特集:米中摩擦でグローバルサプライチェーンはどうなる?経済の先行き不透明感の深まりにより業況が悪化(シンガポール)

2020年1月7日

ジェトロの「2019年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査(以下、日系企業調査)によると、米中貿易摩擦など通商環境の変化による影響が現時点であると答えた在シンガポール企業は3割強だった。とりわけ、「マイナスの影響がある」とする企業の割合はASEANの中で最も高い。経済の停滞や不透明感の長期化への懸念が多い一方、プラスの影響では、中国からASEANへの生産移管など中長期的な観点から期待する声もある。

約3割の企業が通商環境の変化による影響受ける

日系企業調査によると、「通商環境の変化が与える現時点の影響」について、在シンガポール日系企業(回答数:441社)のうち、30.6%が「影響がある」と回答した。残りは、「影響はない(27.0%)」「分からない(42.4%)」で、約7割が明確な影響を感じていないものの、通商環境の変化が各社の事業方針や戦略に不透明感を与えている。

「影響がある」とした企業のうち、「プラスの影響がある」との回答は1.4%、「プラスとマイナスの影響がある」は9.7%で、「マイナスの影響がある」は19.5%と最も高かった(図1参照)。

図1:通商環境の変化が与える現時点での影響(シンガポール)
在シンガポール日系企業(回答数:441社)のうち、30.6%が「影響がある」と回答した。残りは、「影響はない(27.0%)」、「わからない(42.4%)」で、約7割が明確な影響を感じていないものの、通商環境の変化が各社事業の方針や戦略に対して不透明感を与えている。 「影響がある」とした企業のうち、「プラスの影響がある」との回答は1.4%、「プラスとマイナスの影響がある」は9.8%で、「マイナスの影響がある」は19.5%と最も高かった。

出所:ジェトロ「2019年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」

「プラス・マイナスの影響の及ぶ主な対象」は、シンガポールでの進出日系企業のビジネスは内需よりも外需への依存度が高いことから、いずれも「海外売り上げ(輸出での売り上げ)」が最も多かった(図2参照)。

図2:現時点でプラス・マイナスの影響の及ぶ主な対象(シンガポール)
シンガポールにおける進出日系企業のビジネスは内需よりも外需への依存度が高いことから、いずれも「海外売上(輸出での売上)」が最も多かった。

出所:ジェトロ「2019年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」

このうち、「マイナスの影響がある」と回答した企業では、中国経済が減速することによって、各社が取り扱う素材、部品などを中国向けに販売している企業で影響を受けているようだ。ジェトロ・シンガポール事務所が追跡インタビューを実施したところ、「中国経済の減退により既に需要低下がみられる」(素材メーカー)、「中国に向かっている高付加価値な素材製品は、中国景気の悪化により売れ行きがマイナスになり得る」(化学メーカー)などの回答があった。在シンガポール日系企業による輸出先の内訳は、ASEAN(53.8%)、日本(18.0%)、インド(4.4%)、中国(3.7%)となっており、中国向けに直接販売している企業は限定的といえるが、インタビューによると、当該企業の製品が間接的に中国市場へ販売されているケースもあるようだ。「米国から中国に輸出されていた原材料がASEANに流入し、値崩れが起きている」(素材メーカー)といった指摘もあった。

「国内売り上げ(現地市場での売り上げ)」について、シンガポールの地場企業に部品や機械を供給する企業では、「先行きの不透明感から複数のプロジェクトが延期または中止されたことで売り上げが減少した」(機械メーカー)、「2018年は受注がよかったが、2019年は減った、さらに、国内経済の不透明感などにより複数の案件が止まった」(機械メーカー)との回答があった。米中貿易摩擦による直接的な影響とは言い切れないが、シンガポール国内経済の停滞や不透明感のため、投資の見送りや様子見ムードが広がっているケースもある。また、世界的な景気の冷え込みにより、「2018年末から2019年初めにかけて、産業機器や工場自動化(FA)分野での販売の落ち込みがみられ、景気の先行指標としての設備投資の不調は懸念材料だ」(電気・電子メーカー)とする声もある。

他方、「プラスの影響がある」と回答した企業では、中国で生産していた製品がASEAN(ベトナム、タイ、マレーシアなど)へ生産移管されることで、自社製品の販売機会が拡大することがシンガポール現地法人のメリットになるとみる。「スマートフォンを中心にベトナムでの生産が活発化しており、自社にとって供給機会が増えるチャンス」(産業用ガラスメーカー)、「車載関連の顧客は米中貿易摩擦の影響を中国からの生産移管の機会としてプラスに捉えている」(電子部品メーカー)などの見方があった。中国からの生産移管では、とりわけ中国や台湾、香港などの企業によるASEANへの移管の動きがあり、それら企業と取引する在シンガポール日系企業として商機が増えた、あるいは期待するというケースもみられた。このほか、プラスの影響では、「中国での鉄鋼需要が下落し、域内での供給過剰のため価格が下落。これにより同製品の調達コストが低下した」(電気・電子メーカー)などの回答があった。

具体的にどのような対応策を講じるかという質問に対しては、「現時点では具体的な計画はない」とする回答がほとんどで、「米中貿易摩擦など国際情勢に関わる情報を注視する」「中国法人と連携しながら、ASEANへの生産移管の企業動向をリストアップしている」といった程度にとどまった。インタビューした進出日系企業からは、中国からの生産移管先としてASEANはチャンスが多くあるものの、サプライチェーンやインフラを考慮すると、中国に取って代わることは簡単ではないとの指摘も多く、「サプライチェーン構築には数年かかるとすると、顧客および自社としても様子見の段階」(化学メーカー)という。

