多様化するアジア大洋州の消費者像-価値観、ライフスタイル、市場機会を読み解く-品質・体験・家族志向に商機 広がる「生活価値消費」
フィリピン(3)

2026年10月22日

フィリピンは依然として価格に敏感な市場とされるが、近年はそれだけでは説明できない消費者行動の変化がみられる。所得水準の向上やライフスタイルの変化を背景に、消費者は商品やサービスがもたらす生活価値や体験価値を重視するようになっている。その背景には、安心して購入できるかを重視する慎重な商品評価の姿勢に加え、単に安価な商品ではなく価格に見合う価値を求める「sulit(スリット)」の感覚、さらに家族や友人とのつながりの中で商品やサービスを選ぶ価値観もみられる。特に中間層を中心に、「暮らしを豊かにする」「安心して利用できる」「家族と良い時間を過ごせる」といった価値に対して対価を支払う傾向が強まりつつある。消費の目的も、モノの所有そのものから、より良い暮らしを実現することへと広がっている。本稿では、ジェトロによるフィリピン市場で事業を展開する日系企業(無印良品、ニトリ、イオンファンタジー)へのヒアリング(2026年7月実施)を基に、消費者価値観の変化と日本企業にとっての事業機会を探る。

「より良い暮らし」への需要の高まり

フィリピン市場は依然として価格に敏感な市場だ。フィリピン総論1編である前稿(「信頼・価値・つながりに着目」参照)で見たように、人口の多くを占めるボリュームゾーンでは、価格が購買判断の重要な要素となっており、中間層も決して厚いとはいえない。一方で近年は、限られた所得の中でも、暮らしを便利にする商品やサービス、安心して利用できる品質、家族との時間を豊かにする体験に対して対価を支払う消費者が増えつつある。「安さ」だけではなく、「生活をより良くする価値」が評価され始めている点は、市場の新たな変化として注目される。以下では、こうした消費者価値観の変化を5つのポイントから整理する。

ポイント1.「安ければよい」から「役に立つものを選ぶ」消費へ

フィリピン市場で近年、価格だけで商品を選ばない消費者も増えている。特に、中間層以上では、利便性や耐久性、実用性といった生活に役立つ価値を重視する傾向がみられる。消費者は、「安い商品」よりも「同じ価格ならより価値の高い商品」を選びたいと考えるようになっている。これは、単に低価格を求めるのではなく、支払う対価に対して、十分な価値や、満足感を得られるかを重視する「sulit」の価値観と言える。 こうした変化には、住環境の改善や快適な暮らしなど、生活の質向上への関心の高まりが関係している。収納用品やキッチン用品、掃除用品など、日常生活を便利にする商品の需要が伸びているほか、繰り返し使用できる商品や環境配慮型商品への受容も進んでいる。また、品質の良いものを長く使うことに価値を見いだす消費者も増えている。消費の目的はモノの所有から生活の質の向上へと広がりつつあり、企業にとっては価格やスペックだけでなく、商品やサービスを通じてどのような暮らしを実現できるかを提案することが重要になっている。

ポイント2.品質需要は富裕層・都市部だけのものではない

フィリピンでは、高品質な商品や機能性の高い商品への需要は、もはや一部の富裕層だけのものではなくなりつつある。近年は中間層や一般消費者の間でも、「最も安い商品」ではなく、「価格に見合う価値を持つ商品」を選ぶ傾向が強まっている。

この変化は企業の店舗展開にも影響している。品質や機能性への需要拡大を受け、高所得者層向けの商業施設だけでなく、大衆向けモールや地方都市への出店を進める企業も増えている。実際、地方部でも都市部と同様の商品が支持されるケースがみられ、品質を求める消費行動が幅広い層へ浸透しつつあることがうかがえる。品質需要の裾野の拡大は、市場そのものの成熟を示す変化ともいえる。日本企業にとっては、富裕層向け市場だけでなく、中間層に向けて手の届く価格で品質や機能性を提供することが重要になっている。

ポイント3.日本ブランドへの信頼と「安心して選べる価値」

フィリピンでは日本ブランドへの信頼が依然として高い。その背景にあるのは、日本製というイメージそのものではなく、品質の安定性やサービスに対する安心感だ。消費者は商品を購入する際、価格だけでなく、「安心して購入できるか」「長く使えるか」といった点も重視している。こうした傾向の背景には、新しい商品やブランドであっても、その品質や信頼性を慎重に見極めたいという消費者心理があると考えられる。

