しい世界情勢下にもかかわらず、IMFの経済成長見通しでは、2024年の4.6%から2025年は4.4%、2026年は3.7%、2027年は5.1%と良好だ(表1参照)。
表1:モーリタニアのマクロ経済指標
項目 | 数値 |
---|---|
人口(2025年4月) | 463万人 |
名目GDP(2024年) | 107億ドル |
1人当たりのGDP(2024年) | 2,362ドル |
項目 | 2024年 | 2025年予測 |
---|---|---|
実質GDP成長率 | 4.6% | 4.4% |
年平均インフレ率 | 2.3% | 3.5% |
公的債務(対GDP%) | 44.9% | 45.7% |
対外経常収支(対GDP%) | △5.8% | △5.1% |
出所:IMFを基にジェトロ作成
基幹産業は鉱業だ。2024年は特に、金(輸出額に占める構成比39.5%)、鉄鉱石(同28.3%)が経済を支えた。また、世界で原子力発電に改めて注目が集まる中、オーストラリアのオーラ・エナジーが進めるウラン採掘プロジェクト「ティリス」で、生産開始が近いという発表もあった。ティリス鉱脈には今後25年間で、ウラン酸化物(U₃O₈)の年間生産能力を最大200万ポンド(注2)有すると予想がある。
一方で、鉱業と漁業で輸出収入の約98%以上を占める経済構造こそがモーリタニアの課題だ。目下、その多様化を目指している。
そうした中、2024年末、グラン・トルチュー・アハメイム(GTA)海底ガス田(セネガルとモーリタニアをまたぐ海域/2025年3月19日付ビジネス短信参照)が完全操業。液化天然ガス(LNG)生産を開始した。これが、同国にとって多様化の第一歩と言える。第1フェーズのLNG年間生産量約245万トンは、大半を輸出に回し、経済的な効果に期待がかかる。
また、ビール・アラー海底ガス田(モーリタニア海域)は、推定埋蔵量がGTAの3倍以上の50兆立方フィート(Tcf)に上る。またLGN年間生産量では、約1,000万トンを見込む。この件では2022年、BP(英国の石油大手)とコスモス・エナジー(米国)と契約を締結していた。その契約満了に伴い、政府は新たなパートナー企業を選定中。GTAを超える経済効果を期待している。
外国投資促進に向けて法整備
国外からモーリタニアへの投資(フロー)は近年、2019年を除いて増加基調にある。2024年はアフリカ諸国で14番目の投資先になり、15億3,000万ドルを記録した(図参照)。

出所:世界銀行からジェトロ作成
外国投資の重要性から、政府は近年、法整備を積極的に進めている。2025年2月、2012年に制定していた投資法を改正。投資環境の改善を打ち出している。資本・利益の自由な送金が可能なことや、管理職ポストの外国人雇用、社会保障や税制面での優遇などを明記した。一方で、現地人材の育成義務(技能移転)を導入する。
項目 | 2012年投資法 | 2025年投資法 |
---|---|---|
外国人労働者の雇用 | 雇用は可能ながら、詳細な条件少ない。 | 雇用条件や優遇措置(税制・社会保障)を明確に規定(第12条)。 |
技能移転の義務 | 明記していない | 外国人投資家に、現地労働者の育成を義務付け。 |
外国人労働者の所得税の課税対象額の上限 | 総給与の20%に制限。給与税免除あり。 | 総給与の40%に制限。課税対象額を高めた。 |
関税・社会保険料の優遇 | 国家社会保障基金への社会保険料免除の可能性あり。 | 同様に、関税優遇と社会保険料免除の可能性を維持。 |
出所:2012年投資法と2025年投資法を基にジェトロ作成
外資系企業との共同開発・運営を前提に、法制度整備も進んだ。まず、2024年10月に官民連携法(PPP法)を改訂。2025年2月には新投資法を制定している。その結果、(1)透明性と迅速性の向上、(2)土地制度の改正(最長30年の土地賃貸借契約を容認し、土地利用を柔軟性する)、(3)インフラ・エネルギー分野での優遇措置〔付加価値税(VAT)の減免など)〕導入、などが実現した。また、「地元住民の雇用創出や職業訓練施設との連携をPPP契約の条件に含む」としたことも注目される。
