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第1弾の米中合意は限定的との見方、背景には米大統領選挙と中国の変わらぬ体制

2019年11月21日

これまでの米中貿易交渉を振り返ると、米国と中国が互いに追加関税をかけ始め、貿易摩擦が激化してから1年4カ月がたつが、依然として包括的な貿易交渉の合意に至る道筋は見えていない。10月にワシントンで開催された閣僚会合を踏まえて、両国は第1段階の合意文書を締結する見通しだ。ただ、米国の有識者はその内容は限定的なものにとどまるとみる向きが多い。その背景には、変わる見込みのない中国と、定期的に選挙を迎える米国の事情が見え隠れする。米国の有識者へのインタビュー(10月25~30日)を軸に、米中貿易交渉の現状と見通しを報告する。

10月の閣僚会合までに明らかになった内容

米中貿易交渉の潮目が変わったのが、2019年5月にワシントンで行われた閣僚会合だ。両国はそれまでに約150ページに及ぶ合意文書をまとめており、その中には、中国の経済モデルを改革する内容も含まれていたとされる。しかし、中国がその内容の核となる部分の合意を拒否したため、交渉は振り出しに戻ったとされる。ペンス副大統領も10月24日に行った対中政策に関する演説外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますで、「この5月に、数カ月に及ぶ苦労を重ねて多くの主要な事項に関して合意していた150ページの交渉結果から中国は最終局面で離れ、振り出しに戻ってしまった」と中国の姿勢を批判した。トランプ大統領も11月12日の経済政策に関する演説で中国批判を展開した。

その直後、トランプ政権は対中追加関税リスト3の関税率を10%から25%引き上げるとともに(2019年5月9日付ビジネス短信参照)、多くの消費財を含む対中追加関税第4弾(リスト4)の対象品目候補を公表した(2019年5月14日付ビジネス短信参照)。6月末にG20大阪サミット(首脳会議)の際に行われたトランプ大統領と習近平国家主席との会談を経て、トランプ大統領はリスト4の発動をいったんは見送り、両国の緊張関係は落ち着いたかに見えた。しかし、8月初頭にトランプ大統領が中国側の約束不履行を理由に、リスト4関税の発動を決定し、両国関係は急速に悪化。9月1日には予定どおりリスト4関税の一部が発動された。そうした緊張関係の中で行われたのが10月10、11日にワシントンで開催された閣僚会合だった。

トランプ大統領と劉鶴・副首相の記者会見によると、閣僚会合の結果、中国が米国産の農産品を買い増す代わりに、トランプ政権は予定していた発動済みのリスト1~3関税率の25%から30%の引き上げを見送ることとなった。併せて、両国は次の事項(参考参照)について事務レベルの協議を継続し、第1段階の合意文書を交わすとしている。

参考:米中貿易交渉の合意事項(詳細未交渉の案件も含む)

  • 中国による年間400億~500億ドル相当の米国産農産物の購入。ただし期間は不明
  • 米国による対中追加関税リスト1~3の関税率の引き上げの延期(10月15日以降、25%から30%に引き上げる予定だった)
  • 中国の衛生植物検疫措置(SPS)の改善
  • 中国の外国為替に関する取り決めおよび金融市場の開放
  • 中国による技術の強制移転にかかる部分的な取り決め
  • 中国による知的財産権保護にかかる部分的な取り決め
  • 協定内容に執行力を持たせるため、紛争解決処理のメカニズムの導入を検討

出所:ホワイトハウス

両国は当初11月16、17日にチリのサンティアゴで開催予定だったAPEC首脳会議の機会に首脳会談を行い署名する算段だった。しかし、チリの政情不安を受けてAPEC首脳会議がキャンセルとなったため、両国は現在、2国間で会合を持つ機会を探っている。