特に、品質の安定性や耐久性、アフターサービスなどへの期待は大きく、信頼できる企業やブランドを選ぶ傾向がみられる。市場競争が激化する中で、日本ブランドであること自体が差別化要因になるわけではないが、品質とサービスを通じて長年築いてきた信頼は依然として大きな強みとなっている。消費者にとっては、「失敗しない買い物」であることも重要な価値であり、「安心して選べるブランド」としての評価が競争力につながっている。こうした信頼を維持するためには、日本企業は品質や顧客対応を継続的に提供し、その価値を実際の顧客体験を通じて示していくことが重要となる。

ポイント4.デジタル時代に高まる「体験」の価値

SNSや動画コンテンツの普及によって、フィリピンの消費者は商品情報を容易に入手できるようになった。一方で、情報量が増えたからこそ、実際に商品やサービスを体験して判断したいというニーズも高まっている。特に機能性や利便性といった価値は、広告だけでは十分に伝わらない場合が多く、実際に試すことで初めて理解されるケースが少なくない。

また、体験した価値はSNS上で共有されやすく、口コミとして拡散される。そのためデジタル化は体験価値を低下させるのではなく、むしろ体験価値の影響力を拡大させている。企業にとっては、単なる広告や販促活動だけでなく、商品やサービスの価値を実感できる場を提供することが重要なマーケティング手法となっている。

ポイント5.家族との時間を豊かにする消費

フィリピン市場を理解する上で重要なのが、家族やコミュニティーとのつながりを重視する文化だ。消費行動は個人単位ではなく、家族や友人との交流の中で行われることが多い。商品やサービスの価値も、それ自体の機能だけでなく、家族や友人との時間を豊かにするかどうかによって評価される。このように、消費が個人単位ではなく家族や身近な人々との関係の中で行われる点は、「コミュニティーの中での消費」というフィリピン市場の特徴を表している。

そのためフィリピン市場では、「何を買うか」と同様に、「誰と過ごすか、楽しむか」が重要な消費の要素となる。家族で利用できる施設、共有できる体験、交流の場を提供するサービスは高い支持を得やすい。日本企業にとっても、個人向けの商品価値だけではなく、家族やコミュニティーとの時間を豊かにする提案が重要になっている。

先進企業にみる価値消費への対応

こうした消費者意識の変化は、フィリピン市場で事業を展開する企業の戦略にも影響を与えている。品質や機能性への需要拡大を見据えた出店戦略の見直しや、体験価値を重視した販促活動、家族向け需要を取り込むためのサービス展開など、各社は市場変化に合わせた取り組みを進めている。以下では、無印良品、ニトリ、イオンファンタジーの事例を通じて、フィリピン市場でみられる消費トレンドと企業の対応を紹介する。

無印良品

無印良品は、2010年にフィリピンで第1号店を開店し、2017年には現地パートナーとの合弁会社を設立した。日本と同様に衣料品や生活雑貨、食品など品質と実用性を重視したライフスタイルを提案している。同国では都市部を中心に店舗網を拡大しており、「質の良い商品を手の届く価格で提供する」ことを通じて、生活の質向上を提案している。

MUJIフィリピンの秋吉武士社長によれば、同国市場において消費者の価値観が大きく変化している。「安ければよい」という従来の消費傾向から、近年は品質や実用性を重視する消費者が増えているという。同社では、化粧品のリフィルやボールペンの替え芯など、長く使うことを前提とした商品が受け入れられている。また、繰り返し使える除湿剤や水回り用クリーニングシートなど、日常生活の課題を解決する商品の販売も好調だ。

出店戦略も変化している。当初は高所得層向けモールを中心に展開していたが、現在はSMモールなど幅広い顧客層が利用する商業施設への出店を進めている。60ペソ(約155円)程度のボールペンなどを入り口商品として若年層との接点を広げ、将来的な購買拡大につなげる考えだ。また、フィリピンでは軽食を囲みながら交流する文化が根付いていることから、カフェ「Café MUJI」併設店舗も重要な役割を果たしている。同社は、日本ブランドであることだけでなく、品質や環境配慮を含めたブランド価値を伝えることが重要だと指摘する。

店舗に併設された「Café MUJI」。フィリピンの交流文化に合わせ、顧客がくつろげる空間(同社提供)

企業基本情報
項目 内容
会社名 MUJI Philippines Corp.(無印良品フィリピン)
設立 2017年(現地パートナーとの合弁会社設立)
事業内容 「無印良品」ブランドによる衣料品、生活雑貨、食品等の企画・販売。フィリピン国内における小売店舗運営およびカフェ併設店舗の展開。
取扱商品 衣料品、生活雑貨、ヘルス&ビューティー商品、文具、家具・インテリア、食品など。日本で展開する商品の約7割を販売。
店舗数 13店舗(2026年8月現在)
主な展開地域 メトロマニラ、ルソン島地方都市等
URL https://www.muji.com/ph/外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます

