多様化するアジア大洋州の消費者像-価値観、ライフスタイル、市場機会を読み解く-高まる健康志向と日系企業の市場戦略
インド(3)

2026年10月22日

人口14億人を抱えるインドでは近年、中間所得層の拡大と経済成長を背景に、消費市場が大きく成長している。こうした中、注目を集めているテーマの一つが「健康」だ。

都市部を中心にランニングやジム通いが一般化しつつあるほか、健康食品や機能性食品への関心も高まっている。さらに、スマートフォンの普及により、フィットネスアプリやオンラインヨガサービスの利用も拡大している。健康は単なる医療上の課題ではなく、消費行動やライフスタイルの一部として捉えられるようになりつつある。一方で、伝統的な健康観への信頼や価格感度の高さも根強く、企業には現地の価値観に合わせた市場開拓が求められている。

本稿では、こうした健康志向の高まりを背景に拡大するインドの健康関連市場について、その成長要因や消費者動向を整理するとともに、現地で事業展開する日系企業の取り組みを通じて市場の実態を探る(取材日:2026年7月13日~8月7日)。

健康関連市場を支える社会・経済的変化

まず、健康関連市場の成長を支える社会・経済環境について見ていきたい。近年のインド市場の変化として、人々の消費力の拡大が挙げられる。経済成長に伴い可処分所得が増加し、消費志向の高まりがみられる。一方で、インドでは健康面の課題も顕在化している。インド医学研究評議会の調査によると、20歳以上の約3人に1人が高血圧、約10人に1人が糖尿病、約3人に1人が肥満を抱えており、生活習慣に起因する健康課題は深刻な状況にある。こうした生活習慣病の有病率は、特に都市部で高い。また、所得水準の向上に伴い、健康維持や疾病予防に積極的に支出できる消費者層も拡大している。

こうした中、予防医療やウェルネス関連の商品・サービスは都市部を中心に浸透し始めている。例えば、フィットネスジムの増加や、プロテインバーなどの機能性食品を扱うスタートアップ企業の成長がみられるなど、健康志向の消費者をターゲットとした商品やサービスが拡大している。英ユーロモニターの調査によると、対象としたインド人の81%が、「健康・栄養価向上商品のためであれば追加費用を支払う意向がある」と回答している(注1)。健康・栄養価向上に対する追加支出を許容する消費者が多いことから、今後も中間所得層の拡大とともに、健康関連市場のさらなる成長が期待される。

インドと日本のビジネス連携を支援するIJ Kakehashi代表取締役のサンジェイ・パンダ氏によると、近年はランニング人口やジム利用者が増加しているほか、オンラインヨガやフィットネスサービスの利用も広がっているという。特に新型コロナウイルス感染症の感染拡大以降、健康関連需要は大きく高まった。進出日系企業によれば、コロナ禍以降、ヨガや健康関連商品、サプリメントなどへの需要が大きく拡大したという。一方、それ以前は、運動やジム通いは一部の関心層に限られていた。

インドでは健康への関心が高まっているものの、依然として消費者の価格感度は高い。そのため、企業には、プレミアム層だけではなく、大衆層にも手の届きやすい価格設定が求められる(注2)。

続いて、インドの消費特性について企業事例に基づき見ていく。以下では、健康関連市場をフィットネス分野と食品分野に分け、進出日系企業の戦略や取り組みを交えながら考察する。

フィットネス市場に見る健康志向の高まり

インドでは、フィットネス市場が力強い成長を続けている。デロイトインディアが2025年7月に発表した調査レポートによると、市場規模は2024年の推定1,620億ルピーから、2030年には2倍以上の3,770億ルピーに拡大すると見込まれている。ニューデリー市内のスポーツ用品店も、週末には若者を中心ににぎわっており、フィットネスへの関心の高まりがうかがえる。こうした動きは、運動がもはや一部の人々の趣味にとどまらず、多くのインド人のライフスタイルに浸透しつつあることを示しており、今後もその拡大が期待される。


若者でにぎわうスポーツ用品店(ジェトロ撮影)

フィットネス分野でインドに進出している日系企業として、今回ジェトロではアシックスインディアとリフィナスキックボクシングスタジオの2社にヒアリングを行った。

アシックスインディアは2012年にインド市場へ進出した。インドのTier1(注3)都市を中心に販売網を広げてきたが、現在はTier2都市への進出も進めており、市場を拡大している。同社の植田翔取締役によると、ランニングシューズを中心に販売しているほか、クリケットやテニス用のシューズも展開している。主な顧客層はランナーで、売れ行きは好調だ。


ノイダに所在するインド初の直営店(アシックスインディア提供)

同社は2024年から自社Eコマース(EC)での販売も開始しており、現在では自社ECやインド大手TCモールFlipkartなどのパートナーECを含めたオンライン売り上げの割合が大きい。一方、高価格帯の商品は、実際に手に取って商品を確認できる直営店や実店舗の方がよく売れるという。また、マラソン大会の主催や共催にも取り組んでおり、2026年4月には在インド日本国大使館や日系企業とともに駅伝大会を開催した。近年、インドではランニング人口が拡大しており、同社主催のランニングイベントにも多くのインド人が参加している。同社によると、「ランニングをすることがおしゃれ」という価値観がインドの人々の中で浸透してきているという。ランニングが単なる運動ではなく、自己管理や健康的なライフスタイルを象徴する行動として受け入れられつつあることがうかがえる。

リフィナスキックボクシングスタジオは、2024年にインドで事業を開始したキックボクシングスタジオだ。同社マネージングディレクターの石澤秀之氏によると、インド1号店はベンガルールで開業し、グルグラム(旧グルガオン)に2号店を構えた。従来の格闘技のイメージとは異なり、白を基調とした洗練された内装のジムは、女性でも通いやすい。


