米専門家に聞く米国の輸出管理、投資規制の行方と企業の対応策

2019年11月28日

米国のトランプ政権は 2018年8月、「2019年度国防授権法(NDAA)」の一部として、「2018年輸出管理改革法(ECRA)」と「2018年外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)」を制定し、輸出管理と外国からの直接投資の審査に関する規制を更新した。その背景には、技術の進歩に伴い、民生用と軍事用の技術の境目が曖昧になっている中、米国の安全保障にとって重要な技術の国外流出をより厳格に管理すべきとの問題意識がある。その懸念の筆頭にあるのが、ペンス副大統領が2018年10月に行った対中政策演説で指摘したとおり、中国の存在だ。ペンス副大統領はこの演説で、中国が強制技術移転、知的財産窃盗、国有企業への補助金など不当な政策で米国に不利益を与えてきたと中国を批判した。米中両国で事業を展開する企業にとっては今後、技術や情報の管理に一層注意が求められる。しかし、ECRAとFIRRMAともに、まだ最終的な形での施行には至っていない。本稿では、両法の現状と今後の行方を概観するとともに、企業としての対策と留意点に焦点を当てる。

輸出管理と投資審査の対象分野を拡大

ECRAとFIRRMAは、従来の法制度では対象となっていなかった新たな技術分野を規制の対象にする点で、産業界に影響が及ぶことが想定されている。いずれも違反の場合には民事罰、かつECRAについては刑事罰も科される可能性がある。新たな技術分野はECRAにおいて、「新興技術(Emerging Technologies)」と「基盤的技術(Foundational Technologies)」と記載されており、それらはFIRRMAで新たに投資審査の対象となる分野としてもそのまま適用される。その意味で、ECRAとFIRRMAは連動している。しかし、具体的に「新興技術」と「基盤的技術」にどの技術を含むかに関しては、まだ発表されていない。米政権は産業界からの声を聴きながら定義を策定している状況だ。

先行して手続きが進んでいるのが「新興技術」だ。ECRAを所管する米商務省の安全保障・産業局(BIS)は2018年11月に、「新興技術」に含まれ得る分野を例示列挙した上で、産業界などからパブリックコメントの募集を開始した(参考1)。当初は同年12月19日締め切りだった提出期限が2019年1月10日に延期され、最終的に246件のコメントが提出された。

参考1:ECRAの「新興技術」に含まれ得る技術分野

(1)
バイオテクノロジー
(2)
人工知能(AI)・機械学習技術
(3)
測位技術(Position, Navigation, and Timing
(4)
マイクロプロセッサー技術
(5)
先端コンピューティング技術
(6)
データ分析技術
(7)
量子情報・量子センシング技術
(8)
輸送技術
(9)
付加製造技術(3Dプリンターなど)
(10)
ロボット工学
(11)
脳コンピュータインターフェース
(12)
極超音速
(13)
先端材料
(14)
先進監視技術

出所:米商務省

コメントの提出者には、米半導体大手のクアルコム、世界最大のSNSのフェイスブックといった大企業や、自動車、人工知能(AI)、バイオ分野などの業界団体・企業、ハーバード大学をはじめとする学術界など幅広い利害関係者が含まれている。いずれの企業・団体も、さまざまな分野に輸出管理の規則が適用されることに懸念を示しており、「新興技術」の定義は明確かつ安全保障上の脅威にかかるものに限定すべきとしている。中には、これほど研究開発のサプライチェーンがグローバル化している中で、米国のみが厳格な規制を課しても意味はなく、逆に米国の技術力をそぐものだとするコメントもある。

こうした産業界からの強い懸念もあってか、ECRAが成立してから1年以上が経つが、いまだにBISからは「新興技術」にかかる定義の発表はない。今後の見通しについて、この分野に詳しいアメリカン・エンタープライズ公共政策研究所(AEI)デレク・シザース研究員は「おそらく2019年内をめどに限定的な範囲で発表があるとみている。ただし、産業界が『新興技術』の範囲を狭めようと積極的に政権や議会にロビイングをしているため、規制の度合いは弱いものになるだろう。それに対して、議会はより厳格化すべきと反発するとみられるが、2020年は大統領と議会の選挙が控えているので何も進んでいない」と分析する。

