激動の中東情勢:中東各国への影響と展望ゼイディー首相がトルコ訪問、多層化する対外関係
揺れるイラク(3)

2026年10月7日

イラクのアリー・ゼイディー首相は2026年5月の就任後初の外遊で、7月から米国、イラン、トルコを相次いで訪問した。一方、同月30日に予定していたサウジアラビア訪問は、イラク領内からサウジアラビア領内への無人機攻撃やその後の米・サウジアラビアによる報復を受けて見送られた。イラクにとって、米国、イラン、トルコ、湾岸諸国はいずれも、投資、金融、安全保障、原油輸出、物流などそれぞれ異なる面で重要だ。第3回では、イラクの多層化する外交攻勢の中で、トルコ訪問やサウジ訪問見送りを軸に、地域紛争の中で複数の対外関係を維持し、均衡を図ろうとするイラク外交を見る。

なお、本稿は2026年8月上旬までの情報に基づいている。中東情勢の最新動向については、ビジネス短信特集「イスラエル・米国とイランの衝突に関する中東情勢、各国の反応」も参照されたい。

トルコと原油輸出路や物流回廊を協議

イラン訪問から5日後の7月28日、ゼイディー首相はトルコの首都アンカラを訪れ、レジェップ・タイップ・エルドアン大統領と会談した。双方はエネルギー、貿易、物流、水資源、安全保障などについて協議し、両国間の貿易額を中期的に300億ドルへ引き上げる目標を示した。その上で、新たな国境検問所を通じた道路・鉄道輸送、天然資源と引き換えにイラク国内の輸送インフラを整備する枠組み、産業財産権、警察教育、青少年・スポーツの5文書に署名した。

この道路・鉄道輸送の協力は、イラク南部のペルシャ湾岸に位置するファウ港からイラク国内を南北に縦断し、トルコを通じて欧州市場につなげる「開発道路」構想にも関係する。イラクにとって、この「開発道路」は石油依存を緩和するための物流・産業基盤となり得る。トルコにとっては、湾岸諸国と欧州を結ぶ新たな貿易経路を自国に取り込む意味を持つ。なお、開発道路を巡っては、2024年4月にイラク、トルコ、カタール、アラブ首長国連邦(UAE)の4カ国が協力覚書を締結している。

エネルギー分野では、トルコ国営石油会社(TPAO)が英石油大手BPのキルクーク事業会社の15%の持分を取得し、BP、米コノフィリップスなどとともにキルクーク地域の油田再開発に参加すると発表された。トルコのアルパルスラン・バイラクタル・エネルギー天然資源相は、事業対象の石油換算資源は約30億バレルに上り、パートナー各社とともに生産につなげると説明した。また、原油パイプラインを巡っては、ゼイディー首相の訪問中に新たな取り決めは締結されなかったが、8月1日に1年間の暫定輸送協定が締結された。この協定は、新たな長期協定に向けた交渉中も原油輸送を維持するためのものだ。

トルコ訪問では、ホルムズ海峡を経由せず、現在唯一稼働している石油輸出パイプラインを維持しようとする両国の姿勢が確認された。ただし、輸送協定が成立した8月1日時点の実輸送量は日量約17万バレルで、2026年2月末に始まった米国・イスラエルとイラン間の紛争前の南部輸出量の約5%に過ぎない。訪問と協定の成立は代替輸出路を維持する上で重要だが、短期の輸出不足を解消したわけではない。

イラク・トルコ石油パイプライン(ITP)の輸送量を増やすには、北部での原油確保や関係当事者間の調整が必要であり、協定の成立だけで直ちに南部輸出を代替できるわけではない(2026年9月8日付地域・分析レポート「ホルムズ危機下のイラク原油輸出(1)二重の依存が招いた財政危機」)参照)。

