激動の中東情勢:中東各国への影響と展望ゼイディー首相が米・イラン歴訪、均衡外交を模索
揺れるイラク(2)

2026年10月6日

イラクのアリー・ゼイディー首相は2026年7月、同年5月に就任後初の外遊で米国を訪れ、投資、エネルギー、金融、技術を軸に、「イスラム国(IS)」に対する有志連合軍の任務終了後を見据えた関係強化を打ち出した。その5日後にはイランを訪れ、政治、経済、安全保障などを含む長期協力の制度化を確認した。訪米直前には、米国・イスラエルの攻撃で死亡したイラン最高指導者アリー・ハーメネイー氏のひつぎがナジャフとカルバラーを巡った。第2回では、米国との経済関係強化と、切り離せないイランとの政治・宗教的関係を対比し、ゼイディー政権の外交が置かれた状況を見る(図参照)。

図:ゼイディー首相の訪米・訪イランを巡る主な動き
7月上旬から下旬にかけた外交関連の時系列を示すフロー図。「7月7~9日:ハーメネイー氏の葬送。ひつぎがナジャフ、カルバラーを巡る(対イラン関係の象徴)」→「7月13~18日:米国。就任後初の外遊。経済協力拡大、対IS任務終了後も関係維持」→「7月23日:イラン。テヘランを訪問。長期協力文書策定(長期協力を制度化)」の順に矢印でつながっている。

出所:イラク首相府、米国政府、イラン政府発表および報道資料を基にジェトロ作成

なお、本稿は2026年8月上旬までの情報に基づいている。中東情勢の最新動向については、ビジネス短信特集「イスラエル・米国とイランの衝突に関する中東情勢、各国の反応」も参照されたい。

対イスラム国(IS)任務後を見据え、米国とは経済関係を前面に

ゼイディー首相は7月13~18日、就任後初の外遊で米国を公式訪問した。14日にホワイトハウスでドナルド・トランプ大統領と会談し、ピート・ヘグセス国防長官やスコット・ベッセント財務長官とも協議した。16日にはヒューストンでエネルギー関連企業を訪問し、17日にはワシントンで米商工会議所主催の米・イラク・ビジネスサミットに出席した。

今回の訪米でゼイディー首相が示した中心的なメッセージは、米国主導の対イスラム国(IS)有志連合の任務が終了しても米国との関係を終わらせず、軍事・危機対応を中心としてきた関係を、投資、エネルギー、金融、テクノロジーにも広げるというものだった。ゼイディー首相は、残る米軍が2026年9月30日までに撤収する一方、米国企業にはイラクに進出してほしいとの意向を示した。米国防総省は、9月30日以降は通常の二国間防衛関係へ移行するとしており、対IS任務が終了しても二国間の防衛協力を継続する方針を示した。

イラク政府は今回の訪米中に、イラクと米国の政府機関・企業の間で、協定、覚書、協力文書、事業提携など計48件が成立したと発表した。ビジネスサミットを主催した米商工会議所は、これらの案件総額を600億ドル超とした(注)。対象額には拘束力のない覚書や初期段階の合意も含まれるため、600億ドル超の全額が直ちに投資されるわけではない。実際の事業規模は、最終契約、技術・採算性調査、資金調達、規制当局の承認、治安状況などに左右される。

エネルギー分野では、シェブロンがイラク南部の西クルナ第2油田とナシリヤ地域への参入可能性を検討するための覚書をイラク側と交わした。同社を含むコンソーシアムは、シリアの地中海沿岸に至るルートを含む代替輸出路となるパイプラインについても、技術・財務面の実現可能性調査(FS)に参加することになった。米石油・天然ガス大手のコノコフィリップスは、英石油大手BPが設立したキルクーク事業会社の42%の持分を取得することでBPと合意し、北部のキルクーク周辺の4油田の再開発に参加する見通しとなった。エネルギー以外では、高速衛星通信サービス「スターリンク」にイラク当局が事業免許を付与し、イラク国内でのサービス開始に向けた準備が進められることになった。

ホルムズ海峡への依存を減らす輸出多角化策の一つとして、南部産原油をシリアの地中海沿岸へ送るパイプライン構想も協議された。7月15日にはバシム・ムハンマド・フダイル・アルアバーディー石油相が、シェブロンを含む企業連合が技術・財務面のFSに関与する方針を明らかにし、翌16日にはゼイディー首相がヒューストンのシェブロン本社で原油輸出先の多様化とパイプライン投資を協議した。17日には、イラクとシリアが両国を結ぶハディーサ・バニヤス石油パイプラインの復旧・再建に関する覚書を締結し、米国務省も同構想への米国主導の企業連合の関与を歓迎した(2026年9月8日付地域・分析レポート「ホルムズ危機下のイラク原油輸出(1)二重の依存が招いた財政危機」参照)。

