多様化するアジア大洋州の消費者像-価値観、ライフスタイル、市場機会を読み解く-ASICSに聞く、健康志向で広がるスポーツ市場
マレーシア(5)

2026年10月26日

マレーシアでは、健康への関心が高まり、ランニングをはじめとするスポーツへの参加が広がっている。特に、若者や女性の参加が増え、SNSなどを通じた情報収集や体験共有が活発化するなど、スポーツを取り巻く消費者像、消費行動にも変化がみられる。

アシックスマレーシアは2018年からマレーシアで事業を展開。ランニングを中核カテゴリーとし、クアラルンプールで事業基盤を強化した後、ジョホールバル、ペナン、クチンへと展開地域を広げてきた。販売面では、直営店、ファクトリーアウトレット、電子商取引(EC)、マルチブランドのスポーツ用品店など、複数のチャネルを活用している。

消費者の変化をどのように捉え、接点を構築しているのか。アシックスマレーシアのBoon Tib Soom Nik氏(カントリーマネージャー)、Chloe Ho氏(シニアマネージャー)に、マレーシアのスポーツ市場の成長性、消費者の特徴、販売・マーケティング戦略、現地文化への対応について聞いた(取材日:2026年7月2日)。


左からBoon Tib Soom Nik氏、Chloe Ho氏(アシックスマレーシア提供)

健康意識の高まりで広がるスポーツ市場

質問:
マレーシアのスポーツ市場をどうみているか。
答え:
マレーシアのスポーツ市場は、引き続き成長余地の大きい市場だとみている。特に新型コロナ禍以降、消費者の健康意識が高まり、運動をする人が大幅に増えた。コロナ禍では、移動制限により遠くへ出かけることが難しい中、自宅周辺や近所の公園で走ったり、運動したりする人が多かった。また、健康を維持し、活動的な生活を送ることの大切さをあらためて認識した人も少なくない。
政府が健康的な生活を促進し、運動に参加しやすい環境づくりを進めていることも、市場の成長を後押ししている。クアラルンプール市内の一部の公園は、午前5時30分から午後10時まで開園している。また、ジョギングコース、清潔なトイレ、駐車場、照明、警備などを備えた公園もあり、市民が日常的に運動しやすい環境が整っている。
ランニングに加え、最近ではピックルボールが急速に普及している。国内各地でコートが開設され、空調設備、シャワー、飲食スペース、快適なトイレなどを備えた施設も見られる。比較的始めやすく、年齢を問わず楽しめることから、幅広い層が参加している。
バドミントンは以前からマレーシアの文化に深く根付いている。学校でバドミントンを経験する人が多く、主要な大会が開催される際には、家族や友人が自宅やレストラン、コーヒーショップなどに集まり、試合を観戦する。こうした既存のスポーツ文化に加え、ランニングやピックルボールへの参加が広がっていることからも、消費者の間でアクティブな生活への関心が高まっていると感じる。

若者や女性がランニング市場の裾野を拡大

質問:
マレーシアのランニング市場ではどのような変化が起きているか。
答え:
各地に多数のランニングクラブがあり、定期的にさまざまなイベントが開催されるなど、ランニングコミュニティが急速に拡大している。以前は比較的年齢の高いランナーが目立っていたが、現在は若い世代のランナーが増え、女性も着実に増加している。
若いランナーはSNSへの投稿にも積極的で、ランニングそのものだけでなく、自身の見た目や装い、着用するシューズにも高い関心を持っている。また、最近では10~20キロメートルと、より長い距離に挑戦する人が増えている。ランニングを楽しむだけでなく、大会に参加し、記録を意識するランナーもみられるようになった。例えば、当社がスポンサーを務めるクアラルンプールの「Standard Chartered Kuala Lumpur Marathon」には約4万2,000人のランナーが集まり、申し込みは通常、約6時間で締め切られる。マレーシアにおけるランニングへの関心の高さを示す一例だ。