サウジアラビア訪問は見送り

ゼイディー首相は、トルコ訪問後の7月30日に予定していたサウジアラビア訪問を見送った。訪問直前の7月27日、サウジアラビア側は、イラク領内から発射された無人機が同国の石油施設などを狙ったと発表した。翌29日には、米国とサウジアラビアがイラク領内の武装組織の拠点を共同で攻撃した。訪問見送りは、一連の緊張を受けた判断だった。イラク政府によると、ゼイディー首相は、サウジアラビア側が主張するイラク領内からの無人機発射について、治安当局に調査を指示した。その後、8月7日には、サウジアラビア側がゼイディー首相に訪問の招請をあらためて伝えた。

湾岸諸国とイラクの経済関係は、戦後復興や開発支援に加え、近年は投資、貿易、電力・エネルギー、インフラ分野へと広がっている。例えば、7月15日にはサウジアラビア輸出入銀行がイラクのアル・マンスール銀行と、サウジアラビアの非石油輸出のイラク市場へのアクセス拡大を目的とする信用枠契約を締結した。

また、イラク通信省は7月12日、サウジアラビアの通信大手STC、カタールの通信大手オレドー(Ooredoo)、UAEの通信大手イーアンド(e&)との海底ケーブル案件を進めていると説明した〔イラク国営通信(INA)7月12日付〕。

電力分野でも、湾岸協力会議(GCC)との500メガワットの電力連系第1期は、4月末時点で進捗率96%、試運転開始・送電線検査の段階にあった。こうした関係をさらに深めるには、イラク領内から湾岸諸国への攻撃が繰り返されないことも重要になる。越境攻撃や報復が続けば、政府間協力だけでなく、湾岸諸国の企業の間でも投資や事業展開に慎重な見方が強まり、イラクが湾岸との経済関係を拡大する上での障害となり得る。

代替できない主要国との関係

今回の3カ国外遊が示したのは、イラクの外交が多層化し、米国、イラン、トルコの役割には重なる部分がある一方で、相互に代替できないことだ。米国は投資、エネルギー技術、ドル金融、安全保障協力に関わる。イランとの関係は、国内政治、安全保障、社会と密接に結び付き、貿易や越境インフラにも及ぶ。トルコは、原油輸出路や欧州向け物流、貿易、国境、水資源を巡る重要な相手だ。湾岸アラブ諸国も、復興・開発支援に加え、近年拡大してきた投資や貿易、電力・エネルギー、インフラ協力を通じ、イラクの対外経済関係を広げる重要な相手となっている。

米国との関係を損なえば、投資や金融、安全保障協力に影響が及ぶ。イランとの急激な対立は、国内の政党・武装勢力との関係を悪化させ、国境地域を不安定化させかねない。トルコとの関係悪化は、ホルムズ海峡を迂回する原油輸出路や開発道路構想を阻害する。湾岸諸国との緊張が続けば、湾岸諸国からの投資や開発協力の拡大が停滞し、イラクが対外経済関係の選択肢を広げることも難しくなる。

ゼイディー政権に求められるのは、いずれかの陣営を選ぶことではなく、重なり合う依存関係を管理することだ。同時に、国内の武装組織を統制し、外遊で得た合意について、情勢に応じて優先順位を定めながら、実行可能なものを具体化していく必要がある。初の外遊は各国との関係をつなぎ直す出発点となった。しかし、南部からの原油輸出が回復すれば代替輸出路整備の緊急性は低下する一方で、回復が遅れれば財政余力が失われ、事業を進めること自体が難しくなる。こうした状況の下で、外遊の成果をどこまで具体化できるかが今後の課題だ。

執筆者紹介
ジェトロ・ドバイ事務所
大野 晃三(おおの こうぞう)
2016年、ジェトロ入構。ものづくり産業部環境・インフラ課、企画部海外地域戦略班(中東担当)、ラバト事務所実習、ジェトロ諏訪、企画部企画課を経て、2025年4月から現職。

この特集の記事

今後記事を追加していきます。

総論

各記事