米国にとって、こうした経済協力は安全保障と切り離して考えられない。ベッセント財務長官との会談では、イラクの金融部門の強化、不正な資金の流れへの対応、イランがもたらす脅威への対応が議題となった。ヘグセス国防長官も、通常の二国間防衛関係や商業協力を発展させるには、武装組織の威圧を受けない安定した環境が必要だとして、イランと連携するイラク国内の武装組織の武装解除を支持した。

ハーメネイー氏の葬送が示した対イラン関係の深さ

こうした米国の後押しは、結果としてイランのイラクへの影響力を抑える方向に働き得る。ただし、イラクにとってイランは関係を切り離せない隣国であり、首相の訪米の前後には、対イラン関係の深さを物語る出来事があった。

2月28日の米国・イスラエルによる攻撃で死亡したイランの最高指導者ハーメネイー氏のひつぎは、イラン国内での葬送行事を経て、7月7日にイラク中部のシーア派聖地ナジャフにあるナジャフ国際空港へ到着した。空港では、ゼイディー首相をはじめとするイラク政府高官や宗教関係者が出迎えた。イランのマースード・ペゼシュキヤーン大統領や革命防衛隊幹部らも式典に出席した。

翌8日にはナジャフで数千人規模の葬列が行われ、参列者はハーメネイー氏の肖像やイラク、イラン両国の国旗、親イラン武装勢力の旗などを掲げた。群衆からは「米国に死を」「イスラエルに死を」といったスローガンも上がった。ひつぎは、預言者ムハンマドの娘婿で、シーア派が初代イマームとして特別な宗教的権威を認めるアリーの墓廟へ運ばれた。ナジャフは、このイマーム・アリー廟を中心とする、シーア派を代表する宗教都市の一つだ。

その後、ひつぎはもう一つのシーア派聖地カルバラーへ移された。カルバラーは、預言者ムハンマドの孫で、アリーの息子に当たる第3代イマーム・フサインが680年の「カルバラーの戦い」で死亡した地だ。フサインはシーア派では殉教者として崇敬され、その死はシーア派の信仰と歴史認識を形作る中心的な出来事となっている。8日から9日未明にかけて、フサイン廟と、同じ戦いで死亡した弟アッバースの廟でも大勢の参列者がひつぎを迎えた。ひつぎはイランへ戻り、最終的にイラン北東部のシーア派聖地マシュハドに埋葬された。

こうした葬送行事が行われたのは、ゼイディー首相が初外遊先の米国へ出発するわずか5日前だった。ハーメネイー氏はイランの国家指導者であると同時に、イラクの親イラン政治・武装勢力の一部にとって、宗教的・理念的な権威でもあった。こうした勢力は、イスラム法学者が政治・宗教上の指導権を担うイラン型の「法学者の統治」を支持している。最終的な埋葬地がイラン国内であったにもかかわらず、ひつぎは国境を越えてイラクのナジャフとカルバラーを巡った。この行程には、その死をイラン国内の国家的追悼にとどめず、国境を越えたシーア派の宗教的記憶と結び付ける象徴的な意味もあったとみられる。

もっとも、イラクのシーア派全体がハーメネイー氏の宗教的権威を受け入れていたわけではない。イラクのシーア派最高権威のアリー・シスタニ師を中心とするナジャフの主流宗教界では、イランの宗教的・政治的影響力から距離を置く立場も根強い。それでも、今回の葬送行事は、イラクとイランの関係が政府間関係にとどまらず、国境を越えた宗教・政治ネットワークにも支えられていることを象徴する出来事だった。対米関係を深めても、イラクがイランとの関係を容易に切り離せない事情がここにも表れている。

訪米5日後、イランと長期協力を確認

ゼイディー首相は訪米から帰国した5日後の7月23日、イランの首都テヘランを訪れ、ペゼシュキヤーン大統領をはじめとする要人と会談した。イラク領をイランへの威嚇や攻撃に利用させないとの立場を示し、対IS戦でのイランの支援への謝意を示した。

両国は、政治、経済、安全保障、文化など幅広い分野を対象とする包括的な戦略協力文書を策定することで合意した。閣僚級合同委員会をテヘランとバグダッドで交互に毎年開催することも決めた。また、国際道路貨物輸送協定に署名した。これに加え、イラン西部から国境を越えてバグダッドへ延ばす鉄道、バグダッド市とテヘラン市の姉妹都市関係、行政・人材育成の3分野で覚書を交わし、署名文書は計4件となった。訪米直後にイランとの長期的な協力を制度化する方向を確認した点には、米国との関係強化がイランとの断絶を意味しないというゼイディー政権の姿勢が表れている。


注:
米商工会議所の発表では件数は50件以上となっている。個別案件一覧や案件ごとの内訳は公開されていない。 本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロ・ドバイ事務所
大野 晃三(おおの こうぞう)
2016年、ジェトロ入構。ものづくり産業部環境・インフラ課、企画部海外地域戦略班(中東担当)、ラバト事務所実習、ジェトロ諏訪、企画部企画課を経て、2025年4月から現職。

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