激動の中東情勢:中東各国への影響と展望不安定な中東情勢下でも成長するサウジアラビア観光産業
宗教観光、国内観光を軸に安定的需要

2026年5月28日

中東情勢の不安定化が続く中、同地域の観光産業は外部要因の影響を受けやすいとされている。しかしサウジアラビアでは、宗教観光を基軸とする需要と国家主導の観光戦略により、観光市場は比較的安定した成長を維持している。この点は、同国の観光市場が他の湾岸協力会議(GCC)諸国と異なる特性を有することを示している。本稿では、同国の観光需要の構造的特性と地政学リスクへの対応のあり方を整理するとともに、今後の展望について分析する。

宗教観光を中核とする需要構造

サウジアラビアの観光市場は、宗教観光、一般レジャー観光(リゾート、イベント、スポーツなどを目的とする観光)、国内観光(国内居住者による国内での観光旅行)、外国からの国際観光によって構成される。なお、宗教観光および一般レジャー観光は観光の目的に基づく分類で、国内観光および国際観光は地理的区分となる。

同国はイスラム教の二大聖地であるメッカとメディナを擁しており、このことが他に代えがたい宗教観光需要を生み出している。宗教観光の代表例として、聖地へのハッジ(大巡礼)(注1)とウムラ(小巡礼)(注2)が挙げられる。このうち、通年で実施可能なウムラが宗教観光を牽引している。一般レジャー観光に比べて外部環境の影響を受けにくく、安定的な需要が形成されている点が特徴だ。特筆すべき点として、2023年の中国仲介によるサウジアラビアとイランの国交正常化が挙げられる(特集:サウジアラビアとイランの国交正常化をめぐる動き)。これによりイランを含む巡礼者の往来が安定化し、宗教観光の基盤強化にも寄与した。2025年のハッジの巡礼者数は約167万人に達し、2025年上半期のウムラ巡礼者数は2,066万人に達した。

2025年の総観光客数は推計1億2,200万人に達した(表参照)。国際観光客と国内観光客を対比すると、人口3,530万人規模(2024年)を背景とした国内観光客が総観光客数の7割強を占め、市場の強固な基盤となっている。国内観光には在住外国人も含まれるが、主要な構成要素はサウジアラビア国民による需要だ。

表:サウジアラビアの観光客数の推移(2020~2025年)(単位:万人)注:2025年は速報値(推計)であり、国内観光客数は国際観光客との差分から算出。
総観光客数 国際観光客 国内観光客
2020年 4,625 414 4,211
2021年 6,731 348 6,383
2022年 9,448 1,664 7,784
2023年 10,934 2,742 8,192
2024年 11,589 2,973 8,616
2025年(推計) 12,200 3,000 9,200

注:2025年は速報値(推計)であり、国内観光客数は国際観光客との差分から算出。

出所:サウジアラビア観光省統計および現地報道を基にジェトロ作成


ユネスコ世界遺産ディルイーヤ
(アル・トゥライフ地区、ジェトロ撮影)

イスラム教第二の聖地メディナにある預言者のモスク
(ジェトロ撮影)

観光産業の経済的位置付け

観光産業は、サウジアラビアの国家改革戦略「ビジョン2030」において中核的な成長分野として位置付けられている。世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)によると、2025年におけるサウジアラビアの観光部門のGDP寄与は前年比7.4%増と、中東平均(5.3%増)を上回る高い成長を記録した。同国は地域最大の旅行・観光経済規模を誇り、同部門のGDP寄与額は1,780億ドルと、中東全体の46%を占めた。また、外国人観光客の消費額も前年比8.2%増となり、世界平均の3.2%を大幅に上回った。WTTCは、サウジアラビアが世界有数の観光地としての魅力を高め、地域におけるリーダーとしての地位を確立していることをあらためて示すものだと評価している。

サウジアラビア観光省によると、2026年第1四半期においても国内観光は力強い成長を示している。同期間の総観光客数3,720万人であり、そのうち国内観光客数は前年同期比16%増の約2,890万人に達し、合計の8割近くのシェアとなった。この増加の一部は、中東情勢を含め国際情勢の不安定化により、サウジアラビア国民による海外旅行需要が国内観光にシフトした可能性もある。一方、同期間の国際観光客は約830万人となった。

