アフリカでのビジネス事例次世代経営者が語るイノベーションと日本への期待(エジプト)
2025年7月8日
エジプトでは製造業がGDPの11%を占め、主要産業の1つだ。豊富で安価な労働力や、湾岸諸国・欧州との自由貿易協定(FTA)や同市場との近接性といった利点を活かすことができる。そのため、韓国のサムスン電子やLGエレクトロニクス、中国のハイアールや美的集団 (Midea Group)、トルコのベコ(Beko)など、世界各国の家電メーカーが製造拠点を構える。
その中にあっても、エジプトでは日本ブランドの家電製品の認知度が高い。市場には東芝、シャープ、パナソニックなどの家電が出回っている。その多くは地場大手家電メーカー、エルアラビー・グループ(ELARABY Group、以下エルアラビー)のODM(注1)生産によるものだ。1964年、ファミリービジネスとして創業したエルアラビーは、東芝、セイコー、シャープなど数々の日本企業と提携し、高品質の家電製品をエジプトで生産してきた。2024年7月には、シャープと合弁での新工場設立を発表している(2024年8月2日付ビジネス短信参照)。
エルアラビーは近年、家電製造における現地生産比率の向上、国際展開の拡大、スタートアップなどとの連携によるオープンイノベーション(注2)など、様々な改革を進めている。今回、ジェトロはエルアラビーの企業戦略・ビジネス展開部門を率いる創業家3代目、オマル・エルアラビー氏に同社の進めるイノベーションについて話を聞いた(取材日:2025年6月4日)。

現地生産比率向上に向けた取り組み
現地生産比率向上は、エルアラビーにとって最優先事項の1つだ。現在、シーリングファンなど約40種類の製品で、95%の現地生産比率を達成している。冷蔵庫の場合は30~50%で、テレビなど一部の製品は冷蔵庫より低くなる。エルアラビーは、現地企業(製造、部品製造、原材料開発、サプライチェーンなど)への投資を通じてより高い現地生産比率を達成することを、目標にしている。
また、エルアラビーは台湾企業との合弁で冷蔵庫・エアコン向けのコンプレッサー製造工場の新設を進めている。この工場では年間3,000万台のコンプレッサーを製造し、主にエジプト国内での家電製造に用いる計画だ(一部は、トルコ、サウジアラビアなど近隣諸国に輸出予定)。また、エルアラビーの主力工場であるクエスナ工場(注3)にはプラスチック工場およびガラス工場が併設され、家電製品の製造現場に部品を供給している。
現地生産比率向上に重要なのは、「産業に投資する」ことだ。関連産業に従事する地場のプレイヤーを理解し、投資を通じて彼らの事業を拡大し、エルアラビーが求める品質での生産を可能とし、パートナーとしての協力関係を構築する。これにより、エルアラビー製品の現地生産比率を上げるとともに、国全体の経済にも貢献することができる。エルアラビーは「Win-Win」の関係を構築することを重視している。これは、日本企業との協業から学んだことだ。コミュニティーが当社の工場から恩恵を受けうる、工場を中心とした経済圏を作り出すことが重要だ。
現地化を進めるには、国外からの技術導入も不可欠だ。中小企業を含め、日本企業は、PCP(多孔性配位高分子)などの次世代多孔性材料や半導体など、エジプトではまだ作れないハイテク製品に関して、技術やノウハウを提供できる。日本など先進国から高品質製品の製造や品質管理と、そのための人材育成の手法を学ぶ必要がある。
一般的に外資企業は現地生産・輸出のみを行い、その利益は現地産業に還元されないことが多々あるが、日本企業は現地での人材育成の重要性をよく理解し、「Win-Win」の関係を築いてきた。東芝とエルアラビーの関係もそうだ。エルアラビーは2010~2012年にかけて、東芝の海外売り上げに貢献し、東芝はエルアラビーの人材育成に大いに寄与した。その後、当社は自社家電ブランド「トルネード(Tornado)」を立ち上げた。日本の技術とエジプトのデザインによるもので、日本企業との連携なくしてこの業績はなしえなかった。
海外企業との長期的パートナーシップと知識・教育の輸入が、非常に重要だ。
国際展開と人材育成の重要性
当社は現在、60カ国に製品を輸出している。2025年には、給湯器のアルゼンチンへの輸出が実現し、エルアラビーにとって初めての米州への展開となった。
海外拠点は以下の通り。国・地域ごとに違った戦略を採用し、現地代理店とのパートナーシップの下、現地ニーズに即した市場開拓を行っている。
- エジプト(エルアラビー・グループ本社):中東・北アフリカ(MENA)地域を管轄。エジプト以外では、モロッコ、チュニジア、ヨルダン、シリア、パレスチナなどが主な市場。
- サウジアラビア:湾岸諸国を管轄。
- ケニア:ケニア、ウガンダなど、東アフリカ地域を管轄。
- ナイジェリア:フランス語圏を含め、西アフリカを管轄。ナイジェリアには、テレビの組み立て工場がある。
- 南アフリカ共和国(南ア):アフリカ南部を管轄。
- ドイツ:欧州を管轄。スペイン、イタリア、東欧、ロシアなどが主な市場。
- 中国、台湾、香港:主に部品の調達やアウトソーシングを行う。
- 日本:エルアラビーと東洋一通商の合弁会社。部品調達などの貿易の他、日本企業で経験を持つ技術者を迎え、ソフトウェア開発を行う。日本で設計した製品をエジプトで製造するスキームを実施。
