多様化するアジア大洋州の消費者像-価値観、ライフスタイル、市場機会を読み解く-インドEコマース市場の拡大と消費者行動の変化
インド(5)

2026年10月22日

インドのEコマース(EC)市場は、スマートフォンやデジタル決済の普及に加え、広大な国土を背景に急速な成長を続けている。近年は、注文後10分程度で商品を届けるクイックコマース(QC)が急拡大しており、「安く買う」だけでなく「早く手に入れる」ことを重視する消費者が増えている。既にインドへ進出している日系企業へのヒアリングでは、QCが主要販売チャネルとなっている事例や、スマートフォン・家電などの高額商品の購入にも利用が広がっている実態が分かった。一方、複数サイズの同時購入後の返品や、複数サイトでの比較購入といった行動もみられ、一部事業者では高い返品率への対応が課題となっている。本稿では、こうしたEC市場の拡大やQCの台頭、それに伴う消費者行動や競争環境の変化について考察する(取材日:2026年7月13~17日)。

デジタル決済の浸透と広大な国土を背景に、拡大を続けるEC市場

米・大手戦略コンサルティング会社のベイン・アンド・カンパニーによると、インドのEC市場(流通総額ベース)は2025年に約650億~660億ドル規模となり、過去5年間で市場規模が2倍以上に拡大した。さらに、2030年には1,700億~1,800億ドル規模への拡大が予測されており、今後も高い成長が期待されている。

市場拡大の背景には、インターネット利用者数の増加や統合決済インターフェース(UPI)(注1)の普及が挙げられる。UPIは2016年に導入され、銀行口座とスマートフォンがあれば利用でき、QRコードや携帯電話番号を用いたリアルタイム決済・送金が可能だ。現在では銀行支店の少ない農村部にも広がり、デジタル決済の社会インフラとして定着している(2025年4月24日付地域・分析レポート参照)。実際、UPIの取引件数は2025年度(2025年4月~2026年3月)で約2,416億件に達しており、急速な普及がうかがえる(図参照)。露天商でもQRコードを掲示し、電子決済に対応しているという。

図:UPIの年間取引件数の推移(2016~2025年度)
2016年度から2025年度までのUPI年間取引件数の推移を示す棒グラフ。取引件数は2016年度の約0.02億件から2025年度には約2,416億件へ増加し、右肩上がりの成長が続いている。

出所:インド財務省公表資料を基にジェトロ作成

また、インドは国土が広大であり、所得水準や流通・販売網の地域差も大きいことから、実店舗のみで全国の消費者へ商品を届けることは容易ではない。そのため、決済インフラとしてのUPIの普及とECの発展が、都市部だけでなく地方都市や郊外における消費の拡大を後押ししてきた。

また、インドへ進出している日系企業へのヒアリングでは、「ECが拡大しやすいのは米国、中国、インドなど、国土の大きな国に共通する特徴」との指摘も聞かれた。スマートフォン1台で国内外の多様な商品へアクセスできる環境が整ったことで、消費者の購買行動は大きく変化している。広大な国土を有するインドでは、ECは都市部と地方都市を結ぶ流通インフラとしての役割も担っており、今後も消費市場の拡大を支える重要な基盤であり続けると考えられる。

注文後10分程度で商品を届けるQCの台頭

近年のインドEC市場で、特に存在感を高めているのがQCだ。QCとは、人口密集地域に配置されたEC専用の小規模倉庫(ダークストア)から商品を配送し、注文後10分程度で商品を届けるサービスを指す。ブリンキット(Blinkit)やゼプト(Zepto)などが市場を牽引しており、近年急速に利用が拡大している。従来のECが豊富な品ぞろえや価格競争力を強みとしてきたのに対し、QCは即時性や利便性を最大の強みとしている。

こうした成長の背景には、スマートフォンやデジタル決済の普及に加え、消費者の価値観の変化がある。現地ヒアリングでは、「欲しいと思ったものをすぐ手に入れたい」という需要が高まっており、数日間の配送を待つことに不満を感じる消費者が増えているとの声が聞かれた。あるインド企業からは、外出先のレストランでQCを通じて書籍を注文したところ、10分足らずで商品が届いた事例も紹介された。かつては「オンラインで購入できること」が利便性であったが、現在は「どれだけ早く届けられるか」が新たな競争力になりつつある。アジア地域の消費トレンドとしても、「コスパ・タイパ重視のスマート消費」が広がっており、インドでもその傾向は顕著だ(注2)。

また、インターネット上の口コミやレビューを参考に、短時間で購入を決定する消費者が増えているとの指摘があった。購入品目も野菜・果物や日用品などにとどまらず、今ではスマートフォンや家電などをQCで購入する人もいるという。こうした購買行動の変化を背景に、QCは企業の販売チャネルとしても存在感を高めている。ある日系B to C企業では、QCを含むオンライン販売が既に売り上げの3割超を占める最大の販売チャネルとなっている。配送スピードを武器に拡大を続けるQCは、インドの消費者行動そのものを変えつつあり、その存在感は今後さらに高まるものとみられる。


Blinkit(アプリ)の注文画面。食料品や日用品に加え、
家電なども購入できる〔出所:Blinkit(アプリ)〕

注文後10分程度で商品が届くQC〔出所:Blinkit(アプリ)〕

地方都市が支えるEC市場の成長

近年はTier2・Tier3と呼ばれる地方都市においても、オンラインショッピングの利用が拡大している。EC市場全体の成長は、都市部だけでなく、地方都市への普及拡大にも支えられており、今後の市場を占う上で、地方都市の動向も重要なポイントとなっている。