第1段階の合意に含まれるもの、含まれないもの

トランプ大統領は10月の合意内容に関して、米国の農家にとっては素晴らしいディールだと宣伝したが、米国の有識者は、その他の取り決めを含んだ第1段階の合意の全体像は限定的な内容にとどまるだろうと冷ややかにみている。トランプ政権に対中政策の助言をしていた、アメリカン・エンタープライズ公共政策研究所(AEI)のデレク・シザース研究員はジェトロのインタビューに対して、「トランプ大統領は、中国に大量の米国産農産品を買わせた上で、第2段階に移るように見せるための限定的な合意に署名して停戦に持ち込むのではないか。12月15日発動予定のリスト4B関税の回避は比較的簡単だろう。他方、9月1日に発動済みのリスト4Aに関しては、中国側が知財やエネルギーなどの分野で踏み込んだ譲歩を行わなければ、削減や撤廃はないだろう。場合によっては、第2段階の合意などはないかもしれない」とみる。

トランプ政権が米中貿易交渉を開始したそもそもの発端は、対中貿易赤字の削減、技術の強制移転や知的財産権の侵害、国有企業への補助金といった中国の不公正な貿易慣行を是正することにあった。しかし、中国が米国の要求を受けたかたちで、かつトランプ政権の期間内でこれらが実現する可能性は低いというのが米国有識者の相場観だ。かつてホワイトハウスで対外経済政策を担当した経験を持つ、米中問題を専門に扱うコンサルタント、ロディアム・グループ創業者のダニエル・ローゼン氏は「中国の持続的な発展のためには、中国自身が構造改革を必要としているが、中国はトランプ政権のために政策変更を行うことはないだろう」とみる。また、昨今でも、中国では大手国有企業同士が統合されたり、知財保護の新法が制定されても内容が曖昧で執行が伴わない状況だったりと、必要な改革の方向とは逆行している点もあるとして、「中国の構造改革の実施は、おそらく向こう5年ほどの期間で考えねばならない課題だろう」と展望する。

米中対立と2020年大統領選挙の関係

トランプ政権が当初の目的に到達しない範囲でいったん第1段階の合意で停戦を狙う理由には、2020年の大統領選挙があるとの見方が一般的だ。つまり、米中貿易摩擦が激化し長期化すると、米国内の景気にも打撃となり、トランプ大統領の再選にも黄色信号がともるということだ。ピーターソン国際経済研究所(PIIE)のメアリー・ラブリー上席研究員は「リスト4Bの対象となっている製品の対中輸入依存度は相当高いので、15%の追加関税が課された場合、既に投資が縮小している中で米国の景気にも影響が出るとみられている。リスト4Bが引き起こす減速は雇用創出に影響し得るとともに、米国経済を牽引してきた国内消費の伸びを抑制する可能性がある」と指摘する。実際にジェトロが対中追加関税のリストごとに、対象品目の中国からの輸入が米国の全輸入に占める割合を試算したところ、リスト4Bは単純平均で88.7%と、中国への依存度が相当高い(表参照)。ラブリー氏は、これらの中にはもはや米国では生産していない品目も含まれると指摘する。そのほとんどが最終消費財であることから、それら中国からの輸入品を米国で販売する業者にとっては、追加関税分のコストを飲み込むか、消費者に転嫁するなどしかすべがない。小売り関係の米国の業界団体は、関税は米国民への課税だと強く反発している(2019年8月29日付ビジネス短信参照

表:追加関税対象品目の中国からの輸入が全輸入に占める割合
対中追加関税リスト 対中輸入依存度の
単純平均値(2018年)
リスト1(2018年7月6日発動) 12.2%
リスト2(2018年8月23日発動) 17.2%
リスト3(2018年9月24日発動) 28.1%
リスト4A(2019年9月1日発動) 28.9%
リスト4B(2019年12月15日発動予定) 88.7%

出所:米国通商代表部(USTR)、米国国際貿易委員会(USITC)

