特集:米中摩擦でグローバルサプライチェーンはどうなる?市場開拓と輸出拠点としての活用を目指す(台湾、インドネシア)
政策支援も追い風に、台湾企業の対インドネシア投資活発化も

2020年1月22日

台湾当局は2017年から、ASEAN10カ国、南アジア6カ国、オセアニア2カ国の計18カ国(注)との関係深化を目指す「新南向政策」を推進している。同政策は、対象18カ国との経済、資源の共有、人材交流、地域連携などの面での協力拡大を図ることを目指している。

台湾企業の対インドネシア投資、増勢も勢いは弱く

台湾の政策の対象となる18カ国の中で、インドネシアは、人口、経済規模ともにインドに次いで2番目に大きいが、これまで台湾企業による対インドネシア投資は活発とはいえない状況だった。

経済部投資審議委員会によると、2019年1~11月における新南向政策対象国への投資認可件数は前年同期比19.5%増の245件、金額は19.0%増の26億1,314万ドルで、うち、インドネシアへの投資認可件数は39.1%減の12件、金額は8.1%増の1億4,064万ドルにとどまっている(図参照)。一方、2019年1~11月における台湾企業の対ベトナム投資認可状況をみると、件数は87件、金額は8億4,624万ドルと、対インドネシア投資規模を大きく上回っている。

図:台湾の対インドネシア投資認可件数・金額推移
台湾の対インドネシア投資推移(認可ベース)をみると、金額では2017年以降3年連続で1億ドルを上回る水準となっているが、増勢の勢いは弱い。件数ベースでは2019年1~11月期は14件と前年比減少している。

出所:台湾経済部投資審議委員会「核准僑外投資、陸資来台投資、国外投資、対中国大陸投資統計月報統計」からジェトロ作成

台湾企業の対インドネシア投資額の推移をみると、2014年に初めて1億ドルの大台を突破し、その後2017年以降に3年連続で1億ドルを超えたものの、増勢の勢いは弱いのが現状である。

なお、1952年から2019年1~11月までの累計では、台湾企業の対インドネシアへの投資認可件数は308件、累計投資認可額は16億3,547万ドルと、同時期の対ベトナム投資累計(714件、109億1,092万ドル)を大きく下回っている。

業種別の投資動向をみると(表1参照)、2015~2018年は金融・保険業が大きな割合を占めていたが、2019年には製造業の幅広い分野での投資がみられている。

表1:台湾の対インドネシア投資認可案件の業種別内訳(単位:件、万ドル)
業 種 2015年 2016年 2017年 2018年 2019年1~11月
件数 金額 件数 金額 件数 金額 件数 金額 件数 金額
製造業 5 16,566 11 2,169 7 5,065 14 6,239 8 12,573
階層レベル2の項目飲料 0 0 0 498 0 0 0 500 0 6,778
階層レベル2の項目繊維業 0 410 0 0 2 2,861 0 1,097 0 198
階層レベル2の項目アパレル・服飾品 1 169 0 0 0 54 0 40 0 0
階層レベル2の項目皮革、毛皮およびその製品 0 0 0 0 0 0 0 0 0 800
階層レベル2の項目化学製品 0 0 0 0 1 35 0 0 1 33
階層レベル2の項目ゴム製品 1 8,000 0 0 1 0 0 0 0 0
階層レベル2の項目プラスチック製品 0 0 1 100 2 489 0 0 0 260
階層レベル2の項目非金属鉱物製品 0 0 2 264 0 0 0 0 2 360
階層レベル2の項目基本金属 1 250 1 350 0 0 3 2,510 0 500
階層レベル2の項目金属製品 0 56 0 0 0 0 0 175 1 120
階層レベル2の項目電子部品 0 0 0 0 0 0 2 174 0 0
階層レベル2の項目PC、電子製品および光学製品 0 83 1 225 0 0 2 1,021 3 3,099
階層レベル2の項目電力設備 0 387 4 50 1 60 7 264 0 225
階層レベル2の項目機械設備 1 4,610 2 183 0 0 0 459 1 200
階層レベル2の項目自動車および部品 0 101 0 0 0 67 0 0 0 0
階層レベル2の項目その他輸送機械 1 2,500 0 500 0 1,500 0 0 0 0
卸売・小売業 3 301 3 430 5 1,240 6 1,111 1 914
運輸・倉庫業 0 0 0 0 0 0 2 94 0 0
情報・コミュニケーション業 0 0 0 0 0 0 1 20 3 152
不動産・リース業 0 0 0 0 0 0 0 0 1 85
金融・保険業 1 23,600 0 1,889 0 5,920 0 5,819 0 0
その他サービス業 0 0 0 0 0 0 0 0 1 990
合 計 10 40,483 16 4,563 13 12,225 25 13,461 14 14,064