当社はローカル企業から多国籍企業への転換を目指している。そのためには、国際ビジネスに対応できる人材の育成が重要だ。シャープをモデルに実践的な技術教育を進めている。「エルアラビー・テクニカル・スクール」を立ち上げ、拡大している。国際協力にも積極的で、南アの職業教育機関W&R SETAから学生を受け入れ、2週間に及ぶ技術研修やビジネス・起業に関する講義を実施した。また、エジプトの若者を日本に派遣してR&Dや市場調査などに関する教育を受ける仕組みを構築できないか、現在検討中だ。
オープンイノベーションにも積極的に取り組む
オープンイノベーション促進のため、エルアラビーでは次のイニシアチブを実施している。
1つがコーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)である「エルアラビー・ベンチャーズ」の立ち上げだ。企業の成長性、収益性に焦点を当てたグロース投資を実施し、特にアーリーステージのテック企業への出資を通じて外貨獲得を目指している。対象は、エジプト発企業に限定しない。
対象は、(1)雇用創出、(2)女性や障がい者の支援、(3)ヘルスケア、(4)環境保護・気候変動対策、(5)フィンテック、(6)教育といった、エルアラビーが考える社会的インパクトに資する事業を実施するスタートアップだ。これはエルアラビー創業者の信念である、コミュニティーや他者に対する利他精神を体現するものだ。
2つ目は、アクセラレーションプログラムだ。エルアラビー・ベンチャーズがグロース投資を実施するのに対し、こちらは戦略的投資に焦点を当てる。スタートアップへのアクセラレーションプログラムの提供と出資を通じて、その技術の活用によってエルアラビーが抱えるビジネス上の課題の解決を目指す。
例えば、イタリアのAI企業Quick Algorithmとの提携により、工場内の生産設備の不調を予測し、故障前に必要な修理点検を実施することができるようになった。また、エジプトのAI企業InfoTraff
の技術を活用し、工場内における従業員の安全衛生規則の順守状況をリアルタイムでモニタリングすることが可能になった。さらに、エジプトのフィンテック企業Cayesh
との提携により、個人商店での売り上げやキャッシュフローを銀行と当社がダッシュボード上で共有・管理できるようになった。
ジェトロが「第9回アフリカ開発会議(TICAD9)」で実施するJ-Twende(Japan-Africa Collaboration Hub)プログラムはこの取組みに近い。日本企業との新たな協業・連携に期待している。
3点目は、ベンチャービルダーだ。アイデアをどのようにビジネスに落とし込むかに焦点を当てた人材育成を行う。この取り組みの成果として、家電製品の価格がインフレで高騰しているという課題に対し、中古家電製品市場を創出したことがある。また、今後拡大が予測される電気自動車(EV)市場に関して、充電ステーションのメンテナンスを事業化するアイデアを支援している。
最後に、共創のためのエコシステムを構築することだ。エルアラビーでは現在新しい本社社屋を建設中だ。この中にコワーキングスペースを作り、起業トレーニングプログラム、メンターシップ、ワークショップを提供する。カナダで起業精神を学んだ際に、同じステージの起業家同士の交流が将来の事業組成に有益だと感じた。人材とアイデアへの投資の一環として本施設を位置付けている。本社社屋にこうした施設を設けることで、大企業とスタートアップの協業上の課題となるギャップを埋める役割を当社が果たすことを期待している。
日本への期待
エルアラビーはいつも日本を技術とイノベーションの源泉として尊重してきた。技術のみならず、利他精神、信頼関係の構築、チームワークなど、日本的な価値を我々は歴史を通して学んだ。日本は我々にインスピレーションを与えてきた。日本は世界で有数の経済大国であり、エジプトも日本との連携促進によりG20、G7といった世界の大国に名を連ねられるようになると信じている。
2025年8月開催のTICAD Business EXPO&Conferenceでは、日本が今何を目指しており、どこに向かっているのかをこの目で確かめてきたい。日本とのパートナーシップの拡大が、当社により大きな成功をもたらすと信じている。日本企業との今後の協業に大いに期待している。
- 注1:
- ODMは、Original Design Manufacturingの略。 OEM(Original Equipment Manufacturing)では生産者が商品製造工程の一部を担うが、ODMでは生産者が全プロセス(設計から製造まで)を担う。
- 注2:
- 組織内で創出したイノベーションを促進するため、意図的に組織外に展開すること。
- 注3:
- クエスナ(Quesna)は首都カイロから約60キロ北に位置する、ナイルデルタ地域の地名。創業家であるエルアラビー一族の発祥の地に近い。

- 執筆者紹介
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ジェトロ・カイロ事務所
塩川 裕子(しおかわ ゆうこ) - 2016年、ジェトロ入構。展示事業部、ジェトロ富山、企画部(中東担当)を経て2022年7月から現職。