2024年9月には、アフリカ初の「グリーン水素法」を国会が可決した。同法は、グリーン水素分野への投資促進の法的・規則的枠組みを整備することを目的にする。企業の権利と義務を定義し、管理・調整のための専門機関として「モーリタニア・グリーン水素庁(AMHV)」を創設。外国投資を誘致するために、付加価値税免除やその他の税制優遇措置などを組み込んでいる。
グリーン水素への期待と現実
多くの欧州諸国の政府は、排出削減が困難なセクターの脱炭素化のため、アフリカ産の安価なグリーン水素に大きな期待を寄せている。モーリタニアはその中でも最も安価な生産コストで注目され、近年、欧州企業を中心に多数のプロジェクトが立ち上がっている(表3参照)。
プロジェクト名・所在地 | 実施体 | プロジェクト内容 | 進捗状況 |
---|---|---|---|
「AMAN」 ヌアディブ、インシリ州 |
オーストラリア CWPグローバル |
2021年5月に政府と契約締結。太陽光発電プラント〔30ギガワット(GW〕を建設、年間170万トンのグリーン水素、同1,000万トンのグリーンアンモニアの生産を目標にする。プロジェクトとして最大(400億ドル規模)。 | 2030年までの操業開始を目指す(主要地質調査が完了し、現在資源評価第2フェーズ段階)。 |
「NOUR」 大西洋沖合・砂漠地帯 |
英国 チャリオット(Chariot) |
2021年9月に政府と契約締結。太陽光・風力発電プラント(10GW)の建設。2030年までに年間120万トンのグリーン水素生産を目標。 | F/Sが完了。現在、概念実証プロジェクト段階。 |
「メガトン・ムーン・プロジェクト」 ヌアクショット |
デンマーク GreenGo Energy |
太陽光、風力、蓄電池、Power-to-Xを開発する総合プロジェクト。第1フェーズは2031年末の完成を予定、500メガワット(MW)の電気分解、600MWの陸上風力発電、600メガワットピーク(MWp)の太陽光発電を導入し、年間約33万9,000トンのグリーンアンモニアを生産予定。 | 2025年2月にグリーン水素プロジェクト開発のライセンスを付与する最終譲許契約を締結。プロジェクト用地は11万3,000ヘクタール(2025年6月3日地域・分析レポート参照)。現在、パートナー企業選びの段階。 |
出所:各種報道を基にジェトロ作成
「ネイチャー・エナジー(Nature Energy)」誌は2025年6月、「欧州に輸入されるアフリカのグリーン水素のコスト競争力のマッピング」と題した研究を掲載した。その中で、「モーリタニアはグリーン水素を生産する上で、世界で最も競争力のある国の1つ」と言及。(1) 2030年には生産コストが水素1キロ当たりで最安3.2ユーロになる、と予測した。同時に、(2)欧州側からの政治的・財政的支援がない場合、生産コストが4.9ユーロまで増加して競争力が低下する、(3) 2030年までに輸出を実現するのは困難、と結論付けた。
実際、既述のCWPグローバルは2025年6月、「AMAN」プロジェクトの一時停止を発表した。この件に関して同社を創設したマーク・W・クランドル氏は6月6日、声明で「モーリタニアからの撤退は全く考えていない」と明言した。しかしあわせて、「政府と連携し、国内での活動を続けている。一方で、発展のペースを世界市場のペースに合わせる。これは、脱炭素化の軌道に関する世界的な不確実性、規制枠組みと一貫したインセンティブメカニズムの欠如に起因するものだ」と説明した。
さらに、ネイチャー・エナジーの研究では、構造的な不均衡も問題視している。同プロジェクトの必要経費は、モーリタニアのGDPの4倍に相当する。理想的な天然資源があるとは言え、「国の金融機関には手に負えない金融リスクの集中に国をさらしている」と指摘した。
完全民営化による発電モデルへの移行加速