背景には、地方都市でもSNSや動画配信サービスを通じて、都市部と同様の商品情報やトレンドに接する機会が増えていることが挙げられる。また、アマゾンをはじめとするEC事業者が配送網を拡充しており、従来は購入が難しかった商品にもアクセスしやすくなっている。

所得水準や物流インフラには依然として地域差があるものの、中間層の拡大とデジタル化の進展を背景に、地方都市市場の重要性は今後さらに高まると考えられる。実際、ベイン・アンド・カンパニーによると、2025年のEC注文増加分の約半分は地方都市からの注文であった。地方都市はEC市場の成長を牽引する重要な市場となっており、ECはこうした地方都市の需要を取り込む上でも有効な販売チャネルとして機能している。

「どれだけ早く届けられるか」、返品大国インドの実態

EC拡大による利便性向上の一方で、多くの事業者が課題として挙げるのが返品対応だ。日系企業へのヒアリングによれば、インドのオンライン販売では返品率が20~40%に達するケースもあり、日本と比べて高い水準にあるという。

背景には、返品を前提とした消費者の購買行動がある。例えば、アパレルやシューズでは複数のサイズや色を同時に注文し、気に入ったものだけを残して、それ以外を返品するケースが見られる。また、複数のECサイトで同じ商品を注文し、先に届いた商品だけを購入するといった行動もみられる。このため、事業者にとっては商品価格や品質だけでなく、「どれだけ早く届けられるか」が売り上げを左右する重要な要素となっている。

さらに、返品対応には多くのコストと手間が発生する。ヒアリングでは、注文した商品とは異なる物が返送されるケースもあり、返品時に配送員がその場で中身を確認する運用を行っているとの声が聞かれた。また、返品率の高い利用者や地域を分析し、不正利用の抑制に取り組む企業もあるという。

消費者にとっては返品のしやすさがEC利用を後押しする要因となる一方、事業者にとっては物流や在庫管理、収益性に影響を与える課題にもなっている。市場の拡大が続く中、返品を前提とした物流・在庫管理体制の構築は、インドでEC事業を展開する上で重要なテーマの一つとなっている。

変化する消費者像、価格に加え利便性も重視

インド市場において、価格が重要な購買判断要素であることに変わりはない。今回ヒアリングした多くの企業からも、「インドの消費者は基本的に価格に敏感である」との声が聞かれた。実際、購入前に複数の商品や販売チャネルを比較する行動は一般的であり、値引きやセールも購買を後押しする重要な要素となっている。

一方で、所得向上や中間層の拡大、スマートフォンの普及を背景に、消費者像にも変化がみられる。現地ヒアリングでは、商品の口コミやレビューを確認した上で購入を決定する消費者が増えているほか、利便性やタイムパフォーマンスを重視する傾向が強まっているとの指摘があった。

特にQCの普及は、消費者が「時間」にも価値を見いだすようになっていることを示している。従来であれば、より価格の安い商品や配送サービスを選んでいた消費者も、現在では多少の価格差であれば短時間で商品が届く利便性を評価するようになっている。インド市場では価格重視の姿勢が依然として強い一方、価格だけでなく利便性も含めて商品やサービスを評価する消費者が増えつつある。もっとも、空調機器のように設置・アフターサービスが重視される商品や、健康飲料のように消費者への啓発が必要な商品もある。ある日系空調機器メーカーは専属の設置・修理体制をサービスの前提とし、ある日系飲料メーカーは啓発活動とEC・QCの活用を組み合わせることでEC・QCを主要販売チャネルに育てているとの声もあり、商品特性に応じた販売チャネルの使い分けも課題となっている。

インドEC市場で日系企業に求められる対応

インドのEC市場は高い成長を続けており、近年はQCの拡大によって消費者行動や競争環境にも変化が生じている。既にインドへ進出している日系企業へのヒアリングでは、QCを含むECが主要販売チャネルとなっている事例も確認されており、今後はECを活用した販売戦略の重要性が高まるものと考えられる。

また、市場拡大の中心は大都市圏だけでなく、地方都市にも広がりつつある。広大な国土を有するインドでは、ECは地方市場へ効率的にアクセスする有力な販売チャネルとなっており、今後は地方都市を見据えた戦略が重要となる。

一方で、高い返品率への対応は一部事業者にとって大きな課題となっている。複数サイズの同時購入や複数サイトでの比較購入など、日本とは異なる購買行動もみられることから、返品を前提とした物流・在庫管理体制の構築も求められる。

さらに、消費者は依然として価格に敏感である一方、利便性やタイムパフォーマンスを重視する傾向も強まっている。日本企業には、価格設定に加え、商品特性に応じた販売チャネル戦略(自社ECと他社プラットフォームの使い分け、アフターサービスを要する商品での対応体制の維持、啓発が必要な商品での啓発活動とEC・QCの組み合わせなど)を含めた、市場特性に応じたローカライズが求められる。


注1:
UPI(Unified Payments Interface)は、2016年にインド準備銀行(RBI、中央銀行)とインド決済公社(National Payments Corporation of India:NPCI)が設計した即時インフラシステム。 本文に戻る
注2:
ジェトロ調査レポート「アジア大洋州の消費トレンドおよび国別重点市場調査(2026年9月)」。 本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課
黒田 将司(くろだ まさし)
2018年、愛知銀行(現・あいち銀行)入行。2026年4月から現職(出向)。

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