鮮明化するシンガポール経済の減速感

シンガポールは外需依存度が高く、顕著な輸出の落ち込みが経済成長率の足かせになっている。シンガポール貿易産業省(MTI)が10月14日に発表した2019年第3四半期(7~9月)の実質GDP成長率(改定値)は、前年同期比0.5%と低調だった。産業別にみると、製造業は前年同期比マイナス3.5%で前期(マイナス3.3%)から減少幅が拡大した。とりわけ、エレクトロニクス、精密エンジニアリング、運輸エンジニアリングが不調だった。同省は8月に2019年通年の実質GDP成長率予測を「前年比0.0~1.0%」へと下方修正した。通年のGDP成長率を下方修正するのは2019年に入って2回目となる。通貨金融庁(MAS、中央銀行に相当)も10月14日、低成長が続いていることから金融政策を緩和へ変更した。

また、シンガポール貿易産業省傘下の産業振興・貿易振興機関のエンタープライズ・シンガポール(ESG)が10月に発表した9月の非石油部門の地場輸出額(自国生産による物品輸出で、再輸出を除く)は、前年同月比8.1%減で、7カ月連続のマイナス成長となった。品目別では、電子製品(前年同月比24.8%減)のうち集積回路(IC)(30.2%減)での落ち込みが目立った。ESGは8月、同指標の2019年通年予測を「前年比9.0減~8.0%減」へと下方修正した。

シンガポールの製造業を支える主要産業である半導体産業は、外需減退による影響を大きく受けやすい。2018年後半から継続している世界的な半導体サイクルの下降局面や、米中貿易摩擦など世界経済の先行き不透明感の高まりなどを受けて、シンガポールでの生産は調整局面にあるようだ。地場の半導体組み立て・検査のUTAC社は、国内で勤務する約1,700人について、2019年末までに10~20%削減するという(「ロイター」ウェブ版7月24日)。また、地場エレクトロニクス部品販売のシリアル・システムは、米国テキサス・インスツルメントとの取引が減少したため、同社の中国、韓国などの海外拠点の人員の約30%を削減する計画のほか、米アップルのサプライヤー企業であるオーストリアAMS社も人員削減を予定しているもようだ。(「ストレーツ・タイムズ」紙(7月26日))。シンガポール半導体工業会(SSIA)のアン・ウィー・セン事務局長によると、同国内の半導体関連工場では最大生産能力の8割程度の操業率で、中にはその水準を20ポイント下回る企業もある。同事務局長は米中貿易摩擦などにより「先行きに不透明感があり、今後3~6カ月の事業見込みは鈍化する」とみている。

地場中小企業で景況悪化

シンガポール・ビジネス連盟(SBF)が信用情報機関エクスペリアンと共同で発表した2019年7~9月の地場中小企業の景況感指数(DI)は50.6で、前期から0.2ポイント悪化した。シンガポールの地場中小企業約3,600社を対象に実施したアンケートは、今後6カ月間の業況見通しを聞き取ったものだ。業種別にみると、「商業・貿易」「建設・エンジニアリング」「製造」「小売り・食品・飲料」「ビジネスサービス」「交通・倉庫」の全6業種のうち、「建設・エンジニアリング」を除く5業種で前期から悪化した。特に「製造業」は49.7(0.8ポイント減)で、景況の「改善」と「悪化」の境目である50を下回った。SBFのホー・メンキットCEO(最高経営責任者)は、エレクトロニクスや卸売り・小売りは、米中貿易摩擦や世界的なエレクトロニクスサイクルによる輸出鈍化により、中小企業は逆風に備えており、その状況がDI値に表れているとする。また同氏は、中堅中小企業は米中貿易摩擦がすぐに解決することを前提にすることなく、世界のグローバルチェーンの変化対応のために、アップグレード、トレーニング、変革、多様化が必要で、同連盟はそのサポートを継続するとしている。

在シンガポール米国商工会議所(AmCham)は2019年5月、会員企業を対象に米中貿易が与える影響についてアンケートを実施した。回答企業(144社)の管轄地域はアジア大洋州(50%)、グローバル(21%)、ASEAN(19%)、シンガポール(10%)と広域だった。米中貿易摩擦への対応策として、「投資実行の延期、中止」(54%)、「中国以外からの調達によるサプライチェーン変更」(42%)、「米国以外からの調達によるサプライチェーン変更」(37%)などが挙げられた。また、貿易摩擦の結果、東南アジアの事業先としての魅力が高まると回答した企業は48%で、前回調査(2018年9月)よりも9ポイント上昇した。

執筆者紹介
ジェトロ・シンガポール事務所次長
藤江 秀樹(ふじえ ひでき)
2003年、ジェトロ入構。インドネシア大学での語学研修(2009~2010年)、ジェトロ・ジャカルタ事務所(2010~2015年)、海外調査部アジア大洋州課(2015~2018年)を経て現職。現在、ASEAN地域のマクロ経済・市場・制度調査を担当。編著に「インドネシア経済の基礎知識」(ジェトロ、2014年)、「分業するアジア」(ジェトロ、2016年)がある。

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