一般的には、大統領選挙直前の景気が現職大統領に投票するか否かを左右する一因と言われている。トランプ大統領もその点を気にしているのか、頻繁に自身のツイッターを通じて、連邦準備制度理事会(FRB)に対して、金利を下げて米国の競争力を維持するよう圧力をかけている。

このように、景気を気にしながら交渉のかじ取りを迫られるトランプ大統領だが、ここで対中強硬姿勢を緩めた場合、それはそれで政治的なリスクとなる可能性がある。ローゼン氏は「トランプ大統領は対中強硬策を掲げて当選した初の大統領となる。中途半端な交渉となった場合は、民主党からも共和党からも批判されるリスクがある」と指摘する。事実、中国に対するネガティブな見方は米国民の間でも超党派で高まっている(図参照)。

図:中国を好ましくないと思う米国民の割合(党派別)
中国を好ましくないと思う、共和党支持者、または共和党寄りの米国民の割合。 2005年39%、2006年35%、2007年45%、2008年45%、2009年45%、2010年46%、2011年42%、2012年50%、2013年61%、2014年63%、2015年63%、2016年62%、2017年56%、2018年51%、2019年70%。 中国を好ましくないと思う、民主党支持者、または民主党寄りの米国民の割合。 2005年34%、2006年26%、2007年39%、2008年42%、2009年34%、2010年31%、2011年33%、2012年37%、2013年47%、2014年51%、2015年48%、2016年50%、2017年41%、2018年47%、2019年59%。

出所:ピュー・リサーチ・センター

例えば、その傾向は、米議会で懸念の対象となっている中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)の扱いに現れている。トランプ大統領が6月末のG20大阪サミットの機会に習国家主席と会談した後の記者会見で、国家の緊急的な問題に関連しない機材については、米企業はファーウェイに製品を売ることができると、対ファーウェイ輸出規制を緩和する趣旨の発言をした際には、対中強硬派で知られるマルコ・ルビオ上院議員(共和党、フロリダ州)やチャック・シューマー上院少数党院内総務(民主党、ニューヨーク州)から批判を浴びた。さらに、米下院は10月15日、香港での反政府デモの動きを受けて、超党派で「香港人権・民主主義法案」(注)を可決し、上院も11月19日に同様の法案を全会一致で可決した。上下両院での法案の修正作業が完了次第、同法案はトランプ大統領に送られることになる。トランプ大統領は11月20日時点で署名の意向を明らかにしていないが、もし法案が成立した場合、中国政府は強力な報復措置を取るとしており、こうした動きも米中貿易交渉を難しくしている。

2019年内に署名と言われている第1段階の合意がどのようなものになるのか、署名後は当面停戦となるのか、両国の交渉から目が離せない状況が続く。


注:
米政権に対して毎年、香港の自治が十分に機能しているかどうかを検証し、議会に報告することを義務付ける。検証に基づき、米国の法が定めた香港への優遇措置の妥当性を判断。また、香港での人権弾圧に故意に関わったとみなされた人物に対し、米大統領が制裁や渡航制限措置を科す権限を与える。

変更履歴
文章を加筆・修正しました。(2019年11月26日)
第8段落
(誤)景気にも影響が出るとみられている。既に投資が縮小しているが、消費にまで影響する可能性がある」と指摘する。
(正)既に投資が縮小している中で米国の景気にも影響が出るとみられている。リスト4Bが引き起こす減速は雇用創出に影響し得るとともに、米国経済を牽引してきた国内消費の伸びを抑制する可能性がある」と指摘する。
執筆者紹介
ジェトロ ニューヨーク事務所 調査担当ディレクター
磯部 真一(いそべ しんいち)
2007年、ジェトロ入構。海外調査部北米課で米国の通商政策、環境・エネルギー産業などの調査を担当。2013~2015年まで米戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員。その後、ジェトロ企画部海外地域戦略班で北米・大洋州地域の戦略立案などの業務を経て、2019年6月から現職。

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