ニトリ

ニトリは、家具・インテリア用品や生活雑貨を販売するホームファニシング企業だ。2024年にフィリピンへ本格参入し、企業理念である「暮らしの豊かさを世界の人々に提供する。」の実現に向けて、事業を拡大している。

NITORI PHILIPPINES INC.の佐藤Retail Managerによれば、フィリピン市場では品質や機能性への関心が高まっているとみている。同社では、家具だけでなく、キッチン用品や収納用品、寝具などの日用品が人気を集めている。顧客からは機能性の高さや品質の良さが評価されており、「暮らしを豊かにする」という価値が支持につながっているという。また、マニラ首都圏中心部だけでなく郊外への店舗展開も進めているが、地域によって売れ筋商品に大きな違いはなく、地方部でも品質への需要が広がっている。

同社は、日本ブランドに対する信頼も強みとして挙げる。特に、商品パッケージに記載された日本語や、商品によって表示されている「MADE IN JAPAN」の表記がフィリピンの消費者に安心感を与えている。家具の配送や設置サービスに対する評価も高い。さらに、接触冷感寝具「Nクール」の体験イベントを実施している。実際に商品に触れてもらうことで機能性を理解してもらい、購買につなげているという。


フィリピンで事業を拡大するニトリ店舗(同社提供)

接触冷感寝具「Nクール」(同社提供)
企業基本情報
項目 内容
会社名 Nitori Philippines Inc.
設立 2023年(フィリピン法人設立)
所在地 マニラ首都圏(Metro Manila)
事業内容 家具・インテリア用品、生活雑貨、ホームファニシング商品の輸入、販売。
店舗数 7店舗(2026年8月現在)
主な取扱商品 家具、収納用品、キッチン用品、寝具、インテリア用品、生活雑貨、家電等
URL https://www.nitori.com.ph/外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます

イオンファンタジー

イオンファンタジーは、ショッピングセンター内で子ども向け屋内遊戯施設を運営している。フィリピンには2014年に進出し、親子で一緒に遊びながら学べる屋内プレイグラウンド「キッズーナ」を中心に全国展開を進め、家族で楽しめる体験価値を提供している。同プレイグラウンドは、滑り台やトランポリンなどの大型遊具に加え、お店屋さんごっこができる職業体験などの参加型コンテンツを備えた親子向け屋内遊戯施設だ。

「キッズーナ」では、イベントやワークショップなど、子どもが主体的に参加できる体験型コンテンツを充実させている。フィリピンを代表するファストフードブランドであるジョリビーとのコラボレーションなども実施し、体験価値の向上を図っている。

同社の代表取締役社長の久野裕輔氏によれば、同社はフィリピン市場における家族志向の強さに着目して事業展開を進めているという。例えば、誕生日会需要は大きいことから、パーティールームを利用したイベントが盛んに行われている。利用者が施設での体験をSNS上で共有するケースも多く、体験と情報発信が一体化している点も特徴だ。フィリピンでは家族や友人との交流の中で消費体験が語られることも多く、こうした口コミや情報共有が施設の認知拡大にも寄与している。また、消費者が評価しているのは日本ブランドに加え、接客やホスピタリティーを含めた体験品質であり、それが信頼獲得につながっているという。 


子どもがさまざまな職業になりきって楽しめる
「なりきりごっこ」(同社提供)

ファミリー向け屋内遊び場「キッズーナ」のエントランス(同社提供)

子どもたちに人気の大型ボールプール(同社提供)
企業基本情報
項目 内容
会社名 AEON FANTASY GROUP PHILIPPINES, INC.
設立 2014年
事業内容 ショッピングセンター内における子ども向け屋内遊戯施設、プレイグラウンド、アミューズメント施設の企画・運営
主力ブランド kidzooona(キッズーナ)、KID’S BOX(キッズボックス)
店舗数 約80店舗(2026年8月現在)
主な展開地域 メトロマニラ、セブ、ダバオなど全国主要都市
URL https://www.aeonfantasy.com.ph/外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課長
藤江 秀樹(ふじえ ひでき)
2003年、ジェトロ入構。ジェトロ・ジャカルタ事務所(10~15年)、海外調査部アジア大洋州課(15~18年)、シンガポール事務所(18~22年)などを経て、2024年9月から現職。編著に「インドネシア経済の基礎知識」(ジェトロ、2014年)、「分業するアジア」(ジェトロ、2016年)がある。

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