輸出管理を専門分野とするコビントン・バーリング米法律事務所のパートナーのピーター・リヒテンバウム弁護士も「2019年内には何かしら発表が出るかと思うが、BISがパブリックコメント募集時に公表していた14分野のうち、まず発表があるのはAI、量子コンピューティング、付加製造技術(3Dプリンターなど)の3分野ほどに絞られるとみている。ただし、その後、段階的に追加されていくだろう」と展望する。「基盤的技術」に関しても、当局は当初、パブリックコメント募集を行うとしていたが、これまでのところ行われておらず、同氏は「半導体や工作機械などが含まれるとみられるが、手続きが遅れている。2019年内にパブリックコメント募集の発表があるかどうかは先行きが不透明だ」とした。

投資審査の最終規則は2020年2月に開始

FIRRMAに関しては、所管する米財務省が9月17日に最終規則案を発表し(2019年9月18日付ビジネス短信参照)、10月17日までパブリックコメントを募集した。今後、その結果を踏まえて2020年2月13日までに最終規則を固めて施行することになっている。コビントン・バーリング法律事務所パートナーのマーク・プロトキン弁護士は「パブリックコメント期間が1カ月というのは非常に短い。FIRRMAの最終規則は法律が定めるスケジュールにのっとって2020年1月初頭には固めなくてはならないので、ほぼ9月発表の案(参考2)に近いものになるだろう」という。

参考2:FIRRMAで追加される主な審査対象取引

1. 次に該当する非支配的な投資
米国事業が保有している重要な非公開の技術情報へのアクセス
米国事業の取締役会または同様の組織体の構成員またはオブザーバーとなる、もしくは構成員を推薦する権利
重要技術、重要インフラ、もしくはセンシティブな個人データに関わる米国事業の実質的な意思決定への関与(ただし、株式の議決権行使は除く)(注)
2. 次に該当する米国の不動産に関する取引
空港、港湾、それらの中に存在、またはそれらの一部として機能する不動産
指定される米国の軍事施設に近接する〔1マイル(約1.6キロ)以内〕不動産
指定される米国の軍事施設から一定の範囲内にある(1マイルから100マイルの範囲)不動産
沖合も含む、ミサイル場が含まれる一定の地理的地区に存在する不動産

注:ここにある「重要技術」の定義に、ECRAが定める「新興技術」「基盤的技術」が含まれることになる。
出所:米財務省

FIRRMAの最終規則が施行された後に、ECRAの「新興技術」と「基盤的技術」に関する分野の定義が定められた場合、法律の適用はどうなるのか。プロトキン弁護士によると、「定義の施行日前に投資が完了していれば、たとえそれが『新興技術』か『基盤的技術』かにかかわらず、さかのぼって審査対象になることはない。ただし、定義の施行日後に追加の投資を行い、例えば追加の取締役を指名するような新たな権利を得たような場合は、その後発の投資が審査対象になる可能性がある」と、ECRAとの関係を説明する。

企業が取るべき対策と留意点

このように、まだ最終的なルールが不透明な状況ではあるが、今の段階から企業が準備できることはあるのか。米国に子会社を置く約200の米国以外の企業で構成するロビー団体の国際投資機構(OFII)のメガン・ファンクハウザー上席マネジャーは「まずはECRAとFIRRMAの対象分野となりそうな自社の事業に関する調査を行い、リスクを洗い出すことが重要」と加盟企業に伝えているという。事業が複数国にまたがる大企業では、誰がいつどこで何を行っているのか把握が難しい場合がある。事前にそれを把握しておけば、当局への対応の準備が可能になるとする。

