多様化するアジア大洋州の消費者像-価値観、ライフスタイル、市場機会を読み解く-家族化と信頼が支えるペット市場
タイ(2)
2026年10月7日
タイの「ペットフード」市場は、今後も成長が見込まれ、都市化や世帯規模の縮小を背景に、「ペットを家族の一員として扱う」という意識が広がっている。これに伴い、価格だけでなく、栄養、安全性、ブランドへの信頼を重視する消費行動へと変化している(注1)。
タイのペットケア市場には、(本特集記事「多様化する価値観と選別的消費」参照)で述べたとおり、タイ消費者の「失敗しない購買」「タンブン(徳を積む行為)」「自己表現型消費」などの消費特性がみられる。本稿では、こうした消費特性がタイのペットケア市場でどのように表れているのか、ジェトロが実施した日系・タイ企業へのヒアリング(2026年7月実施)などを基に分析する。本調査から見えたのは、ペットを「家族」として扱い、信頼と徳(タンブン)を大切にしながら、ペットとの暮らしを積極的にSNSなどで発信する飼い主たちの姿だ。
「ペットの家族化」で市場が拡大
タイのペットフード市場は、2025年時点で約19億米ドル、2030年には約35億米ドルに拡大すると見込まれる(注2)。市場拡大の背景にあるのが、「ペットの家族化」という価値観の変化だ。タイのペット飼い主の約58%が、ペットを家族の「一員とみなす」とのデータがあり(注3)、この意識が、ペットフードの原材料・原産国や、ペットケア用品・サービスの質を重視する購買行動につながっている。現地報道によれば、こうした傾向は都市部のミレニアル世代・Z世代で特に顕著だという(注4)。
ジェトロの企業ヒアリングでも、この点が確認された。タイ企業A社(銀行系シンクタンク)は、単身世帯・子どもを持たない世帯の増加など、世帯構造の変化がペットの飼育数や関連消費を押し上げていると分析する。犬・猫の選好にも変化がみられる。都市部で集合住宅に住む世帯が増える中、狭い空間でも飼いやすい猫が好まれる傾向がある。同社は、2026年の猫の飼育数が5~7%成長する一方、犬はかつての年20%前後から2%程度に鈍化すると見立てる。
「家族化」は支出額にも表れている。同社によれば、首都バンコクの中間・高所得層のペットオーナーは、ペットフードに月3,000~5,000バーツ(約1万3,500~2万2,500円、1バーツ=4.5円)を支出することもあるという(一般的な平均支出額は月1,000~2,000バーツ)。また、ペットを「家族の一員」として世話する飼い主の年間支出は、1匹当たり約5万500バーツに達し、従来のペット飼育費用(年間約7,910バーツ)の約6倍とのデータもある(注5)。
こうした支出増を受け、タイのペットケア市場全体(フード・医療・用品・ケアサービス)は、2019年の約330億バーツから2025年には約920億バーツへ、6年間で約3倍に拡大した。2026年には1,000億バーツを超える見込みだ。内訳は、ペットフードが624億バーツ(前年比16.5%増、6年間年平均成長率〔CAGR〕20.5%)、医療サービスが69.9億バーツ(同8.0%増、同17.9%)で、いずれも高い伸びを示している(注6)。
分散する競争環境と、人間用食品加工基盤への信頼
ジェトロの調査(注7)によれば、タイのペットフード市場は、特定の1社が支配する構造ではなく、分野ごとに複数の企業が強みを持つ、多層的な競争環境にある。犬向けでは米国Mars系のPedigreeが約12%、タイCharoen Pokphand (CP)グループ系のSmartHeartが約9%、猫向けでは同じくMars系のWhiskasが約17%、CPグループ系のMe-Oが約11%のシェアを持つ。ただし、上位5ブランド合計でも、犬向けで約36%、猫向けで約49%にとどまる。プレイヤーは、(1)グローバル大手(Mars、Nestléなど)、(2)タイ地場大手(CP Group、Betagroなど)、(3)製造開発型・OEM/ODM型企業(i-Tailなど)、(4)専門・ニッチブランドの4つに分けられる。
タイ地場ブランドが強い背景には、タイが人間向け食品の一大加工拠点であることも関係している。ペットフードは、魚介類や鶏肉などの安定した調達・加工基盤に加え、食品産業の副産物を原料として活用して製造されるケースも多い(タイ企業A社)。同社は、こうした生産基盤がタイ産ペットフードの品質・安全性への信頼につながっているとみている。これは、タイ人の消費特性である「ブランド信頼」や「失敗しない購買」が、「人間向け食品の加工基盤を持つ地場ブランドへの信頼」として表れていることを示している。
オムニチャネルと、専門家・獣医師への信頼
