特集:米中摩擦でグローバルサプライチェーンはどうなる?米中貿易摩擦による日系企業への影響は限定的、中国の投資活動が加速(インドネシア)

2020年1月7日

米中貿易摩擦はインドネシアの経済成長を0.1~0.2ポイント減速させている。投資と貿易の減退が主要因となる景気悪化は、米中両国向けの輸出入額の減少というかたちで現れているものの、米国向けには家具・寝具など一部製品の輸出増にもなっている。他方、中国国内の賃金上昇を受けて低賃金国への生産移転を検討していた中国系企業は、米中貿易摩擦によってインドネシアへの生産移管を加速させている。米中貿易摩擦は在インドネシア日系企業に対して、現時点では明確な影響を及ぼしてはいないが、多くの企業がインドネシア国内での販売を主な業態としている中、自動車をはじめとした内需の減退の影響を受ける企業は多く、米中貿易摩擦による景気悪化が間接的に日系企業の業況に響いている。

一部品目で対中・対米輸出に変化

世界銀行、IMFはそれぞれ、10月9日と15日に発表した経済見通しで、2019年のインドネシアの経済成長見通しを前回予測から0.1、0.2ポイント引き下げ、ともに5.0%とした。米中貿易摩擦で世界経済の不透明性が高まり、各国で需要の減退が見られることを主な要因としている。インドネシア政府が11月5日に発表した第3四半期(7~9月)の経済成長率は5.0%で、両国際機関の予想と当てはまった。インドネシア大学経済社会研究所、インドネシア経済改革センター(CORE)によると、インドネシア経済は2019年第1四半期(1~3月)から3期連続で減速しており、主要因は米中貿易摩擦などによる投資と貿易の落ち込みとしている。

インドネシアの貿易統計をみると、2019年1月~8月の対中輸出は前年同期比で4.9%減少している。最大の要因は石炭の国際価格低下だが、そのほかにも、木材・木製品の輸出額が約3割減少したことが影響している(図1参照)。中国の対米家具製品輸出はさえず、間接的にインドネシアの輸出に影響しているとみられる。同期間の対米輸出額も7.0%減少している。主要因の1つはパーム油の輸出減少によるものだが、一方で、家具・寝具類の輸出額は約2割増加している。これら製品については、米国企業がインドネシアへのオーダーを増やしているとみて良いだろう。

図1:インドネシアの対中輸出(木材および同製品)と対米輸出(家具・寝具)
中国向け輸出は減少しているものの、米国向け輸出は増加している。

出所:グローバルトレードアトラス

増える中国の対インドネシア投資

次に、投資についてみると、中国はインドネシアを「一帯一路」構想などの有力投資先とみて、近年積極的に接近している。2015年にジャカルタ~バンドン間の高速鉄道案件を日本から競り落としたのはその代表的な事例だ。ほかにも、スラウェシ島中部で大規模ニッケル精錬所を開発し、中国向けのステンレス鋼原料の囲い込みを精力的に行っている。こうした中、中国による対インドネシア投資額は近年急速に増加している。2019年は第3四半期まで(1~9月)の投資額が33億ドルを超え、日本を上回った。通年で過去最高額を更新することが確実視されている。主な投資分野は基礎金属や運輸などで、前述した大型プロジェクトが大きく寄与している。また、インドネシア国内市場に参入する動きも散見される。自動車分野では既に国内シェアで5%を超えて一部日系ブランドを上回るなど、じわじわと影響力を拡大している。統計値には含まれないが、デジタル経済分野では最近急速に拡大する非現金決済にも中国企業の参入が目立ち始めた。

米中貿易摩擦は、こうした中国による対インドネシア投資を加速させる働きがあるものと理解される。中国国内の賃金上昇のため、従来から中国系企業は東南アジアなどの低賃金地域への生産移転を進めてきた。実際、インドネシアにも、家具や縫製品を製造する中国系企業が半年程度の可能性(FS)調査の結果、中部ジャワ州の工業団地に10ヘクタール規模の土地を契約するなどの動きが出ている。台湾の通信機器製造大手の和碩聯合科技(ペガトロン)のような大企業も米中貿易摩擦を理由にインドネシアへの移転を決定した。米中貿易摩擦がインドネシア投資を加速させている契機になっているのは確実のようだ。

ただし、米中貿易摩擦に端を発する生産移転の波は、ベトナムやタイと比べると、インドネシアにはそれほど及んでいないとみられる。新聞が伝える有識者の意見でも、インドネシアはベトナムと比べて投資環境整備が遅れていることなどから、中国投資を呼び込む好機を逃しているとする論調が随所に見られ、インドネシア政府の主要課題となっている。

日系企業への影響は限定的

インドネシアに進出する多くの日系企業にとっては、米中貿易摩擦による直接的な影響は明確ではない。ジェトロが行った日系企業調査では、現時点で「影響はない」「分からない」とする企業は約7割と大勢を占めた(図2参照)。例えば、自動車部品を製造するA社は1年間の検討の結果、対米市場用に作っていた部品を中国にある拠点からベトナム、タイへ移管することを本社が決定したが、インドネシアは投資環境や製品の品質面を比較した結果、移管先として選定されなかったことを明らかにした。

米中貿易摩擦によって「マイナスの影響がある」と回答した日系企業は16%で、主な理由として「国内売り上げ(現地市場での売り上げ)」を挙げた。日系企業へのヒアリングからは、複数の自動車部品メーカーがインドネシア国内での販売不振を感じていた。東南アジア全体で自動車の販売が前年割れする中、販売が伸びない理由について、米中貿易摩擦などによる景気悪化とみる日系企業が多かった。「プラスの影響がある」と回答した企業は3%にとどまった。こうした企業は個別事情により、販売増加やインドネシアへの生産移転が起こっている状況にある。

図2:通商環境の変化が在インドネシア日系企業に及ぼす影響

A)全回答結果
現時点の影響を在インドネシア日系企業に聞いたところ、「マイナスの影響がある」(回答率16%)だった。「プラスの影響がある」は3%、「プラスとマイナスの影響がある」は10%だった。
B)「マイナスの影響がある」の理由
「国内売上」への影響が35%で最も高い回答率だった。以下、「調達・輸入コスト」の25%が続いた。

出所:ジェトロ「2019年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」

ビジネス環境改善の好機にも

米中貿易摩擦が在インドネシア日系企業に与える影響は現時点で限定的で、主に景気悪化による販売不振として間接的に表れている。他方、中国企業によるインドネシア進出は米中貿易摩擦で加速しており、今後、インフラ建設や自動車、アパレルなどの分野では競争環境の変化が加速すると考えられる。

インドネシア全体としては、米中貿易摩擦が投資や貿易の減速による景気の悪化を招くと同時に、他国と比較したインドネシアの投資環境上の課題も浮き彫りにしている。10月20日に始動した第2期ジョコ政権は早速、最低賃金や労働法、ビジネス手続きなどの制度改革を産業界や有識者から強く求められている。そうした投資課題は実は日系企業にとっても共通の悩みだ。米中貿易摩擦はビジネス環境の改善を政府に要望する奇貨になっているともいえる。

執筆者紹介
ジェトロ・ジャカルタ事務所
山城 武伸(やましろ たけのぶ)
2007年、ジェトロ入構。ジェトロ愛媛(2009~2012年)、インドネシア語研修(2012~2013年)、ジェトロ展示部展示事業課(2013~2015年)などを経て現職。

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