特集:米中摩擦でグローバルサプライチェーンはどうなる?柔軟なグローバル戦略が必要、米中摩擦下の米自動車産業

2019年12月25日

米国中西部の主要産業である自動車産業に、米中貿易摩擦はどのような影響を与えているのか。デトロイトで自動車産業に関する情報収集や現地業界団体とのネットワーク構築などを実施している日本自動車部品工業会(JAPIA)北米代表の河島哲則氏、シカゴで製造業をはじめとしたさまざまな分野の日系企業の米国進出に係るコンサルティング業務に長年従事しているITA, Incのプレジデントの岸岡慎一郎氏に書面でのインタビューを行った。


JAPIA北米代表の河島哲則氏 (JAPIA提供)

ITA, Incプレジデントの岸岡慎一郎氏(ITA, Inc提供)

研究開発や雇用への影響も

自動車部品については各国に最適生産拠点があり、互いに供給し合う構造にあることが多いため、米中貿易摩擦による直接的・間接的コスト増を避けることは難しく、さらには還付手続き面の遅延などの影響が出ているという。JAPIAの河島氏は「トランプ政権の対中追加関税による影響は、企業の規模や輸入品の種類によって大きく差がある。また、追加関税の適用除外の申請をした場合でも、米国通商代表部(USTR)による審査(注)が遅れており、これが障害となっている」という。また、トランプ政権が輸出管理の対象に「新興・基盤的技術」を新たに加えたこと(2019年9月3日付ビジネス短信参照)により、日系企業が米国に置いている研究・開発(R&D)部門への影響も出てくると見込まれている。河島氏は「近年、特に先進運転支援システム(ADAS)関連の技術開発の比重が米国のR&D部門で高くなってきており、もしADASを含む技術分野が米国の輸出管理の対象技術になった場合は、日系企業でも今後、それら技術を扱うサプライチェーンを厳格に管理することが必要になるなど、影響が出てくると思われる」と指摘する。

ITAの岸岡氏によると、中国人への米国入国ビザの発給が厳しくなっているという。同氏は「周囲では中国人のビザ却下が見受けられ、今後もビザ発給に影響が出ると予想される。優秀な中国人の学生が採用できない環境になるとともに、ただでさえ採用難に直面している中で、事業運営へのブレーキがかかってしまう」と、企業活動への影響を懸念する。

河島氏はまた、中国による報復追加関税の影響も指摘する。大手自動車部品のサプライヤーは中国や米国、メキシコ、日本、東南アジアの各国に構成部品のそれぞれの最適生産拠点を持ち、生産する構成部品を互いに供給している場合が多いという。このため、どの国で追加関税が課されても、直接または間接的にコスト増につながる構造となっている。同氏は「中国による報復追加関税によっても、こうした構造の下で、中国の拠点が米国の拠点から構成部品の原材料を調達し、構成部品を加工・製造した上でそれを各国の生産拠点に供給することにより、結果的にコストがかさむこととなる」と指摘する。

米中の追加関税の応酬に対しては、サプライチェーンの変更や既存のサプライチェーンの中での価格転嫁による対応など、さまざまな企業努力が行われている。一方で、製造拠点の変更には時間とコストを要することから、必ずしも米国が狙いとするような米国への製造業回帰にはつながらないと見込まれている。

河島氏は「米中摩擦への対応例として、既存のサプライチェーンの中でやりくりして、コスト増を吸収するとか、価格転嫁、中国内での調達先変更、他国へ生産拠点を移管するといったことが挙げられる。しかしながら、生産拠点を米国に回帰させる可能性は低く、移管先としては東南アジアや日本、メキシコが候補となっている。もっとも、日系企業にとって日本以外への生産移管には時間とコストを要することから、必ずしも対策とならない場合が多い」という。

岸岡氏も「顧客への価格転嫁をせざるを得ないのが一般的な状況」という。「ただし、製品のラインナップが多い場合は、追加関税の対象に該当しない製品も含め、製品全種の値上げ(4%など)をし、該当品の関税を吸収できるように工夫している企業もある。また、中国からの輸入の輸送量について、週2回出荷していたものを週1回にまとめることで送料の値下げを交渉するなどの取り組みも行われている」と指摘する。

それぞれの販売先に対応した柔軟な戦略を

対中ビジネスの見通しと企業の取るべき対応として、河島氏からは次のコメントが得られた。

「自動車産業に関する対中ビジネスに当たっては、米国の通商政策だけではなく、中国の政策転換にも注意が必要。例えば、これまで中国企業との合弁会社の設立しか認めなかった中国政府が外資企業単独での工場立地を認めている。これは、中国市場が外資企業に席巻されることなく地場産業でも外資企業に立ち向かえるとの自信の表れと見ることができる。このようなことを踏まえると、中国企業は世界の下請けというポジションから、日本企業にとって顧客となる時代が到来することが予測し得る」

「しかしながら、米中の技術覇権争いは互いに譲歩できない状況にあると考えられる。よって、従来のような単純なグローバル化(最も効率的な場所でつくったものを最大の市場へ販売、または完成組み立てを行って販売するシステム)一本の戦略ではなく、米中対立がもたらす影響を産業として回避しながら、販売先ごとに複数の戦略を持って事業を進めていかざるを得ないだろう」

「一方、米中貿易摩擦の回避などのために、中国企業は米国やメキシコなどへの海外進出を拡大させることが想定される。さらには、こうした中国企業は日本企業にとって優秀な協業先・顧客となる可能性もあるため、今後を見通して中国企業との関係構築を図っていくことが意義あるものと考える」

「米中の技術覇権争いが当面続くことが想定されることを踏まえると、通商環境が落ち着くことを期待するのは難しい。日本企業においては、こうした通商環境を前提とした戦略を先んじて検討することがより重要になると考えられる」


注:
USTRは、中国から製品を輸入している米国内の企業からの関税の適用除外申請について、当該輸入製品が(1)中国からしか入手できないものか、(2)追加関税により米国の経済利益が著しく損なわれるか、(3)中国の産業政策「中国製造2025」にとって戦略的に重要な品目かの判断基準に基づき、除外を認定するか却下するかを順次判断している。適用除外品目の詳細は、特集 米国トランプ政権の動向と米中通商関係を参照。
執筆者紹介
ジェトロ・シカゴ事務所
藤本 富士王(ふじもと ふじおう)
調査および農林水産関係担当ディレクター。2019年7月から現職。

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