注:一部業種は掲載していないため、業種ごとの件数、金額の足し上げは合計とは一致しない。
「件数」は、新規投資件数を合計したもの(増資の場合は、件数に計上されない)。「金額」は、新規投資と増資の投資金額を合計したもの。
出所:台湾経済部投資審議委員会「核准僑外投資、陸資来台投資、国外投資、対中国大陸投資統計月報統計」からジェトロ作成

なお、インドネシアにおける台湾系企業数に関する正確な統計はないが、インドネシアにおける台湾の窓口機関である「駐インドネシア台北経済貿易代表処」は、インドネシアには約2,000社の台湾企業が進出しており、約2万人の台湾人が駐在しているとしている。

台湾企業のインドネシア展開:市場開拓と輸出拠点としての活用が主目的

台湾企業のインドネシアへの投資目的について、台湾当局の一部門である「僑務委員会」が2019年1月に発行した「2017海外台商経済年鑑」には、インドネシアの台湾系企業に対するアンケート調査結果が掲載されている。インドネシアへの工場建設の理由について尋ねたところ、「現地市場の需要の大きさ」(73.3%)、「労働コストの相対的な低さ」(72.1%)、土地・工場・機械設備など固定資産コストの安さ」(70.9%)がトップ3を占めた。つまり、インドネシアへの投資は、ASEAN最大の2億6,000万人の人口を有する同国市場の開拓および低廉なコストを活用した生産拠点の設置が主目的となっていることがうかがえる。

加えて、米中貿易摩擦による影響を踏まえ、インドネシアへの投資を実施、検討する動きもみられる。台湾の大手繊維メーカー「儒鴻」(Eclat Textile)は2019年12月、インドネシア・クンダル工業団地における30年の土地使用権を取得した。今後3年をかけて1億7,000万ドルを投じ、インドネシアに繊維・アパレル一貫工場を建設するとしている(表2参照)。

同社の洪鎮海董事長は「同社の主要な生産基地はベトナムであるが、米中貿易摩擦により、多くの企業がベトナムに投資したことで、労働力不足の問題が生じており、生産能力どおりの生産が難しく稼働率は8割にとどまっている」(経済日報2019年12月20日)と、インドネシアへの投資の理由を説明している。

ジェトロ・ジャカルタ事務所は2019年9月3日、インドネシア・ジャカルタ首都圏で日系企業の工場が集積するチカラン地区で、台湾貿易センター(TAITRA)との共催で「日台企業商談会」を開催した。日本側から24社・団体(自動車部品、機械、IT、繊維、物流、繊維、工業団地運営、コンサルティングなど)、台湾側から24社(車載用電子製品、金属・金型製造、自動車部品、繊維など)が参加した。


チカラン地区で開催された日台企業商談会(ジェトロ撮影)

商談会に参加した台湾企業に、インドネシアへの生産拠点の移管などについてヒアリングしたところ、米中貿易摩擦による影響を踏まえ、既存のインドネシア拠点の活用を進める企業がみられた。

インドネシアに既に工場を設置している企業A社は「(米中貿易摩擦を踏まえ)北米向け輸出用の生産はベトナム工場および台湾工場に移管済み。ベトナム工場で対応していた他市場向けの輸出は、ベトナム工場が北米向け対応を強化することとなったため、インドネシア工場に移管した」としている。

同じくインドネシアに工場を設置している企業B社は「米国の関税賦課の対象となっていない品目は引き続き中国で生産する一方、対象となる品目はインドネシアで製造する形で対応」すると回答した。さらに、インドネシア工場の生産能力拡大に向け、現在のレンタル工場形態から、今後は新たに土地を購入し、建屋を立てる形で対応するとしている。

表2:台湾企業の主な対インドネシア投資案件
会社名 業種 動向
力麗(LEE LEE) 繊維 2017年4月、インドネシアのバンドンにあるインドネシア資本の染色工場に70%を出資し子会社化。同社の初めての海外工場。
儒鴻
(Eclat Textile)
繊維 2019年12月、インドネシア・クンダル工業団地における30年の土地使用権を取得。今後3年をかけて、1億7,000万ドルを投じインドネシアに繊維・アパレル一貫工場を建設
和碩(PEGATRON) 電機・電子 2019年7月、インドネシアバタム島の工場の操業を正式に開始。同8月には、インドネシア子会社を3,000万ドルで増資。
建大工業(KENDA) タイヤ 2017年第2四半期、バンテン州における工場の生産を開始。
正新橡膠工業(MAXXIS) タイヤ 2016年、インドネシアジャカルタ近郊に設立した工場での生産を開始。2018年1月、インドネシアの子会社を増資。
陽明海運 物流 2019年5月、ジャカルタに子会社を設立。
台北富邦銀行 金融 2019年9月、ジャカルタに駐在員事務所を設立。
第一銀行 金融 2019年9月、ジャカルタに駐在員事務所を設立。

