多様化するアジア大洋州の消費者像-価値観、ライフスタイル、市場機会を読み解く-「食」を通じて読む消費者像
フィリピン(2)

2026年10月21日

ジェトロによる現地日系企業へのヒアリング(2026年7月実施)からは、フィリピンの消費者が、価格だけでなく商品の価値や満足感を重視する姿や、即食需要の高まり、食品選択時における健康志向などが垣間見えた。本稿では、フィリピンにおいて、消費生活に身近な食品分野に焦点を当て、現地で事業を展開する日系企業の事例を通じて、同国の消費者行動の特徴や多様化する価値観を考察する。本稿から見えてきたのは、ライフスタイルの変化や都市化を背景とした即食需要の高まり、健康への関心拡大、そして現地の嗜好(しこう)を踏まえた日本らしさの発信の重要性だ。こうした消費行動や価値観の変化を理解する上では、前稿で整理したフィリピン消費市場の3つの特徴が重要な視点となる。以下では、現地日系企業へのヒアリングを基に、「新しい商品・ブランドへの慎重な姿勢」「『sulit(満足感)』に代表される価値重視の購買行動」「人やコミュニティーとのつながりで広がる消費行動」という3つの消費者特性に着目しながら、フィリピンの消費者行動の特徴を見ていく。

価格とボリュームの従来型消費価値観

フィリピンでは一般的に「Rice is Life」(お米こそ人生)と言われるほど、毎日の食事に白米は欠かせない。フィリピン最大の国民的ファストフードチェーンである「Jollibee」でも、フライドチキンやハンバーグステーキ、スパゲティに白米が付くメニューが一般的だ。また「Unlimited Rice」(白米の食べ放題)を提供する飲食店も存在する。摂取量については、朝昼晩の3食に加え、午前と午後にそれぞれ「メリエンダ」(注1)と呼ばれる間食を取る文化が根付いている。このように、フィリピンでは小まめに食事を取り、満腹感を得る習慣がある。

また、現地に進出する食品企業A社は、フィリピン市場を「価格とボリュームが重視される傾向にある」と分析し、「販売商品のサイズを大きくしたり、競合他社が白米1杯で提供する商品に対し、同社は2杯にすることで消費者の満足感を狙ったりするなど、ボリューム重視の商品開発を行っている」という。そのため、フィリピンでは「低価格で満足感を得られる量」が重要な購買要因の一つだ。支払額に見合う満足感を得られるかどうかが重視されている点は、フィリピンで広くみられる「sulit(満足感)」を求める消費特性にも通じる。

他方、こうした従来から続く消費傾向が根強く残るものの、現在のフィリピンでは、それに加えて新たな傾向も見受けられる。現地日系企業へのヒアリングなどから見えた消費特性は、以下のとおりだ。

即食需要の高まり

経済成長に伴い、人々の生活スタイルが多様化している。特にマニラなど都市部では、共働き世帯の増加も影響し、時間の効率化ニーズが高まる中、手軽に食欲を満たせる即食需要が高まっている。ジェトロの調査レポート(以下、調査レポート)(注2)でも、フィリピンにおける食品サービス関連市場の中で、ファストフードやコンビニエンスストア即食を含むQSR/LSR(Quick-Service Restaurants/Limited-Service Restaurants)(簡易型レストラン)の普及が指摘されている。実際、前述の日系企業A社も「簡便かつ品質の高い食事へのニーズが高まる中、すぐに購入して食べられるフライドチキンやおにぎり、サンドイッチなどの即食商品の販売強化に取り組んでいる」という。

また、日系食品企業B社も、フィリピンの即食需要に注目し、「手軽に調理できる主食系食品の市場規模は依然として大きく、若年人口の多さや経済成長を背景に、さらなる中長期的な需要拡大が見込める」と指摘する。

即食需要の高まりは、フィリピンに根付くメリエンダ文化とも親和性が高く、手軽に空腹を満たせることが魅力となっている。日系食品メーカーC社は、競合は同業他社のみならず、「ストリートフードやスパゲティ、ハンバーガーなど、手軽に小腹を満たせる食品全般だ」と説明する。つまり、消費者は「手軽に食べられるか」「すぐに満足感を得られるか」を基準に選択する傾向にあり、即食性が重要な競争軸となっているといえよう。こうした傾向からは、価格のみならず、利便性や満足感といった付加価値を重視する「sulit」の考え方との親和性もうかがえる。

健康志向の高まり

次の消費特性は、健康への関心の高まりだ。複数の日系企業によれば、近年のフィリピンでは、商品選択において機能性や健康価値を重視する消費者が見受けられるようになっているという。従来の価格や容量に加え、「どのような付加価値が得られる商品なのか」という視点も、購買判断の一要素になりつつあるという。こうした背景から、現地日系企業からは、整腸作用や電解質補給といった商品の健康促進機能に対する理解が広がりつつあるとの声も聞かれた。例えば、フィリピンヤクルトは、現地で「プロバイオティクス」(注3)という概念や乳酸菌摂取の重要性が十分に理解されていない状態から現地ビジネスを開始した。同社は各家庭を訪問して商品の説明・販売を行うヤクルトレディへの教育を行った。ヤクルトレディが乳酸菌は腸内環境に役立つことを1軒1軒回りながら地道に説明し続けたことが、同社の売り上げ拡大の基盤となった。また、健康分野の有識者(KOL:Key Opinion Leaders)と関係を構築し、KOLに対しても乳酸菌の機能や同社商品の価値を説明した。その結果、KOLが消費者に商品の良さを発信することで、国民の健康意識の普及・向上につながった。こうした取り組みもあり、進出国の人口に対する同社商品の飲用率を見ると、フィリピンが世界最高水準になっているという。

