激動の中東情勢:中東各国への影響と展望二重の依存が招いた財政危機
ホルムズ危機下のイラク原油輸出(1)

2026年9月8日

イラクは財政と外貨獲得を石油に大きく頼り、原油輸出も南部バスラ沖からホルムズ海峡を通航するルートに集中してきた。2026年2月28日に米国・イスラエルがイランへの攻撃を開始して以降、中東情勢が悪化し、海峡の通航量が大幅に減少すると、南部からの出荷は急減し、貯蔵能力の限界から原油生産も大幅な減産を迫られた。北部からトルコへ向かうパイプラインは一部を補ったものの、軍事衝突前の南部からの輸出を置き換える規模には程遠かった。タンカーの来航減少や保険料の上昇は販売条件を悪化させ、輸出減は財政赤字や政府支払い、非石油部門にも波及した。本稿は、石油収入と南部海上輸送への「二重の依存」が、危機時にどのように国家財政と実体経済を揺さぶる弱点になったかを整理する。

本稿は2026年8月上旬までの情報に基づいている。中東情勢の最新動向については、ビジネス短信特集「イスラエル・米国とイランの衝突に関する中東情勢、各国の反応」も参照されたい。

石油収入と南部海上輸送への「二重の依存」

世界銀行によると、2025年のイラクの石油部門は実質GDPの53%、政府収入の88%、商品輸出の91%を占めた。また、イラク経済は石油への依存度が高いだけでなく、原油輸出の大半を南部の積み出し施設とホルムズ海峡に依存する構造にある。輸出が滞れば、外貨収入と政府歳入が減る。さらに、輸出できない原油が貯蔵施設に貯まれば、生産そのものを絞らざるを得ず、GDPにも直接影響する。世界銀行は、軍事衝突に伴うホルムズ海峡の封鎖により、イラクの輸出能力が大きく低下し、原油生産の減産を余儀なくされたと指摘している。

イランへの攻撃開始前の2026年2月、イラクは日量約357万バレルの原油を輸出し、このうち約333万バレルを南部バスラ沖から出荷していた。南部経由は原油輸出全体の約93%に当たる。北部ルートは2025年9月に再開したものの、南部への依存を大きく変えるほどの規模ではなかった。米エネルギー情報局(EIA)によると、2024年の原油の海上輸出は全量が南部のペルシャ湾岸ターミナルを経由していた。こうした輸出構造の背景には、ルメイラ、西クルナ、ズバイルなどの大型油田がバスラ県周辺に集中していることに加え、南部以外の輸出ルートが十分に機能してこなかった事情がある。

北部では、クルディスタン地域政府(KRG)が2013年から、連邦政府の承認を得ずにイラク・トルコ・パイプライン(ITP)を通じて、トルコ南部の地中海沿岸にあるジェイハン港からKRG産原油を国際市場向けに輸出していた。連邦政府は2014年、こうした輸出を可能にしたトルコの対応が両国間のパイプライン協定に反するとして、国際商業会議所(ICC)に仲裁を申し立てた。その後も仲裁手続きが続く中で、KRGによるトルコ経由の原油輸出は継続した。ICCは2023年3月23日、2014~2018年の無承認輸出を巡ってイラク連邦政府側に有利な判断を示し、トルコに約15億ドルの損害賠償を命じた。これを受けて、トルコは同月25日、ITPを通じた原油輸送を停止した。

トルコは同年10月までに、パイプラインは設備面では再開可能な状態にあると表明したが、輸送は再開されなかった。障害となったのは、パイプラインの状態だけではなかった。連邦政府、KRG、KRG域内で操業する国際石油企業の間では、KRGが企業と結んだ生産契約の扱いや企業への支払い条件などを巡る調整が続いた。

2025年9月、連邦政府、KRG、KRG域内で操業する主要な国際石油企業は、原油輸出の再開に向けた暫定的な枠組みに合意した。この枠組みでは、KRG域内で生産された原油をイラク国営石油販売会社(SOMO)に引き渡し、同社が販売を担う一方、国際石油企業には原油1バレル当たり16ドルを支払う。これを受け、ITP経由の輸出は同月27日、約2年半ぶりに再開された。ただし、同パイプラインは主として北部の油田と接続しており、南部産原油を直ちに振り替えられるルートではなかった。

ホルムズ海峡の事実上の封鎖で輸出と生産が急減

中東情勢悪化後、ホルムズ海峡の通航量が大幅に縮小し、南部からの輸出は急減した。SOMOによると、南部港湾からの輸出業務は3月8日から完全に停止した。3月の原油輸出量はイラク全体で約1,860万バレル(日量平均約60万バレル)に落ち込み、このうち南部からの輸出は約1,460万バレルだった。