出所:各社年報、報道などからジェトロ作成

そのほか、ヒアリングした台湾企業の中には、今後、インドネシアへの工場設立を検討すると答える台湾系企業も複数あった。

こうした企業のインドネシアへのビジネス展開ニーズの拡大も踏まえ、2019年9月には台北富邦銀行と第一銀行が相次いでジャカルタに駐在員事務所を設置した。

台湾工業団地の設置も計画中

台湾当局は、新南向政策の一環で、台湾企業の対象国でのビジネス拡大に向けた環境整備にも力を入れている。経済部は、インドネシア(ジャカルタ)、タイ(バンコク)、ベトナム(ホーチミン)、フィリピン(マニラ)、ミャンマー(ヤンゴン)、インド(ニューデリー)の6カ所に、会計事務所と提携して「台湾投資窓口」(TAIWAN DESK)を設け、現地でのビジネス展開を希望する企業への情報提供・コンサルティングを行っている。

加えてインドネシアにおいては、「台北駐インドネシア経済貿易代表処」が2018年11月、インドネシアの台湾における窓口機関である「駐台北インドネシア経済貿易代表処」との間で「台湾・インドネシア全面的経済協力に関するMOU(覚書)」を締結した。当該MOUを踏まえ、台湾当局は、台湾を代表するエンジニアリング会社中興工程顧問を通じて、インドネシア・スラバヤに計画されている工業団地「Java Integrated Industrial and Port Estate, JIIPE」の中に、「台湾園区」を建設する方向で準備を進めている。中興工程顧問は、当該園区開発の主体となるほか、台湾企業の現地への視察など、台湾企業に対するワンストップサービスも提供することとなっている。最終的には、同園区内に、電子産業、光エレクトロニクス、重工業、石油化学、製鋼などの産業分野における企業進出を想定している(工商時報2019年11月21日)。中興工程顧問は、台湾内の多くの工業団地計画に携わっており、その経験を第三国でも活用していくことになっている。

台湾当局による支援策拡大:台湾企業の投資意欲拡大にも一定の効果

台湾企業の対外投資に当たり、これまでの台湾当局による支援は必ずしも十分ではなかった。かつて筆者自身も、訪問した台湾大手企業から「現地でのビジネス展開に当たり当局の支援体制は十分ではないため、ジェトロの海外事務所のサポートが得られないか」との打診を受けたこともある。

しかし、前述の通り、新南向政策の推進に伴い、支援メニューは充実しつつある。「2017海外台商経済年鑑」での在インドネシアの台湾企業に対するアンケート調査において、当局が実施している新南向政策の影響についても聞いている。アンケートに回答した企業のうち、52.3%の企業は「投資規模に変化なし」と回答した一方で、11.6%の企業は「投資規模を拡大している」と回答している。政策の推進が、一部の台湾企業の投資拡大意欲の増進につながっていることがうかがえる。

当局の支援拡大を「追い風」としつつ、市場の開拓や、米中貿易摩擦を踏まえた輸出拠点の面での台湾企業のインドネシア活用意欲が高まれば、台湾の対インドネシア投資が今後さらに拡大していくことも想定される。こうした中、進出日系企業においても、現地調達や販売先の拡大などでの台湾企業との連携拡大も、今後のビジネス展開における選択肢の1つとなってくるだろう。


注:
ASEANは、シンガポール、インドネシア、フィリピン、ベトナム、タイ、マレーシア、カンボジア、ラオス、ミャンマー、ブルネイ。
南アジアは、インド、パキスタン、バングラデシュ、スリランカ、ネパール、ブータン。 オセアニアは、オーストラリア、ニュージーランド。
執筆者紹介
ジェトロ企画部海外地域戦略主幹(北東アジア)
中井 邦尚(なかい くにひさ)
1996年、ジェトロ入構。ジェトロ・北京事務所、海外調査部中国北アジア課、ジェトロ・成都事務所、ジェトロ・香港事務所などを経て、2018年11月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ・ジャカルタ事務所
山城 武伸(やましろ たけのぶ)
2007年、ジェトロ入構。ジェトロ愛媛(2009~2012年)、インドネシア語研修(2012~2013年)、ジェトロ展示部展示事業課(2013~2015年)などを経て現職。

この特集の記事

日本の中堅・中小企業への影響
中国、韓国、台湾、香港:生産拠点は移転するのか
北米発! 識者、産業界に聞く米中摩擦の影響と対応策
米中のはざまで変容の兆しをみせるアジア