スタジオでのレッスンの様子(リフィナスキックボクシングスタジオ提供)

グルグラムのスタジオでは、男性会員と女性会員がほぼ半分ずつの内訳だ。料金プランは複数用意されているが、男性の場合、通い放題のプランだと月額8,000ルピー(約1万3,600円、1ルピー=1.7円)となっている。会員のインド人顧客は、健康増進やスポーツ活動に対して支出が可能な所得水準にある人々だ。また、キックボクシングジムに通う動機としては、「新しいものを体験すること自体がステータスになる」といった側面も多いという。こうした背景からは、特に都市部の中間所得層以上には、新しいサービスやライフスタイルを積極的に取り入れようとする消費者層が一定数存在することがうかがえる。実際に、最初に開業したベンガルールのスタジオでは既に会員の9割をインド人が占めており、都市部では目新しいフィットネスサービスであっても比較的短期間で浸透しやすいことが分かる。同社の事例からは、健康や運動そのものに対する需要だけでなく、「新しいライフスタイルを取り入れること」や「自己投資」を重視する消費者層の存在がうかがえる。その背景には、コロナ禍を経て、「人生は一度きり」という価値観の広がりがあるとの指摘も聞かれた。その結果、これまで節約志向が強かった層の間でも、自身の健康や経験のためにお金を使う(投資)動きが増えているという。

食品分野に見る伝統的な健康観と現代的な栄養需要の併存

続いて、食品分野での健康志向の高まりについて見ていく。前述のユーロモニター調査によると、インドでは体重管理や健康管理を目的として、日常的に摂取する食品を管理したり、栄養表示を確認したりする人が回答者の半数近くを占めている。こうしたデータから、食品分野においても健康的な商品を求める傾向が強まっていることが読み取れる。

インドヤクルト・ダノンは、2005年にフランスの食品大手ダノンとの合弁会社として設立された。同社マネージングディレクターの天野英治氏によると、インド市場参入当時、ヤクルトが強みとする「プロバイオティクス」(注4)という概念は十分に浸透しておらず、市場そのものを創造していく必要があったという。主な顧客層は、Tier1やTier2都市に住む上位中間層だ。また、将来的に上位中間層になることが見込まれる中間層へのアプローチにも取り組んでおり、ヤクルトを知らない層にも親しみやすいマンゴー風味の商品や、キラナストア(注5)向けの小包装商品の開発などを行っている。


キラナストアで販売されるヤクルト(ジェトロ撮影)

また、同社の商品は独自の冷蔵物流システムで配送されており、「生きた乳酸菌・シロタ株」を消費者のもとへ確実に届けている。インド市場において特筆すべきは、インドの伝統的なヨーグルトである「ダヒ」への信頼の高さだ。発酵乳製品であるダヒは、インド人にとって非常に身近な存在である一方、プロバイオティクスという概念はもともとインドには存在していなかった。そこで同社は、科学的なエビデンスに基づく健康価値を訴求することで、ヤクルトの認知拡大と市場形成を進めてきた。

このように、インドでは伝統的な健康習慣も強く生活に根付いている一方、健康効果を科学的に説明した商品への需要も高まりつつある。ヤクルトの取り組みは、インド市場では単に商品を販売するだけでなく、新しい健康概念そのものを消費者に理解してもらう市場教育が重要であることを示している。

こうしたインド伝統的な食習慣や健康観への根強い信頼は、他の日系企業へのヒアリングでも聞かれた。各社は、健康効果に関する科学的根拠や日本品質を訴求することで市場開拓を進めているという。伝統的な健康観が根強く残るインド市場においては、健康効果に関する科学的な裏付けが消費者にとって購買要因の一つとなる。

拡大する市場と日系企業の成長機会

本稿ではインドの健康関連市場について、データと現地で事業を展開する日系企業へのヒアリング結果を基に整理した。

インドでは、中間所得層の拡大や生活習慣病の増加を背景に、予防医療やウェルネスへの関心が高まっている。フィットネスと食品の両分野で市場は成長を続けており、健康的なライフスタイルへの憧れや自己投資志向がその成長を支える要因となっている。

特に都市部では新しい商品やサービスを積極的に受け入れる消費者が多く、健康関連市場の拡大余地は大きい。一方で、ヨガや伝統的な食習慣に代表されるインド固有の健康観への信頼も根強く、消費者の価格感度も高い。そのため、海外企業には現地の価値観を踏まえた市場開拓が求められる。こうした中、科学的根拠に基づく健康効果や高い品質を訴求しながら、インドの消費者のニーズに合わせた商品・サービスを提供できれば、日系企業にとっても大きな成長機会となるだろう。


注1:
ユーロモニター、「Consumer Lifestyles in India」2025年6月。 本文に戻る
注2:
ジェトロ「アジア大洋州の消費トレンドおよび国別重点市場調査(2026年9月)」。 本文に戻る
注3:
インドの都市分類。Tier1都市はデリー、ムンバイ、ベンガルールなどの主要大都市、Tier2都市はそれに次ぐ中規模都市を指し、人口規模や経済発展度、インフラ整備状況などを基準に区分される。 本文に戻る
注4:
十分量を摂取したときに宿主に有益な効果を与える生きた微生物を指す。 本文に戻る
注5:
インドの幅広い地域に存在する個人経営の小規模食料・日用品店。地域住民の日常的な購買チャネルとして重要な役割を担う。 本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロ・ニューデリー事務所
町田 早弥香(まちだ さやか)
2024年、ジェトロ入構。ジェトロ知的資産部海外ビジネス人材育成課を経て、2026年7月から実務研修生として現職。

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