多様化するアジア大洋州の消費者像-価値観、ライフスタイル、市場機会を読み解く-ヘルスケア市場から見る新たな消費者像
タイ(3)
2026年10月7日
タイでは、食品を選択する際に、健康成分や健康・栄養機能を重視する消費者が増えている。こうした機能・付加価値を備えた商品には、価格が多少高くても積極的に支出する傾向がみられる(注1)。また、ビタミン配合やプロバイオティクス製品、エイジングケア製品などの市場は成長が期待されている。その背景には、ブランドへの信頼や専門性への安心感、家族志向、美容志向といった価値観の存在がある。本稿では、健康補助飲料や乳幼児食品、医療クリニックなどの日系企業に対するヒアリング(2026年7月~8月)を基に、タイのヘルスケア・ウェルネス分野における消費者の価値観・消費特性を整理する。
ブランドへの信頼とロイヤルティー
日系企業A社(サプリメント・健康補助飲料)によれば、タイの消費者は、健康機能や効能が明確な商品であれば、追加費用を支払う傾向が強い。一方、購買行動は二極化しており、コンビニで購入する健康飲料には20バーツ程度(約96円、1バーツ=約4.8円)までしか支払わない価格重視の消費者がいる一方、健康に良いと認識した商品には、多少高額でも継続的に支出する層もいる。
同社の主力商品である栄養補助飲料は、「受験期に飲む合格ドリンク」として長年タイで親しまれてきた。1990年代以降の大学進学熱の高まりを背景に支持を獲得し、その時期に飲用した消費者が、当時の成功体験を基に、大人になった現在も購入を続けているという。この事例から、タイでは、一度信頼を獲得したブランドが長期的な顧客基盤を形成しやすいことがうかがえる。これは、タイ総論編である前稿(「多様化する価値観と選別的消費」)で述べた、「信頼できるブランドのみを購入する」というタイ消費者の特性とも整合する。
専門性・エビデンスに基づく安心感
こうした信頼は、専門性に裏打ちされた商品・サービスにも向けられる。日系企業B社(ヘルスケアサービス企業)では、医師や中医師、理学療法士などの専門スタッフが連携する診療体制や検査機器を活用したサービスを提供することで、タイ人患者からの信頼を獲得してきた。開業当初は患者の大半が日本人だったが、現在ではタイ人患者が約3割を占めるという。
背景には、タイ人の間で理学療法や身体ケアへの関心が高まっていることに加え、資格や診断結果など客観的な根拠を重視する消費行動があると考えられる。ヘルスケア分野においても、タイの消費者は単なる宣伝文句ではなく、専門家による診断やエビデンスを重視し、「失敗しない購買」を志向する特徴がみられる。
タンブン文化が健康消費を後押し
前述の日系企業A社へのヒアリングでは、健康補助飲料や健康食品は、自分自身のためだけでなく、親や高齢の家族への贈答品として購入されることも多いとの指摘があった。同社によれば、こうした行為には「タンブン(徳を積む行為)」の意味合いが込められているという。
ヘルスケア商品は、自身の健康維持の手段であるだけでなく、家族への思いやりや宗教的価値観を表現する手段としても機能している。タイの健康関連商品の需要を考える上では、商品の機能だけではなく、こうした家族志向や宗教観も重要な要素だ。
美容志向が健康市場を牽引
タイでは、健康志向の高まりが美容志向と密接に結び付いている。日系企業C社(コンサルタント)によれば、タイでは2000年代後半、ローカルブランド「SAPPE」によるコラーゲンドリンクが高い人気を集めていたという。日系企業D社(菓子・乳幼児食品)も、コラーゲンや美容関連市場の有望性を指摘している。同社によれば、日本を訪れる外国人旅行者(インバウンド)のコラーゲン製品の購入者を国籍別で見ると、タイ人の割合が高いという。そのため、タイ国内でも、同分野にビジネスチャンスがあるとの見方がある。また、近年はフィットネスジムに通うタイ人も増加している。健康や体形の維持、美容などを目的とする利用者も多く、健康への関心が「若々しく見えること」「良い体形を維持すること」への関心から広がっている側面がある。女性だけでなく、男性にとっても、健康と美容を一体的に捉える傾向がある。
少子高齢化が新たな市場を形成
タイでも少子高齢化が進みつつある。2026年時点の中位年齢は約41歳と、ASEAN域内で最も高く、域内でも高齢化が進んだ国の1つとなっている(注2)。こうした中、日系企業C社(コンサルタント)によれば、少子化の進展に伴い、子ども1人当たりにかける支出は増加傾向にあり、乳幼児向け市場には引き続き成長余地があるという。一方、高齢化の進展に伴う健康需要の拡大も期待される。ただし、タイには日本のような独立した介護保険制度はなく、高齢者向け商品やサービスの費用を子ども世代が負担するケースが多い。地場大手金融機関による調査によれば、高齢者の収入源の4割弱は、自分の子どもやパートナーから来ている(注3)。このため、今後のシニア向け市場では、高齢者本人だけでなく、費用を負担する家族を意識した商品設計やマーケティングが重要になると考えられる。