同期間の観光支出は国内・国際合計で827億リヤルに上った。そのうち国内観光支出は約347億リヤル(約1兆4,227億円、1リヤル=約41円)と同8%増となり、全体の約4割を占めた。

同期間の宿泊施設の稼働率は全国平均で59%となり、都市別ではメディナが82%と最も高く、次いでメッカ(60%)、ジッダ(59%)と続く。特に断食月(ラマダン)およびイード・アル・フィトル(ラマダン明けの祝祭)(注3)期間には国内観光が活発化し、観光客数は1,000万人(前年比14%増)に達し、支出も約102億リヤル(同5%増)となった。紅海沿岸やジッダ、北西部アル・ウラには観光需要が集中し、一部施設では稼働率が100%となった。こうした国内観光の活況の背景には、サウジアラビア政府観光局(STA)によるプロモーション施策や、民間企業と連携した観光パッケージの展開があるとみられる。同省では、これらの数値が堅調な国内需要と多様な観光コンテンツに支えられたサウジアラビア観光市場の強靭(きょうじん)性と回復力(レジリエンス)を反映していると指摘している。

2025年11月に首都リヤドで開催された国際観光サミット「TOURISE」では、総額1,130億ドルの投資契約が締結されるなど、観光産業の高度化に向けた国家的取り組みが強化されている(2025年11月25日付ビジネス短信参照)。観光開発は特定地域に偏らず、アル・ウラやジッダ、首都近郊のディルイーヤ、大型娯楽都市キディヤ・シティ(2026年4月10日付ビジネス短信参照)など、国土全体に分散して進められている(図参照)。このような地理的分散は、特定地域の情勢変化が観光産業全体に与える影響を緩和する役割を果たしている。また、ジッダの観光開発は、同図にある旧市街地区のほか、都市全体の再開発プロジェクトも計画されている。

一方で、巨大プロジェクト群(ギガ・メガプロジェクト)を同時並行で推進するにあたり、原油価格の下落に伴う国家財政への影響は下方リスクとして注視が必要だ。実際、同国北西部の未来都市NEOMをはじめ、一部のプロジェクトでは事業費の膨張や進捗の遅れを背景に開発スケジュールの見直しが報じられている。また、米国格付け大手のS&Pグローバル・レーティング(S&P)も、資金面からこうした見直しの必要性を指摘している。サウジアラビア政府もマクロ経済の過熱を防ぐ方針を示しており、投資効率をより厳格に評価する段階に移行している。

図:サウジアラビア国内の主要な大型プロジェクト​
サウジアラビア全土の地図上に、主要な大型プロジェクトの位置と概要が以下のように示されている。まず北西部の紅海沿岸にはNEOM(総費用5,000億ドルのスマートシティ)と、アル・ウラ観光開発(155億ドル)が配置され、その南の紅海沿岸にはRed Sea Global(リゾート開発、275億ドル)がある。西部内陸のメディナ周辺には、メディナ都市再開発(370億ドル)と、ジェッダ旧市街歴史地区開発(50億ドル)がある。南西部にはスーダ開発(高地観光、70億ドル)が位置する。中央部には、歴史的建築物の高級ホテル改修であるブティーク・グループ・ラグジュアリー事業(約2億7,000万ドル)がある。そして東部・中部のリヤド周辺には複数のプロジェクトが集中し、キディヤ・シティ(エンターテインメント都市、321億ドル)、ディルイーヤ・ゲート(歴史地区再開発、632億ドル)、SEVEN(娯楽施設、133億ドル)、リヤド都市開発(キング・サルマン国立公園104億ドル、グリーン・リヤド230億ドル、スポーツ・ブールバール85億ドル)が位置する。北東寄りにはニュー・ムラッバ(ダウンタウン開発、500億ドル)があり、再度にリヤド近郊にはキング・サルマン国際空港(300億ドル)が配置されている。各プロジェクトは青い点と線で地図上の位置に結び付けられている。

出所:MEED、Saudi Giga projects-Q4 2025を基にジェトロにて作成(地図は大まかな位置を指す)