プロトキン弁護士は、事業の全体を統括する役員・幹部の研修も重要だと指摘する。厳格化する米国の輸出管理、投資審査の規制内容については、米国の大手企業でもまだ十分に理解が浸透していない状況という。そうした中、在米の大手企業からの研修の依頼も増えているとのことだ。また、同氏はFIRRMAに基づく投資審査に関しては、自社の買収案件が義務的申告を要する案件(注1)に該当しない場合でも、米国の国家安全保障の観点からセンシティブな技術分野に該当する懸念がある場合は、審査当局である米国外国投資委員会(CFIUS)に対して自主的な申告を行う可能性を検討することを勧める。その時点での案件が審査を経て、CFIUSが投資を了承した場合には、たとえその技術または事業が後日、国家安全保障上の懸念を呼び起こすようなかたちに発展した場合でも、将来的に再審査の対象とならない「セーフハーバー」の扱いを得ることができるためだ。その投資案件が「セーフハーバー」の保護を受けられるかどうかは、CFIUSに対する申請の種類と、その時点の投資がいかなるかたちであれ当該米国事業を支配していないことがポイントになる。

加えて、同弁護士は、リスクを回避する上では、コストも時間もかかるが、社内体制の再編を検討し、米国事業と中国事業を分断することが望ましいだろうと語る。そのような体制の再編は、将来あり得るかもしれないCFIUSによる審査への対応や輸出管理法制へのコンプライアンス順守を行いやすくするためだ。また、中国でも事業を展開している場合は、中国事業に関するプレスリリースの出し方に留意すべきと指摘する。例えば、中国政府が戦略産業と位置付ける分野で日本企業がその分野を強化するようなかたちで中国に工場を建設した場合、関心を引いてしまう。また、中国の国有企業と提携をしたといったことを大々的にプレスリリースに出してしまうと、米国政府の関心を引き、CFIUSとの関係が難しくなる可能性が高まるという。

輸出管理について慎重にならざるを得ないのが「みなし輸出」という概念だ。例えば、米国企業が米国内で中国籍を持つ研究者に技術を渡した場合、その行為を輸出と同じとみなす考え方だ。今後の「新興技術」「基盤的技術」の定義によっては、多国籍のチームでの研究・開発などにも影響が出る可能性がある。これに対しては、リヒテンバウム弁護士は「外国籍の研究者に扱わせる技術を明確に画定した上で、その状況が許可を必要とする『みなし輸出』に該当するかをBISに確認する必要がある」と指摘する。

ペンス副大統領は、10月に行った対中政策に関する演説の中で中国とのデカップリングを否定したが、トランプ政権が更新した法制度を見ると、産業界としてはデカップルしなければコンプライアンスを保つことが難しい状況となりつつある。最終的なルールの全体像はまだ不透明だが、産業界には、揺れ動くビジネス環境の中で情報のアンテナを広げて、早めの対策を打つことが求められる。


注1:
既に施行されているFIRRMAのパイロットプログラム(2018年10月16日付ビジネス短信参照)では、27の特定産業に関係し、重要技術を扱う米国企業の支配的投資(注2参照)、または表2の1に該当する非支配的投資は、CFIUSへの申告が義務とされている。
注2:
発行者の発行済み議決権付き持ち分の過半数、もしくは支配的な少数の保有、議決権の代理行使、契約上の取り決め、またはその他の方法を通じて直接または間接に、企業に影響を与える重要な事項を判断、指示もしくは決定する権限(行使の有無にかかわらない)。米連邦規則集800条204項参照PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(128KB)
執筆者紹介
ジェトロ ニューヨーク事務所 調査担当ディレクター
磯部 真一(いそべ しんいち)
2007年、ジェトロ入構。海外調査部北米課で米国の通商政策、環境・エネルギー産業などの調査を担当。2013~2015年まで米戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員。その後、ジェトロ企画部海外地域戦略班で北米・大洋州地域の戦略立案などの業務を経て、2019年6月から現職。