多様化するアジア大洋州の消費者像-価値観、ライフスタイル、市場機会を読み解く-多様化する価値観と選別的消費
タイ(1)

2026年10月7日

タイは都市化が進み、中間層を中心とした成熟した消費市場への移行が進んでいる。消費者の重点も「量や価格」だけではなく、「質や信頼」「健康や家族」への配慮、さらには「自己表現の手段」へと広がっており、必要なものを見極めて購入する「選別的消費」の傾向もみられる(注1)。本調査では、複数回にわたり、タイの消費者像を可視化し、消費者の価値観や購買行動などを通じて、同国の消費市場の構造的特徴を整理する。その上で、今後成長が期待される重点市場を明らかにし、日系企業への示唆を提示する。調査から見えてきたのは、価格から価値重視へと消費行動が変化し、その特徴はヘルスケアやペットケアなどの成長分野にも表れている点だ。本稿は、その総論編として位置付ける。

消費市場の全体像:都市化と成熟

世界銀行によれば、タイの人口は約7,162万人(2025年)であり、経済・社会・文化的に、陸のASEAN(メコン地域)の中心的な位置付けにある。また、2026年時点で、国民の中位年齢は約41歳と、ASEAN域内で最も高く、高齢化が進んでいる(注2)。さらに、近年(2021~2025年)のGDP成長率は平均2.4%と、ASEAN域内では周辺国に比べて穏やかな推移が続いている(注3)。

しかし、緩やかな経済成長は、必ずしも消費の「停滞」を意味するのではない。むしろ、タイでは中間層を中心とした成熟市場へ移行していると捉えることができる。例えば、タイの1人当たりGDPは8,057ドル(2025年)と、ASEAN域内では中位所得国の上位に位置する(注4)。また、都市部人口は1990年代以降拡大を続け、2025年時点で総人口の62.8%を占める(注5)。特に、首都バンコクの1人当たり域内総生産(GPP、2024年)は約70万バーツ(約314万円、1バーツ=4.5円)に達している(注6)。こうした経済活動の集積を背景に、消費の高度化は都市部が先行して進んでいるとみられる。この都市化や経済水準の向上が、タイ消費者の価値観や消費行動の変化を支える背景となっている。

消費特性:失敗しない購買と、慎重で選別的な消費行動

タイの消費者像・消費特性の特徴のうち、1つ目は、リスク回避型の「失敗しない購買」という行動原理だ(注7)。英国の調査会社ユーロモニター・インターナショナル(以下、ユーロモニター)が2025年に実施した世界各国の消費者意識調査によれば、タイで「信頼できるブランドのみを購入する」と回答した割合は77%にのぼり、ASEAN主要6カ国(シンガポール、タイ、インドネシア、フィリピン、ベトナム、マレーシア)の中で最も高い(注8)。こうした「慎重・選別的」な消費特性は、ジェトロが2026年7月に実施した企業ヒアリングでも確認された。安心・安全・健康に関わる商品・サービスでは専門家の推薦が普及を左右するとの指摘があったほか、機能や効能が明確であれば追加支出に前向きな消費者層も存在するという。タイではブランドや品質への信頼が購買判断を左右しており、品質や機能の根拠を分かりやすく伝え、信頼を得ることが重要となる。

消費特性:デジタルとリアルが併存するオムニチャネル

タイでは、デジタルと実店舗を使い分ける消費行動も広がっている。前述のユーロモニターの調査によれば、タイでは、消費者の81%が購入前にSNSで情報収集を行う一方、39%が「実店舗で商品を試してから購入したい」と回答している。実際、バンコクでは、大型ショッピングモールが買い物のみならず飲食・娯楽を含む家族の生活空間として定着している。市内中心部の代表的商業施設で、500超のテナントが入居するCentral Worldや、チャオプラヤ川沿いの大型複合施設ICONSIAMが、国内外から多くの来訪者を集める商業拠点となっている(注9)。日系企業A社(食品小売り)は、「タイの消費者は、インフルエンサーなどからSNS上で情報を得た上で、実際の購入は実店舗で行う傾向がある」と指摘する。こうしたデジタルとリアルの両面を持つ「オムニチャネル」型の市場では、SNSやEコマース(EC)を通じて自社製品をアピールするとともに、実店舗での品質や顧客体験を通じて信頼を築くことが重要となる。こうした取り組みは、顧客のリピート購買や口コミによる拡散につながる可能性がある。