マレーシアのランニングコミュニティ(同社提供)
質問:
マレーシアの消費者は、商品を選ぶ際に何を重視しているか。
答え:
主な購入要因は、快適性とクッション性、パフォーマンス面での効果、価格だ。マレーシアの消費者は価格に比較的敏感だが、商品の価値が明確に伝われば、それに見合う価格を受け入れる消費者もいる。そのため、機能や利点を分かりやすく説明することが重要だ。
当社が重視しているのは、商品を単に販売するのではなく、ランナーのニーズに応じた解決策を提供することだ。足型や走り方、走る目的を踏まえ、安定性、クッション性、反発性などを説明し、それぞれに適したシューズを提案している。トレーニング、大会、走る距離によっても、求められる機能は異なる。適切なシューズを選ぶことは、パフォーマンスの向上だけでなく、けがのリスクを抑えることにもつながる。
こうした商品提案を支えるのが、「Human Centric Science(人間中心の科学)」にこだわり、人間の運動動作分析に基づく研究開発だ。消費者への商品説明では店舗が重要な役割を果たしており、直営店での接客に加え、マルチブランド店にも研修を受けた専門スタッフを配置している。また、オンラインでも研修や教育を行い、スタッフの商品・競技知識の向上に取り組んでいる。

研究開発では、人間の運動動作分析などに基づく商品開発を行う(同社提供)

デジタルとスポーツの場の双方で接点を構築

質問:
販売チャネルや消費者との接点は、どのように変化しているか。
答え:
直営店、ファクトリーアウトレット、EC、マルチブランドのスポーツ用品店を組み合わせている。ECでは、ShopeeやTikTokを活用し、実店舗以外でも商品を拡大している。また、複数のブランドを扱うスポーツ用品店でも商品を展開している。
マーケティングでは、若い世代のメディア利用の変化を意識する必要がある。彼らは以前ほどテレビを見なくなり、SNSとの接触が増えている。そのため、TikTokや小紅書(Xiaohongshu、英語名:REDnote)などのプラットフォームを通じて、どのように消費者との関係を築くかが重要になっている。
一方、デジタル上での情報発信だけでなく、実際にスポーツをする場での接点も重視している。当社は、ランニングクラブ、ランニングクリニック、コーチングセッションなどを組み合わせ、ランナーを継続的に支援する「ランニング・エコシステム」の構築に取り組んでいる。毎週水曜日の午後8時から10時に、ISN Bukit Jalil(マレーシア国立スポーツ研究所のブキッ・ジャリル本部)で無料のランニングセッションを開催している。目標タイム達成をサポートするスタッフや認定コーチが参加者を支援している。コロナ禍以前は参加者は多くなかったが、今では毎回約200人が参加している。
会員プログラムの「OneASICS」では、購入や活動に応じたポイント、会員向けの特典、イベントに関連するサービスなどを提供している。消費者に他社とは異なる体験を提供し、長期的な関係を築くことを目指している。

商品・マーケティング戦略を通して多文化社会に対応

質問:
多文化社会であるマレーシアで、商品展開やマーケティングでどのような点に配慮しているか。
答え:
マレーシアは多様な民族、言語、宗教が共存する市場だ。人口の約60%を占めるマレー系の消費者は、当社にとって重要な顧客層だ。そのため、商品展開では、取り扱う素材について、消費者の宗教的な背景に配慮する必要がある。
マーケティングでも、対象とする消費者層に応じた言語で情報を発信することが大事だ。英語を使用する消費者、中国語を使用するコミュニティー、インド系コミュニティーなど、それぞれの文化的、言語的な背景を考慮し、幅広い消費者層に情報を届けることを意識している。
質問:
日本企業がマレーシア市場で成功するためには。
答え:
基本的な配慮に加え、現地の消費者が親しみを感じる文化を理解し、それを事業に取り入れることが重要だ。当社はこれまで、マレーシアを代表する料理のナシレマ、広く親しまれている飲み物のテタリ(Te Tarik)、クアラルンプールを象徴する建物であるKLCC(クアラルンプール・シティセンター)、現地で有名なスナック菓子のMameeなどをテーマにコラボレーションを展開してきた。こうした現地文化を取り入れたコラボレーションによって、ブランドと現地消費者との距離を縮めることができる。

地方都市への展開も視野に事業拡大

質問:
今後の事業展望について。
答え:
今後も主要都市や主要なショッピングモールで戦略的な出店場所を確保し、店舗網を拡大していく方針だ。
クアラルンプールは、引き続きプレミアム商品や比較的価格の高い商品の主要市場だ。一方、ジョホールバル、ペナン、クチンなどでも、それぞれの購買力や消費者ニーズに応じた商品構成を検討しながら、事業を広げていきたい。競争は激しいが、自社の中核的な強みに集中し、常に改善と商品品質の維持に取り組んでいくことが、消費者に継続的に商品を選んでもらうことにつながると考えている。

アシックスマレーシアの店舗外観(同社提供)

同社のランニングシューズ(同社提供)
執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課
籏 あかね(はた あかね)
2026年、ジェトロ入構。アジア大洋州課でASEANおよびオセアニア関係の調査を担当。

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