激動の中東情勢:中東各国への影響と展望代替ルート構築に残る課題
ホルムズ危機下のイラク原油輸出(2)

2026年10月2日

ホルムズ海峡の通航が不安定化したことで、イラクの原油輸出が南部バスラ沖の海上ルートに大きく依存している現実が、あらためて浮き彫りになった。南部からの出荷が滞れば、外貨収入や政府歳入が減るだけでなく、貯蔵能力の限界を通じて生産そのものにも影響が及ぶ(前稿参照)。では、イラクは南部海上ルート以外に、どの程度の輸出手段を持っているのか。本稿では、トルコ、シリア、ヨルダン、サウジアラビアの4方面について、既存ルートと復旧・新設が検討されている代替輸出ルートを整理し、短期的な穴埋めがなぜ難しいのかを検討する。

国別に見た代替輸出ルート、短期的な利用は限定的

代替輸出ルートは、トルコ、シリア、ヨルダン、サウジアラビアの4方面に整理できる。2026年8月初旬時点で、南部海上ルート以外に原油輸出に使われている越境パイプラインは、北部油田からトルコ南部のジェイハン港へ向かうイラク・トルコ・パイプライン(ITP)(注1)だけだ。シリア方面では燃料油の陸送が始まっている一方、原油輸送は始まっていない。ヨルダン向け陸送も停止中だ。各方面で既存パイプラインの復旧や新設が検討されているものの、いずれも短期的に南部海上輸出を代替できる段階にはない。

トルコ方面への代替輸出ルート、ITPの輸送余力は限定的

ITPを巡っては2026年8月1日、トルコ国営石油・ガス輸送会社(BOTAŞ)と、イラクの国営石油販売会社(SOMO)、北部石油会社(NOC)が1年間の輸送協定に署名した。トルコ側は、協定の対象となる輸送能力を日量75万バレルと発表した。一方、イラク石油相も、協定上の最低輸出量を同規模と説明した。しかし、8月初旬の実輸送量は日量約17万バレルで、米・イスラエルとイラン間の軍事衝突前に南部から輸出していた日量約340万バレルの約5%に過ぎない。

ITP全体の公称能力は日量約150万バレルとされる。ただし、これはパイプライン自体の輸送能力を示す数字であり、北部で実際に供給できる原油量とは異なる。ITPを通じて輸出される原油は、連邦政府が管理するキルクーク周辺油田の原油と、クルディスタン地域政府(KRG)域内の油田で生産される原油の大きく2つに大別される。

連邦政府管理下のキルクーク周辺油田からの輸送量を増やすには、ITPに回せる原油量の確保に加え、KRG域内を通過するパイプラインの利用や、治安面を含む輸送条件を整える必要がある。一方、KRG域内の油田からの輸送量を増やすには、KRGからSOMOへの原油の引き渡しや、国際石油企業への生産・輸送費の支払い、販売収入の扱いを定めた枠組みが安定して機能する必要がある。このため、協定上の対象能力やITPの公称能力を、そのまま短期的に使える輸出余力とみなすことはできない。

シリア方面の代替、陸送とパイプライン整備が並行

シリア方面では陸送が先行している。イラクは2026年4月以降、燃料油をシリアの地中海沿岸にあるバニヤス港まで陸送し、同港から再輸出している。SOMOは、原油についても日量約5万バレルを陸送する計画を示したが、ロイターによると、7月23日時点でバニヤスから再輸出されていたのは燃料油のみで、原油とナフサの輸送は始まっていなかった。

シリア向けの輸出路では、2つの構想が並行して示されている。1つは、イラク北部のキルクークからシリア西部のバニヤス港に至る旧パイプラインの復旧だ。もう1つは、イラク南部バスラから同国西部のハディーサまで新設パイプラインを敷設し、そこからバニヤス港へ接続する構想だ。ただし、両構想がハディーサ以西の既存パイプライン設備をどの範囲で利用するのか、また、どの区間を復旧・新設するのかは、現時点の公表資料では明らかになっていない。

北部ではキルクーク近郊の油田とバニヤスを結ぶパイプラインの復旧が検討されている。同パイプラインは2003年のイラク戦争前には日量30万バレルの輸送能力があったとされるが、戦争で損傷して以降、その大半が使用されていない。このため、現時点で短期的な代替輸出ルートとして利用できる状態にはない。