タンカーが来航せず、陸上の貯蔵タンクが満杯となったため、南部油田の原油生産量も軍事衝突開始前の日量約430万バレルから約130万バレルへと約70%減少した。その後、バスラ県のホール・アルズバイル港付近で船舶が攻撃されたことを受け、イラクの原油輸出ターミナルは操業を停止した。世界銀行は、3月の石油収入の逸失額を最大70億ドルと推計している。

輸出はその後、部分的に再開したが、4月にホルムズ海峡経由で出荷できた原油は1,000万バレルにとどまった。軍事衝突前の月間輸出量は約9,300万バレルだった。イラクのバシム・ムハンマド石油相は5月、輸出停滞の主因は、戦争保険を確保できず、タンカーがバスラ沖に入れないことだと説明した。

北部パイプラインが補った輸出は限定的

南部からの出荷が大幅に減る中、5月と6月には、北部からトルコへ向かうルートが輸出の一部を支えた。北部経由の輸出には、連邦政府が管理するイラク北部のキルクーク油田の原油と、KRG域内で生産された原油が含まれる。両者は産地と管理主体が異なるが、いずれもトルコのジェイハン港から国際市場へ出荷される。

SOMOの統計によると、両月を合わせた原油輸出量はイラク全体で合計約3,210万バレル、日量平均約53万バレルだった。内訳は、南部のバスラから輸出された原油が約2,020万バレル、北部のキルクーク原油が約1,030万バレル、KRG産原油が約160万バレルだった。

北部経由の輸出は合計約1,190万バレルと全体の4割弱を占めたが、日量平均では約19万バレルにとどまった。南部からの輸出減を部分的に補ったものの、軍事衝突前の輸出水準との差を埋められるほどの規模ではなかった。両月のイラク全体の原油輸出収入は合計約23億ドルで、軍事衝突前の2月単月の約68億ドルの約3分の1にとどまった。

SOMOのアリ・ニザール・シャトリ総裁によると、7月のイラクの原油輸出量は約4,250万バレルに回復した。このうち約3,550万バレルが南部港湾から、約700万バレルが北部経由でトルコのジェイハン港から輸出された。一方、民間の船舶追跡データによると、米国とイランの戦闘再燃や船舶への攻撃増加を受け、同月後半にはホルムズ海峡経由の輸送が再び鈍化した。

輸出減少は販売条件と財政にも波及

輸出可能な原油についても、通常の条件では買い手を確保しにくくなった。バスラ沖の積み出し施設はホルムズ海峡の内側にあり、原油を購入する企業は、自らタンカーを手配し、危険な状況が続く海域まで送り込まなければならない。船舶への攻撃が相次ぎ、保険料や運航コストも上昇した。

ロイターの報道によれば、SOMOは8月積みのバスラ原油について、仕向け地ごとの指標価格を1バレル当たり約25~30ドル下回る条件を顧客に提示した。実際の成約価格ではないものの、危険海域までタンカーを送り込む買い手を確保するため、大幅な値引きを示唆する価格差を提示したことになる(2026年8月3日ロイター)。

一方、SOMOのシャトリ総裁は地元テレビに出演し、SOMOが販売価格を直接値引きしたとの見方を否定した。イラク原油は国際指標を基に定める公式販売価格に従って販売し、南部港湾で買い手から提示された価格のうち、最も高いものを採用していると説明した。ただし、保険料の上昇や市場の変動によって、イラク原油の取引価格が国際市場の高値水準を1バレル当たり約20ドル下回る場合があると認めた。

世界銀行は2026年4月時点で、同年のイラクの実質GDP成長率をマイナス8.6%、石油部門のGDP成長率をマイナス14.6%と予測した。この予測は、ホルムズ海峡経由の輸出が2026年末ごろまでに正常化するとの前提に基づいている。年内に輸出が正常化しても大幅なマイナス成長となる見通しであり、輸出減少がさらに長期化したり、主要な石油施設が損傷したりすれば、経済の落ち込みは一段と大きくなる可能性がある。

こうした2026年の輸出ショックに、軍事衝突前からの財政悪化が重なった。世界銀行によると、2025年には石油収入が前年比11.8%減り、財政赤字はGDP比2.1%に拡大していた。政府による支払い処理の遅れや未払いも生じていた。同銀は、輸出量の段階的な回復と原油価格上昇の恩恵を一定程度見込んでも、巨額の経常支出と石油収入の減少により財政赤字が続くとみている。政府債務のGDP比は、2025年推計の53.6%から2028年には68.2%へ上昇する見通しだ。原油輸出の停滞は、政府の投資能力や支払い能力に影響し、非石油部門の企業活動にも波及する。

執筆者紹介
ジェトロ・ドバイ事務所
大野 晃三(おおの こうぞう)
2016年、ジェトロ入構。ものづくり産業部環境・インフラ課、企画部海外地域戦略班(中東担当)、ラバト事務所実習、ジェトロ諏訪、企画部企画課を経て、2025年4月から現職。

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