大塚ソーラーも、近年の健康意識の高まりを実感している企業の一つだ。同社の代表取締役社長は、「近年の当社製品の売り上げ拡大の背景には、健康やスポーツへの関心の高まりがある」という。フィリピンでは、「水分補給は水でよい」という消費者が依然として多い中、同社はポカリスエットの「水よりも早い水分補給」や「体内に水が残りやすい」といった機能価値を継続的に訴求してきた。結果、運動時だけでなく、体調不良時の水分補給飲料としても認知が広がりつつある。また同社は、商品のさらなる認知拡大のため、国内各地のスポーツイベントやランニングイベント、祭りへの協賛に加え、栄養士や医療関係者などへの働きかけも行っている。ヤクルトレディによる地域密着型の販売活動や、大塚ソーラーによるスポーツイベントなどを通じた消費者との接点づくりからは、フィリピンでは人やコミュニティーとのつながりが商品の認知・普及において重要な役割を果たしていることがうかがえる。

「ローカライズ」×日本らしさ

複数の日系企業へのヒアリングを通じて、フィリピン市場では、消費者の嗜好や食文化に合わせた商品展開が求められる一方、単なるローカライズだけでは地場企業や他社との差別化が難しくなっていることがうかがえた。また、複数の現地日系企業からは、「フィリピン人になじみのある要素」と「日本らしい品質や特徴」の両立が、市場開拓の重要な要素であるとの声が聞かれた。

例えば、日系企業A社(小売業)は、日本式のおにぎりを販売するものの、日本のような常温販売はフィリピンでは受け入れられにくいという。長期的な品質管理も視野に入れ、冷蔵販売を採用し、電子レンジで温めることで、おいしく食べられる工夫をしている。しかし、温めるとご飯がパサついてしまうため、冷たいままでもおいしく食べられるよう商品改良を進めた結果、おにぎりの売り上げが伸長しているという。日本の食文化をベースにしながらも、現地の消費者が受け入れやすいかたちへ調整することで、日本らしさと現地適応を両立している。こうした取り組みは、日本の商品価値を維持しながら、慎重なフィリピンの消費者にも受け入れられやすいかたちへと工夫する試みともいえる。

他方、日本発の商品価値は維持しながらも、現地市場に合わせて事業モデルをローカライズする企業もいる。大塚ソーラーは「小売市場において依然として大きなプレゼンスを占めるトラディショナル・トレード(注4)にもポカリスエットを浸透させたい」という思いから、基本的に値上げをしていない。輸入コストが上昇する中でも価格を維持し、市場拡大を目指している。一方、前述のとおり、消費者に対しては機能性飲料である点を強調しているという。水分補給に加え、電解質補給という商品本来の価値を継続して訴求している。商品の機能価値を繰り返し伝え続ける姿勢からは、新しい商品の価値を慎重に見極めるフィリピン消費者の特性を踏まえ、理解を促しながら市場浸透を図る戦略がうかがえる。

これらの事例からは、フィリピン市場では日本の商品やサービスをそのまま展開するだけではなく、消費者が受け入れやすいかたちへ調整しながら、価値を丁寧に伝えることが重要であることが分かる。こうした取り組みは、新しい商品やブランドを慎重に受け止める消費者特性を踏まえた市場開拓の一手法ともいえる。

多様化する消費価値と求められる納得感

フィリピンでは依然として価格やボリュームが商品選択における重要な判断基準であり続けている。一方で、消費者が求める価値は多様化しつつある。手軽に食べられ、満足感を得られる即食商品の需要拡大や、商品の機能や健康価値への関心の高まり、さらには現地の嗜好に寄り添いながらも日本らしさを感じられる商品への支持など、従来の価格や量だけでは説明できない消費行動も確認された。

こうした変化を踏まえると、フィリピン市場では単に安価な商品が選ばれるのではなく、支払う対価に対して「それだけの価値がある」と消費者が納得できるかどうかが重要になっていると考えられる。今後は価格競争力を維持しながらも、消費者に対してどのような価値を提供できるか、また、その価値をいかに伝えるかが市場開拓のカギになると思われる。

企業基本情報
項目 内容
会社名 Yakult Philippines, Inc.
設立 1977年
事業内容 乳製品乳酸菌飲料の製造・販売
取扱商品 ヤクルト、ヤクルトライト
生産拠点 工場2拠点
主な展開地域 フィリピン全国
URL https://www.yakult.com.ph/外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
企業基本情報
項目 内容
会社名 Otsuka-Solar Philippines Incorporated
設立 2016年(ポカリスエット事業を医薬品事業から分社化) 
事業内容 ポカリスエットの輸入・販売
取扱商品 ポカリスエット
生産拠点 倉庫8拠点
主な展開地域 フィリピン全国
URL https://www.otsuka.com/en/ 外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます

注1:
食事と食事の間に取る「軽食・おやつ」のことで、もともとはスペイン発祥の食文化としてフィリピンでも深く根付いた食習慣。 本文に戻る
注2:
ジェトロ「アジア大洋州の消費トレンドおよび国別重点市場調査(2026年9月)PDFファイル(1.6MB)」を参照。 本文に戻る
注3:
十分量を摂取したときに宿主に有益な効果を与える生きた微生物を指す。 本文に戻る
注4:
個人経営の小規模店舗などを通じた伝統的な流通チャネル。フィリピンでは依然として重要な販売経路の一つであり、スーパーやコンビニエンスストアなどのモダントレード(MT)と併存している。 本文に戻る