一方、南部産原油をトルコ・シリア方面へ大量に振り替えるには、バスラ周辺の主要油田群とイラク北部・西部を結ぶ新たな原油輸送網の整備が必要となる。その中核となるのが、南部バスラと西部ハディーサを結ぶパイプラインだ。ハディーサは、そこからトルコ・シリア方面へ原油を送る際の結節点となる。イラク石油省は2026年5月1日、全長約700キロ、輸送能力が日量250万バレルのパイプライン事業に着手したと発表した。これに先立ち、政府は2026年分予算として約15億ドルを配分している。ただし、これは総事業費ではなく同年分の予算措置であり、その後の事業進捗は追加予算の確保に左右される(注2)。

内閣は7月4日、ハディーサからシリアのバニヤス港へつなぐルートと、イラク北部を経てトルコ南部のジェイハン港へつなぐルートについて、技術・財務面の実現可能性を調べる予備合意を承認した。米石油大手シェブロン、米投資会社TI Capital、カタールの建設・インフラ大手UCCホールディングを含むコンソーシアムが調査を担うが、建設や資金負担などは確定していない。

このシリア向けパイプライン構想は、アリー・ゼイディー首相とバシム・ムハンマド・フダイル・アルアバーディー石油相の2026年7月の訪米中に一段進んだ。アバーディー石油相は7月15日、前述のコンソーシアムが、バスラからトルコのジェイハン港へ接続するパイプライン網と、ハディーサからシリアのバニヤス港へ延びるパイプラインの整備に向けた実現可能性調査(FS)に関与する方針をあらためて明らかにした。翌16日、ゼイディー首相はヒューストンのシェブロン本社で同社幹部と会談し、原油輸出先の多様化や近隣の港湾へつながるパイプラインへの投資について協議した。

7月17日には、イラクとシリアがハディーサからバニヤスまでのパイプラインの復旧・再建に関する覚書を締結した。あわせて、シリア石油会社は前述のシェブロンを中心としたコンソーシアムと、同事業の技術・財務調査や実施枠組みの策定に関する覚書を締結した。米国務省は同日、この合意と米国主導のコンソーシアムの関与を歓迎した。

8月4日、シリア石油会社のユセフ・カブラウィ最高経営責任者(CEO)は、契約交渉を3カ月以内に終え、その後の設計、資材調達、復旧工事に最大3年を見込むという目標を示した。これはシリア側が示した工程上の目標であり、最終的な事業規模や工程は、技術・財務調査、資金調達、最終的な事業実施契約に左右されるため、実際の完成時期には不確実性が残る。

こうした動きには、イラクとシリアの経済関係を強化するとともに、イラクの原油輸出を多様化し、ホルムズ海峡の封鎖リスクに対する脆弱(ぜいじゃく)性を軽減する狙いもあると考えられる。

長年停滞するヨルダン向けパイプライン

ヨルダン向けには、キルクークの原油をタンクローリーで、ヨルダンの首都アンマン北東部にあるザルカ製油所へ運ぶ枠組みと、ヨルダン南部の紅海沿岸にあるアカバまでつなぐパイプライン計画がある。陸送については、2019年に日量1万バレルの原油供給に関する覚書が締結され、2023年8月に最大日量1万5,000バレルへ上限が引き上げられた。この覚書は2025年6月にいったん期限を迎えたが、未積載分の輸送のため同年末まで延長された。その後、2026年分の更新は少なくとも同年上期までに行われず、輸送は停止している。SOMOの統計でも、2026年1~6月のヨルダン向け原油輸出はゼロとなっている。仮に従来の上限まで再開しても、軍事衝突前の南部輸出の0.5%未満であり、大規模な代替輸出ルートにはならない。