モーリタニアの石油・エネルギー相、モハメド・ウルドモハメド・マラニン・ウルド・ハレド氏は、「アフリカ・エネルギー投資フォーラム2025」(2025年5月13~14日、フランス・パリで開催)に登壇。「モーリタニアでは、新規発電プロジェクトを全て民営化する。国営企業は今後、発電事業に関与しない」と発言した。完全民営化による発電モデルへの移行を加速すると強調したかたちだ。
その皮切りに、2024年末に生産を開始したGTA海底ガス田・プロジェクトに関連する新規独立系発電所(IPP)の入札を近く開始する予定と発表した。さらに、現在IPPとして開発中の2つのプロジェクトは、国産ガスを燃料とし、今後数年間で合計550メガワット(MW)の発電量を国の電力網に供給する予定と付け加えた。
電力部門の改革は、(1)豊富なガスと再エネ資源を活用した工業化の推進、(2)国民による電力へのアクセス拡大、(3)包括的な成長の推進を目的にしている。また、基幹産業の鉄鉱石・金採掘部門でも、再エネ開発による電力生産の例が見られる。
プロジェクト名・所在地 | 実施体 | プロジェクト内容 | 進捗状況 |
---|---|---|---|
タシアスト金鉱山 |
カナダ KINROSS |
金鉱山開発に必要な電力の20%を賄う太陽光発電プラント。 | 2023年末完成分は34MW。8万8,000枚のパネル導入。 |
社会電力供給計画 |
モーリタニア SNIM(注) |
社会貢献の一環で、風力・太陽光発電により、鉄鉱石を開発する2都市に電力を供給。 | ヌアディブの風力発電(4.4MW)、ズエラートの太陽光発電(12MW)を建設 |
注:モーリタニア鉱業公社。主に鉄鉱石を開発する。なお、鉄鉱石は当地主要産業の1つ。
出所:各種報道やインタビューを基にジェトロ作成
日本企業に商機は
では、日本企業にはモーリタニアでのビジネスに参入余地があるのか。鉄鉱石開発に携わる日系企業は「コミュニケーションにはフランス語が必須だ。トップダウンが有効で、上層管理職との関係づくりが重要になる。日本のイメージは良好。モーリタニア側が長期安定的な関係を志向している」とコメントした。加えて、ポテンシャルと現状などに触れた。
- モーリタニアの経済的課題は産業の多様化で、外国投資家にとってチャンスと言える。
- セネガルとモーリタニア海域をまたぐプロジェクト「GTA」でLNGの生産が始まったことは、経済の多角化の重要な第一歩。LNG輸出開始を成功させたことは大きく評価すべきだ。
- 太陽光や風力など、再エネのポテンシャルは確実にある。しかし、民間の外資企業が事業に落とし込んで運用できるかは、事業実例がない中で未知数と言える。
- 政府は積極的に外国からの直接投資を呼び込もうと、2021年にモーリタニア投資促進庁(APIM)を設置した。この機関は非常にオープンだ。
8月20日にはモーリタニア政府系通信社AMIが、第9回アフリカ開発会議(TICAD9/8月20~22日、横浜市で開催)を機に豊田通商のプロジェクトについて報じた。同社はモーリタニア北部ヌアディブで、1日5万立方メートルの海水淡水化プラントを建設する覚書をモーリタニア政府と締結したという。また再エネ分野では、IPPによる開発促進、グリーン水素分野では法制定による政府の後押しもある。
こうしてみると、今後、(1)電解装置の製造技術、(2)水素の貯蔵・輸送インフラ、(3)安全管理技術、(4)海水淡水化技術などの分野で、日本企業が参入する余地が十分あると言えそうだ。
- 注1:
- アフリカ大陸のサハラ砂漠南縁部の地域
- 注2:
- 1ポンド(poundまたはlb)は、約 45キログラム。
ニューフロンティア、モーリタニア
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- 執筆者紹介
-
ジェトロ ・パリ事務所
渡辺レスパード智子(わたなべ・レスパード・ともこ) - ジェトロ・パリ事務所に2000年から勤務。アフリカデスク調査担当としてフランス及びフランス語圏アフリカ・マグレブ諸国に関する各種調査・情報発信を行う。