2025年時点で、タイのEコマース(EC)比率は約17%、ペット専門店などでの購買比率は約31%とされる。一方、動物病院などでの購買割合も、過去10年で約8%から約10%へと微増している(注8)。特に、機能性商品や疾患対応商品では、専門スタッフや獣医師の推奨が購買の後押しとなる。つまり、タイのペットフード市場は、「SNSやECで情報収集・購買しつつも、専門店・動物病院で商品について確認し、納得した上で継続購入する」というオムニチャネル型の消費行動が広がっているとみられる。タイの消費特性である「失敗しない購買」の1つと言えよう。実際、バンコクの日系保護猫カフェへのヒアリングでは、「動物病院でも扱われ、獣医師から推薦されている地場ブランド、ヴェットシノヴァ(VetSynova)のペット用サプリが、大きな市場シェアを持っている」との指摘があった。
購買の意思決定者と実際の購入・使用者
バンコクの日系ペットスパ&ホテルへのヒアリングによれば、同社顧客の中には、日常的なペットの世話やケア用品の購入を、飼い主本人ではなく雇用しているメイドが担っているケースが少なくないとみられる。そのため、高価格帯のペットケア用品については、実際にケアや購入を担うメイドではなく、飼い主本人へ直接訴求することが重要になるとの指摘があった。そのため、店頭プロモーションやパッケージだけでなく、飼い主が直接目にする接点(SNS、動物病院、獣医師の推薦など)を通じたマーケティングの重要性を示している。
文化的背景:「タンブン」という仏教的価値
タイの消費者が動物福祉に関わる支出を行う背景には、仏教に根差した「タンブン(徳を積む行為)」という価値観がある。前述の日系保護猫カフェへのヒアリングでは、「保護猫カフェで消費すること自体が、動物を支援するタンブンになるから来た」と来店する消費者が多いことが確認された。また、タイでは「一度飼い始めたペットを最後まで責任をもって育てる」という意識も強いとされる。こうした行動にも、動物を大切にする価値観が影響しているとみられる。
自己表現型消費、大切なペットが収入を生む存在に
タイでは、ペットとの生活をSNSで発信する文化が広がっており、ペット自身がインフルエンサーとして企業と連携する事例もみられる。例えば、タイでは「Muji Sama」というペット系インフルエンサーが注目を集め、企業と連携してオリジナル製品をプロデュースした例がある(注9)。また、米国商務省の市場調査でも、インフルエンサーによるライブ配信販売は、タイのペット市場で、人気の高いマーケティング手法として紹介されている(注10)。ペットがSNS上で影響力を持つ存在となり、企業のマーケティングや商品販売に起用されるケースも増えている。
ペットの高齢化という新たな需要:日本の知見が生きる領域
ペットの家族化・長寿化に伴い、タイでも犬猫の高齢化が進んでいるとみられる。地場の大手動物病院へのヒアリングでは、人間と同様の慢性疾患(糖尿病、椎間板ヘルニアなど)を抱えるペットが増え、飼い主の治療費支払い意欲も高いとの指摘があった。前述のヒアリング結果を踏まえると、特に、飼い主が目で見て必要性を直接実感できる製品(徘徊防止用サークル、後輪付きの犬用車椅子など)などは、今後、ビジネス機会が増えると思われる(日系ペットスパ&ホテル)。また、猫は高齢になると口内炎になりやすいことから、オーラルケア用品にも商機の可能性があるとの見方も示された(日系保護猫カフェ)。現地報道によれば、近年、年率約25%でペット保険市場は拡大している(注11)。こうした慢性疾患・高齢化ケアへの支出意欲の高まりを反映した動きといえる。
タイのペットオーナーに見る5つの消費特性
これまで見てきた分析をまとめると、タイのペット市場では、以下のような消費特性にまとめることができる。
第一に、「ペットの家族化」だ。都市化・小世帯化を背景に、ペットを家族の一員として扱う意識が広がっている。これが、プレミアムなペットフードや高齢ペット向け商品への需要拡大として現れている。
第二に、「ブランド信頼・失敗しない購買」だ。タイが人間向け食品の一大加工拠点であることへの信頼が、ペットフードの品質や安全性への信頼にもつながっているとみられるほか、動物病院・獣医師の推薦を重視する購買行動(VFコアの事例など)にも表れている。
第三に、「タンブン」と「自己表現型消費」だ。動物福祉への配慮を「徳を積む行為」として捉える文化的動機に加え、ペットとの生活をSNSで発信する行動や、ペット自身が収入を生み出す存在(「ペットセレブリティ」)になるという新しい現象もみられる。
第四に、一部の中・高所得層にみられる、購買の意思決定者と実際の購入・使用者が異なる消費構造だ。タイでは、購買の意思決定者(飼い主)と購入・使用者(メイド)が分離しているケースが多く、飼い主本人に直接届くマーケティング(SNS、動物病院経由など)の重要性を高めている。
第五に、「ペットの高齢化による需要の変化」だ。ペットの家族化や長寿化から、タイでも高齢の犬猫が増加しているとみられる。これに伴い、慢性疾患への対応やオーラルケア、介護補助用品、ペット保険など、高齢ペット向けの需要が拡大しつつある。飼い主の治療費負担に対する許容度も高まっており、日本が有する高齢ペット向け商品・サービスの知見を活用できる余地は大きい。
付加価値への支出意欲を捉える