ヨルダンへのパイプライン計画は、南部のバスラから西部のハディーサを経て、アカバ港へ至る日量100万バレル規模の構想だ。これは1980年代から繰り返し検討されてきており、2013年4月には両国政府が建設に向けた予備合意を締結し、同年には建設事業者の候補選定まで進んだ。しかし、イスラム国(IS)によるイラク西部の占領で計画は停滞した。その後、2019年にはイラク政府が計画を再び承認し、2022年にも両国間の枠組み協定を進める方針が確認されたものの、実際の建設段階には移っていない。2026年7月にも両政府は計画の推進をあらためて協議したが、公表されたのは両国政府が協議したという事実にとどまった。ロイターも4月時点で、同計画が費用、治安、政治上の問題によって停滞していると報じており(2026年4月21日ロイター)、現時点で実現時期を見通せる計画ではない。

サウジアラビア経由の旧ルート再開にも高いハードル

イラク南部産原油をサウジアラビア経由で紅海沿岸へ運ぶイラク・サウジアラビア原油パイプライン(IPSA)も候補の1つだ。イラン・イラク戦争中にホルムズ海峡を回避する輸出路として1980年代に整備されたもので、輸送能力は最大日量約165万バレルだった。しかし、1990年のイラクによるクウェート侵攻後に停止し、2001年にはサウジアラビアが接収した。その後はサウジアラビア国内の天然ガス輸送にも使われた。

イラク石油省は2026年4月、ホルムズ海峡に依存しない輸出路の1つとして、IPSAの再開を検討していることを明らかにした。ただし、サウジアラビア領内の設備は同国の管理下にあり、二国間合意が必要になる。同ルートは30年以上にわたりイラク産原油を輸送していないため、仮に合意が成立しても、大規模な改修や一部区間の交換に加え、資金調達も必要とされる。このため、短期的に代替輸出ルートとなる可能性は低い。

代替輸出ルート整備には時間が必要、当面の輸出回復は南部海上ルート次第

以上のとおり、規模と進捗で見ると、現時点で利用できるITP経由の輸送とタンクローリーによる陸送は、輸送量または対象油種が限られ、軍事衝突前の南部海上輸出を置き換える手段にはなっていない。既存パイプラインの復旧や、南部から地中海・紅海へ向かう新設パイプラインの実用化までには、FS、設計、資金調達、関係国間の合意、改修・建設など多くの工程が残る。AP通信は7月、ゴールドマン・サックスの推計として、1カ国で完結するパイプラインでも建設に少なくとも2年半を要し、今回のように複数国にまたがる計画はさらに長期化する可能性があると報じた(2026年7月17日AP通信)。

一方、イラク当局の説明では、航行条件が整えば、南部からの輸出は代替輸出ルートが整備されるよりも早く回復できる。バスラ石油会社トップは4月、軍事衝突が終結し、その後の安全が確保されてホルムズ海峡の通航が再開すれば、南部からの原油輸出を1週間以内に日量340万バレルまで戻せると説明した。石油省も6月、南部油田の原油生産量を日量300万バレル超へ戻すには1~2カ月を見込むと明らかにした。前者は輸出、後者は生産の見通しであり、期間を単純には比較できない。いずれも新たな越境パイプラインの完成よりはるかに短い時間軸を想定している。

国家財政と商品輸出の大半を石油に依存し、その原油輸出の大部分も南部からの海上輸送に依存するイラクにとって、中長期的には代替輸出ルートの整備は不可欠だ。だが、少なくとも短期的な輸出回復は、依然としてホルムズ海峡の安全な通航に左右される。


注1:
イラク北部のキルクークとトルコ南部のジェイハン港を結ぶ原油輸送パイプラインで、日量150万バレル以上の輸送能力を持つ(2025年10月7日付ビジネス短信参照)。 本文に戻る
注2:
2024年12月の内閣発表では、全長約685キロ、輸送能力は日量225万バレル、総事業費は約45億6,000万ドルとされた。2026年4~5月の政府・石油省の説明では、全長約700キロ、輸送能力は日量250万バレル、総事業費の推計は約50億ドルとされ、政府は2026年分として15億ドルを配分した。公表値が変わった理由は公表資料から確認できない。 本文に戻る

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執筆者紹介
ジェトロ・ドバイ事務所
大野 晃三(おおの こうぞう)
2016年、ジェトロ入構。ものづくり産業部環境・インフラ課、企画部海外地域戦略班(中東担当)、ラバト事務所実習、ジェトロ諏訪、企画部企画課を経て、2025年4月から現職。

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