中東情勢の影響

中東情勢の悪化は、サウジアラビアの観光産業にとっても無縁ではない。2023年10月以降のイスラエル・ハマス紛争や、イランと米国・イスラエル間の緊張激化は、一部の国際線における空域制限や飛行ルートの迂回、それに伴う運航コストの上昇や保険料率の引き上げを招いた(特集:激動の中東情勢:中東各国への影響と展望)。特に懸念されるのが紅海沿岸部の安全保障環境だ。ギガプロジェクトの中核「紅海プロジェクト(Red Sea Global)」は、イエメンの武装組織フーシ派による船舶攻撃(2023年12月25日付ビジネス短信参照)が頻発する海域に近接しており、地政学リスクの影響圏に位置する。ただしサウジアラビアは米英などとの安全保障関係を背景に、紅海沿岸の安全確保に努めている。

さらに、安全保障面での対応に加え、観光需要の側面でも、欧米などの富裕層に加えて、情勢リスクへの感度が相対的に低く、かつ購買力の高い国内およびGCC諸国の富裕層が、需要の安定化に重要な役割を果たしている。また、地域内のハブ競争においても独自の立ち位置を構築しつつある。ドバイ(アラブ首長国連邦)やドーハ(カタール)が「ハブ・トランジット(経由地)」としての機能強化で成長してきたのに対し、サウジアラビアは新航空会社「リヤド航空(2025年10月10日付ビジネス短信参照)」の設立を通じ、自国を「最終目的地」とする需要の取り込みに注力している。このように、情勢不安が続く中東において、同国は巨大な内需と宗教観光という盤石な基盤をテコに、相対的に安全で独自の魅力を持つ「代替地」としてのポジション確立を進めている。

観光産業の高度化と今後の課題

国内観光の急速な拡大は、これまで国外に流出していた一般レジャー支出の「内需還流」という重要な経済効果をもたらしている。かつてサウジアラビア国民が近隣のGCC諸国や欧州などで消費していた娯楽支出は、キディヤ・シティやサウジ・エンターテインメント・ベンチャー〔Saudi Entertainment Venture(SEVEN)〕、娯楽イベントのリヤド・シーズン(2026年1月22日付ビジネス短信参照)などにより、国内循環型へと構造的に転換しつつある。こうした市場の構造的変化に伴い、各分野では質的高度化に向けた取り組みが加速している。宗教観光では、巡礼者数の増加を背景に、巡礼管理や混雑予測にデジタル技術が導入され、安全性の向上と運営の効率化が図られている。一般レジャー観光では、eスポーツ(2025年8月27日付ビジネス短信参照)や大型イベントの誘致が進み、2030年にはリヤド万博も予定されている。これらの取り組みは高付加価値型への転換を象徴し、滞在期間の延長や消費額の増加をもたらしている。さらに、未来都市NEOMや紅海プロジェクトなどの観光開発はスマートシティ構想と連動し、再生可能エネルギーや通信などのインフラ整備を伴いながら、観光を起点とした複合産業の形成を後押ししている。

国際的な観光地としてのブランド確立に向け、いくつかの課題が残されている。例えば、2024年のハッジで発生した猛暑による多数の巡礼者の死傷事故は、気候変動下における安全管理体制の重要性を浮き彫りにするとともに、レピュテーション(評判)リスク管理の必要性をあらためて示した。また、非イスラム圏からの一般レジャー客を本格的に誘致するには、アルコール提供の制限など同国特有の社会的制約が、依然として一定の心理的障壁となる可能性も指摘されている。サウジアラビアの観光産業は、量的拡大から質的高度化へと移行する過渡期にある。今後は地政学リスクや環境・社会的課題に柔軟に対応しつつ、観光を核とした産業エコシステムの構築が求められる。


注1:
イスラム教徒にとって、生涯に一度は実施すべき宗教的義務とされる大巡礼。メッカで年1回実施される。 本文に戻る
注2:
メッカで通年実施可能な小巡礼。宗教的義務ではないが、多くのイスラム教徒が参加する。 本文に戻る
注3:
サウジアラビアの2026年のラマダンは2月17日~3月19日。イード・アル・フィトルは3月19日~3月20日まで。なお、イスラム暦は実際の新月の観測に基づくため、国や地域により実施日が異なる。 本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロ・リヤド事務所
林 憲忠(はやし のりただ)
2005年、ジェトロ入構。市場開拓部、ジェトロ大阪、ジェトロ・プノンペン事務所、ジェトロ・チェンナイ事務所、農林水産部、国税庁、海外調査部中東アフリカ課を経て、2022年8月から現職。