最後に、日本企業への示唆だ。タイのペット市場では、消費者理解とブランド浸透にあたって、動物病院(獣医師)などの専門家による推薦が重要な役割を果たしているとの指摘があった(日系保護猫カフェ)。また、日系企業が採るべき戦略として、主食(ドライフード)市場で大手企業と正面から競争するのではなく、猫向け・ウェットフード・ピューレ・トリート・機能性・シニア・獣医師推奨といった、単価と差別化余地の高い領域に絞ることが考えられる(注12)。その際、日本の安全性・品質を訴求しつつも、期待できるケア内容をタイ語で分かりやすく伝え、製造基準・栄養基準・獣医師監修・利用者レビューなど、客観的な安心材料を示すことが重要だとしている。これは、タイの消費特性の1つである「付加価値や機能に対する支出意欲の高さ」を踏まえたマーケティング戦略と言える。また、日本からの製品輸出に加え、タイの製造開発型・OEM企業との連携も、日系企業が価格競争力を確保する上での有力な選択肢として挙げられよう。
- 注1:
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ジェトロ調査レポート「アジア大洋州の消費トレンドおよび国別重点市場調査(2026年9月)」を参照。
- 注2:
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ジェトロ調査レポート「アジア大洋州の消費トレンドおよび国別重点市場調査(2026年9月)」を参照。
- 注3:
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Pet Fair Southeast Asia 「Thailand Pet Care Market」を参照。
- 注4:
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CTN News(2026年3⽉8⽇付)「Thailand Pet Economy Boom in 2026, Luxury Hotels, Organic Food, and New Trends」を参照。
- 注5:
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タイ軍人銀行タナチャート銀行「ttb analytics」を参照。
- 注6:
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タイ軍人銀行タナチャート銀行「ttb analytics」を参照。
- 注7:
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ジェトロ調査レポート「アジア大洋州の消費トレンドおよび国別重点市場調査(2026年9月)」を参照。
- 注8:
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ジェトロ調査レポート「アジア大洋州の消費トレンドおよび国別重点市場調査(2026年9月)」を参照。
- 注9:
-
MUJI SAMA, Facebookを参照。
- 注10:
-
US Commercial Service, "Thailand Pet Products"を参照。
- 注11:
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CTN News(2026年3⽉8⽇付)「Thailand Pet Economy Boom in 2026, Luxury Hotels, Organic Food, and New Trends」を参照。
- 注12:
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ジェトロ調査レポート「アジア大洋州の消費トレンドおよび国別重点市場調査(2026年9月)」を参照。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部アジア大洋州課 課長代理
田口 裕介(たぐち ゆうすけ) - 2007年、ジェトロ入構。アジア大洋州課、ジェトロ・バンコク事務所を経て現職。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・バンコク事務所 広域調査員
藪 恭兵(やぶ きょうへい) - 2013年、ジェトロ入構。経済産業省通商政策局経済連携課(日本のEPA/FTA交渉に従事)、戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員、調査部国際経済課(経済安全保障)などを経て、2024年10月から現職。主な著書:『グローバルサプライチェーン再考:経済安保、ビジネスと人権、脱炭素が迫る変革』(編著、文眞堂)、『FTAの基礎と実践:賢く活用するための手引き』(共著、白水社)、『NAFTAからUSMCAへ-USMCAガイドブック』(共著、ジェトロ)。





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