タイのヘルスケア消費を支える価値観と需要構造の変化
これまで見てきた企業ヒアリングによる分析を踏まえると、タイのヘルスケア・ウェルネス市場における消費者像の特徴は、以下の5つに整理できる。
第一に、「信頼とロイヤルティー」だ。タイの消費者は、健康機能や付加価値を重視する一方、購入先やブランドの選定には慎重であり、一度信頼を獲得したブランドに対しては継続的に支出する傾向がある。
第二に、「専門性・エビデンスに基づく安心感」だ。商品やサービスの選択に際しては、専門家による診断や資格、科学的根拠などを重視する傾向がみられる。総論編である前稿で整理した「失敗しない購買」という消費行動とも共通している。
第三に、「タンブン文化と家族志向」だ。健康食品や健康飲料は、親や高齢者への贈り物として購入されることが多く、家族への配慮や徳を積むという宗教的価値観が購買行動に反映されている。
第四に、「美容を起点とした健康志向」だ。健康は疾病予防だけでなく、美容や若々しさの維持と結び付いて認識される傾向があり、コラーゲンやアンチエイジング関連商品の需要を支えている。
第五に、「少子高齢化を背景とした需要構造の変化」だ。乳幼児向け商品の高付加価値化やシニア向け市場の拡大が期待される一方、高齢者向け市場では費用負担者となる子ども世代を意識したアプローチが重要になる。
市場攻略には、価値観への訴求が不可欠
日本企業へのヒアリングでは、タイでヘルスケア・ウェルネス関連事業を展開する上での主な課題として、規制対応、人材確保、マーケティングの3点が挙げられた。
規制面では、タイ食品医薬品局(FDA)による効能表示やプロモーションに対する規制、許認可手続きなどが、日本から輸入された栄養補助飲料や機能性食品の事業展開上のハードルとなっている。また、複数の日系企業へのヒアリングでは、タイでは日本の特定保健用食品(注4)とは制度設計が異なるため、日本で機能性を訴求している商品であっても、現地で同様の形で訴求できない場合があるとの指摘もあった。との指摘もあった。そのため、健康補助食品については、その機能性を消費者に分かりやすく、かつ定められた範囲内で伝える工夫も求められる。
人材面では、医学分野の専門人材の獲得競争が激化している。各社は福利厚生や研修機会の充実を通じて、人材の確保・定着に取り組んでいる。 マーケティング面では、機能性や品質だけでなく、「信頼」「専門性」「美容」「家族への思いやり」といった価値観に訴求することが重要となる。専門家による権威付けの活用、専門性の可視化、SNSを活用した口コミ形成など、多様な手法が試みられている。また、タイは外国人居住者や医療ツーリズム利用者も多く、タイ人以外の顧客も視野に入れた商品・サービス設計が競争力の向上につながる可能性がある。
なお、本連載の続編では ヘルスケアやペットケアの分野など、具体的な企業事例をインタビューの形式で紹介する。
- 注1:
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Euromonitor International, “Consumer Lifestyles in Thailand (2025)”および"Consumer Values and Behaviour in Thailand (2025)"を参照。
- 注2:
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Worldometer, “Asian Countries by Population (2026)”を参照。
- 注3:
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クルンスリ銀行「Aged Society「Embracing Challenges and Unlocking Opportunities」レポートを参照。データは2021年時点。
- 注4:
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体の生理学的機能などに影響を与える成分を含み、特定の保健の目的が期待できる旨を表示できる食品。食品の有効性や安全性について国の審査を受け、消費者庁長官の許可を得る必要がある。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部アジア大洋州課 課長代理
田口 裕介(たぐち ゆうすけ) - 2007年、ジェトロ入構。アジア大洋州課、ジェトロ・バンコク事務所を経て現職。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・バンコク事務所
野田 芳美(のだ よしみ) - 2025年から、ジェトロ・バンコク事務所勤務。





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