消費特性:自己表現志向とライフスタイルの可視化

ASEAN主要国およびインドなどに共通する消費トレンドとして「体験・自己表現志向の拡大」が指摘されている(注10)。タイ人でも、消費は単なるモノの取得ではなく、自己表現やライフスタイル形成の手段となりつつある。特に、ミレニアル世代を中心に、購入した商品や体験をSNS上で発信する行為は、消費体験そのものが自己表現の一部として機能している。また、タイの消費者は、自分の嗜好(しこう)・ニーズに合った商品・サービスを求めるパーソナライズ志向が高いという調査結果もある(注11)。日系企業B社(コンサルタント)は、「日本であれば『発信しすぎ』と受け止められかねない行為(例:スマホでの積極的な自撮り)も、タイでは、前向きな自己表現として受け入れられる社会的風土がある」と指摘する。こうした社会的背景とデジタル技術が、SNSでの商品情報の収集や購入後の発信といった消費行動につながっている可能性がある。こうした自己表現志向は、業種を超えて共通する消費者心理と考えられる。このため、タイでは消費者が「共有したくなる体験やストーリー」を設計できるかが、商品のブランディングやマーケティングでカギとなる。

「タンブン」という価値観と、家族の形の変化

タイの消費行動を理解する上で、仏教に根差した「タンブン(徳を積む行為)」という価値観が重要だ。ジェトロが現地日系企業に実施したヒアリングでは、複数の日系企業から共通して「タンブン」が消費に影響する価値観として挙げられた。タンブンは単なる寄付や慈善行為にとどまらない。動物福祉や社会的弱者、高齢者や家族の健康などに配慮した消費選択そのものが、「徳を積む」機会として捉えられている場合がある。例えば、親や目上の者に対して、健康食品を贈答品として購入する行為もその一例とされる。こうした宗教的・文化的背景は、他のASEAN諸国との差別化要因になり得る(詳細は次稿以降で後述する)。

一方、タイでは少子高齢化が進み、冒頭で述べたとおり、国民の中位年齢はASEAN域内で最も高い水準にある。子供の数が減少する一方、子供1人当たりの教育・健康関連の支出は増加する傾向にあるとみられる。こうした構造変化は、ペットケアやヘルスケア・ウェルネスなど、複数の消費領域に共通の追い風となる可能性がある(詳細は次稿以降で後述する)。

重点市場への接続:ヘルスケアとペットケア

ここまで見てきたタイの消費特性は、大きく(1)信頼性を重視する「失敗しない購買」、(2)SNSを活用した「自己表現型消費」、(3)「タンブン」や「少子高齢化」という社会・文化的特徴の3点に整理できる。これらの特徴が特に表れているのが、近年タイで拡大する、ペットケアおよびヘルスケア・ウェルネスの2つの消費分野だ。

ペットケア分野では、ペットを家族の一員として捉える「ペットの家族化」が進み、飼い主の58%がペットを家族と認識しているという(注12)。ヘルスケア分野では、消費者の52%が食品選択において健康成分を重視し、84%が健康・栄養機能を有する食品に追加支払いの意向を示している(注13)。また、現地日系企業へのヒアリングからは、「タイの健康志向の中心には、機能性だけでなく『美容・見た目』への関心がある」との指摘もある(詳細は次稿で後述する)。次稿以降では、これら2分野を取り上げ、市場構造、消費者ニーズ、競争環境、日系企業の取り組み事例などを詳しく分析する。


注1:
ジェトロ調査レポート「アジア大洋州の消費トレンドおよび国別重点市場調査(2026年9月)」を参照。 本文に戻る
注2:
Worldmeter,“Asian Countries by Population (2026)”外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを参照。 本文に戻る
注3:
IMF, "World Economic Outlook (April 2026) - Real GDP growth外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます"を参照。 本文に戻る
注4:
IMF, "World Economic Outlook (April 2026) - Real GDP growth外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます"を参照。 本文に戻る
注5:
World bank, "Urban population (% of total population) - Thailand | Data外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます"を参照。 本文に戻る
注6:
タイ国家経済社会開発委員会(NESDC)「Gross Regional and Provincial Product (GPP)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を参照。 本文に戻る
注7:
ジェトロ調査レポート「アジア大洋州の消費トレンドおよび国別重点市場調査(2026年9月)」を参照。 本文に戻る
注8:
Euromonitor International, "Consumer Values and Behaviour in Thailand (2025)"を参照。 本文に戻る
注9:
タイ政府観光庁ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを参照。 本文に戻る
注10:
ジェトロ調査レポート「アジア大洋州の消費トレンドおよび国別重点市場調査(2026年8月)」を参照。 本文に戻る
注11:
Euromonitor International, “Consumer Lifestyles in Thailand (2025)”を参照。 本文に戻る
注12:
Pet Fair Southeast Asia 「Thailand Pet Care Market外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を参照。 本文に戻る
注13:
Euromonitor International, “Consumer Lifestyles in Thailand (2025)”および"Consumer Values and Behaviour in Thailand (2025)"を参照。 本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課 課長代理
田口 裕介(たぐち ゆうすけ)
2007年、ジェトロ入構。アジア大洋州課、ジェトロ・バンコク事務所を経て現職。